香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

「てんやわんや」渋谷実(1950)

 原作は毎日新聞に連載された獅子文六による小説。作者本人が愛媛県宇和島市へ疎開した時の様子を題材とした、愛媛県南予地方の風土、文化が詳細に描かれた風刺喜劇。
監督は渋谷実、脚本は斉藤良輔と荒田正男が担当。宝塚歌劇団出身である淡島千景の映画デビュー作品。
淡島はこの作品でブルーリボン賞主演女優賞を受賞した。
共演は佐野周二、桂木洋子、志村喬、藤原釜足、薄田研二。

 

「悪の力」

『悪の力』(Force of Evil)は、1948年にジョン・ガーフィールドとベアトリス・ピアソン主演、エイブラハム・ポロンスキー監督によるフィルム・ノワール作品である。
ポロンスキーとアイラ・ウォルファートが、ウォルファートの小説『タッカーの仲間』を脚色した。 ポロンスキーは、ボクシング映画『ボディ・アンド・ソウル』(1947年)の脚本家で、ガーフィールドも同作品で男性主演を務めた。
1994年、『フォース・オブ・イーヴィル』は、議会図書館によって「文化的、歴史的、または美的に重要な作品」として、米国国立フィルム登録簿への保存対象に選定された。

 

ジョー・モースは、有力なギャングであるベン・タッカーと組んでいる弁護士だ。タッカーはニューヨーク市のナンバー賭博を統合し、支配権を握ろうと企んでいる。彼は776という数字を不正に操作しようと企んでいる。776は独立記念日によく行われる数字で、1776年と独立戦争を暗示している。この数字が当たると、マケットを運営する「銀行」が破産し、タッカーが支配権を握ることができるのだ。

ジョーは疎遠になっていた兄のレオを訪ね、タッカーと組むよう説得する。レオは脅迫だと断る。ジョーは警察に通報し、レオを説得しようと銀行を急襲する。ジョーはレオを保釈する。レオはジョーに、娘同然に思っている秘書ドリスの転職を手伝ってほしいと頼む。ジョーはドリスを家まで送り届ける。そこで二人は互いに惹かれ合うが、それぞれの犯罪行為の倫理性については意見が分かれる。

タッカーの不正操作計画は成功し、銀行は破産に追い込まれる。ジョーはレオと妻シルビアの自宅を訪ね、レオを破産から救う計画を提案する。レオは渋々同意する。帰り道、ドリスとばったり出会うが、またしても誘いを断られる。翌日、タッカーの部下たちがレオの銀行を占拠する。簿記係のバウアーは辞職しようとするが、ジョーとタッカーの部下から合併を手伝ってほしいと脅される。バウアーは警察に通報し、不正操作の摘発と摘発に協力するための情報提供者になることを申し出る。帰り道、ギャングのビル・フィッコの代理人であるウォーリーが彼に近づく。フィッコは自ら不正操作に手を染めようとしており、バウアーにレオとの面会をセッティングしてタッカーの不正に関する情報を得るよう依頼する。

ジョーは、不倫関係にあるタッカーの妻エドナから、タッカーの電話が検察に盗聴されていると警告される。後にジョーは自分の電話も盗聴されていることに気づく。エドナの誘いを断り、ドリスと共にオフィスを出て彼女をアパートに連れ帰り、そこで二人はキスをする。翌日、レオの銀行が再び警察の捜索を受ける。裁判所でタッカーはジョーに、自分とフィッコの関係は暴力沙汰に発展する恐れがあると告げる。ジョーはレオにナンバーズの仕事から手を引くよう要求し、自ら銀行を引き継ぐことに同意する。同時に、激怒したドリスにも遭遇する。ドリスはジョーがレオにナンバーズの仕事を続けるよう強要したと非難する。

その夜遅く、ジョーがオフィスに戻ると、相棒のジョー・ウィーロックがいた。彼は警察の情報提供者であり、ジョーの電話を盗聴していた張本人だった。ジョーは金庫から銃と金を取り出し、それを使って町から逃げ出そうとする。ウォーリーは再びバウアーにフィッコとジョーの面会を申し入れ、身の危険を感じながらも同意する。レオとバウアーはレストランで会うが、そこでレオはフィッコの部下に捕まる。騒ぎの中、バウアーは殺害される。

ジョーはドリスと飲みに行くが、ドリスはジョーの逃亡の誘いを断り、自首を促し、愛していると告げる。二人はレオとバウアーの知らせを受け、ジョーはタッカーの家に急ぐ。そこでジョーはフィッコと面会していた。タッカーは、暴力を終わらせるため、フィッコを暗殺計画に介入させることに同意する。その条件とは、フィッコが銀行の運営を維持し、いかなる手段を使っても従業員が辞めないようにすることだ。到着したジョーはレオに会うよう要求し、取引の事実を知るとフィッコを襲撃する。フィッコはレオを殺し、灯台のそばに遺体を捨てたことを明かす。彼らと話している間、ジョーは盗聴器をこっそりと受話器から外し、検察官にフィッコがバウアーとレオの殺害を自​​白するのを盗聴させてしまう。そして、ジョーはタッカーのオフィスの照明を壊し、部屋を真っ暗にする。タッカーは誤ってフィッコを殺害し、その後ジョーに殺される。ジョーはドリスと共にレオの遺体を探しに行き、その後警察に自首するためにその場を去る。

公開当時、Variety誌のスタッフは賛否両論の評価を下し、制作の質を称賛する一方で、焦点のぼかし方や「押しつけがましい」美辞麗句を酷評した。

『悪の力』は、タイトルに示唆された興奮をうまく描き出せていない。制作者は、数字詐欺の実態を暴く最良の方法を見出せなかったようで、強烈なインパクトを残す詐欺師メラーの描写に関しては、結局、中途半端な出来に終わっている。詩的で、ほとんど寓話的な解釈が、プロットのよりハードな部分にまで入り込んでいる。この要素は作品に何ら際立った特徴を与えず、むしろ物語を難しくしているだけである…ガーフィールドは、期待通り、与えられた素材を最大限に引き出す演技で見事に演じきっている…技術面では、ストーリーよりも制作が優れている。物理的な設置は専門的に評価されており、ニューヨークのロケ地での撮影はリアリティを与えている。ジョージ・バーンズの撮影は、やや芸術的な側面はあるものの、熟練した職人技を示している。

N.Y.Timesの映画評論家、ボズレー・クロウザーは本作を高く評価し、「不快な側面はあるものの、本作は力強い犯罪と罰のドラマであり、見事かつ壮大なスケールで描かれていると言えるだろう。幾度となく練り上げられ、もはや陳腐で陳腐な素材とアイデアから、サスペンスと恐怖、犯罪の荒涼とした現実感、そして恐ろしい破滅感を巧みに描き出している。そして、希望に満ちた人生が誤った方向へ向かう悲哀を、雄弁な台詞の断片の中に、感動的な暗示として捉えている」と記している。

映画史家アンドリュー・サリスは1968年に、「『悪の力』は、何度観ても現代アメリカ映画の最高傑作の一つとして認められる。だが、ガーフィールドとベアトリス・ピアソンがタクシーに乗るシーンは、『波止場』におけるブランドとスタイガーの傑作の輝きをいくらか損なっている。」 
エディ・ミュラーはポロンスキーについて、「彼はハリウッド映画界で初めて、映像、台詞、ナレーションを三部構成で調和させ、映画詩的な形式を試みた監督の一人だった。登場人物たちはほとんど無意識のうちに、啓示的な言葉で語り出す。場面はエドワード・ホッパーの絵画のようなメランコリーで構成されている。編集はしばしば大胆なまでに唐突だ。映画の核となる荒涼とした空気にもかかわらず、物語は創造的なアドレナリンによって推進されている」と指摘している。

『悪の力』は公開から数十年を経て、W・S・ペヒターやA・ディコスといった映画評論家や歴史家から、その詩的な映像と言語の力強さから、フィルム・ノワールの最高峰として認められている。マーティン・スコセッシも、自身の犯罪ドラマの制作において、この作品の影響を何度も認めている。

今朝の東京新聞から。

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参政党から高市氏にネタ変更 選挙で稼ぐYouTuber、思わぬ暗転(朝日新聞)

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政治系YouTube投稿者の男性が、収益や視聴者層を確認するパソコン画面=2026年1月29日午後4時18分

 衆院選の投開票が近づく中、ネット上には政治系の動画があふれる。中には真偽不明な内容や扇情的な言葉も目立つ。どんな人が動画を作っているのか。動画チャンネルを立ち上げ、月90万円近い収入を得たこともあるという男性がその一端を語った。

 「稼げなかったら、やっていませんよ」

 匿名の政治系YouTubeチャンネルで生計を立てる東京都日野市の男性(39)は淡々と語った。

参院選は「チャンス」 応援チャンネル立ち上げ

 投稿を始めたのは昨年5月。自身も支持する参政党の応援チャンネルを立て続けに、二つ立ち上げた。参政党の人気の高まりを感じ、7月の参院選が「チャンス」と考えた。

 写真やAI(人工知能)の音声を使い、「有名企業が支持を表明した」「特定の記者の取材を拒否した」といった内容の3~10分の動画を、毎日投稿した。数十万回再生される動画が相次いだ。

 すぐに広告収入が入り、参院選を挟んだ3カ月の収益は約220万円に上った。「選挙期間は注目度も高いし、ネタにも困らない。稼ぎ時ですね」と振り返る。

再生数は2億7千万回→17億4千万回

 政治系動画の存在感は年々増している。選挙・政治情報サイト「選挙ドットコム」によると、政治系YouTubeの再生回数は2024年10月の衆院選時は2億7千万回だったが、昨年の参院選は17億4千万回に増えた。

 男性は小学生の子ども2人と会社員の妻と暮らす。西日本の政令指定都市の市役所職員だったが、自由な時間と収入増を求めて6年前に退職。ネットビジネスのコンサル業などを試したが振るわず、借金を背負った。その中で手を伸ばしたのが、政治系動画だった。

「高市さん、熱い」 次は首相の動画作り

 しかし、参院選が終わり、しばらくすると、再生数が伸び悩んだ。運営する二つのチャンネルのうち、一つは毎月10万~30万円の広告収入が続いたが、もう一つは、数万円に落ち込んだ。

 そこで注目したのが、高市早苗首相だった。下がらない内閣支持率に、どこかで見かけた「選挙が近い」との情報。

 「高市さん、熱い」。稼げると踏み、昨年12月にチャンネルを立ち上げた。「やはりお金が第一目的。保守なので、高市さんも悪くはないかな」と思った。

 男性は自民党を支持していない。高市首相は「責任ある積極財政」や、旧姓の通称使用拡大なども打ち出す。しかし、男性は「政策はあまり詳しくは知りません」と明かす。

 動画には、手早く、刺激的にといった、参政党の応援チャンネルで学んだ「コツ」を盛り込んだ。

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スマホにあるユーチューブのアプリケーション

正確性に危うさ、「事実確認おろそかに」

 動画のネタは、X(旧ツイッター)やYouTubeで「バズっている(よく見られている)」で探す。生成AIにネタの内容やSNSでの反応などを読み込ませて、ニュース風の動画の台本をつくるよう指示。自身で修正、加筆し、AI音声に読み上げさせる。「著作権違反かもしれない」が、ネット上で「拾った」写真をあてはめる。3分の動画なら、早ければ30分ほどで完成する。

 サムネイル(表紙画像)やタイトルには、「売国議員を駆除へww」「マスコミ敗北w」などと扇情的な言葉を並べた。

 視聴者のコメントで人気を集めるのは、「国賊議員を落選させろ!」「掃きだめのテレビ局」といった中傷とも受け取れる言葉。男性は「動画は、『自分に都合のいい考えを聞きたい、特定の人をバカにしてスカッとしたい』という視聴者のニーズに合わせているだけ。中立の解説は見られない」と語る。すでに20万回再生された動画もある。

育てたチャンネル 200万円で売買契約

 一方で、明確な危うさもはらむ。男性が1月中旬に投稿した動画は、高市首相が今回の衆院選で自民党の特定の議員を「非公認にしようとしている」とする内容だった。数万回再生され、「高市に感謝」「これだけで選挙の大義」といったコメントが約300件寄せられた。

 しかし、自民党は同じ日に、これらの議員の公認を発表していた。

 男性に情報の根拠を尋ねると、「バズっている他の動画をまねて、表現を変えて投稿する時もあるので、情報の正確性は批判されてもしょうがない。目の前の利益と作業時間を考えたら、事実確認もおろそかになってしまう」と語った。

 次に男性が目を付けたのが、チャンネルの売却による収益化だ。「十分稼いだし、毎日投稿し続けるのも面倒になった」。更新を続けてきた、参政党を応援する二つのチャンネルを売ることにした。

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政治系YouTube投稿者の男性が売りに出した参政党の応援チャンネルには、170万円の買値がついた=2026年1月29日午後4時15分、東京都内、平川仁撮影

 1月にアカウント売買を仲介するサイトに掲載すると、翌日には問い合わせがあった。1週間で、二つ合わせて約200万円の売買契約が成立した。

 「YouTubeは、はやり廃りが激しく、同じチャンネルで稼ぎ続けられる保証はない。伸びている時に売った方がいい」と話す。

YouTubeチャンネルの販売 規約で禁止

 チャンネルの販売は、YouTubeの利用規約で禁止されているが、男性は規約違反を「知らなかった」という。

 この仲介サイトで、昨年7月の参院選から今年1月までの7カ月間に、売買が成立したYouTubeの政治系チャンネルは36件。実際の売却価格は非公開だが、売り手の希望価格の平均は100万円を超え、最高額は1千万円近くだった。

 だが、衆院選が公示された後の1月末、男性に思わぬ事態が起きた。YouTubeから売却予定の二つのチャンネルの広告収益を停止すると通知された。「関連チャンネルが原因」とだけ伝えられ、明確な理由は分からない。

 チャンネルは売り物にならなくなり、手に入るはずだった約200万円も泡と消えた。高市首相のチャンネルも収益を止められる恐れがあり、いまは投稿していない。

 収入はなくなったが、男性は今後もYouTuberを続けるつもりだ。「手痛いですね。稼げるチャンネルを、また始めないと」。政治系も含め、すでに次のジャンルを考え始めている。新たな収益源を求めて。

政治サイト編集長「選挙中の収益化、議論を」

 YouTubeでの政治系動画をAI(人工知能)で分析する政治情報サイト「選挙ドットコム」の鈴木邦和編集長は「選挙期間中の収益化については、今後議論していく必要がある」と語る。

 選挙ドットコムの調査によると、2025年7月の参院選の期間中に投稿された政治系動画の再生数は約17億回。うち約9割が、政党や政治家ではない「第三者」が配信する動画だった。演説やニュース、新聞報道を切り取って短くまとめた「切り抜き型」が約4割を占め、鈴木編集長は「支持政党の考えを広めたいといった純粋な応援目的のチャンネルもあると思うが、収益目的も少なくないだろう」とみる。
 また、再生数に応じて、広告収入を得る現状の仕組みでは、情報の正確性よりも再生数が重視される場合もあるという。特定の思想を持つ視聴者が多ければ、その層が好む動画が多く作成される傾向もあり、鈴木編集長は「視聴者のリテラシーの向上も必要だ」と指摘する。 

「マリアンの友だち」

ジョージ・ロイ・ヒル監督、ピーター・セラーズ主演、1964年公開。
カメラはあのボリス・カウマン。

ニューヨーク市。コンサートピアニストのヘンリー・オリエントは、既婚女性ステラ・ダンワーシーとの情事に耽る。一方、私立学校に通う二人の少女、ヴァレリー「ヴァル」ボイドとマリアン「ギル」ギルバートは、ヘンリーをストーキングし、日記に彼に関する妄想を書き綴る。ヘンリーは妄想にとらわれ、行く先々で現れる二人の少女が、将来の愛人の夫が送り込んだ少年私立探偵だと思い込む。

実際には、裕福な国際貿易専門家フランク・ボイドと、その不貞でスノッブな妻イザベルの娘である、聡明で想像力豊かな14歳のヴァルは、ヘンリーのコンサートを見て以来、彼に恋心を抱き、親友のギルを巻き込んでいた。ギルの両親は離婚しているものの、彼女は母親と、同じく離婚した母親の友人と共に、都会のタウンハウスで比較的安定した幸せな生活を送っている。一方、両親がまだ結婚生活を送っている(とはいえ不幸な結婚生活を送っている)ヴァルは、両親が世界を旅している間、毎日精神科医に通い、有料の介護士のもとで暮らしている。

クリスマスに両親が帰省した際、ヴァルは母イザベルが若いピアニストと不倫関係にあるのではないかと心配する。ヴァルの干渉により、母親はヴァルの日記を見つけ出し、読んでしまう。イザベルはヴァルを叱責し、ヘンリーを探し出す。表向きは未成年の娘に近づかないようにと告げるためだ。浮気癖のあるイザベルと女たらしのヘンリーはすぐに惹かれ合い、不倫関係になる。ヴァルとギルは、ヘンリーのアパートの外でストーキング中に偶然その事実を知る。ヴァルの悲しみと、自分の行動を隠そうとするイザベルの様子から、フランクは事件の真相に迫る。フランクとイザベルは別れ、偏執的なヘンリーは国外へ逃亡する。しかし、イザベルとは異なり娘を心から大切に思うフランクは、ヴァルにとって良い変化をもたらす。彼は頻繁に旅行するのをやめ、ヴァルともっと一緒に過ごせる本当の家庭を築くことを決意する。最終的に、ヴァルとギルは成長し、空想の遊びからメイク、ファッション、そして同年代の男の子たちへと成長していく。




この小説は1958年に出版されました。ニューヨーク・タイムズ紙は、この作品が「温かさ、洞察力、そして郷愁」を込めて書かれたと評しました。

ピアニストの珍しい姓「オリエント」は、ノラ・ジョンソンが10代の頃に憧れていた実在のコンサートピアニスト、語り部、そして映画俳優、オスカー・レヴァントをモデルにしたことによるものです。 「レヴァント」はフランス語で「東洋」(文字通り太陽が昇る方向)を意味するため、この名前は言葉遊びとなっています。映画では、ピアニストの二人の10代のファンが中国の円錐形の帽子をかぶったり、憧れのピアニストを「東洋のヘンリー」と呼んだり、アジア風の祭壇に頭を下げたり、なんとなく日本風の名前を名乗ったりするなど、この珍しい姓への言及が何度か見られます。

ノラ・ジョンソンの父ナナリーは著名な脚本家でしたが、3年間「映画化できるなんて考えたこともなかった。だって、二人の娘でやるなんて考えられなかったんだ」と語っていました。ジョンソンは、ヘイリー・ミルズが出演している映画を見て、ミルズとパティ・デュークならできると感じたことで考え方が変わったと言います。ジョンソンは脚本を「企画書」として書き上げ、エージェントに売り込むことにしました。これは彼のキャリアの中でも稀なことでした。

1962年4月、ナナリー・ジョンソンは20世紀フォックスのためにこの本を脚本化したいと申し出ました。

ジョンソンによると、娘自身も脚本を書いたものの、劇作家としての経験不足と原作への忠実さが足りなかったため、うまくいかなかったとのことです。彼は娘から映画化権を購入し、脚本料を折半することで合意しました。

ユナイテッド・アーティスツが脚本の購入に興味を示しました。フォックスでジョンソン脚本のコメディを数本監督していたヘンリー・コスターは、脚本を読んで大変気に入り、フォックスのリチャード・ザナックに買収を迫った。ザナックは買収に乗り気だったが、まずは父のダリルに読んでもらいたいと考えていた。ダリルは結局読む機会がなく、ジョンソンはユナイテッド・アーティスツに売却することにした。ダリル・ザナックは騙されたと感じ、憤慨した。これにより、ジョンソンとかつて親密だった関係は終焉を迎えた。

1963年4月、ジョージ・ロイ・ヒルは、プロデューサーのジェローム・ヘルマンと共に映画化権を購入し、ユナイテッド・アーティスツと契約を結んでいた自身のパン・アーツ社で映画化すると発表した。
ジョンソンはレックス・ハリソンのためにヘンリー・オリエント役を書いたが、ハリソンは役柄が重要ではないとして断った。1963年5月、ピーター・セラーズが主演男優として契約した。これが初のアメリカ映画出演となった。彼は足首の骨折で別の仕事がなくなったため、出演可能になったと伝えられている。彼の都合を生かすため、映画の製作は急ピッチで進められた。

セラーズは、彼の役は「ひどいブルックリン訛りだが、教養があり魅力的に見えるよう、偽のフランス語訛りでそれを隠している」と述べている。

撮影当時15歳だったスペアスは、学校の演劇部部長がスカウトマンに推薦したことで、学校の演劇で端役を演じた以外、演技経験はなかった。『ヘンリー・オリエントの世界』がスペアスの唯一の映画出演作であり、彼女はその後まもなく俳優業から引退した。

撮影当時16歳、映画公開直前に17歳になったウォーカーは、モデルとして働いており、写真家からプロデューサーに推薦された。 製作陣は数百人の女優をオーディションしたが、選ばれた2人は友人の紹介だった。

2012年にニューヨーカー誌に掲載されたジョン・コラピントの記事によると、監督のジョージ・ロイ・ヒルは、「ヴァル」役のオーディションを受けた数百人の女優の中からウォーカーを自ら選んだという。製作陣は彼女の演技に非常に感銘を受け、編集中に彼女のキャラクターに焦点を当てるように再構成し、撮影終了から数ヶ月後に雪の降るセントラルパークを歩くウォーカーのシーンを撮影した。コラピントによると、2000年代にウォーカーは監督ヒルと撮影中に恋に落ち、ヒルは既婚で子供もおり、44歳でウォーカーより30歳近く年上だったにもかかわらず、ウォーカーの高校最終学年の間ずっと交際が続いたことを明かした。ウォーカーは、このことがハリウッドで噂となり、他社が彼女のキャスティングに躊躇し、1970年代初頭に女優業を引退する決断につながったと主張している。
撮影は1963年7月29日、ルーズベルト・フィールドのロングアイランド・スタジオで始まり、同年10月に終了した。

脚本のジョンソンは、ヒル監督がこの映画に大きく貢献した点として「公園を駆け抜けるシーン」を挙げ、「トランポリンやスローモーションのようなものを使い、まるで解放された子供時代の羽ばたきのような臨場感を最後まで演出しました。彼は献身的で、手間暇をかける監督の一人です。彼の演出は素晴らしく、感謝しています」と語った。

今朝の東京新聞から。

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中国軍制服組トップも「例外なき粛正」 習氏「一強」世代交代狙う?(朝日新聞)

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2025年12月に中国・北京であった中国軍の上将昇進式で記念撮影する習近平国家主席(前列左から2人目)と軍制服組トップの張又俠・中央軍事委員会副主席(同3人目)、劉振立・同委員会委員(同4人目)

 中国軍で相次ぐ高官の失脚は、ついに制服組トップの張又俠・中央軍事委員会副主席に及び、習近平国家主席の3期目で最大の政治事件に発展した。例外なき粛正によって、習氏の「一強」を印象づけるとともに、来秋の中国共産党大会を見据えて軍高官の世代交代を図ろうとしているとみられる。

 張氏は中央軍事委員会で習氏に次ぐ立場にある。中国国防省が24日に重大な規律違反の疑いで調査すると発表した劉振立・同委員(連合参謀部参謀長)とともに、20日に習氏が演説した党の学習会に姿がなく、動静が注目されていた。

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中国軍の張又俠・中央軍事委員会副主席=2025年3月、北京の人民大会堂

 ただ、北京の外交筋の間では張氏が失脚したと見なすことに慎重な声もあった。2017年に中央軍事委員会副主席に就任した張氏は、22年10月に発足した習氏の3期目で、習氏本人や外交部門トップの王毅氏と並び、党の慣例上の定年を超えて続投された、現体制の支柱とも言える存在だった。

現役将軍で「数少ない実戦経験者」

 香港紙・星島日報も24日、張氏について習氏と同様、革命世代の高官を父祖に持つ「紅二代」と紹介。「中越戦争に2度参加し、顕著な戦績を収めた。中国現役将軍の中で数少ない実戦経験者だ」と特別な存在であることを伝えた。

 中央軍事委では23年10月、李尚福・前国防相が巨額の贈収賄に関与した疑いで失脚。昨年10月に制服組ナンバー2の何衛東・同委副主席ら軍高官9人が巨額の汚職事件に絡み、党籍剝奪などの処分を受けた際は、東シナ海や台湾方面を担当する東部戦区の経験者が多く、瀋陽軍区司令官で系統の違うとみられた張氏は影響力を強めたという見方すらあった。

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中国軍の劉振立・中央軍事委員会委員=2025年3月、北京の人民大会堂

 張氏と劉氏が失脚すると、習氏の3期目に7人で発足した中央軍事委員会は習氏を含め2人になり、党中央政治局員に軍人がいなくなるという異例の事態になる。北京の軍事筋では「作戦を指揮する軍人がいないと、大規模な作戦が難しくなる」という見方も出ている。

 そのような異例の事態を迎えてでも習氏が進めようとしているとみられるのが、軍高官の世代交代だ。立ち上げ当初の習指導部を支えた「紅二代」は3期目で影響力が薄まった。軍でも張氏の失脚により、軍に対する党の指導が強まり、習氏の「一強」がより堅固になるとみられる。

 大東文化大学東洋研究所の鈴木隆教授は、習氏が来秋の党大会の人事を念頭に置いていると指摘。「腐敗した旧軍人層を一掃して、忠誠心や作戦能力などの面で、より習氏の理念や目標に親しんだ新世代に交代させようとしている。高齢の張氏の退出は、その象徴と言える」と分析した。

防衛研究所・五十嵐隆幸専門研究員の話

 習近平国家主席が、軍という最大の暴力装置を掌握するために、軍内の実力者である張又俠・中央軍事委員会副主席と劉振立・同委員会委員(連合参謀部参謀長)の2人を失脚させたとも考えられる。

 中国共産党政治局から唯一の軍人だった張又俠氏がいなくなることで、軍のプロの意見が習指導部に反映されづらくなることは否めない。しかし習氏にとって、中央軍事委に残った張昇民副主席という信頼できる政治将校が軍をおさえていることによる安心感の方が、重要なのかもしれない。

 ただ、張昇民氏は、部隊指揮の経験がほとんどない。習指導部が軍の能力や安全保障環境の現状を正しく認識できなくなる可能性がある。

 張又俠氏と劉振立氏は、中越戦争という負け戦を経験した最後の世代でもある。張又俠氏はかねて習氏に、現状の軍の能力では「台湾有事」を遂行できる能力はまだ備わっていないと進言し、それが2人の不仲にもつながっているという説がささやかれている。

 張又俠氏が失脚したことで、台湾有事だけでなく、日本を含む周辺国との一触即発の事態をきっかけに習指導部が暴走したとしても、ストップをかけられる存在がいなくなる。とても危ない状況だ。

紅花嶺?

60代ハイカーが郊遊徑で倒れて亡くなるというニュース。
聞き慣れないコース名と思ったら、1年前に出来たばかりの新しい郊野公園だったんですね。





「恐怖の土曜日」1955年(HD画質)

リチャード・フライシャー監督、ビクター・マチュア主演。
Internet Archiveでも視聴できます。
https://archive.org/details/violent-saturday-1955_202106

ハーパーは巡回セールスマンを装った銀行強盗で、ブレーデンビルの町に到着する。間もなく、サディスティックなベンゼドリン中毒者のディルと、読書好きのチャップマンが合流する。

ボイド・フェアチャイルドは地元の銅山の支配人で、浮気癖のある妻に悩まされている。妻を心から愛しているにもかかわらず、看護師のリンダ・シャーマンとの不倫を考えている。同僚のシェリー・マーティンは幸せな家庭生活を送っているが、息子のスティーブは、彼が第二次世界大戦に従軍せず、アメリカに残って飛行機工場の経営に携わっていることを臆病者だと思っている。地元銀行の支店長ハリー・リーブスはのぞき魔で、図書館員のエルシー・ブレーデンは借金から逃れるため窃盗に手を染める。

銀行強盗が銀行強盗計画を実行する中、フェアチャイルド夫人は銃撃戦で殺害され、リーブスは負傷する。マーティンはアーミッシュの家族が住む農場で人質に取られる。家族の平和主義者である父シュタットの助けを借りて、彼は悪党たちを倒す。その後、マーティンはスティーブにとって英雄となり、リンダは妻を亡くしたフェアチャイルドを慰める。



この映画はウィリアム・L・ヒースの同名小説を原作としているが、脚本では舞台がアラバマ州からアリゾナ州に変更された。1954年8月、スタジオ責任者のダリル・F・ザナックは、20世紀フォックス社に出版前に映画化権を取得するよう勧告し、同スタジオは3万ドルを支払ったと伝えられている。ヴィクター・マチュアはフォックス社と確執していたものの、主演を引き受けた。

撮影は1954年12月6日に開始された。ロケ撮影はアリゾナ州ビスビーで行われた。

リチャード・フライシャーは後に回顧録にこう記している。「100万ドル以下で製作された初のシネマスコープ映画だっただけでなく、とびきり素晴らしい映画だった。スタジオのボスであるダリル・ザナックはこの作品に大変感銘を受け、私たち(プロデューサーの)バディ・アドラーと私は一種のヒーローになった。このささやかな成功の直接的な結果として、私は5年間の監督契約を結び、バディはダリルの最もお気に入りのプロデューサーになった」

今朝の東京新聞から。

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