香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

2022年10月

今朝の東京新聞から。

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「パートナーではない中国。対話求めるな」トランプ政権の経験は語る(朝日有料記事より)

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 東アジア地域の安定に向けて、米国は3期目の習近平政権にどう対処するのか。米中間の争いに、日本はどんな立場で関わるべきなのか。トランプ前政権で対中政策に深く関わったデビッド・スティルウェル前国務次官補に聞いた。
 ――11月にバイデン米大統領と習近平国家主席が初めて対面で首脳会談をすると報じられています。米国は今後、中国にどんなふうに関与をするべきだと思いますか。

 関与をし過ぎようとするのは、間違っています。トランプ政権当時、ポンペオ国務長官のもとで国務省にいた際、我々は「中国を追いかけてはいけない」と理解していました。いかなる合意を得ようとする場合であっても、中国を追いかけてはいけないのです。
 バイデン政権で気候変動問題を担当するケリー大統領特使は、中国から「気候変動でなにか役に立つことをするつもりはありません」と言われてしまいました。彼らを追いかけ回せば、彼らの立場を強めてしまうだけです。私もポンペオ長官も「彼ら(中国)は、話す用意ができたら話しに来るだろう」という態度を取っていました。
 不足の事態を防ぐために、一定程度は話をしておかなければならない、という論理は間違っています。定期的な協議をもたないと、戦争になってしまうという考え方に、だれかが異議を唱えるべきです。私たちはすでに(中国と)戦争しているのですから。
 中国は米国に戦いを仕掛けており、米中首脳会談をすれば、情報戦で中国の術中にはまることになります。
 中国が米中首脳会談について語る際、彼らはいつも「米国の要請に応じて開催する」と言います。中国人と習近平氏が米国首脳との会談を許可した、というわけです。中国は米国側の「弱さ」や「恐怖心」を示すために、このような言い方をするのです。
 米国は強さを示すメッセージを出さねばなりません。というのも、環境問題でも経済でも、いま中国で起こっていることをみれば、共産党体制の中国は早晩、崩壊するのですから。

 ――中国側は対話を求めてくるのでしょうか。

 中国は話をしたくなったら、必ず向こうから連絡をしてきます。中国からのメッセージを届ける人は、ウォールストリートにも、ハイレベルで富裕な層の中にも大勢います。
 米国は中国を追いかけ回して、首脳会談をして下さいとお願いするべきではありません。彼らが話す準備が整うまで、こちらから会談を要請する必要などないのです。トランプ政権当時の2019年8月や2020年6月にポンペオ国務長官が中国側と会談した際は、いずれも中国からの要請がありました。
 ポンペオ氏は中国側がなにかを提示するとは思っていませんでしたが、会談に時間を割きました。予想通り、中国は何も提案しませんでした。まったく無しです。中国は、私たちが過去にしたことを繰り返すのを待っているのです。つまり、こちらが屈服し、状況の悪化を恐れて何かをしてしまうことをです。
 米国には同盟・友好国があります。私たちは、今やっていることを続ければいいのです。中国が脅しをやめ、貿易で公正な取引を提示し、我々の経済や情報空間を混乱させることをやめ、私たちと交渉する用意ができたときに、会談に応じればいいのです。米国はこうしたメッセージを北京に伝えるべきです。

 ――日中国交正常化50年の今年、日本の岸田政権は日中首脳会談の可能性を探っているとみられています。米中関係の改善に日本が果たすべき役割をどう考えていますか。

 日本も韓国も、中国とは米国以上に長らく関係を持っています。私は、日本側に中国をどう対応するべきかを助言するなんて、考えたこともありません。日本は米国よりもずっと長く、中国に対応してきたのですから。
 2010年の尖閣諸島付近で中国漁船が海上保安庁の巡視船に接触した事件と、その後の中国の誤った行動は、日本のみなさんの記憶に残っていると思います。(日米など)民主主義国の側は関係改善を試みていますが、中国側は試みようとはしません。中国はこの関係から利益を得ようとはしますが、改善はしないのです。
 中国は、経済、情報空間、軍事的な空間で、私たちの顔を殴り続けてきました。にもかかわらず、日米はガードを下げ、殴らせ続けてきた。
 パンチはそれほど痛くはないとはいえ、それでも顔を殴られていたのに、です。関係改善をしたい人々は、「顔を殴り続けて。もっと強く殴ってもいいよ」と言うのです。
 米国がいまやっていることは、ガードを上げただけです。それに対し中国は「パンチをブロックされて、拳(こぶし)が痛い」と文句を言っているのです。「米国は私の手を傷つけている。もう顔を殴らせてくれないのか」と。
 米国の現在の行動は、まったく理にかなっています。立ち上がり、自分たちを守っているのです。40年をかけて、中国は公正な貿易や互恵的な関係に関心がないということを確信したからです。
 中国は自国の優位性にしか興味がなく、相手側を傷つけ、日本や米国、同盟関係を弱体化させます。

 ――中国の脅威を軽減するため、米議会上院は台湾政策法を準備しています。中国に対抗するため、米国が台湾との軍事的な協力を強化するこうした法律は必要でしょうか。

 個人的にはよい考えだと思います。台湾をめぐる諸条件が変わったからです。習近平国家主席は(台湾をめぐる)過去の数々の合意に反する行動を取ってきました。米国、中国、台湾の関係の前提はもはや存在しないのです。
 米議会は過去10年間に、台湾と米国、中国、日本との関係も台湾自体も変わったことを正しく認識しています。
 変化のきっかけは、香港の治安を維持する法制の導入です。
 米中と香港の関係の基盤は、香港で民主主義を許容する「一国二制度」の考え方でした。しかし、中国はこの考えを破ったのです。「一国二制度」の考え方から一方的に歩み去ったのです。彼らがこの合意に反したのだから、「一国二制度」は存在しないも同然です。
 中国が前提条件を大幅に変更したのですから、我々は台湾の現状について新たな会話をする必要があるのです。香港が無くなり、台湾も(中国に)吸収されても、米国にできることはありません。
 しかし、中国が香港でしたことによって、台湾の人々は状況が変わったことや、自ら立ち上がって、必要ならば戦う準備をしなければならないことに気づかされたのです。
 米議会がいましていることも、その台湾の動きを反映しています。私たちはこの現実を受け止めなければなりません。

 ――習近平国家主席の3期目が始まります。東アジアを安定させるために、バイデン政権は何をすべきでしょうか。米国が圧力をかけるだけなら、日本を含む東アジア地域の緊張は高まるばかりではないでしょうか。

 中国はとても強い経済力を誇ってきましたが、習近平氏は「一帯一路」で有毒な債務を拡大し、台無しにしました。債権は回収不能で中国国内に影響を及ぼしています。
 習氏によって中国経済は懐疑的な状況に陥りました。これはよいことです。中国から「あなたの国の経済に打撃を与えるぞ」と脅されても、「本当の脅威なのか」と思えるようになったからです。
 日本や米国の側には、同盟・友好国の連携という強みもあります。勇気を持って立ち上がり、抵抗する同志国の集団です。我々は、自分たちの「弱さ」に注目しがちですが、強みを評価し、理解しなければなりません。
 最近は「中国はいかに強く、我々はいかに弱いか」という記事ばかりを目にします。中国のどこが強くはないか、そして、我々のどこが強いかに、目を向け始めなければなりません。

 ――米国は中国との「戦争」に勝つと思いますか。民主主義国家は最終的に勝利するでしょうか。

 中国は1950年の朝鮮戦争以来、米国、そして自由主義世界と戦争状態にあり、米国やその同盟国を「敵」だとみなしています。彼らは中国で我々をいまだに「敵」と呼んでいます。もちろん、公の場所では言いませんが。
 米国はガードを上げ、中国を敵対国として扱うべきです。彼らは明らかに友人ではありません。米中双方の利益になることをしようとはしません。経済や情報空間を中心に、彼らは私たちに戦いを仕掛けています。これは戦争です。
 中国は外交、情報、軍事、経済、金融といった分野で、我々と戦っているのです。中国をパートナーとして扱うのはやめ、これらの領域で反撃を始めなければなりません。軍事の領域では、悪い行動を抑止しなければなりません。
(聞き手・望月洋嗣)

David Stilwell 1980年に空軍入隊。F16戦闘機パイロットを経て、米軍三沢基地司令官、在北京米国大使館の駐在武官などを務めた。トランプ政権で2019年から国務次官補(東アジア・太平洋担当)。

「トランプの言動がヒスパニックに響いたわけは ”国境の壁”も賛同」(朝日有料記事より)

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  米国の多様性が最もよく表れるのが、人種やエスニシティー(民族)だ。なかでも特に影響力を増すのが、スペイン語を話す中南米出身者やその子孫を指す「ヒスパニック(ラティーノ)」。2020年の米国勢調査で、自らをそう認識する人口は約6200万人に上り、全体の19%を占めた。その動向は、11月の中間選挙のみならず、米政治の将来を大きく左右する。現状をどうみるか、ヒスパニックの歴史に詳しいノースウェスタン大のジェラルド・カダバ教授に聞いた。
「アメリカの『多様の統一』というモットーは事実である」。米国の文豪スタインベックの言葉です。その「事実」が揺らぐ米国はどこへ向かうのでしょうか。11月8日投開票の中間選挙を前に識者に聞きました。

 ――20年の大統領選で、ドナルド・トランプ氏はヒスパニックの有権者からの支持が伸びました。16年の大統領選は3割の支持だったのが、20年は4割に上がったという分析もあります。この理由についてどうみますか。

 「共和党は長年にわたり、ラティーノの有権者の支持を受けようと、様々な試みをしてきました。レーガンやブッシュ(子)らの大統領の頃は特にそうでした。ただ、トランプ氏はこうした歴代大統領と比べ、かなり異なる共和党を代表しています」
 「トランプ氏が大統領に就任したとき、相反する二つの可能性がありました。ラティーノが共和党から完全に離れてしまうか、逆にトランプ氏を積極的に受け入れるか、です。トランプ氏はメキシコからの移民を『強姦者』『泥棒』と呼ぶ一方、任期中にはラティーノの経営者へ真剣に手を差し伸べました。規制緩和や減税、家族所得の上昇などのテーマに取り組み、(信仰の厚いラティーノに受け入れられるよう)教会も訪ねていました。20年の大統領選の結果を見ると、後者の方の可能性が実現した、といえそうです。つまり、ラティーノのなかから新しい共和党支持者を掘り起こすことに成功したのです」

 ――11月の中間選挙には、どのように影響しますか。

 「共和党は中間選挙で、20年の大統領選が単なる偶然ではなかったと示そうとしています。トランプ氏へのラティーノの支持が伸びたことは、ラティーノがより保守的になったことを示すものであり、トランプ氏という、カリスマと強権を兼ね備えた指導者固有の要因によって起きた現象ではない、と証明したいのです。一方、民主党は逆に、20年の結果が一時的なものであり、ラティーノの有権者にきちんと向き合えば支持を取り戻せる、と示そうとしています。確かに、テキサス南部など共和党支持が伸びた地域で、民主党はほとんど活動していませんでした」
 「ただ、今回の中間選挙の結果によって根本的な変化が明らかになるとは思いません。最近の世論調査を見ていると、ラティーノの半数ほどは民主党、3割前後は共和党を支持し、支持を決めていない人が多くいます。共和党支持は伸びていますが、雪崩を打った動きがあるわけではありません。変化しているかどうかは、もっと長い時間をかけて見ていく必要がありそうです」

 ――トランプ氏のように、中南米などからの移民に厳しい姿勢を取ることは、ヒスパニックからの支持を減らすと見なされていました。その前提は間違っていたのですか?

 「非常に難しい問題です。過去数十年間を振り返っても、ラティーノが重視する政治的テーマのトップ3に移民問題は入っていません。上位に入るのはいつも医療保険、教育、経済でした。ただ、移民をめぐってラティーノの意識が急速に動いているという兆候もあります。以前は、国境での「壁の建設」など厳しい移民規制はラティーノの15~20%が支持するにとどまっていましたが、最近は3割を超える場合もあります」

 「理由として考えられることはいくつかあります。08年のリーマン・ショック後の経済危機で、ラティーノの多くは白人と比べて厳しい打撃を受け、経済的に不安定な状況が長期にわたって続きました。そのうえ、新型コロナウイルスのパンデミックが起き、米国政治の混乱も広がりました」
 「これらはいずれも、ラティーノの心理の不安定化につながります。ほかの米国人と同様に、自らの家族やコミュニティーの外にいる人たちに対して共感するゆとりが乏しくなっているのだと思います。米国全体で反移民の感情が強まれば、ラティーノも無縁ではありません」

 ――ラティーノの間で、反移民の感情が高まっているということですか。

 「米国人の中でも、ラティーノは特に中南米からの移民について複雑な気持ちを抱いていると思います。多くの人は、本人や親、祖父母が移民であり、『私が得たのと同じような機会を、移民の人たちにも与えたい』と感じています。米国のラティーノの3分の2ほどは、家族や知人のなかにビザを持たない移民(不法移民)がいるのです。私自身、『中南米から逃れてくる人たちに同情しない』と話す保守的なラティーノと会ったことはありません」
 「ただ、米国のラティーノは同時に、『ここは法治国家であり、法律を執行しなければならない』と主張しているのです。ビザを持たない移民の問題を、そうした移民に便宜を図る形で解決することも望んでいません」

 ――カリフォルニア州では1994年に、不法移民に公的サービスを与えない施策が住民投票で可決されました。この結果がヒスパニック有権者の政治的関心を呼び起こし、カリフォルニア州が民主党支持に傾くきっかけの一つになったとされてきました。

 「確かに、1980年代までカリフォルニア州は共和党が強く、現在は民主党の牙城(がじょう)です。ただ、共和党がラティーノの支持を得ていないかというと、そうではありません。カリフォルニア州に住むラティーノの有権者が全米で最も多いので、割合ではなく人数でみると、共和党に投票するラティーノの有権者が最も多いのもカリフォルニア州です」
 「民主主義社会においては『永遠の勝利』はありません。そのような単純な見方は、民主党だけでなく、共和党もラティーノの支持を得ようと努力をしているという現実もとらえていません。米国の歴史では、カリフォルニア州で起きたことが、全米に広がるという例が確かにありますが、移民と政治の問題ではそうなっていません」

 ――米国の政治は、「白人と非白人」という概念で語られることもよくあります。多様なマイノリティー(少数派)を「非白人」でまとめがちであることについてはどう思いますか。

 「マイノリティーの人々の間で共有されていることはたくさんあります。黒人、アジア系、ラティーノのいずれであろうと、連帯を呼びかける人たちも数多く存在します。根底にあるのは、米国で暮らす非白人として、分断することよりも、統一することの方が多いという認識です。民主党のなかでも進歩派(左派)の人々は、人種差別に対し、マイノリティーが一致して闘う必要があると訴えています」
 「その一方で、共和党はこうした動きを『アイデンティティー政治』として批判し、一定の支持を得ています。メキシコ系米国人やキューバ系米国人ではなく、まずは米国人として認識されたい、と考える保守的なラティーノは多くいます。ラティーノを一つのかたまりとして認識することに無理があるのも確かです。6千万人の集団が、一つの方向に向かうこと自体、ありえません」

 ――ラティーノそのものが、ひとくくりにはしづらい多様な存在ということですね。

 「例えば黒人の場合、公民権運動が広がった1960年代に共和党から離れる傾向が明確になりました。その後も共和党は黒人の支持を取り戻すことはできておらず、大統領選での支持率は10%程度で推移しています。黒人に比べても、ラティーノは政党に対する支持が揺れてきたのが特徴です」
 「民主党やラティーノの政治団体の中には『ラティーノは根本的に(民主党支持の)進歩主義だ』というメッセージを訴えようと非常に力を注いできた人たちがいます。ラティーノが岩盤の民主党支持ではなく、実は政治的中間層であるとしたら……。『ラティーノは進歩主義だ』と訴えてきた人々が、自分たちの政治的影響力を失いかねない事態だと懸念している、という話も聞きます」
(ニューヨーク=中井大助)

 Geraldo Cadava ノースウェスタン大学教授。専門は米国におけるヒスパニックの歴史で、著書に共和党とヒスパニックの関係を描いた「The Hispanic Republican」(2020年)などがある。

「神探大戰」

日比谷で「神探大戰」。
「神探」からもう15年、杜琪峯と韋家輝の共同監督というクレジットになっていましたが現場での演出はほとんど杜琪峯がやっていて実質は単独監督に近いものだったという話を思い出して。
今作は猟奇的な描写も避けてありCGと過剰なほどの銃撃シーンの連続、これじゃあハーマン・ヤウの出番だろうと。
そういえば、「神探」は三級片でした。
渡船の叔母さん、観たことあるような・・・・と思ったら、ステファニー・チェ(車婉婉)!



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「中国からから脱出続々 習近平政権が見せ始めた裂け目」(朝日新聞有料記事より)

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  中国共産党の習近平総書記が、3期目に踏み出しました。政治局常務委員7人のうち4人が交代し、さらに「習カラー」が色濃くなった新体制は、どこへ向かうのでしょうか。中国に詳しいルポライターの安田峰俊さんに聞きました。
 ――習体制の3期目が、幕を開けました。

 中国内では、習近平体制に対する信頼感もあり、庶民の間では、すごく人気があります。中国内の報道が、すべて体制に肯定的だからです。
 しかも、誰が指導者になっても同じという感覚も、人によってはあるのではないでしょうか。選挙がなく、自分たちで選んでいるわけではないので、なおさらです。
 習氏は、すくなくとも政権の第1期までは、「うまくやってきた」のだと思います。その前の胡錦濤体制の後半の5年間は、大変なことになっていました。群体性事件と呼ばれる暴動が、年間数十万件も全国各地で起き、官僚の腐敗が蔓延し、大気汚染はすさまじく、指導部は軍も公安も司法も、コントロールできていませんでした。
 中国共産党には胡錦濤時代の弱々しさをチェンジする必要があり、だからこそ力のある指導者が求められ、それが習氏だったと考えています。

 ――習体制は、いつまで続くとみていますか。

 ふつうに考えたら、習総書記は4期目までやろうとしているし、やる気満々なのでしょう。中国の国内総生産(GDP)は、いずれ米国を超えるといわれています。そのときの指導者では、いたいのでしょうね。
 コロナ禍でここ数年は中国に行くことができていないので、肌感覚ではわかりませんが、習氏の人気はそんなに落ちていない印象があります。
 ゼロコロナ政策で上海市民は怒りを爆発させましたが、その背景には上海人のプライドの高さがありました。ロックダウンで閉じ込められ、腐った野菜を食べさせられ、お気に入りのプラダやシャネルの服に消毒液をバンバンかけられ、「なぜ(事実上の特権階級である)自分たちがこんな目に」という空気感が広がったようです。
 ほかの地域では、国民の不満が爆発寸前という感じではありません。日本では問題があるとみられている政策についても、中国の人々は人権にはなから期待していないところがあります。報道の影響でコロナはとても怖いものだという認識も定着しているので、なかでも高齢者層などにはゼロコロナ政策がわりと受け入れられているという見方もできます。

 ――習体制は、安泰なのでしょうか。

 政権が長期化すると、その弊害が顕在化してくるものです。最近、それがポロポロと見えてきました。
 いま、中国では「潤」という言葉がブームになっています。漢字そのものには、何の意味もありません。この字のピンイン(中国語のローマ字表記)は「RUN」。つまり、「逃げる」です。財産とともに家族全員で国外に逃げるケースが、すごい勢いで増えています。
 そして、比較的脱出しやすい国とみられているのが、日本なのです。生活習慣を大きく変える必要がなく、物価が安い。小さな会社を作れば、経営管理ビザが取得できます。逃げ先の人気ナンバーワンはシンガポールですが、目の玉が飛び出るようなカネがかかります。

 ――どんな人々が、逃げ出しているのですか。

 ジャーナリスト、弁護士、そして富裕層です。胡錦濤時代は共産党の悪口さえ言わなければ大丈夫でしたが、いまでは言えることのほうが少ない。また、まともに法学を学んだ弁護士からすると、習体制下で法の支配は明らかに破壊されてしまい、ばかばかしく感じている人も多いのです。
 しかも、世界的に知られた経済人まで、厳しい立場に立たされ、身柄を拘束されることもある。そうなると、ふつうの人々はもっと怖い。さらに「共同富裕」と言われると、どうしても毛沢東時代を思い出してしまいます。
 逃げ出している人々の最大のボリュームは、50代です。1989年の天安門事件を知っている世代です。彼らは、中国共産党はいざとなると、とんでもないことをすると知っています。
 いま「潤」を選ぶ人たちは、能力が高く、経済力をそなえ、先見の明がある人たちです。そんな人たちが将来を見切り、全財産を処分して逃げている。そう考えると、中国の未来に暗いものを感じざるを得ません。
 党大会での習総書記の報告は、各地で「学習」が呼びかけられています。中国は、あと10年以上は変わりそうにないと予感させる内容でもありました。ただ、私は習体制がギシギシときしみはじめているような感覚も受けます。
 党大会前、北京で習氏を批判する横断幕が掲げられました。これに呼応したとみられる動きもあり、地方都市の大学のトイレに書き込みがあったとか、どこかの映画館で大量のビラがまかれたとか。世の中が若干でも混乱すると、裂け目が見えてくるものです。
 中国各地における厳しい統制は、当局者が習氏のことを好きだからやっているのではなく、彼への忖度にほかなりません。その習氏が、少しでも弱いところを見せた瞬間、けっこう大きな変動、揺り戻しがあるのではないでしょうか。今後10年間、習氏が総書記を続ける観測もありますが、それをまっとうする前に、それが起きるのではないかと私は想像してしまいます。

 やすだ・みねとし 1982年生まれ。ルポライター。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。著書「八九六四 『天安門事件』は再び起きるか」(KADOKAWA)が第5回城山三郎賞、第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
(編集委員・坂尻信義)

「米国の”文化戦争”の先には何が 暴力どう防ぐ ベテラン教授の答え(朝日有料記事より)

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 米国で「カルチャーウォーズ(文化戦争)」と題した著書が発表されたのは、1991年のことでした。その後も米国では、人工妊娠中絶や性的少数者(LGBTなど)の権利、人種や新型コロナ対策に至るまで、人権や信条、価値観にかかわるさまざまな分野で激しい論争が続き、党派対立とも結びついて、社会の亀裂は深まっています。約30年前に本を書いた後も「文化戦争」の姿を追い続けるバージニア大のジェームズ・ハンター教授に聞きました。

 ――「文化戦争」の背景は何ですか。

 文化的な争いは、時代によって多岐にわたります。最も長く続いているのは、人工妊娠中絶の問題でしょう。同性愛の権利や、性的少数者の権利も長く争われてきました。最近の文化戦争は、移民や人種の問題にも波及しています。
 新型コロナが流行した時には、公衆衛生の問題にどう対処するかという議論まで、文化戦争のなかに巻き込まれました。争点になる問題は無限にあるのです。ただ、根源にあるのは個々の問題ではなく、米国民が抱く世界観の対立です。
 何が善い人生で、何が善い生活なのか。どんな隣人を求めるのか。米国は一つの国でありながら、人々は文化が異なる二つの太陽系に住んでいるようなものなのです。

 ――なぜ米国では深い世界観の違いが生まれたのでしょうか。

 多くの一般市民が宗教的だったのに対し、高学歴層は20世紀を通じて世俗化していきました。ビジネスや学術界、ジャーナリズム、慈善活動などの分野の人たちです。こうした宗教派と非宗教派の対立が今日の分断につながっています。そして、「文化戦争」を永続的なものにしてしまったのが、政治です。宗教派と非宗教派の対立が、共和党と民主党との党派間の争いと結びついて、政治的にも顕在化しました。
 かつて米国人は広く同じ文化を共有していました。しかし、連邦最高裁が1973年、人工妊娠中絶を選択する権利を認めた「ロー対ウェード」と呼ばれる判決の後から、対立が目立つようになりました。ベトナム戦争への抗議、女性の権利や同性愛の権利を求める運動などが巻き起こるなかで、国民の間の合意が崩れていきました。

 ――つまり文化戦争は、宗教派と非宗教派の対立ということでしょうか。

 いまでは進歩的な考えを持つカトリック教徒もいますから、やはり「文化」をめぐる深い構造的な問題といった方がよいでしょう。文化をめぐる争いとは、「善い人生」や「善い生活」とは何か、ということをめぐる争いに行き着きます。ただ、そうだとすれば、何をもって善と悪を判断するのか。
 保守派の場合、善や正義、真実は権威的なものに基づくと考えます。米国の場合は聖書が代表的な例でしょう。
 一方、進歩派の場合は、より個人の内面的なものに根ざして判断します。それは客観的な科学である場合もありますが、主観的な感情である時もあります。
 両者が異なる相いれない視点からアプローチするからこそ、文化戦争は続き、激化しているのです。

 ――著書「文化戦争」を出版されたのは1991年でした。その後も対立は激化してきたわけですね。

 大きかったのは、2008年のリーマン・ショック後の不況の影響です。中産階級の上位の人々は資産は失っても、生活への打撃はほぼありませんでした。金融業界も税金を使って救済され、不正や腐敗が根本的に正されることもなかった。
 これは、失業などを経験した中流以下の人々には極めて不公平に映りました。そして、保守派にはこうした階級の人々が多く存在していました。
 結果として、文化戦争は「階級間の文化戦争」に発展したのです。高学歴で非宗教的なエリート層と、高学歴ではない中流階級や労働者階級の人々との対立です。

 ――学歴や経済的階層の格差を反映した争いは、いまの政治的分断と重なりますね。

 この階級の力学をいとも簡単に利用したのがトランプ前大統領でした。2016年の大統領選で、ヒラリー・クリントン候補はトランプ支持者を「みじめな人々(deplorables)」と呼びました。保守派は、進歩的な人たちに見下されている、馬鹿にされていると感じていたのです。
 そこにトランプ氏が現れて、彼にしか言えない言葉で保守派の気持ちを代弁した。彼は人種差別的、女性差別的なことを言っている。それでも、進歩派に対して一撃を食らわせてくれたと、保守派は思ったわけです。

 ――保守派の人々にとってはエリート層への反発が大きかったのですね。

 我々が実施した調査によれば、保守派も進歩派も、互いに相手が「存在しなくなればいい」と願っているのです。これは90年代には見られなかった現象です。
 一つ一つの対立が、自らの生存を懸けた戦いになっている。過去と異なり宗教色はかなり薄まり、むしろ、自分たちの「生き方」が危機に直面しているとの感覚が強まっている。だから文化戦争は激化しているのです。
 これは保守派も進歩派も同様です。文化戦争は、進歩派の人を「イリベラル(反自由主義的、自由を認めない)」な行動に走らせることもある。あまりに懸けているものが大きすぎ、自らの生活や人生が脅かされていると感じるからなのです。

 ――このまま文化戦争は激化するしかないのでしょうか。

 問題は分極化それ自体ではありません。本質的には、社会をつなぐ「連帯」の問題なのです。
 そもそも物事は多面的であり、それを一つにまとめているものが何かを考えましょう。国を一つにまとめる接着剤はあるのか。誰が米国の中心を定義するのか、ということです。核となる合意がなければ社会は成り立ちません。連帯がなければ、一方が強制的に押しつけられる状況になる。それがいま、起きていることなのです。
 進歩的な人々が許容できると思うことでも、保守派は耐えられない。また、保守派が完全に許容できると考えることは、進歩派にとっては耐え難い。
 例えば、中絶問題が長く熱い議論を呼んできたのは、中絶に反対する保守派が、胎児は「人間である」と信じているためです。主張の是非は別として、中絶を認めるという判断は、「産まれる前の胎児は完全には人間ではないため、生命の保護を得られない」ということだと保守派には映ります。当然、保守派からすると容認できない判断でした。

 一方で、同性愛者やトランスジェンダーの人たちは、(保守派が容認するような)現状のままでは、自分たちが完全な市民権を得られていない、と考えていると思います。
 こうした構図のなか、多くの人々は対立の中で政治的合意を見いだすことを諦めてしまっています。

 ――激化した文化戦争の先には何があるのでしょうか。

文化戦争、暴力を生んだ過去も
 銃撃をともなう戦争の前には、文化的な争いがあるものです。必ずしも戦争につながるわけではありませんが、文化的な争いがなければ戦争は起こりません。なぜなら文化は暴力を正当化する根拠となるからです。
 自分たちの生活や生き方が消滅させられようとしていると感じる人々は、黙って受け入れることはありません。私たちは今、その状況にあると思います。
 驚くべきことに、暴力は保守派だけでなく、進歩派側でも増えていることをデータは示しています。2000年代までは暴力は保守派に偏っていましたが、最近は進歩派による暴力も同程度まで増えています。もしトランプ氏が前回の大統領選で再選していたら、進歩的な人たちからの暴力も起きていたことでしょう。

 ――政治的な問題と比べ、人が文化的な問題で妥協するのは難しいと指摘されていますね。

 文化戦争は、ある人々が社会から排除され、社会の一部として保護を受けられなくなるかどうかという問題が起きたときに、暴力に発展しやすくなります。
 例えば米国の奴隷制度では、アフリカ黒人奴隷やその子孫は人間以下の存在だとみなされていた。その結果、彼らは何をされても国家に保護されない存在となってしまっていました。
 多くの場合、戦争の前には、国民の一部を非人間的にする出来事が起きています。そうなると、あらゆる種類のことをやっても正当化されると感じるようになり、対立はどんどん激化していきます。

 ――解決を目指すにはどうしたらよいでしょうか。

 問題は、米国の政治から中道がほぼ消えてしまったことです。いま大きな声を持つのは、保守派と進歩派の両極端の人たちです。
 まずは中道右派と中道左派が一緒になり、どうやって新たな中心をつくるかを模索する必要があります。極端な意見がダメではないのですが、いまは極端しかない。一方の極端な立場からだけでは、他方を統治することはできません。
 米国が「中心」を再発見するためには、第三党の存在が必要だと私は直感的に考えています。民主党や共和党を支持する人は減少し、無党派層はこの数十年で増加の一途をたどっています。第三党が生まれる条件は整いつつあります。
 次に、政治や利益団体の指導者たちが「いかなる政治的暴力も許さない」という明確な非難を打ち出すことが大切です。暴力が正当化されうる現状を、私はいま最も懸念しています。暴力だけは許されない、という一線を明確に引くべきです。
(ワシントン=高野遼)

 James Davison Hunter 1955年生まれ。バージニア大学教授(宗教、文化、社会理論)。
1991年に著書「カルチャー・ウォーズ:米国を定義するための闘い」を出版し、米国で「文化戦争」という言葉が広く使われる流れを生んだ。

今朝の東京新聞から。

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英の中国総領事館、職員らはなぜ暴力を やらねば火の粉は自らに?(朝日有料記事より)



 英中部マンチェスターで16日、香港の民主化などを求めていた男性が中国総領事館に引きずり込まれ、殴打される事件が起きました。白昼に堂々と、国際社会から非難されるのも顧みず。なぜ外交当局の職員がこんな行為に及んだのでしょうか。中国の外交官らの心理状態について、中国と香港政治に詳しい立教大学の倉田徹教授に聞きました。

 ――市民に暴力を加えれば世界から批判されることはわかっているのに、なぜあえてこんなことをするのでしょう。中国側の事情や論理を、どうみますか。

 ナショナリズムの高揚と暴走が、役人や総領事館の職員にも相当広がっている意味で、少し恐ろしい映像だと感じました。習近平(シーチンピン)総書記(国家主席)が党大会で政治報告をした際、最も長い拍手が続いたのも、台湾への武力統一も辞さないという場面でした。

 共産党の中で、愛国心の競争があると思います。自分が、他人よりしっかりと愛国心を持っていることを普段から意思表示していないと、汚点や失点になってしまう。そういった雰囲気が共産党内部を支配しているという印象を持ちます。

 ――総領事館から出てきた男たちが突然、抗議活動していた香港出身の市民らが立てかけていた「天が共産党を滅ぼす」と書かれた看板を破壊しました。

 こうした看板や習氏の首に縄をかけた写真を放置していることを仮に誰かに見られたら、「領事館は何をしているのか」と逆に炎上する可能性があります。

 ほかの中国人や共産党幹部らから、国を侮辱する物を放っておくのかと攻撃される材料になりえます。

 であるならば、国際的な評判を落とし、国際条約に違反するようなことをやっても、正しい愛国心を見せる行動が必要になってくる。(中国の外交官にとって)法律や外交上のルールより、愛国心を政治的にパフォーマンスすることの方が重要になっているとも言えるかもしれません。

 ――こうした雰囲気は、中国の外交姿勢にも関係してくると思います。

 今回の件は、大事には至りませんでしたが、このようなメンタリティーに基づく政策決定が方々で行われれば、大きな話では台湾危機にも及びかねない問題だと思います。外交官であっても、中国共産党政権の人間なので、彼らを動かす論理は、国際協調や国際ルールよりも、中国内部のロジックが前面に出ているという印象を受けます。

 ――中国の外交官が強い言動で相手をののしる姿が「戦狼外交」とも言われていますが、こうした姿勢にも通じることではありませんか。

 共通していると思います。こうした(強硬な)行動を取ることが、中国政府では正しいとみられています。

 中国では「左たれども、右なることなかれ」という言葉があります。

 「左」は共産党的なイデオロギーですが、今のように情勢が大きく変化するなかでは、イデオロギー的に正しい側にいた方が安全という意識があると思います。

 ――戦狼外交は、逆に国際社会から孤立したり、友人をなくしたりする結果を招いているとも言われます。習氏は共産党トップとして3期目に入っても、こういう態度を続けていくのでしょうか。

 集団指導体制から逸脱した一強体制のもとでは、修正するにしろ、全体の政治的傾向を決められるのは、習氏しかいません。ただ、16日の党大会での政治報告を見る限り、変える気配は一切ありませんでした。

 今回の政治報告での新しいキーワードは、「中国式現代化」。欧米の言うとおりにはしない、という意味です。明確にスローガンとして出してしまった。

 極端に言えば(今回の殴打事件のように)国際ルールを無視するのが政治的に正しいという方向性にあると感じます。

 例えば、欧米や諸外国の進んだ経験、優れた側面を学ぶということを口にするだけで、「中国式」に抵触してしまう。その意味で、中国独自のナショナリズムを高めるキーワードになっていると思います。


 中国外務省の汪文斌副報道局長は18日の定例会見で事件について問われ、「騒乱分子が不法に総領事館に入り、公館の安全に危険をもたらした。どの国の外交機関も公館の安全と尊厳を守るために必要な措置を講じる権利がある」などと述べた。
(広州=奥寺淳)

「”学年誌”の表紙で輝く笑顔 高度成長期に描いた玉井力三」(朝日有料記事より)

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 子ども時代、多くの人が親しんだ「小学○年生」といった学年誌。その表紙絵を高度成長期の約20年間、描き続けた画家がいた。玉井力三(1908~82)。その画業と、学年誌の歩みを見せる展覧会が東京で開かれている。裏方になりがちな商業美術家に光を当てる試みでもある。
 原色の背景に、底抜けに明るく輝く、男女の子どもの笑顔。季節感や時代を感じさせる羽子板、ロケットといった小物を持ったり、体操着や着物といった衣装に身を包んだり。

 千代田区立日比谷図書文化館の「学年誌100年と玉井力三」展には、玉井が描いた学年誌や幼年誌の表紙絵の油彩原画約250点が並ぶ。学年誌の現物や付録も加わり、壁はほぼ埋め尽くされている。さらに玉井の初期の絵画も――。会場のデザインはグラフィックデザイナーの祖父江慎らが手がけた。

 同館広報担当の並木百合さんは、「絵を見れば懐かしく、子ども時代を思い出すきっかけになっているようです」と話す。

 玉井は現在の新潟県上越市に生まれ、28年に太平洋画会で中村不折に師事。すぐに画力を発揮し、同会の講師も務めた。今回、戦前に描いた戦争画の模写や50年代の「椿(つばき)咲く頃」なども展示されているが、堅実な写実力が際立っている。

 戦後は洋画団体・示現会に出品する傍ら、文芸誌や女性誌の表紙絵を手がけるようになり、54年、小学館の「小学二年生」4月号を担当。団塊の世代が小学生になっていった時代だ。以来、一~三年生を中心に約20年表紙絵を描き続けた。

 まず東京のスタジオでの子どもたちの撮影に立ちあい、その写真をもとに新潟で描く。その作業を毎月毎月繰り返したことになる。

 入学や新学年の装いの4月号に始まり、8月は海水浴、10月は運動会、12月はクリスマス、1月は正月と、風物を描いてゆく。五輪や万博といった時代の象徴的出来事も登場させた。玉井は「雑誌を代表するまでの責任と喜びをもって描いています」と記した。

 この営みを高く評価するのが、「玉井力三応援団」団長を自任する美術史家の山下裕二・明治学院大教授だ。4年ほど前に、小学館の編集者で今展の解説文も手がける徳山雅記さんから玉井の存在を知らされ、原画も見て、すぐに魅入られた。「まさに僕が小学生だった時代、記憶にある絵です。初期の絵を見ても、人物画の描写に天性のものがある」と評価する。

 描かれる子どもたちは、目が二重で都会的。「右肩上がりの時代、誰もが、こういう笑顔の素直な子を育てたいと思っていた。そんな高度成長期の象徴を手を抜かずに描いている」

 印刷されることを意識してか油彩は薄塗りで、題字などのために、上部は大きく余白がとられている。しかし漫画のキャラクターや文字が余白をはみ出し、玉井の絵を一部隠してしまうこともしばしばだ。

 自身のオリジナルの作品を発表し続ければ、評価を受けた画力なのではないだろうか。でも、山下教授は「戦後の美術界は前衛的なものが登場し、リアルに描く才能がないがしろにされたので、難しかったかもしれない」と話す。

 しかし近年、写実表現や細密描写が再び注目を集めている。玉井再評価の好機ともいえる。山下教授はこう話している。

 「毎月毎月、淡々と描き続けた。こういう商業美術家の極致のような、無名性の人って素敵だと思う」
(編集委員・大西若人)

「学年誌100年と玉井力三―描かれた昭和の子ども―」展は11月15日まで。
関連書籍『学年誌の表紙画家・玉井力三の世界』は小学館から。

「国家の戦争」から「個人の戦争」へ プーチン氏は変化を見落とした(朝日新聞有料記事より)

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  ロシアのウクライナ侵攻で、ロシア軍の残虐行為を戦争犯罪として国際法廷で裁きにかけるための動きが、早くも本格化しています。その背景に、戦争のあり方の根本的な変化があると指摘する古谷修一・早稲田大学教授(国際法)に聞きました。
 ――ウクライナでロシア軍が繰り広げた残虐行為に対して、その刑事責任を国際刑事裁判所(ICC)などの国際法廷で問う動きが出ています。

 今回の特徴は、ICCが非常に素早く動いたことです。カリム・カーン主任検察官は、侵攻4日後の2月28日に捜査の手続きを始めると表明しました。こんな例は過去にありません。第2次大戦での東京裁判やニュルンベルク裁判は、戦争が終わってから始まりました。旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所は戦争中の1993年設置ですが、内戦が始まって2年以上後です。

 ――4月初めまでに首都キーウ周辺からロシア軍が撤退して、郊外のブチャでの虐殺の実態が明らかになりましたが、その前からすでに「戦争犯罪」が問われていたということですね。

 第2次大戦を例に考えると、『日本が侵略した』という事実が、侵略された側にとっても、米英にとっても、何より重要でした。そこで殺された人々については、侵略行為の結果に過ぎないと受け止められたのです。でも、今回はむしろ、国家間の責任としての侵略行為そのものが問われるより、その侵略によって人々が殺されたことに対する責任が、初期の段階から問われました。
 つまり、「人権」を主体として、戦争のあり方が決められているのです。欧州の人々がこれほどウクライナの立場を支持する理由も、ここにあります。現在は核戦争の可能性も否定できない極めて危険な状況にあるのですから、冷たい言い方をすると、「ロシアに妥協しなければ」との考えが欧米で台頭してもおかしくはありません。でも、ロシア軍の行為を容認できない世論が、それを許しません。

 ――「国家の戦争」から「人間の戦争」への変化ですか。なぜそうなったのでしょうか。

 一つには、戦争の舞台が欧州だったからです。冷戦後に初めて、国際刑事裁判所が旧ユーゴでつくられたのも、欧州で欧州の人々が殺されている状況に、欧州の人々が我慢できなかったからです。欧州の人々はナチスの記憶を思い起こしたに違いありません。
 ウクライナ侵攻の場合、すでにICCが設立されていたので、動きも速かった。ICCの検察官は、ウクライナに関する情報収集をもう始めています。
 ウクライナには、国連人権理事会も事実調査委員会を派遣しています。この委員会は、「人権」を旗印にはしているものの、刑事手続きを進めるうえで証拠集めもしています。その証拠は、最終的にICCに渡されます。

 ――人権理事会とICCとの協力ですか。

 そうです。事実調査委員会が設立された際、任務にそう規定されました。
 両者が協力した最初の例はシリアです。シリアは、ICC設立を決めたローマ規程の締約国ではありませんから、ICCの管轄権は及びません。だからICCは捜査に入れないのですが、これに代わって人権理事会が調査を担っています。刑事的な証拠が消滅しないよう、今のうちに集めておく。シリアの政権が将来交代し、国内の司法機関が調査に乗り出したり、国際法廷が設立されて動き出したりした時に、きっと役立ちます。人権理事会は同様に、ミャンマーでの少数派イスラム教徒ロヒンギャへの迫害を巡る事実調査委員会もつくり、ICCに渡すことを前提に刑事的な証拠を集めています。
 こうした流れの中で起きたのが、ウクライナへの侵攻です。現代の戦争では、戦争そのものの是非が問われると同時に、「民間人を殺す戦争犯罪はないか」「人道に対する罪はないか」、場合によっては「ジェノサイドではないか」も即座に問われる。刑事的な枠組みで議論が進む時代になったことが、戦争を巡る意識の変化の背後にあるもう一つの理由です。だから、ICCは当然のごとく積極的に動きますし、その動きを欧州の世論も支えています。

 ――ただ、ウクライナはローマ規程に未加盟ですよね。

 確かに締約国ではないのですが、2014年にロシアによるクリミア半島占領を受けて管轄権を受諾する宣言をしたため、事実上加盟国と同様に扱われ、ICCの管轄権があると解釈されます。

 ローマ規程第12条は、締約国の領域内でおこなわれた犯罪に対し、ローマ規程に参加していない国の国民にも管轄権が及ぶと定めています。具体的には、ロシアはローマ規程の締約国ではありませんが、ウクライナ国内で発生した犯罪なので、プーチン大統領の責任も問えるのです。
 つまり、プーチン氏を裁くうえで、法的な障害は何もない。残るは、逮捕できるのかという物理的障害だけです。

 ――ロシア軍の侵攻には、二つの大きな問題があると思っていました。一つは、侵略戦争であること。もう一つは、ロシア軍が虐殺などめちゃくちゃなことをしていること。どちらも容認できませんが、どうやら後者の方がより注目を集めているようです。

 それが中心の課題となるような世の中になったということでしょう。おそらく、プーチン大統領が予想できなかった変化です。逆に、ゼレンスキー大統領はこれを理解して、情報をSNSで発信したのです。

 ――そもそも、なぜ世論がこれほど、被害者と人権の問題に関心を持つようになったのでしょうか。

 いろいろな要素があるとは思いますが、現場の映像が見えるようになったことが大きな要因の一つであることは間違いありません。ミサイルを受けて崩れたアパートの様子が実際に見える。亡くなった人々の遺体が実際に見える。みんなSNSに載っている。その映像を一般の人が見て、自分のところにミサイルが落ちたら、と考える。戦争を、国と国との戦いという抽象的なレベルではなく、もっと身近なものとして受け止めるわけです。
 これが、新しい時代の戦争のあり方なのだと思います。昔みたいに情報が統制され、みんな勝つと信じるような状況は、もはや存在しない。

 ――今回は日本でも、さほど身近な国でもなかったウクライナの情勢に対する関心が、非常に高いように思えます。それは、現場が見えるからでしょうか。

 「国家同士の戦争」という抽象的な概念にとどまらない情報が入ってくるからだと思います。遠い国であっても、子どもが殺された、家族が殺されたということに対しては、同じ人間ですから同情を感じますよね。「ロシアとウクライナが戦ってウクライナがかわいそう」というだけにとどまらない。「ウクライナの具体的な場所にいる具体的な人がかわいそうだ」という心情となるのです。
 「ミサイル攻撃で子どもが死亡した」とか、「男性が全員連れ去られて虐殺された」などという出来事を、自分たちの立場に置き換えるのだと思います。ウクライナには多くのメディアが入り、映像も外にどんどん出て行きます。

 ――欧州だということに加え、時代が変わって、戦争が可視化されたと。

 みんなスマホで撮っていますからね。これで世論は動きます。

 ――戦争のイメージが変わりそうです。

 実は、戦争の終わり方も変わると思います。
 昔だったら、戦争には落としどころがありました。首脳同士が話し合って、「この辺でやめよう。領土はここまで」などと交渉したかもしれません。でも、今回はだれも、プーチン大統領とまともに交渉できません。プーチン氏は、ロシアの指導者であるとともに、重大な戦争犯罪人です。「戦争犯罪人と交渉するのか」と問われる。

 これは、「正義」と「平和」との相克ともいえるでしょう。これまでなら、「平和」を実現するために、清濁併せのんで妥協していました。しかし、「正義」には妥協の余地がない。妥協は、犯罪者との交渉を意味しますから。そうなると、戦争もやめられません。

 ――とすると、どうなりますか。

 そこが問題です。戦争は、永遠には続けられません。どう譲歩してどう終わらせるかと考えながら進めるのが、従来の戦争のやり方です。でも、戦争が「犯罪」と化した、あるいは戦争が「人権問題」と化した世界では、妥協が難しい。それを世論が許さないからです。

 ――戦争が本質的に悪いものとなるわけですね。

 クラウゼビッツの理論を持ち出すまでもなく、戦争はかつて、政治の道具でした。政治的妥協を引き出すための方法の一つだった。今は、そのようなものではない。明確な人道問題なのです。だから、簡単には妥協できないし、落としどころも見つけにくい。「プーチン氏を裁くから戦争をやめよう」という主張は可能かもしれませんが、それでは交渉になりませんよね。

 逆に、例えば「ウクライナはNATOに入りません」などという落としどころを考えたとしましょう。もしそれでゼレンスキー大統領が妥協したら、果たしてウクライナ国民が納得するでしょうか。問題の中心はもはや、ウクライナ東部がウクライナとロシアのどちらに帰属するかではなく、そこで起きた虐殺なのですから。

 それは、戦争が国レベルの関係ではなく、人間関係のレベルで語られるようになったとも言えます。「戦争の個人化」です。先ほど「戦争の人権化」「戦争の犯罪化」と言いましたが、人権も犯罪も個人の問題ですから。戦争が個人の話として議論されるために、国家の話として妥協するのも難しくなったのでしょう。

 ――これは、世界的な傾向でしょうか。

 トレンドとして完全に定着していると思います。ロシアは今回、いろんな意味で失敗をしているのですが、その一つは、このトレンドを理解しなかったこと。理解しないまま残虐行為をしてしまいました。

 これで動きにくくなったのは、中国です。中国が台湾に侵攻した場合、それはもはや中国と台湾の問題ではなく、台湾にいる人々の問題となる。戦争で、軍事目標を攻撃した際に起きる民間人の巻き添えは、付随的損害として国際法上ある程度認められています。ただ、子どもや女性が犠牲になる映像が流れたら、もう「国際法では認められる」などと言ってられないですよね。

 ――確かに世論が黙っていません。

 世界がこのような流れにある以上、中国も国際世論を無視した攻撃にはなかなか踏み切れないでしょう。逆に見ると、今後の軍事活動は、こうした人権面を想定しないわけにいかない。欧州各国でも同じです。NATOが行動を起こす時、そこで子どもが殺されたとなると、世論の支持を得るのが極めて難しくなります。

 逆にウクライナについては、「人々が殺されているのになぜ助けないのか」との世論が盛り上がる。米国は国家としての立場を考慮してもちろん参戦していませんが、「なんでしないのか、かわいそうじゃないか」という声が少なくありません。世論は必ずしも平和的とは限らず、好戦的な場合もあります。

 ――その世論は、場合によっては戦争の抑止にもなりますか。

 民主主義国家にとって、戦争への一番の障害となるのは世論です。侵略戦争自体は、人道的介入とか自衛権とかを持ち出して正当化できる。今回もロシアは「ウクライナでジェノサイドが起きている」などと攻撃を正当化しました。ところが、民間人の殺害に関しては、正当化理論がありません。これが戦争を抑止する重要な要素になります。

 今回、ウクライナ侵攻に関してICCに捜査を付託した国は、日本を含めて43カ国に及びます。また、国際司法裁判所(ICJ)でウクライナがロシアを相手に起こした訴訟には、訴訟参加国が相次いでいます。ウクライナを巡る国際裁判は、ウクライナの利益にとどまらず、国際社会全体の利益と位置づけられている。これには、世界が何か違う時代に入りつつある予感が伴います。今回の出来事は、「冷戦後の世界」から「さらに次の時代」に入る境目にならないでしょうか。後世の歴史家は、この戦争が新時代の始まりだと位置づけないでしょうか。

 ――ロシアがウクライナに侵攻した時、多くの人は新時代が到来すると考えました。ただ、そこでイメージされたのは、軍事大国が力にモノを言わせる秩序なき時代でした。でも、人権を中心に据えた世界がすでに現れてきており、それが強化された新時代が来ると想像すると、希望が持てます。

 やや理想を込めて考えると、人権への価値観が今以上に共有され、市民同士の連帯感が生まれる世界にならないか。少なくとも、新たな世界に向けた枠組みやルールをつくらなければならないと、多くの人が思い始めているように感じます。


 早稲田大学大学院法務研究科長、国連自由権規約委員会副委員長。香川大学教授などを経て現職。専門は国際人権法、国際人道法、国際刑事法。共著書にReparation for Victims of Armed Conflict (Cambridge University Press)など。
(聞き手・国末憲人)
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