香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

今朝の東京新聞から

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今朝の東京新聞から。

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15日公開の新作に驚きの名前。

1月15日から香港で上映される黄秋生出演の新作「今天應該很高興」、
クレジットに製作者としてあの寶徐華の名前を見つけて驚きました。
香港映画から東南アジアのTVに活動の場を移して・・・なんていう噂もすでに大昔の話。
とっくにカナダに移住していたようです。
こんなプロットです。
カナダ、フィンチとミッドランドの交差点は、数え切れないほどの中国人移民の新たな人生の始まりを見守ってきました。人や車が行き交うこの街には、異国の地で暮らす何世代にもわたる移民たちの希望と不安が交錯しています。衰退の一途を辿るこの中国人コミュニティで、1990年代の香港から移住してきた4人の物語が展開していきます。一見成功している工場経営者のトニー(アンソニー・ウォン)は、職を失い途方に暮れ、自宅に押し入ってきたティーンエイジャーにのみ慰めを見出します。落ち目の歌手ダン(パトリック・タム)は娘との関係を修復したいと切望しますが、プライドと過去を捨てきれません。母親を介護するシングルマザーのエヴァ(ヤン・シミン)は愛を切望しながらも、感情的な欺瞞の中で孤独を募らせていきます。シングルマザーのファン(テレサ・リー)は、娘の将来のために生きようと奮闘しますが、人生に翻弄されていきます。カナダ移民コミュニティで育ったヤン・ヨングアン監督は、繊細な映像表現を用いて、香港の亡命者たちの心の集合像を描き出す。人生の半分を彷徨いながらも、依然として同じ場所でぐるぐると回っているように見える彼らの人生の岐路に立つとき、故郷はどこにあるのだろうか?




「刀」!

「ブレード」がクライテリオンから3月末にリリースというニュースが流れてきました。
権利元のWBはこんな具合に細切れでGH作品をビデオメーカーに出していくんでしょうか。

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「コマンチ・ステーション」(1960)

バッド・ベティカー「コマンチ・ステーション」、脚本はバート・ケネディ。

コマンチ族に妻を捕らえられたジェファーソン・コーディは、ある男の妻を解放し、故郷へ連れ帰ろうとしていた。魅力的だが悪意に満ちたベン・レーン率いる三人の無法者たちは、その女性の夫が5,000ドルの懸賞金をかけていることを明かし、ローズバーグ在住のロー夫人はコーディが救出に来た動機に疑念を抱く。

レーンはコーディの知人で、コーディは「従順な」インディアンを殺害した罪で軍法会議にかけられたコーディを助けた。コマンチ族は最近の頭皮剥ぎ事件を受けて激怒しており、レーンの部下であるフランクを殺害し、残りの一行を何度も殺害しようと企んでいる。レーンはコーディに接近し、コマンチ族/モホーク族がコーディを殺したように見せかけ、懸賞金を自分のものにしようと企む。

夫は自ら彼女を探そうとはしなかったが、ロウ夫人の帰還に対する報酬は「生死」だった。レーンは、ロウ夫人が自分に不利な証言をできないよう、死んだ方がましだと考えた。彼はロウ夫人とコーディを待ち伏せしようとするが、相棒のドビーが協力を拒否したため、レーンはドビーを撃ち殺す。

丘陵地帯での決闘で、コーディはレーンを圧倒する。彼は女性を家まで送り届け、夫が失明していることを知る。5000ドルを受け取る前に、コーディは馬で立ち去る。




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今朝の東京新聞から。

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ウクライナを守るために、私たちがたたかう価値とは(N.Y.Times)

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ブレット・スティーブンス

 ウクライナの汚職スキャンダルにおいて特筆すべきは、それが単なる日常茶飯事ではなく、きちんと「スキャンダル」として認識されている点だ。

 先月、独立機関である国家反汚職局(NABU)が主導した調査で、閣僚2人を含むゼレンスキー大統領の側近が1億ドル規模の収賄と詐欺に関与したとして、告発された。閣僚は辞任し、大統領府長官も解任され、ゼレンスキー氏の元ビジネスパートナーは国外逃亡したようだ。大統領自身は不正行為で告発されていないが、政治的ダメージは受けている。

 政治的腐敗こそがウクライナの恒常的な問題だった。今回の捜査とそれに伴う法的・政治的責任追及は正しい道だ。国の存亡をかけて戦いながらも、指導者を調査できる国家こそ、守る価値がある。

「28項目」の背景にある恐ろしい考え

 これはトランプ政権の「いかなる代償を払っても平和を求める」一派に属さない、すべての人たちを励ます考えだ。

 一派の中心人物であるウィトコフ氏とクシュナー氏は2日、モスクワでプーチン大統領との個人的な会談に臨んだ。この2人の不動産開発業者は、プーチン氏側の対米交渉窓口キリル・ドミトリエフ氏と共に、マイアミで28項目の計画を立案した人物だ。これはウクライナにとって降伏文書に等しく、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が報じたように、その背景にある考えは、さらに恐ろしいものだった。

 「クレムリンにとってマイアミ会談は、トランプ政権発足前から練られていた戦略の集大成だった。それは、従来の米国の国家安全保障体制を迂回(うかい)し、米政権にロシアを軍事的脅威ではなく、豊かな機会のある土地として認識させる戦略だ」と同紙は指摘する。「数十億ドル規模のレアアース(希土類)やエネルギーの取引をちらつかせることで、モスクワは欧州の経済地図を塗りかえ、米国と伝統的な同盟国との間にくさびを打ち込める可能性がある」

 この考え方の何が問題なのか。(元英首相の)ウィンストン・チャーチルのロシア評「謎の中にあって、謎に包まれた謎」という言葉を借りるなら、ビジネスを通じた平和という概念は、「自己破壊の中にあって、自己欺瞞に包まれた自己取引」だ。

 歴史は、この概念を否定している。第1次世界大戦前夜、英国とドイツは主要な貿易相手国だった。中国と西側諸国の経済関係は、北京がより強硬になるにつれ強化されてきた。プーチン政権下のロシアとの経験も、そうだ。クレムリンが海外からの投資を歓迎していたとされる時代、ロシアでビジネスを行った西側の企業は次々と痛い目を見た。

 そして、常識もこの概念を否定している。もしプーチン氏がロシアと西側の平和と繁栄に関心を持っていたら、四半世紀にわたって権力の座にある間に、その両方を追求していたはずだ。しかし、彼は共存を望んでいない。ロシア軍がこれまでに100万人の犠牲を出したと報じられても、彼が望んでいるのは支配だ。彼のロールモデルはビル・ゲイツやコンラート・アデナウアーではない。ピョートル大帝とイワン雷帝なのだ。

 これは今後も変わらないだろう。73歳のプーチン氏は、自らを世界史に残る人物ととらえ、弱く、虚栄心が強く、腐敗していると軽蔑する敵に対し、自分の思い通りに物事を進めてきた。ドナルド・トランプ大統領は2人のディベロッパーを交渉のために派遣することで、プーチン氏の態度を単に認めただけだ。

「パックス・アメリカーナ」 近づく終焉 その後の世界は

 今重大な危機は、プーチン氏がトランプ氏の支持するなんらかの「和平案」に条件つきで同意し、キーウに耐え難いほどの外交的圧力をかけ、受け入れを迫ることだ。これはウクライナの政治を分裂させ、北大西洋条約機構(NATO)を分裂させ、ロシア経済を救済し、欧州政治における親ロシア派の声を強め、ロシアに軍事力を回復するための時間を与えることになるだろう。

 代わりにウクライナは1994年に核兵器を放棄した時と同様、紙切れのような安全保障の約束を得るだけだろう。軍縮が平和への道であると同時に、戦争への道でもあることを改めて思い知らされる。

 マルコ・ルビオ国務長官に聞きたい。2029年、彼が民間人になり、J・Dバンス副大統領が大統領になり、プーチン氏が再びウクライナの一角を渇望したとき、米国のキーウに対する安全保障はどれほど有効なのか、と。

 プーチン氏が手札を出し過ぎて、トランプ氏に「ロシアは我々を翻弄している」という5月の発言のような印象を与え、ウクライナ防衛に対する意欲を再び呼び覚ます可能性は常にある。それは正しい行動であるだけでなく、米政権がトランプ氏のファミリーと友人たちの利益になるビジネスチャンスのために台湾の独立性を放棄することはないというメッセージを中国に示すことにもなるだろう。

 ゼレンスキー氏と欧州に残る支持者らは、それを当てにはできない。彼らは間もなく、一時的な平和をつかむか、過酷な戦争を耐え続けるかの恐ろしい選択を迫られるだろう。安全なニューヨークからコラムを書く者が助言する立場ではないが、チャーチルの別の言葉をここで参照したい。「戦って倒れた国は再び立ち上がったが、おとなしく降伏した国は終わりを告げた」

 ここでのより大きな警告は、世界中の自由な国家、特に欧州に向けられている。「パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」は間もなく幕を閉じようとしているかもしれない。その後は、どの地域も、どの国も、勢いづいて貪欲になった敵に対し、自力で立ちむかう時代となる。どう戦うべきかを知るにはウクライナの人たちを見れば十分だ。彼らを見捨てることは、私たちにとって極めて危険で私たちの恥となるだろう。 

今朝の東京新聞から

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石破氏と改革の理想に燃えた時 敗れていま猫に重ねる政治の原点(朝日新聞有料記事)

 政治学者の丸山真男いわく、この国において「現実的たれということは、既成事実に屈伏せよということにほかなりません」。では、屈服を拒み、あくまで理想を追ったら、どうなるのだろう? 32年前、日本政治を変えるという理想に燃えて自民党を飛び出し、「敗者であり続けた」元国会議員を訪ねた。

 1987年に国会議員に初当選し、90年代には若手の旗手として政治改革に挑んだ佐藤謙一郎さん。夢破れて2007年に政界引退後は「食と農」の活動などに取り組んでいます。その後の政界や、かつて改革の同志だった石破茂さんの首相退任を、どう見ているのか。取材日は、レストランの店先で知人の野菜販売を手伝っていました。

 ――店先に立つのは久しぶりだとか。いろんなお客さんから声をかけられていましたね。

 「以前は自分で野菜を作って、ここで売ってましたから。元国会議員であることは知らない人も多いんじゃないかな」

 ――金権スキャンダルが相次ぎ発覚し、政治不信が極まっていた1990年代前半、政治改革を推進する自民党若手の旗手として脚光を浴びました。

 「91年、自民党所属の当選1~3回議員54人が派閥横断的に集まり、『政治改革を実現する若手議員の会』を結成しました。私が事務局長で、石破茂さんが代表世話人。私たちが第一に求めたのは選挙制度改革です。『金がかかる政治』の元凶である衆院の中選挙区制を廃止し、小選挙区比例代表並立制を導入せよと。梶山静六幹事長ら党重鎮から陰に陽に圧力をかけられましたが、政党本位、政策本位の政治に変えるんだと、私も石破さんも燃えていました」

 「石破さんは年下ですが、衆院議員としては1期上。大変な勉強家で、相手を『論破』するのではなく、論理的に『説得』しようとする。『政治の師』のように仰ぎ見た時期もありました。彼に信頼を寄せたのはもうひとつ、世襲議員であることに、どこか引け目のようなものを感じていたから。自分と似ているな、と。政界に入る前に勤めた銀行には優秀な人間が大勢いた、と石破さんはよく話していました。しかし彼らが政治家になるチャンスはほとんどなく、自分みたいな人間が容易になれてしまうんだよなあって」

派閥勉強会での忘れられぬ出来事

 ――佐藤さんのお父様は大蔵事務次官から自民党国会議員となり、第3次佐藤栄作内閣で経済企画庁長官を務めた佐藤一郎氏ですね。私自身は政治家の世襲には批判的ですが、一方で、世襲というゲタを履いていたからこそ大局観をもって青臭く理想を追求できたのかなとも。

 「どうでしょう……なくはなかったかもしれませんね。世襲議員であることに引け目を感じていたから余計に、国会議員という特権を、自分や支持者のためではなく、公のために使いたいという思いは強かった」

 「僕の行動原理は一貫して、『目撃者責任』。ベトナム戦争勃発にたまたま鉢合わせして日本に帰国するのをやめ、兵士らの治療に当たった日本人医師の言葉です。見て、知ってしまった以上は、目をそらさずに行動する責任があるのだと」

 ――永田町ではなにを目撃されましたか?

 「新人議員を集めた派閥の勉強会のことは今でも忘れられません。僕は、父と同じ清和会に入りました。当時の領袖は安倍晋太郎さんで、講師役は、後に首相になった有力政治家ですが、最初に教わったのは『出席した会合に有名人が来ていたら、体を寄せて秘書に写真を撮らせなさい』。二つ目は『届いたお中元やお歳暮は、中身を確認したら包み直して選挙民に配りなさい』。それから、『秘書や事務員を雇うのは大変だろうけど、統一教会が無給で提供してくれるから何人でも申請しなさい』。とんでもない話だと僕は部屋を飛び出しましたが、有力政治家が追いかけてきて『人が話している最中に失礼だろう』と叱責された。期待に胸を膨らませて政界入りしたのに、涙が出るほど悲しかったです」

 「当選2回の時、小泉純一郎さんから、お前のような青臭いやつは国対でもまれてこいと言われ、国会対策副委員長に就き、日本政治の『裏』を見ました。野党の社会党とは鋭く対立しているように国民に見せかけて、実は仲良くがっちり握っている。各省庁からは毎晩のように料亭で接待されました。『今度の国会には○○法案を出します。うちのエースの○○課長が担当ですからよしなに』『地元の陳情は全部引き受けますから何なりと』。そんなことを1年もこなすと、次は好きなポストを得ることができる。自民党は機会平等。当選回数に応じたルートが確立していたんです」

 「政官財がもたれあい、政治腐敗の温床になっている。これを何としても壊さねばならず、小選挙区制はダイナマイトとして使える――。僕なりの『目撃者責任』の果たし方でした」

 ――小選挙区比例代表並立制は導入され、政権交代も起きました。しかし、日本政治が良くなったとは到底言えない。むしろ悪くなったのでは?

 「それは、改革が中途半端だったからでしょう。たとえば政党の政治活動を支えるために導入された、国民ひとりあたり年250円を原資とする総額300億円以上の政党交付金制度は本来、企業・団体献金の廃止とセットだったはずです。なのに今も続き、高市早苗首相は国会で『廃止とセットだとの約束があったとは認識していない』。開いた口がふさがりません」

 「結局、政治改革は『政争の具』に使われてしまったんです。僕は理念に殉じるつもりで自民党を離党し、新党さきがけに参加しましたが、自民、社会両党と連立を組むというので『筋が通らない』と離党した。その後に入った旧民主党も根っこは自民党と大きくは変わらなかった。政治への幻滅を深め、民主党政権誕生を前に、60歳で政界を引退しました」

石破さんは「功労者」ともいえないか

 ――引退前、議員活動の傍ら横浜で居酒屋を開いていたと。

 「『料亭政治』への皮肉です。市井の人たちの生活を知り、話に耳を傾け、その声を政治の舞台にあげて政策に結びつける。政治家の基本です。自民党は生産サイドを代表する政党だから、生活者を真に代表する政党がないと。市民が自ら政策を立案し、法案を作るくらいの力を持たねば、第2自民党がいくら増えても政治は変わりません」

 ――今の自民党にはかつてのような熱はありません。党の方針に表だって異論を唱えることすらできなくなっている。

 「第2次安倍政権がそうしたのでは。自分に従わない、気に入らない政治家や官僚は排除し、干し上げる。結果、自分の頭でものを考えないイエスマンや『安倍チルドレン』ばかりになってしまった」

 「小選挙区制によって、公認権を握る党総裁の力が絶大になってしまった。そうなることを予想できなかった僕は不覚でした。しかし一方で、国政選挙連敗という理屈で首相の座を引きずり下ろされた石破さんについては、『チルドレン』を落選させた功労者という見方も可能なはずです」

 「石破さんは最後まで辞めずに踏ん張る、場合によっては党を割るぐらいのことをやればよかったと私なんかは思いますが、自民党を飛び出して、結局自民党に復党し、裏切り者扱いされた『古傷』がうずいて、踏み出せなかったのでしょう」

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跋扈する扇動や傍観 今こそ「情熱ある行動者」に

 ――佐藤さんと石破さんは、この国の政治を変えるべく闘った「同志」であり、夢に破れた者「同士」ですね。

 「僕は『敗者』であり続けました。たぶん石破さんも、政権交代が『失敗』に終わった民主党の議員も。『敗者』は往々にして、情熱的に理想を語ったり、大きな社会構想を示したりすることをためらうというか、足がすくんでなかなか思うように動けなくなる。その間隙をついて、デマでも差別でも手段を選ばない扇動政治家が『勝者』になっている。日本政治は泥沼にはまり込んでいるのでは」

 ――泥沼からいち早く抜け出されて。良かったですね。

 「今は保護猫活動に注力し、とても幸せです。毎晩2時間半歩き、人間の都合で野良になった猫の面倒をみる。天候や体調の不良でサボりたい日もありますが、猫に『体調悪いから明日は来ないよ』と言っても通じない。ひたすら僕を待っているから約900日、一日も欠かさず続ける中で、政治の原点とはこういうことかも――なんて、自己内対話を重ねています」

 「僕の座右の書は、デンマークの哲学者キルケゴールの『現代の批判』です。フランス革命という情熱の時代が終わり、閉塞の時代に生きたキルケゴールは『誰もがたくさんのことを知っている。どの道を行くべきか。行ける道がどれだけあるか、我々はみんな知っている。だが、誰一人行こうとはしない』と書きました。そんな『賢い傍観者』が跋扈する時代にこそ、情熱ある行動者への称賛が必要だと訴えた。1846年の書ですが、SNSの隆盛で『傍観者』が増殖している今こそ、かみ締められるべき一節です」

佐藤謙一郎さん

 さとう・けんいちろう 1947年生まれ。NHK記者、神奈川県議を経て87年の参院補選で自民党から初当選。90年、衆院に転じて5期務める。07年に政界引退後は有機野菜の生産・販売など「食と農」の活動に取り組む。

素人が書いた?アメリカの停戦案 前向き装うロシアの「真の狙い」(朝日新聞有料記事)

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ウクライナでの停戦交渉をめぐって、大きな動きがありました。米国が新たな28項目の停戦案を作って、ロシアとウクライナに示したのです。ウクライナと欧州は、自分たちに知らされないうちに作られた停戦案が一方的に突きつけられたことに驚愕し、なんとか押し戻そうと巻き返しをはかっています。

 ロシアが米国を抱き込んで、自分に有利な停戦案をウクライナに押しつけようとしている――。一連の動きは、このように見えるかもしれません。しかし、私の見立てはまったく異なります。

 現時点でロシアが本気で停戦を目指して落としどころを探ろうとしているとは、私には思えません。真の狙いは、次のようなものではないでしょうか。

 1.米国に「ロシアは停戦に前向きだ」と思わせて、時間稼ぎをする

 2.停戦が実現しない責任がウクライナにあるようにトランプ大統領に思わせて、怒りの矛先が自分たちに向かないようにする

 以下、具体的に見ていきましょう。

 欧米メディアによると、米国がロシアとウクライナに示した28項目の和平案(以下、米国案と書きます)は、「ロシア寄り」の内容だと報じられています。

 そう受け取れる内容が多々含まれていることは事実です。なにより、紛争の一方の当事者であるウクライナのあずかり知らぬところで作られたという経緯ひとつとっても、まともな調停案の名に値しない代物です。

 一方で、これがロシアの言い分を丸のみした案かというと、決してそんなことはありません。

 実際にはありえないことですが、仮にウクライナが全28項目を丸のみしたとしても、ロシアは「ウラー!(万歳!)」と叫ぶことはないでしょう。それどころか、逆に困った立場に立たされることでしょう。

 最も重要な、停戦ラインをどこに引くかについても、例外ではありません。

 米国案は概略、以下のように定めています。

 ・クリミア半島、ドネツク州、ルハンスク州を事実上のロシア領として、米国などが承認する

 ・ウクライナ軍は、ドネツク州で現在支配している地域から撤退する。そこは非武装の緩衝地帯とし、ロシア領になった後も、ロシア軍は展開しない

 ・ヘルソン州、ザポリージャ州は、現在の戦線で凍結する

 ウクライナからすれば、ロシアへの領土割譲を強いる許しがたい案です。

ロシア側も受け入れられない米国案

 しかしロシアから見ても、これは受け入れ困難です。ロシアはクリミアと、ドネツク、ルハンスク、ヘルソン、ザポリージャの4州の計5地域全体がすでに自国領になったと宣言しており、憲法にもそのように明記しています。

 ロシアは今年6月2日にトルコのイスタンブールで行われたウクライナとの協議で、停戦の条件を文書で示しました。

 その中でロシアは、これら5地域がロシアに正式に編入されたことを国際条約で確定することや、ウクライナ軍がこれらの全域から即時撤退することを要求しています。さらに実際に撤退が始まった段階で、初めて停戦が可能になると主張しました。米国案をそのままのむことは、現状ではあり得ません。

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2025年11月27日、キルギスの首都ビシケクで、ロシアメディアの質問に答えるプーチン大統領=AP

 実際プーチン大統領は11月27日の記者会見で、次のように強調しました。

 「ウクライナ軍が、彼らが現在支配している地域から出ていけば、停戦が実現される。出て行かないのなら、武力で奪取するまでだ」

 具体的にどの地域のことなのか、プーチン氏は明言しませんでした。

 ドネツク州とルハンスク州、いわゆるドンバス2州のことだと受け止めるメディアが多いようですが、私はそうは思いません。プーチン氏が従来通り4州全域からのウクライナ軍撤退を求めていることは、ほぼ間違いありません。

 ペスコフ大統領報道官は翌28日、この点の確認をロシアメディアから求められた際に、明言を避けました。ドンバス2州だけという解釈をあえて否定すると米国をいらだたせるだけなので、期待を持たせたままにしているのでしょう。

 ここで、どうしても思い出してしまうのが、安倍晋三元首相が進めた北方領土交渉です。ロシアは2島返還で平和条約を結べるなどと一度も言ったことがないのに、日本側は勝手に「2島ならいける」と盛り上がっていました。

 停戦後の安全保障のあり方も、米国案はロシアの主張と隔たっています。

 米国案は、ウクライナ軍の兵力の上限を60万人と規定しています。80万人以上とされるウクライナの現兵力の削減を勝手に要求する一方で、ロシア側にはなんの制約も求めない内容に、ウクライナが猛反発したのは当然です。

 しかしロシアにとっては、60万人でも多すぎるでしょう。全面侵攻開始後間もない2022年4月には、ウクライナの兵力を8万5千人に制限する案を示していたのですから。

 なにより米国案は、停戦後のウクライナをロシアが再侵攻しないように米国が中心になって守るという理屈で組み立てられています。一方ロシアは、ウクライナの安全保障にはロシア自身が関与するべきだという立場です(現に侵略している当事国が何を言っているのか、という話ではありますが)。

 ロシア側がそもそも求めてもいない、主要8カ国(G8)への復帰という案も書かれています。プーチン氏は27日の会見で、ロシアがG8の一員だったときから自分はサミットを欠席したことがあると、冷ややかに指摘しました。

 G8に招けばプーチン氏が喜ぶというのは、米国の浅はかな思い込みです。

修正進める米国…ロシアの次の狙いは?

 ところで、今回の米国案は、外交文書としても極めてお粗末で、国務省や国防総省が目を通していないことは確実です。

 一例を挙げましょう。10年に米ロが署名した新戦略兵器削減条約(新START)のことを1991年に米国とソ連が署名した第1次戦略兵器削減条約(START1)と誤記している点は、まじめに米ロ関係をウォッチしている人ならば、犯すはずのない誤りです。

 こうして見ていくと、今回の28項目の米国案は、ロシアが事前に了解した案ではないでしょう。米国の、それも専門知識のない素人が、ロシア側との意見交換を踏まえて、勝手に書き上げたという印象です。

 実際、欧米メディアなどによると、今回の米国案をまとめたのはウィトコフ中東担当特使でした。不動産業界出身で、トランプ氏とはゴルフを通じて親しくなった人物です。

 彼が、ロシア側窓口の政府系ファンドのドミトリエフ総裁との意見交換を踏まえて、文案を作ったということであれば、お粗末な中身もうなずけます。

 とにかく停戦させたいトランプ氏の意を受けて、ウィトコフ氏が停戦案の作成を急ぐ。ロシア側は現状で停戦する気はさらさらないが、前のめりな米国につけ込んで、付き合うふりをしている。私には、このように見えるのです。

 ウクライナや欧州、さらには国内からの反発を受けて、米国はウクライナ側に歩み寄った修正案作りを進めています。米国側でこの動きを主導しているのが、ルビオ国務長官です。

 ルビオ氏はトランプ政権の中にあって、ロシアに厳しい姿勢で知られています。かつてプーチン氏のことを「ギャング」と呼んだこともあります。

 米国が10月にロシアの石油最大手ロスネフチと2位のルクオイルを制裁対象とした際にも、ルビオ氏の判断が大きく影響したとみられています。

 こうした状況の中で、ロシアは次に何を狙うでしょうか。

 ルビオ氏や、彼が関与した修正案は相手にしない。ウィトコフ氏にはプーチン氏が会うなど厚遇し、停戦に前向きな言葉をささやく。その結果として、トランプ氏がルビオ氏を交渉ラインから外して、ウィトコフ氏の言うことだけに耳を傾けるように仕向ける。ウクライナからは目をそらさせて、ロシアとの関係改善を先に進めさせる――。おそらくこんなところではないでしょうか。かつての日ロ交渉でも、似たようなことが起きたことを思い出します。

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