

普段の生活ではあまり接することがない公安警察。しかし、街頭で首相にヤジを飛ばした人は、あっという間に警察官に排除された。市民にはヤジを飛ばす自由もないのだろうか。実際に札幌で起きた出来事を追い、上映中の映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」をつくった北海道放送(HBC)報道部デスクの山崎裕侍さんに聞いた。
街頭で首相にヤジを飛ばした市民が警察官に囲まれ、強引に移動させられる。4年前、当時の安倍晋三首相が、参院選で札幌市に応援に来た時に起きた事件です。
これを題材に警備公安警察のあり方を問うテレビ番組をつくりました。全国の人にも見てもらおうと、テレビ局としては異例でしたが、ユーチューブでも無料配信しました。反響が大きく、著名な作家らがSNSで紹介してくれました。番組をもとに映画もつくり、今月から順次各地で上映されています。
ヤジを飛ばし、北海道警に排除された2人は、損害賠償を求めて裁判を起こしました。うち1人について、札幌高裁は今年6月、警察官の行為は違法で表現の自由の侵害だ、として賠償を命じました。
映像が捉えたヤジ排除の瞬間
映像をみると、警察官は「迷惑だから」「お願いだから」と言いながら数人がかりで強制的に移動させ、ヤジを飛ばさせないようにしています。2人とは別に、年金問題への不満を書いたプラカードを無言で手にした女性もいましたが、警察官が「危ない」と囲んで移動させました。
市民が危害を加えたり、現場を混乱させようとしたりするわけでもなく、警察官の強引な制止に法的根拠があるとは思えません。
警察の行動は、演説する首相に不快な思いをさせないためではなかったのか。それは警察の大原則である不偏不党から大きくはずれ、国民の表現の自由を侵すものです。
公安警察は普段から住民運動や労働運動の情報を集めています。「あいつら左翼だから」とあからさまに敵視する声を聞いたこともあります。こうした監視は市民活動を萎縮させ、民主主義を根底から切り崩します。
戦前の警察には集会を監視し、演説をやめさせる「弁士中止」の権限がありました。そんな時代がすぐに来るとは思いません。しかし「おかしい」と感じたときに声をあげないと、私たちの自由は少しずつ狭められていく。小さな自由が奪われることを見逃すわけにはいきません。
戦後、警察を民主的に統制しようと、市民でつくる公安委員会ができました。しかし実際には警察に好意的な人が選ばれ、形骸化していると指摘されています。警察を厳しく批判することはまれです。
道議会も警察活動を審議しますが、ヤジの件は大きな問題になっていません。賠償訴訟の被告は北海道ですが、鈴木直道・知事の対応は警察に任せきりで自らの見解をはっきりと示しませんでした。
メディアの大切な役割は権力監視ですが、実際には簡単ではありません。警察の記者クラブでは、メディア各社が捜査の動きをいち早くつかもうと競争します。そのためには警察内部に食い込み、ネタをもらう。警察を批判すると、意地悪されて情報をもらえなくなるかもしれない。実際、ヤジ事件で警察を追及した地元メディアは一部だけでした。
私は警察取材をしたこともありますが、権力から離れたところで生きる人たちの生活をテーマにした特集番組を主につくってきました。警察への忖度など考えたこともない。だから警察を正面から批判する番組がつくれたのかもしれません。当局の意向に沿い、当局の発表どおりに報じるのは、報道ではなく宣伝です。後輩たちには、名刺を持たない人たちに会おう、といつも言っています。
(聞き手・桜井泉)
山崎裕侍さんプロフィール
やまざき・ゆうじ 1971年生まれ。北海道放送(HBC)報道部デスク。臓器移植や地域医療などのドキュメンタリー番組をつくってきた。テレビ番組「ヤジと民主主義 小さな自由が排除された先に」は、2020年度の放送批評懇談会ギャラクシー賞(奨励賞)、日本ジャーナリスト会議JCJ賞を受賞した。取材班で「ヤジと民主主義」(ころから)を出版した。