ロシアのウクライナ侵攻を受け、台湾が中国の動向に神経をとがらせている。台湾世論の動揺を誘う中国の「情報戦」や台湾の離島付近での軍事圧力とみられる動きが続いているためだ。2日には対中強硬派のポンペオ前米国務長官の訪台が予定されるが、米中両政府への刺激を避けようと、危機管理に知恵を絞っている。
中国メディア「山東商報」の電子版に2月25日、中国政府がウクライナ在住の自国民を飛行機で退避させる活動に、台湾人とされる男性が「感動した」と語る動画が掲載された。
中国政府は同日、避難機の搭乗希望を募る際、台湾人も対象にすると発表した。動画では男性が「台湾同胞は自身の母親(中国)を愛する必要がある」と叫ぶ画面に、「母の愛は偉大」という字幕を重ねた。
だが、公開後は台湾のネット利用者から「台湾人が使わない語句が入っている」との指摘が相次いだ。台湾外交部(外務省)は25日、すでに現地の台湾人の避難を実施済みだとし、「中国政府がウクライナの国難を利用し、悪意のある政治宣伝をしている」と批判した。
台湾の民間団体「台湾ファクトチェックセンター」はロシアの侵攻前の1月下旬にも、2003年のイラク戦争時で市街地が炎上する写真を添えて「ロシアの攻撃が始まった」とうたうフェイクニュースを確認していた。この投稿には「米国が参戦するかは、台湾海峡で戦争が起きるかにも影響する」とも記され、台湾世論を動揺させようとする意図が見て取れる。
米政府がウクライナ問題に注力するなか、中国による新たな軍事圧力とみられる動きも続く。
台湾国防部(国防省)によると、2月5日には福建省沖にある台湾の馬祖列島の上空に中国の輸送機「運12」が飛来。このエリアへの進入は珍しい。国防部は「台湾軍の対応能力を見ている可能性が排除できない」と警戒を強める。
国防部傘下の国防安全研究院で中国軍の動向を研究する許智翔氏は「中国がウクライナ危機に乗じ、台湾を揺さぶっている可能性がある」と指摘する。
台湾では、米軍のアフガニスタン撤退後、「台湾も見捨てられる」といった中国発の評論が拡散し、世論が動揺した。ウクライナ情勢をめぐり、蔡英文(ツァイインウェン)総統は中国を念頭に、情報戦や軍事動向に警戒を強めるよう指示している。
台湾には3月2日にポンペオ氏が訪問予定で、滞在中に中国やバイデン米政権の対応を厳しく批判する可能性がある。蔡氏は歓迎食事会を自身ではなく頼清徳(ライチントー)副総統に主宰させる。
米国政治に詳しい台湾の厳震生・政治大研究員は「ポンペオ氏は将来の政界復帰を目指し、共和党のトランプ前大統領に対する支持勢力の取り込みを狙っている。訪台の目的には中国を刺激し、強いリーダー像を示す狙いもある」と分析する。その上で「台湾はトランプ前政権時代に大きな支持を得た。民主党政権に加え、今は野党の共和党にも保険をかけておく必要があり、中国の出方もにらんだ慎重対応を迫られている」と言う。
(台北=石田耕一郎)