裏金事件で浮かんだ自民党の派閥の存在は、日本の政治にどんな影響を与えているのでしょうか。「自民党のリーダーが劣化し、なんで日本国が倒れないのか不思議なくらいだ」と指摘する学習院大学教授の野中尚人さんに聞きました。
――なぜ派閥が必要とされてきたのですか。
「政党の規模が小さければ、あまり派閥はできないものです。国会議員の数が一ケタだと派閥争いはないのが普通でしょう。一方で、政党の規模が大きくなるとサブグループのような形で派閥ができるのは普遍的で、どの国でもある現象です」
「かなりの議員数をもつ政党ならサブグループができない方が異常かもしれません。上意下達で徹底的にコントロールしない限り、サブグループはできる。ただ、他国がそうだから自民党の派閥もいいよね、という話かというと、それは間違っていると思います」
――自民党の場合は事情が異なると。
「自民党でなぜ派閥が続いてきたのか。国会論戦をはじめ、ほぼあらゆる表舞台を避け、派閥を通じて政治を動かしてきたからです。自民党政治はインフォーマルな裏政治なのです」
「その特徴は、意思決定のプロセスを隠そうとすることです。国会で質問されてもまともに答えない。政府内の議論も文書を残さず、文書があっても消してしまう。国会や閣議のような公式の場で議論をかわして記録を残すことを徹底的に避けている訳です。ここには、説明責任はむろん、出来る限り、法的なまた政治的な結果責任に関わりたくないという姿勢が見え隠れしています」
「それでも政権をまわすために、もう一つの舞台が必要になります。それが派閥です。カネを配り、ポストを配分し、事前に調整して物事を決め、国会対策までやっている。まさに自民党政治の背骨であり、裏政治を支えています。本当に派閥がなくなれば、自民党は大混乱に陥るでしょう」
派閥は「裏政治」の柱、なくせない
――政策集団だという人もいます。
「あらゆることをやっていて、政策は一番最後、ちょっとはやっているという程度です。専門的な知識がなくても、派閥の他のメンバーを頼れば、とりあえず何でも対応できる。田中角栄元首相が派閥を『総合病院』と言ったことがありますが、政策互助会のような役割があったわけです。とはいえ、政策を本当に研究して切磋琢磨し、政策提言するような集団ではありません」
――実際に派閥をなくすのは難しそうですね。
「岸田派を解散する、と岸田文雄首相が表明しましたが、岸田派の会長をやめた後に、なぜそんなことが言えるのか。自分の言ったことが政治に何をもたらすか、意味がわかっていないのではないでしょうか。ただ、国民の怒りの前で、政治資金問題や人事の話を挙げ、表面を取り繕っているだけのように見えます」
――派閥はなくならないと。
「おそらく派閥はなくせないでしょう。派閥がなければ自民党を運営できないと、自民党議員はみんなわかっています。名称や、一部の目立った問題には一定の対応をするでしょうが、骨格を変えるのは難しいでしょう。中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変更した1994年以降、選挙への露骨な派閥の介入は減りましたが、その他の党内運営面では派閥の役割は維持されていると言えます」
「つまり派閥は、半世紀以上にわたって営々と築き上げてきた『裏政治』の大きな柱であり、これなくしては政治が回せないのが実情だからです。『派閥なしで、どうやって政権を担えばよいのか、さっぱりわからない』。これが実情だと思います。『派閥解消』というスローガンはこれまでも繰り返し唱えられてきましたが、基本的な姿は一向に改革されませんでした。結局その理由は、政治・政権のあり方そのものに関わる深刻な話だからです」
リーダー劣化も派閥と無縁ではない
――岸田首相自身が派閥を重視してきましたね。
「自民党のリーダーの劣化も、派閥と無縁ではありません。有能さを厳しくチェックされることもなく、有力者に気に入られれば重要ポストを得てしまう。派閥の仕組みはわかっていて永田町ではうまく立ち回るけれど、まったく日本のためになっていない。自民党政治はどんどん劣化し、なんで日本国が倒れないのか不思議なくらいです」
――そもそも派閥はどんな機能を持っていますか。
「派閥は、まるでミニ政党のようです。事務所もあって、選挙やカネ集め、人材のリクルートまでする。他国にも政党内グループはありますが、大きく異なるのは派閥が非常に排他的で、総裁選の票固めに使われていることです。実態として派閥連合政党なのです」
「他国なら、党のなかに『党中党』ができると、それをめぐって厳しい対立が生じるものですが、日本では『お互いそれでやりましょう』ということになっています」
政治改革したのに、せっせと裏道づくり
――リクルート事件の後、派閥は解消されるはずだったのに復活してしまいました。
「政治改革で選挙制度も変え、政治資金制度も変えたのに、自民党はそのすき間をぬって、せっせと裏道を作り、派閥を中心とした裏政治を立て直してしまいました。これを変えるには、政権交代が必要でしょう」
「1980年代までの派閥と、今の派閥が全く同じかというと、もちろん違うところはあります。一番大きな違いは、党執行部がカネを差配する権限と、候補者調整の影響力を強めたこと、官邸の権限が強化されたことです。それが自民党政権の全体に影響を与え、安倍1強時代もそういう変化を背景にしています。ですが、派閥によって構成されているいわば『本体』の上に、官邸や党執行部という集約的な機能がやや強化されて追加されたような形です。何といっても、裏政治は派閥なしではできないため、『本体』はほとんど変わらずに維持されているのです」
オープンで公正な競争を政治に
――裏金事件を機に、どんな政治をめざすべきですか。
「一日も早く、国会での与野党の論戦を機能させなければなりません。自民党はそこから逃げ、金権政治を続け、悪いことをしても罰則にひっかからない。何が起きているのか、なかなか表に出てきません。アカウンタブルな政治(批判や疑義について国民にしっかり説明すること)が求められているのに、すべて裏返し、裏返しで進んでいく。すべてが裏なんです」
「もっとオープンで、公正な競争を政治に取り戻すべきです。このままでは、リーダーの育成も、政策も、インフォーマルな派閥政治の中で力を失い、どんどん駄目になってしまうのではないでしょうか」
――自民党には無派閥の人たちもいますね。
「あれは派閥と言わないだけで、グルーピングはしていますよね。派閥と同じようなことをやっているんだけど、派閥とは違うフリをする。裏の裏をいって、表には出てこず、深くなっている感じですね」
――自民党政治が揺れるなかで、野党はどうすれば対抗できると思いますか。
「日本の政治に欠けているのは、政権交代のもう一つの核になるグルーピングです。そういう政党というか、政党の束が弱い。今でいうと、立憲民主党がどれだけのことができるかにかかっています。ただ、自民党より右の存在として日本維新の会があって、整理が難しいのが現状です」
「維新は『身を切る改革』というスローガンを言い続けて有権者に刺さっている。立憲も大きな旗を立て直し、わかりやすいスローガンを絞って、言い続けた方がいい。与党と政府を追及する機能は果たしていると思いますが、政権交代の受け皿になれるような姿を見せることも重要でしょう」
(聞き手・小村田義之)
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のなか・なおと
1958年生まれ。学習院大学教授。比較政治学専攻。著書に「自民党政治の終わり」「さらばガラパゴス政治」など。