香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

2023年06月

警察も教師も足りない 「政府に忠誠」拒み退職、香港の公務員の苦悩(朝日新聞有料記事より)

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 「個人の政治的な立場を尊重しない香港政府の不遜な姿勢に失望しました」

 香港政府で約10年間、公務員として働いた30代の男性は6月下旬、2021年春に離職した理由をそう語り始めた。

 きっかけは、20年冬に人事部門から届いた「宣誓書」だった。政府は20年6月、反中国的な言動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)を施行したことを受け、「愛国者による香港統治」の徹底を急いでいた。

 紙には「私は中国の香港政府公務員として、政府への忠誠を誓います」と書かれ、1カ月以内に署名して提出するよう求められた。

 男性は、先輩職員が最大200万人が参加した19年の市民デモの後、SNSに民主派を支持する内容を転載していたことを何者かに「密告」され、削除を命じられた出来事を思い出した。

 人ごとではない。そう感じた。自身もデモに参加していたし、民主派を支持する投稿もしていた。「将来の昇任時に、過去の言動を問題視されるかもしれない」

 大学卒業後、安定した仕事と高給に憧れて公務員になった。社会に貢献できる仕事に充実感も感じてきた。だが、宣誓書の一件で生じた政府への不信感は止まらなかった。

 署名を拒み、離職を選んだ。いま、転職先の民間企業で働きながら、海外へ移住する準備を進める。

 取材に応じた男性は最近、政府に残った同期の職員から「将来の昇進のために、過去にSNSに転載した投稿を消す方法を教えて欲しい」と相談を受けた。

民主派への弾圧が進んだ香港国家安全維持法(国安法)の施行から3年。一見すると街は落ち着いたかのようですが、これは中国共産党の「統制強化による安定」。いまなお、表だって声を上げられない市民の葛藤を追いました。

 男性は言う。「政府内の息苦しさは格別だ」

こぞって海外へ移住 離職者が急増

 旧宗主国の英国は今年3月までの2年余りで、香港人16万6千人に特別移民ビザを出した。香港の人口は19年の約752万人から19万人近く減っている。中国式の愛国主義教育を子どもに受けさせたくない20~30代の子育て世代がこぞって移民した結果で、民間企業の離職者が急増した。

 その傾向は、政府も例外ではない。19年末まで1万人前後だった公務員の欠員は20年以降に増え続け、今年3月には1万9171人に達した。定員約19万人の1割が不足する状態だ。

 世界銀行が100を満点として発表する各国・地域の行政効率で、香港は15年にシンガポールやスイスに匹敵する世界最高ランクの99・0だったが、21年には豪州や台湾などに近い93・8(日本は90・4)までスコアを落としている。

 政府内では、管理職の職員が移民のため退職し、空いたポストを埋めるため、勤務実績が基準に満たない若手が昇進する例もある。

窓口も人手不足 運転免許更新に行列

 「反愛国」的な人々を排除しようとする政府のもと、残ったかつての仲間たちは、過去を気にし続けなければならない境遇に置かれている。

 公務員の大量欠員は市民サービスにも影響をもたらしている。

 6月上旬、平日の昼。香港・金鐘の官庁街では、市民約250人が約150メートルの長蛇の列を作っていた。

 運転免許の更新などのため、行政の窓口を訪れた人たち。いらいらした表情で腕を組む人、割り切ってスマホをいじる若者……。長い待ち時間を予想して、折りたたみ椅子を持参して座っている人もいる。

 「前回は1時間余りの待ち時間で済んだ。職員も業務過多で気の毒だ。本来は窓口を増やすべきなのだが……」。午前9時から待つこと2時間半、免許更新を終えた自営業の香港人男性(43)はあきらめ顔だ。

 窓口を訪れた外国人女性は行列を見て「クレージーだ。出直す」と肩をすくめた。

 交通行政を担う運輸署によると、2月にコロナによる移動制限がなくなり、国際免許などの申し込みが前年同期比で3~4倍に増え、通常の免許手続きにも影響が出ている。

萎縮する中間管理職

 同署の欠員は昨年11月で定員に対して7・5%を占める144人。元公務員は「週末も窓口を開けるなどの対応を取るべきだが、政府には人手も財政面の余力も足りない」と語る。

 公務員が辞めていく理由について、労働組合のある幹部は、国安法による職場環境の悪化を挙げる。

 「SNSなどでの発言も上司や同僚に監視され、発覚すればマイナス評価を受ける」

 国安法のもとで、政府は社会全体で「反愛国」的な言動の通報を奨励している。こうした密告や相互監視がはびこる職場の雰囲気を嫌う人は少なくない。

 労組の関係者によると、大量欠員に伴い、業務量が1・5~2倍になった人もいる。業務負担が増えたことも職場を去る原因の一つになっている。

 さらに自分の判断が国安法に触れるのを恐れ、何事も上司の決裁を仰ぐ中間管理職が増え、行政効率も急速に低下しているという。

 この関係者は嘆く。「公営施設の利用申請を、市民がネット経由で行えるようにする変更すら、判断できない管理職もいる」

 公務員の欠員が増す中で、特に人手不足なのは警察と教育部門だ。昨年11月末時点で、警察の欠員は定員に対して17・50%、教育部は同15・29%と目立っている。

 警察は19年の政府に対する抗議デモでとった強硬な対応が市民の反発を招き、中途退職の増加や就職希望者の減少につながったとされる。一方、教育部門の職員や現場の教師らは政治的圧力を嫌い、海外移住する人が増えたのが主な原因になっている。

 また、公立病院でも過去2年間、医師や看護師の中途退職が19年度の1・5倍前後の人数で推移する。4月中旬には、58歳の女性が病院の人員不足で救命措置が間に合わず、死亡するケースも報じられた。

「反愛国」でないか 選別の可能性

 政府にも危機感はある。4月、香港からの移住者が多い英国に職員を派遣し、公立病院で働く医師を募るリクルート活動を始めた。また、香港では、中国から香港に移住した本土出身者や、中国で学んだ経験のある香港人の採用にも力を入れている。

 ただ、政府は同時に、公務員の採用に当たって若者らが「反愛国」でないか選別している節がある。

 元公務員によると、現在は公務員を新規採用する際、合格者の個人情報を警察に送り、19年の反政府デモに参加していなかったかを調べているとされる。防犯カメラの映像でデモ当時に現場にいたと指摘され、不採用とされたケースもあったという。

 政府は05年に立法会(議会)で、「公務員の採用にあたり政治的な思想調査はしない」と答弁した。しかし、近年は調査の実施について回答を拒んでいるとする21年の立法会の報告書もある。

 採用過程を知る元公務員は言う。「(政治思想の)審査はこれまで、幹部職員の任用時などに限られていた。19年のデモには多くの若者が参加しており、こうした審査が採用の新たなハードルになっている」

 香港では中国共産党による統制が強まり、立法会議員(定数90人)や政府トップの行政長官らを決める選挙委員(定数1500人)が、ほぼ親中派一色となった。これまで多様性な人材を受け入れてきた政府部門でも、「愛国者」でない者を排除する傾向が進んでいる。
(香港=石田耕一郎) 

今朝の東京新聞から。

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楽天と提携「第2のトール」か? 郵政「最高のパートナー」のはずが…(朝日新聞有料記事より)

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 日本郵政の増田寛也社長が2年前に決断した楽天への巨額出資が、経営上のリスクに浮上している。出資と合わせて風呂敷を広げた「協業」も成果が乏しく、「失敗の歴史」が繰り返される恐れが強まっている。

 「楽天は最高のパートナー。相乗効果を最大限に引き出したい」

 楽天への出資を公表した2021年3月の記者会見で、日本郵政の増田氏がそう胸を張ると、楽天の三木谷浩史会長兼社長も興奮を隠さなかった。

 「日本社会にとって歴史的な1ページになる」

 2社の接近は、楽天側から仕掛けられたものだった――。

 かんぽ生命保険の不祥事で前経営陣が引責辞任した20年1月。日本郵政のトップを引き継いだのが、第1次安倍政権で総務相を務め、菅義偉前首相にも近い増田氏だった。

 増田氏に託された一番の役割は、不祥事の後始末だった。ただ、郵便物が減り続け、郵便局の窓口から客足が遠ざかるなか、新たな成長ストーリーを描いて示すことも上場企業のトップとしては避けて通れなかった。

 「一緒にできることを検討しませんか」

 楽天が日本郵政側にそう持ちかけたのは、20年7月のこと。増田氏が初めての株主総会で、「デジタル化」を新たな成長戦略に掲げた直後だ。

 数カ月の交渉を重ねた同年のクリスマスイブに、「物流領域の戦略的提携」が公表された。増田氏が赤いネクタイをしめた三木谷氏と登壇し、アクリル板ごしにグータッチする熱の入れようだった。

 年明けには、三木谷氏から「資本提携を」と郵政側に働きかけた。折しも楽天が前年から携帯電話事業に本格参入し、基地局整備で巨額の資金を要していた時期だ。三木谷氏のリクエストに、増田氏側は1500億円もの出資を決断。提携範囲の拡大とともに公表したのが21年3月だった。

 業務提携のラインアップは数多かった。

 物流拠点や配送システムの共同化から、ゆうパックの利用拡大、郵便局での楽天モバイルの売り込み、楽天から郵政側へのデジタル推進協力や人材派遣、キャッシュレス決済や保険分野での協業まで並べた。

 ただ、当時から郵政グループ内では「ない袖を無理やり振らされて、成果を出せるかわからない」(日本郵便幹部)と心配する声が少なくなかった。

 懸念は、的中する――。

 2社は「JP楽天ロジスティクス」を設立し、投資負担が重かった楽天の物流センターを日本郵政の連結に移し、1年目で59億円の損失を計上した。利用が増えるはずのゆうパックの数量は、2年連続で前年比マイナスになった。

 郵便局内に設ける楽天モバイルのカウンターは、22年春に全国で一時285局に増やしたが、利用実績を明かさないまま、いまは81局にまで縮小している。

 金融事業の協業は、ゆうちょ銀行デザインの楽天カードを発行したくらいで、保険分野では何もひねり出せなかった。

 楽天グループ幹部を招いた一大プロジェクトとして昨夏に公表した「みらいの郵便局」は、最大の「目玉」が郵便物の大きさなどを客に測らせるセルフレジ。あとは窓口の混雑状況がわかる発券機や天気予報などを表示するディスプレーパネルが並ぶぐらいだ。

 増田氏自身は今年4月4日の会見で、協業の成果をこう強調した。

 「全体的にDX(デジタル化)を進めていくうえで相当、楽天から協力してもらい、人材不足を補ってもらっている。非常に大きな一歩になっている」

 だが、ある日本郵政幹部は「第2のトールになりかねない」と危機感を強める。

 トールとは、日本郵政が15年に約6200億円を投じて買収した豪物流大手トール・ホールディングスを指す。

 上場目前の成長戦略として日本郵政トップだった元東芝会長の西室泰三氏が主導した案件だったが、わずか2年で4千億円超の損失を計上した。その後も高コスト体質を変えられずに出血が続き、不採算部門の売却によって21年にも674億円の損失を出した。

 「成長戦略」と引き換えに不採算事業を押しつけられ、非効率な組織を改革できず、期待した効果も出せずに赤字ばかりが膨らんでいく――。

 楽天との提携も「トール」と同じ失敗の様相を帯びてきたのではないか。

 郵政事業を研究する立原繁・東海大教授も「失敗の構図が同じ『第2のトール』だ」と指摘したうえで、提携をこう評価する。

 「楽天が得をし、日本郵政が大損をする提携だ。楽天は1500億円を手にするメリットが当初から明快だが、郵政は多くが協議段階で戦略もなかった。トールの教訓をいかせず、失敗の歴史を繰り返そうとしている。出資を容認した政府の責任も重い」

 日本郵政グループの経営は、混迷を深めている。
(藤田知也) 

今朝の東京新聞から、「国安法施行3年」。

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今朝の東京新聞から、「国安法3年」。

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ウクライナの「悪党」オリガルヒ、ロシアのような独裁化を防いだ?(朝日新聞有料記事より)

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松嵜英也・津田塾大学准教授に聞く

 汚職、腐敗、政治家との癒着――。新興財閥などとも呼ばれるオリガルヒには、ただの経営者とは違う「悪党」のイメージがつきまとう。だが、ウクライナ政治に詳しい津田塾大学の松嵜英也准教授によると、オリガルヒが意図しない形でウクライナの独裁化を防いできた可能性があるという。一体、どういうことだろうか。松嵜さんに話を聞いた。

 ――昨年のロシアによるウクライナ侵攻以来、オリガルヒという言葉をよく耳にします。

 何となく分かるけれど、実態については分からない人が多いと思います。

 元々はソ連邦の解体過程で、市場経済が少しずつ導入されるなかで生まれました。国有財産が私有化されていくなかで莫大な利益を上げたことが、オリガルヒの起源です。これは旧社会主義圏で起きたことですので、何もロシアやウクライナに限った話ではありません。

 ――ビジネスが上手だったということですか。

 ビジネスチャンスをとらえる才覚があったとは言えます。しかし、混乱期の中、短期間で莫大な財を築いたこと、また急速に社会の貧富の差が拡大したことなどから、オリガルヒは悪というイメージが広がりました。

 ただ、お金持ちだからと言ってオリガルヒであるとは言えません。

 ――他にも条件があるのですか。

 後で詳しく説明しますが、ウクライナの場合はゼレンスキー政権によって反オリガルヒ法が制定された時、オリガルヒとは何かを定義しました。例えば、特定の経済セクターの独占やメディアへの影響力の保持、そして何より政治活動への参加をオリガルヒの条件としています。政商と呼んでもいいかもしれません。

 オリガルヒは政権と癒着して自分たちの利益を守ろうとします。その結果、議会での政策形成を困難にしました。

 以前からオリガルヒは問題視されていましたが、その活動を制限する有効な策は取られてきたわけではありません。長期にわたって、オリガルヒが政治に深く関与出来てしまった点に、ウクライナの特徴があったように思います。

 ――オリガルヒはどうやって政治家と関係を作るのですか。

 色々とあると思いますが、まずは資金援助です。例えば、ウクライナ東部ドネツィク州で生まれた「地域党」は、設立時からオリガルヒの支援を受けていました。ウクライナ東部は、工業化が進み豊かだったので多くのオリガルヒがいました。

 なかでもアフメトフ氏は有名です。強豪サッカーチーム、FCシャフタル・ドネツィクのオーナーでもあり、ヤヌコビッチ大統領(在任2010~14年)と関係を深めました。彼自身も地域党の所属議員でした。

 ――オリガルヒは政治家にもなるんですね。

 2度首相を務めたティモシェンコ氏やポロシェンコ前大統領(在任2014~19年)も元々はオリガルヒでした。

 そしてこのポロシェンコ前大統領と関係を作ったのが、同じく東部出身のコロモイシキー氏です。

 ――彼はどうやって関係を作ったのですか。

 ロシア寄りとみられたヤヌコビッチ政権が倒れた2014年のマイダン政変以降、東部ドンバスでは、ロシアによる支援を受けた親ロ派武装勢力との紛争が起きました。コロモイシキー氏はウクライナ政府の対テロ作戦に対して、主に資金面で自警団の設立に携わりました。マリウポリでの戦闘で有名になったアゾフ大隊(現アゾフ旅団)もその自警団の一つでした。この支援の見返りとして、彼は自身の出身地ドニプロペトロウシク州知事になりました。

後半では、「悪党」オリガルヒが、どのようにして政治の多元性の維持に貢献したのかを説明します。

 ――個別の汚職問題ではなく、より根深い問題に思えます。

 オリガルヒはウクライナ社会の構造的な問題であると思います。そのことを説明するためにまずはウクライナ政治の特徴を理解する必要があります。

 ウクライナの政党は政治的信念やイデオロギーの色が薄くて凝集性が高くなく、政治家の離合集散が激しいです。そこにオリガルヒが癒着し、政策形成に影響力を及ぼしています。そのため政党間の競合もイデオロギーに基づく政策によるものではなく、オリガルヒなどの非公式的な勢力と政治家のネットワークが張り巡らされるなかで、展開されていました。つまり、政党はエリートの利害を守る手段となっていたのです。

 また、かつては憲法などで「議員の不可侵権」や「議員特権」が認められており、究極的には、議会の合意なしに、議員を拘束したり、逮捕したりすることが困難でした。

 これがあることで、例えば汚職防止局などが証拠を持って、オリガルヒと癒着して汚職を行った政治家を追及しようにも、議会が同意しなければ、その議員は責任を問われず、勾留されなかったのです。

 ――そのような状況で政党「国民のしもべ」を率い、汚職との戦いを掲げたゼレンスキー氏が大統領となります。

 オリガルヒ撲滅は国民の願いでもありましたが、ウクライナが欧州連合(EU)加盟を目指すなかで、民主主義国家として加盟基準を満たすためにも必要でした。

 ゼレンスキー氏は迅速に、先述した反オリガルヒ法を制定します。この法律をもとにオリガルヒによる政党支援などを禁止するなど、その活動を大きく制限しました。先ほどのコロモイシキー氏は脱税容疑で家宅捜索を受けました。

 さらに与党が議会の多数を握る中、「議員の不可侵権」を廃止します。ユーシチェンコ大統領(在任2005~10年)のときから進められてきたことでしたが、これを就任後に迅速にやったことは、ゼレンスキー氏の大きな功績の一つだと思います。

 ――ようやくオリガルヒの力がそがれていったのですね。

 ロシアによるウクライナ侵攻の影響も大きいです。オリガルヒは比較的東部に多いと言いましたが、まさに今回の戦争で被害が大きい地域と重なります。大打撃だったでしょう。

 ただ、オリガルヒがいなくなれば社会の問題もなくなるかと言えば、私は簡単にそう言い切れないと思っています。

 ――どういうことでしょうか。

 先ほど、ウクライナでは政党の凝集性が低く、バラバラだったことを指摘しました。これは裏を返せば、オリガルヒが国家の機能をむしばんだことで、1党による独裁化を防ぎ、政治的競争や多元性を生んでいたとも言えるのです。

 実は、ウクライナでもクチマ大統領(在任1994~2005年)が「統一ウクライナのために」という政党連合を作り、政治エリートらをまとめようとしました。しかし、これは支配政党にはなりませんでした。

 結果的にですが、自らの利益に従って様々な政党を支援するオリガルヒが権力の集中を防ぎ、社会の多様性を守った面があるのです。ウクライナでは「統一ロシア」のような圧倒的な与党は生まれず、連立政権を作らざるを得ない状況が続きました。

 また、オリガルヒの管轄下にあるメディア同士の競争もあり、これも結果的には社会の多様性を生み出したと思います。ゼレンスキー氏が制作に携わり、主演したテレビドラマ「国民のしもべ」はウクライナ政治の腐敗などを風刺した作品ですが、先述のオリガルヒ、コロモイシキー氏の影響力が強いメディアで放送されました。

 ――皮肉にもオリガルヒの力が弱まり、戦時下でゼレンスキー氏への権力集中は高まっています。

 当然ロシアによる侵略という文脈をおさえる必要があります。いかなる政治体制であっても、領土なしには存立しえないからです。

 ロシアとの戦争は情報戦ともなっており、対外的な安全保障の論理が国内政治に持ち込まれるなかで、政権は親ロ派政党の活動停止やメディア規制などを行っています。国内における様々な活動制限が、戦闘での勝利を促すのかは疑問も残りますが、少なくとも、現在の内政の状況と戦争を切り離すことは極めて困難だと思います。

 しかし、戦争が終わった後に、ウクライナがロシアのような独裁国家にならないように注視し、支援していく必要はあります。

 ――ロシアのようにならないためには何が必要ですか。

 ゼレンスキー氏への権力の集中が進んでいる大きな背景には、ロシアによる侵略があります。そのためまずは、ウクライナの対外的な脅威を取り除かなければいけません。彼らの安全を保障させることは絶対に必要です。また、多くの困難を伴うでしょうが、外国のロシアと国内の親ロ派を同一視せず、いずれは戦争と結びつかない形で、親ロ派勢力をウクライナ国内に包摂し、政党間競合などに落とし込む。これも多元性をつくる上では大事でしょう。

 ――結果的にですが、オリガルヒに再び「頼る」ことになる可能性はありますか。

 戦争の混乱でオリガルヒが今、どのような状況なのか、その実態は正確にはわかりません。しかし、たとえ復活したとしても、選挙を通して選ばれていないオリガルヒによって政治の多元性が守られていることは、好ましい状況ではありません。EU加盟を果たすためにも、民主主義をいかに成熟させていくかが問われるでしょう。
(聞き手・田島知樹)

 まつざき・ひでや 1987年生まれ。津田塾大学准教授。専門はウクライナやモルドバの現代政治。
著書に「民族自決運動の比較政治史 クリミアと沿ドニエストル」。

今朝の東京新聞から。

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今朝の東京新聞から。

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今朝の東京新聞から。

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「非承認国家」時代のたそがれ(朝日新聞有料記事より)

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 ロシア周辺のいくつかの国には、ロシアの支援を受けて独立を掲げる地域が点在する。モルドバとウクライナに挟まれた「沿ドニエストル」(PMR)はその一つ。国際社会が認知しない「非承認国家」である。

 徳島県程度の面積に、50万人足らずが暮らす。ソ連崩壊の際、戦争を経てモルドバから事実上分離し、現在もロシア軍が駐留する。

 PMRに隣接するウクライナ中西部の村ストゥデナを昨夏訪ねた。国境は2キロ先。その向こう側のPMRの町とは交流が盛んで、互いにお祭りに招き合ったりしていたという。

 しかし、ロシア軍のウクライナ侵攻以降、PMRは検問所を閉じてしまった。ストゥデナ村の男性セルヒーさん(49)は「PMRで暮らす妹と会えなくなった」と嘆いた。

 一時期、PMR駐留のロシア軍がウクライナを攻めるのでは、と欧米は心配した。しかし、旧装備で1500人程度の兵力だとわかり、懸念はしぼんだ。PMRは逆に、国境の行き来を制限して閉じこもる。

 オレクシー・ケルダシウスキー村長(61)が言う。「戦争が終わったら再び友達の関係に戻りたい。緊張なんてここには全然ないのに」

     *

 筆者はPMRを9年前に一度訪ねた。タイムマシンでソ連に戻ったかのような世界だった。

 街にはレーニン像がそびえ立ち、社会主義の「鎌と槌(つち)」マークがあふれる。時がゆっくり流れ、人々は朝早くトロリーバスで出勤し、夕方早く帰宅する。平均月収は350ドル(当時約3万6千円)と聞いた。

 つつましい一方で、したたかさも持ち合わせる。モルドバとは近年関係正常化が進み、往来は自由になっていた。相当数の市民がモルドバとロシア双方の旅券を持ち、東西を自由に行き来する。経済の相互依存も深まり、PMR側の発電所の電力がモルドバ経済を支える。

 地域に詳しい津田塾大学の松嵜英也(まつざきひでや)准教授(36)は、その状況を「セカンドベストの均衡」と表現した。独立したいPMR側と、独立を認めないモルドバとは、折り合えない。ならば互いに次善の策を取るしかない。かくしてPMRは非承認国家として存続する。この奇妙なバランスが一種の安定を生み出してきた。

 「ただ、ロシア軍のウクライナ侵攻によって、これまでロシアや欧州の国々などでつくってきたモルドバ和平の枠組みが機能しなくなりました。ロシアも余裕を失い、その結果均衡が崩れつつあります」

 PMRの主要産業である電力は、ロシアからの天然ガス支援に依存している。支援がなくなれば立ちゆかないだろう。

 ロシア周辺で転換点に立っているのは、PMRに限らない。領有や統治を巡ってアルメニアとアゼルバイジャンとの間で係争が続くナゴルノ・カラバフでも、アルメニア系住民を保護するはずの駐留ロシア軍は、アゼルバイジャンの攻勢を前に無力のままだ。幻滅したアルメニアは、欧米への接近を試みる。

 「ロシアがこれまで築き上げてきた『非承認国家』という秩序が、今の戦争で崩れつつある。ロシアは、自分がつくったものを自分で壊しているのです」と松嵜准教授は語る。

 安全保障面でロシアに頼ってきた中央アジア諸国も、中国になびく。ロシア自体が中国経済への依存を強める。百余年前からソ連を通じて世界の半分に強い影響を与え続けたロシアという存在が衰弱し、端からほころびているようにみえる。

 PMRとともに、一つの時代もまた、たそがれを迎えているのだろう。ただ、この後にどんな時代が来るのか、その変化は大混乱を伴わないのか、定かではない。

論説委員・国末憲人


 
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