
ニコラス・クリストフ
中東の危機は、特効薬のない異様な挑発にどう対応するかという、我々の人間性が試される難しい試練だ。そしてこの試練に、西側にいる私たちはうまく対応できていない。
イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ地区への大規模な空爆や、間もなく始まるであろう地上侵攻は、イスラム組織ハマスとその数々のテロ行為に関連づけられたパレスチナの子どもたちが、犠牲になってもたいしたことのない存在だとみなされていることを示している。ガザ保健省によれば、ガザではわずか2週間で1500人以上の子どもたちが殺され、住宅の約3分の1が破壊されたり損壊したりしている。しかもこれは、さらなる流血が予想される地上侵攻を前にした、地ならしにすぎないのだ。
私は、太陽の光が降り注ぐ美しいイスラエルのテルアビブに飛んだ。そこには「ハマスを壊滅しろ」という落書きがあった。イスラエル国民は、ハマスのテロと拉致によって打ちのめされている。自らの存在の危機を感じさせる攻撃に遭い、どんな代償を払ってもハマスを打ち砕こうとイスラエルは固く決意している。テルアビブは落ち着いているように見えるが、街を覆う不安感は明白だ。一方、ガザは地獄の中にあり、おそらくもっと悪い状況へと進んでいる。
人命に「階級」? バイデン氏への危惧
米国は原則をよく口にする国だが、私が危惧するのは、バイデン大統領が米国の公式な政策に、重んじるべき人命の「階級」を組み込んでしまったのではないかということだ。彼はハマスによるユダヤ人の虐殺に当然の怒りを表明したが、それと同じように、ガザの人々の命を尊重するという立場を明確にすることができなかった。イスラエルという国家を支持しているのか、それとも、長年和平を妨げてきたネタニヤフ首相を支持しているのかもはっきりしない。
バイデン政権がイスラエル支援のため140億ドルの追加予算措置を議会に求めながら、同時にガザの人々への人道支援を呼びかけていることをどう考えればいいのだろう。イスラエルの防空システム「アイアンドーム」のための防衛兵器なら理にかなっているだろうが、実際は、我々の兵器によって一部引き起こされた流血をぬぐうための人道支援に、お金を払うということなのだろうか?
爆撃で妻と息子を失い、負傷した2歳の娘を治療しなければならなかったガザのイヤド・アブ・カルシュ医師に、私たちは何と言えばいいのだろうか。彼は愛する人の遺体の処置をしなければならず、めいや妹をケアする時間さえなかった。
「いま話している時間はない」。彼は電話口で声を震わせながら、ニューヨーク・タイムズの同僚に言った。「家族の埋葬に行きたいんだ」
バイデン氏は19日の演説で、壊滅を狙う勢力によって攻撃を受けたウクライナとイスラエルを強く支持するよう米国民に呼びかけた。それはいいだろう。しかし、仮にウクライナがロシアの戦争犯罪に対し、ロシアの都市を包囲して攻撃し、粉々にしたうえ水と電気を止め、何千人もの人々を殺害し、医師たちに患者を麻酔無しで手術せざるを得なくさせたとしたらどうだろう。
我々米国人が肩をすくめて、「まあ、プーチンが始めたことだし。ロシアの子どもたちには気の毒だけど、生まれるならどこか別の場所を選ぶべきだったのにね」と言うとは思えない。
包囲攻撃と処罰に耐えるガザの子どもたち
ここイスラエルでは、ハマスの攻撃が非常に残忍で、ユダヤ人虐殺やホロコーストの歴史に合致するものでもあったことから、たとえ多くの犠牲を払うことになってもハマスを一掃する、という決意に至った。「ガザは人間が存在できない場所になるだろう」と、イスラエル国家安全保障会議の元トップ、ジオラ・アイランドは宣言した。「イスラエル国家の安全を確保するためには、これ以外の選択肢はない」と。
この見解は現実的かつ道義的な誤算を含んでいる、と私は思う。ハマスの終わりを見たいと思うが、ガザから過激主義を排除することは難しいだろう。地上侵攻は、民間人の耐えがたい犠牲により、過激思想を抑え込むよりも助長する可能性が高い。
特に、多くのパレスチナ人がハマスに共感しているからガザの人々の命は重要ではない、という暗黙の考えに異議を唱えたい。憎むべき意見を持っているからといって、人間は生きる権利を失うことはないし、いずれにしても、ガザの人々のほぼ半数は子どもなのだ。幼児も含むガザの子どもたちが、包囲攻撃と連座的な処罰に耐えている200万人超の中に含まれているのだ。
イスラエルは恐ろしいテロ攻撃に見舞われ、世界の同情や支援に値する。だが、民間人を虐殺したり、食料、水、医薬品を奪ったりする白紙の委任状を手に入れたわけではない。ガザへの人道支援のアクセスについて交渉しようとしたバイデン氏を称賛するが、課題は援助をガザに運び入れることだけでなく、それを必要な場所に届けることだろう。
長期にわたる地上侵攻は、私には非常に危険な道に思える。多くのイスラエル兵や人質、そして何よりガザ市民が殺されるだろう。我々はもっとうまくやれるし、イスラエルももっとうまくやれる。都市を壊滅させることは、シリア政府がシリア北部のアレッポでやったことであり、ロシアがチェチェン共和国の首都グロズヌイでやったことだ。米国が支援するイスラエルがガザでやるべきことではない。
この試練に対する最良の答えは、たとえ挑発に直面しても、われわれの価値観を貫くことだ。つまり、偏見にとらわれず、すべての命に等しい価値があるという考えを支持しようとすることだ。もしあなたの倫理観が、ある子どもたちをかけがえのない存在と見なし、他の子どもたちを使い捨てにしてよい存在と見なすなら、それは道徳的な明晰さではなく、目先のことにとらわれたあさはかな考えだ。イスラエルの子どもたちを守ろうとするために、ガザの子どもたちを殺してはならない。