
「香味が薄くなったな」。コロンビア在住で、名古屋市に本社のある萬楽庵(まんらくあん)の社員として、コロンビア産コーヒー豆の輸入や品質管理に携わる島田優さん(40)は昨秋、豆の質が落ちていることに気づいたと言います。大きな打撃を与えているのが、ロシアから輸入する肥料価格の高騰。ロシアのウクライナ侵攻は、私たちが普段飲むコーヒーの味わいにも影響を与えています。
――なぜ肥料価格が高騰しているのでしょうか。
コロンビアは、世界最大の肥料輸出国であるロシアから、肥料を大量に輸入しています。ウクライナ侵攻で物流が滞り、輸入量が減った結果、末端価格は3倍になりました。
――肥料が高くなると、コーヒーの味にも影響があるのですか。
コロンビアの農家の中には、費用がかさむため、肥料を減らしてコーヒーを栽培している人が多くいます。使われているのは、窒素肥料という、土の中に窒素を入れて葉の成長を促すものです。葉が成長しないと十分に光合成ができず、収穫量が減ったり、豆の質が下がったりします。
――島田さんは、アメリカのスペシャルティコーヒー協会認定の品質鑑定士「Qグレーダー」でもあります。コーヒーの味や香りを評価するプロとして、最近どのような変化を感じましたか。
昨秋以降に収穫された豆は、見た目には変化がないのですが、味は以前よりも立体感が少ないと感じます。コロンビア各地の豆を試してみて、全体的に「香味が薄くなった」と思いました。天候など他の要因もありますが、肥料高騰は大きな要因だと考えています。
コロナで豆の価格2.5倍
――昨夏にはコンビニのコーヒーが値上がりし、今年5月には缶コーヒーが25年ぶりに値上げとなりました。なぜ高くなったのでしょうか。
複合的な理由があります。まず、新型コロナの感染拡大で物流が滞り、コーヒー豆を運ぶ船の輸送費が急騰しました。さらに、ロシアのウクライナ侵攻で肥料の価格が高騰し、生産コストが上がりました。
例えばガソリンはすぐに価格に反映されますが、缶コーヒーの場合は、以前輸入した豆のストックがあったので、ワンテンポ遅れて、影響が表れたのでしょう。
――過去にもコーヒー豆の価格が上がったことはあるのですか。
アラビカ種の価格を決める基準となる、ニューヨークの先物取引市場の相場を見ると、1979年以降、先物価格は6回ほど大きく高騰しました。多くは天候不順で、霜でコーヒー豆が実らなかったことによる高騰です。
直近のピークは2021年11月から10カ月続いた高騰で、コロナ前の価格の約2・5倍になりました。今は少し下がっていますが依然としてコロナ前と比べて1・5倍以上の価格で取引されています。輸送コストや生産コストが高騰しているので、末端価格は高いままです。
コンビニのコーヒー 味の変化は
――私たちがコンビニなどで飲むコーヒーの味にも、変化が出てきているのでしょうか。
豆の質は全体的に少し低下していますが、配合を変えたり、焙煎方法を工夫したりすることで味の質は保たれていると思います。日本の輸入業者や加工業者たち「コーヒーマン」の試行錯誤のおかげでしょう。
私が取引するコロンビア人にも、「日本人はうるさい」と言われます。日本人はそれほどこだわって、質のよい豆を輸入しようとしています。
――肥料不足の中、豆の質を保つために、農家はどんなことをしているのですか。
収穫後の精製過程でコーヒー豆を発酵させるのですが、その際、オレンジの皮を入れたり、酵母を入れたりして味を引き出す動きがあります。戦争が始まる前から注目されていましたが、肥料不足の中で、より多くの農家が注目しています。
2050年には栽培地が半減
――戦争が終われば、コーヒー豆の質も価格も元に戻るのでしょうか。
落ち着いてくるかもしれませんが、長期的に見て深刻なのは、農家の高齢化です。少なくともコロンビアでは、後継者が不足しています。今後、生産者は必ず減るので、コーヒーの生産量は減る見通しです。他国でも同様の状況だと、価格は上がるでしょう。
さらに、「コーヒー2050年問題」と言われる課題があります。地球温暖化で、コーヒーが栽培できる場所が減ってしまうことが懸念されています。赤道付近よりも、ブラジルやニカラグアなどの高温で乾燥した地域が影響を受けやすく、50年にはアラビカ種の栽培に適した産地が半減すると言われています。コーヒー栽培をめぐる課題は山積みです。(聞き手・河崎優子)