香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

強引なメディア選別へ。

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今朝の東京新聞から。

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今朝の東京新聞から。

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9.6 幻の立法會議員選挙の日、12歳の少女に暴行。





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今朝の東京新聞から。

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今朝の東京新聞から。

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必読、”論座”より白井聡さんの「安倍政権の総括」。part2

 安倍政権、この無惨なるものを支えてきた制度・機関の筆頭としてマスメディアを挙げなければならない。数年前、とあるシンポジウムで大谷昭宏氏(元「読売新聞」社会部)と同席したことがあったが、その時大谷氏は次のように語った。

 「安倍政権が言論統制していると言われているが、ナンセンスだ。権力がメディアに圧力をかけるのは当たり前のことで、安倍政権のやり方は大変に露骨で稚拙だ。こんな程度の低い抑圧を弾圧だの統制だのと言ってしまったら、もっと巧妙な抑圧と戦ってきた先輩たちに、草葉の陰から笑われてしまう」と。

 その通りだと思う。この7年余りの間、報道への圧力は高まったが、そのやり方はあまりにもあからさまなものであり、それだけに跳ね返すことは困難ではないはずだった。圧力を受けている事実を率直に報道すればよかったのである。

 しかし実際のところ、メディアは後退に後退を重ねた。「クローズアップ現代」(NHK)の国谷裕子氏は降板させられ番組は模様替え、「報道ステーション」(テレビ朝日)も古舘伊知郎氏が降板となり熟練スタッフは総解雇された。NHKの「7時のニュース」に至っては、ほとんどフィクションに近くなり、明らかに崩壊している総理の国会での答弁をあたかもまともな答弁をしたかのように見せかける編集技術は、達人の妙技と呼ぶべき域に達した。

 帰責されるべき層は二つあると考えられる。ひとつには、メディア機関の経営幹部層である。本来彼らは、権力からの圧力から現場を守る役割を負っている。しかし、安倍から会食に誘われた回数を競い合うようになった幹部連中に、そのような役割の自覚などあるはずがなかった。ジャーナリストとしての矜持などとうの昔に失い(あるいは最初から持っていなかったのか)、大層な肩書のみを追い求めて長年ヒラメ生活をしてきたサラリーマン・メディア人の成れの果ての姿がそこにはある。海外のジャーナリストからこのような日本のメディア人の行動に対して驚きの声が寄せられても馬耳東風。トップの座に就いても習い性になったヒラメ行為はやめられないのである。

 そして、経営トップの権力との癒着・忖度は、その下で働く者たちの層へトリクルダウンする。ヒラメがヒラメをヒラメし、ヒラメがヒラメからヒラメされる。ヒラメがヒラメを引き上げ、ヒラメがヒラメから引き上げられる。大マスコミ各社は、さながらヒラメの養殖場と化したかのようだ。

 この現象が集約されたのが、各社の政治部である。事前に通達された質問に対し、これまた事前に準備された回答を読み上げるだけの総理記者会見は、「『台本』営発表」と揶揄され、官邸詰めの記者たちは「劇団記者クラブ」と蔑称されるまでに至った。公人から本音を聞き出すために、公人と接近して情報を取るという日本独特のメディア人と権力者の「親密さ」は、安倍政権の7年余りの間に権力とその監視者との間にあるべき緊張感を完全に失い、政治部は政府の公式見解の伝動ベルトへと堕してきた。

 南彰氏(「朝日新聞」記者、新聞労連委員長)は、この惨状のなかで味わってきた苦悩を率直に綴り、どのような自己変革がメディアに求められているかを真摯に考察している。彼は、次のように書いている。

 迷っていた時、政治記者の大先輩から言われたことを思い起こした。
 「君、大丈夫なのか。〝まともな政治記者〟として出世できなくなるよ。変えるためには権力を取らないといけないんだから」
 心配はうれしかったが、「まともな政治記者」という言葉で迷いが断ち切れた。

(南彰『政治部不信――権力とメディアの関係を問い直す』朝日新書、2020年)

 自分の持っている「まともさ」の基準が狂っていることにいまだに気づけないメディア人が、おそらくは多数派なのである。「権力を取って変える」といった李登輝気取りの言辞が、今日どれだけアホらしい戯言に聞こえるか、想像もつかないのであろう。メディアの退却は、大手報道機関に蔓延るこうした空気によるものであった。

 上に述べてきた退却、堕落の延長線上に、安倍首相辞意表明の過程においてメディアが果たした役割の問題性がある。安倍が健康を害してきており、政権を投げ出すのではないかという観測が広がり始めたのは、7月頃であっただろうか。確かに、安倍の表情からは生気が失われ、足取りは重く、いかにも体調が思わしくない様子が見て取れるようになった。

 そして、8月半ば過ぎから局面は一気に動き始める。8月16日に、盟友甘利明が「数日でもいいから強制的に休ませなければならない」と発言し、その翌日には安倍が慶応病院で検査を受ける。同日夜には、麻生太郎が「147日間休まず働いたら、普通だったら体調としては、おかしくなるんじゃないの」と発言して、首相の健康問題を「アピール」した。そして、24日、慶応病院での「再検査」に際してはわざわざマスコミに情報を事前に流し、安倍を乗せた車の車列が慶応病院に入って行く画を大々的に撮らせた。安倍の病状の詳細を伝える報道(おそらくはリークに基づく)も、週刊誌では相次いだ。

 強調せねばならないのは、国家のトップの健康不安がこのように大々的に報道されるのはきわめて異例であることだ。民主国家であれ独裁国家であれ、権力者とりわけその頂点にいる者の健康状態は、最高の国家機密のひとつだ。対外的にも対内的も、弱みを見せるわけにはいかないからである。だから、権力者は、健康を害した際には、秘密裏に検査や治療を受けるのが通例である。

 しかるに、安倍は関係の近い有力政治家と呼吸を合わせて、自分の病気を故意にアピールした。非常識の極みであると言える。そして、8月28日の記者会見は、持病の再発により志半ばで職を辞さなければならないことになったという趣旨を、「神妙な」面持ちで語る場となった。

 だが、辞意表明に至る経緯の実態は何なのか。確かに、持病は再発したのかもしれない。あるいは、別の深刻な病気(癌など)が検査により発見されたとの噂も流れている。だがしかし、病状が悪化しようがしまいが、安倍晋三はかつてないかたちで追い込まれていた。

 黒川弘務を無理矢理に定年延長させて検事総長の職に就かせようとした策動が、広範な国民からの激烈な批判を受けて頓挫し、さらに賭け麻雀問題で黒川は完全に失墜。これで検察への抑えは効かなくなってきた。そうしたなかで河井夫妻の審理は進行しており、安倍自身に刑事責任の追及が及ぶ事態は現実味を帯びてきた。他方、アベノマスクをはじめとして、政権の打ち出す新型コロナ対策はことごとく失望と怒りを買い、支持率の低下が止まらない。臨時国会を開こうにも開けない――それは憲法違反にほかならないのだが――状況に立ち至っていた。かつ、来年に延期された東京五輪の開催はもはや絶望的であり、ホスト国の元首という晴れがましい役割を果たすチャンスももう消えた。

 そのような情勢下で、安倍晋三にとっての火急の課題は、「いかにして身の安全を確保して政権を投げ出すか」というところに必然的に定まる。ここで下手を打てば、国民の批判は自民党本体にも及んで政権を失うかもしれない。あるいは、影響力を及ぼせない人物が総理総裁に就任するかもしれない。いずれの場合でも司直の手が自らの身に及ぶ可能性が高まる。

 ゆえに、このタイミングでの持病の悪化は、大変な好材料として機能する。大衆の感情のモードを「もう引っ込め、馬鹿野郎」から「色々あったけれど、病気は気の毒だ。長い間、お疲れ様でした」へと転換させること、これが安倍の自己保身のために決定的に重要な事柄となったのである。

 案の定と言うべきか、辞意表明後の世論調査(共同通信)によれば、政権支持率は20ポイントも上昇し、目下のところ安倍の仕掛けは成功を収めている。

 そしてまさに、この転換の片棒を担ぐ、というか転換を実現する主体となっているのがマスメディアである。ここまでくれば、報道機関は民主主義の敵であると言っても過言ではない。なぜなら、この転換によって実現されるのは、「民意に押されての退陣」から「体調不良による余儀のない、また同情に値する退陣」への意味づけの大転換であるからだ。

 要するに、この半月ほどの健康不安をめぐる演出は、「民意によって追い込まれての退陣」という現実を誤魔化し否認するための手の込んだ工作にほかならなかった。この工作は、安倍個人の自己保身という次元をはるかに超えて、深刻に罪深いものだ。というのは、そこに懸けられているのは、民衆の力を否認し、民衆に自らを無力だと感じ続けさせることにほかならないからである。

 そして、民衆が自らの力を自覚してしまうことを、安倍政権がどれほど恐れてきたことか。思い起こされるのは、2015年8~9月の新安保法制をめぐる政治攻防が頂点にあったとき、私も国会前でのデモ等の反対運動に参加していたが、その際、警備・デモ規制体制は日々強化されて行ったことだ。警察は、交通安全の確保を名目として、デモ参加者を歩道に閉じ込めようとした。しかし、8月30日のような日には、膨れ上がった人波のために歩道と車道を仕切る線(警察の置いた障害物による)が決壊し、車道に人がなだれ込んで道路が解放された。その翌日には、警備・規制の体制は著しく強化された。

 その動機を推察するならば、国会前の道路が民衆によって埋め尽くされている絵柄を撮られて拡散されることを、国家権力は極度に嫌がっている、ということだ。私もその場に居合わせたからわかるが、車道に人がなだれ込んでせいぜい数時間そこが解放されることになど、実質的には大した意味はない。しかし、その光景は、民衆の力、民衆が本当は何をなし得るかということの象徴となりうるのだ。だからこのちっぽけな出来事を権力は恐れているのである。その恐れの真剣さが、警備・規制体制の強化からは如実に伝わってきたのだった。

 「権力を取って変える」などといった言葉を口にするメディア人は、自らを民主主義の守護者か何かだと思っているようだが、勘違いも甚だしい。彼らが実際にやっていることは、民意の無力化に血道をあげることにほかならない。

 そんな彼らの現実の姿が遺憾なく暴露されたのが、8月28日の総理辞任表明記者会見での質疑応答の場面だった。フリーランス以外の記者で権力の私物化の問題に切り込んだのは、「東京新聞」と「西日本新聞」の記者のみ。しかも、一記者一問に規制されているから、安倍が「私物化していない」という自らの主張を一方的にまくし立てて終わった。記者間の連携も取れていないから、別の記者がさらに突っ込んだ質問を続けて追及することもなかった。ただの一人も、安倍晋三が訴追される可能性について言及しなかった。政治部記者の実像をあらためて見せつけられて、新聞の購読を中止する読者が多数出たとしても全く不思議ではない。

 会見が終わるとテレビ各局は、「総理辞任表明に対する街の反応」といった映像を流し始め、マイクを向けられた街ゆく人々が、異口同音に「病気で大変だったんですね、お疲れ様でした」といった類の言葉を発する様を延々と流した。街頭でのインタビューには、当然別様の、もっと厳しい反応もあったはずだ。まともな政治意識の持ち主ならば、「お疲れ様でした」で済ますはずがない。
 あたかも官邸の意図を汲むかのように、テレビは「同情する人々」を映し続けた。ウンザリしてテレビのスイッチを切った者も多かっただろう。ここでも問題は、安倍が逃げ切りに成功するか否かのみではない。これらの放送は、同胞に対して絶望することを促している(意図的にであるかは知らぬが)のである。民主制は同胞への信頼なくして成り立たない。だからそれは、民主制に対する根本的な否定なのである。

 けれども最後に、ここまで厳しい批判を書き連ねてきたマスメディアに対して、同情する気持ちもあることを書いておきたい。この7年余りの間に多くの報道関係者と会い、話をしてきた。親しい友人もいる。だからわかるのだが、権力を監視し適切に批判することがメディアの務めだということを理解していない報道人などほとんどいない、ということもまた事実なのである。
 ならばなぜ、彼らは安倍政権に敗北、卑屈な阿りにまで転落し、唯々諾々と後退を続けてきたのか。その根本の理由は、権力批判の言説を生産することに、報道人の多くが自信を持てなくなってしまった、というところにあるのだと思う。権力を批判することには当然リスクが伴う。怖いことだ。その恐怖を乗り越えられるのも、批判に対して多くの支持が寄せられるだろうと思えればこそである。逆に、支持なき批判は孤立を招く。この7年余りの間に報道人が失ったのは、「私が放つ批判の言葉は世の中に届くはずだ」という確信ではなかったか。徒労感、孤立への恐怖。これらが、報道人の姿勢を内側から崩して行ったのではなかったか。
 そうだとすれば、私は、「空気に屈するな」とは思うが、同時に同情の念を禁じ得ない。確かに、「安倍的なるもの」が覇権を握ることにメディアは加担してしまったのだとしても、「安倍的なるもの」をメディア自身がつくり出したのではないのである。だから、安倍長期政権をもたらした「メディアの変質・劣化」の前提、より本質的な条件として、社会そのものの変質・劣化がある。それこそが、安倍政権の長期化を可能にした本当の主役として分析の俎上に載せられなければならない

10.26 林卓廷・許智峯、露骨なフレームアップ。



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陳木勝(ベニー・チャン)死す。

陳木勝が癌で死亡という突然のニュース。
特にヘビースモーカーという印象はなかったのに咽頭癌? 彼が患った上咽頭癌は日本人には少なく、華南・シンガポールでよく見られる癌とのこと(なんでもウィルスが原因ということ)。
伝えるこのTVB芸能ニュース、何が驚きといえば最後の最後に出るジャッキー・ロイの変わりすぎた風貌。あの「ミッション」の若者が・・・・とはいえ20年も経ったのに呉鎮宇がほとんど変わりないほうがオカシイのかも。




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