
3日夜、男性は約束の時間に、パソコン画面の向こうに姿を見せた。名前はタイフン、34歳。トルコのイスタンブールで、IT関係の仕事をしていると自己紹介した。
私たちはゲストではなくホスト。公用語はクルド語であるべきです――。7カ月前、そんな日本語の投稿がXで話題になった。「在日クルド人の投稿」として拡散され、「クルド人怖い」「追い出そう」と排外主義的な主張が増幅した。
当時、埼玉県南部でコミュニティーをつくる在日クルド人への差別が激化し始めていた。誰が、何のために書き込んだのか。取材を申し込むと現れたのが、「トルコ人で日本に行ったこともない」という男性だった。
男性は昨年9月、Xで在日クルド人が話題になっているのに気づいた。調べると、トルコ政府がテロ組織に指定している「クルディスタン労働者党」(PKK)の支持者が「日本で組織化されている」との情報を見つけた。厳しい同化政策に反発したクルド人らが、分離独立を求めて立ち上げた武装組織だ。男性は「日本人に警告しなければ」と思ったという。
グーグル翻訳を使い、日本語で書き込んだ。「クルド人は日本に力を加えるだろう」。反感を誘うような投稿を、少なくとも180件重ねた。
予想を超えて広がり、投稿の一部を削除した。男性を在日クルド人だと思い込んだ人たちから、「国に帰れ」とメッセージも届いた。男性は「トルコ人として投稿していたら、これほど注目を集めることはなかっただろう。『苦い薬』ほど効き目が大きい」と語った。
当時、Xにトルコ語でこう書いている。「日本人は無邪気だから何でも信じる。Xで影響力の大きいアカウントは、その気になれば、日本の議題を設定できる」
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海外から日本語を使い、在日クルド人に関する投稿をしていたのは、1人だけではない。
「嘘つきクルド人は日本から出て行け」といった発信をしているアカウントの主は、オンライン取材に、韓国に住むトルコ人の会社員男性(27)と名乗った。「在日クルド人がトルコのイメージを悪くしている。何とかしなければと思った」
「日本では私たちクルド人がルールを決めています」などと投稿したアカウントにXでメッセージを送ると、「イラク在住のクルド人男性」と返ってきた。日本に住む親戚から「クルド語で歌ったら襲われた」と聞き、「(日本人に)腹が立って始めた」と説明した。
SNS分析ツール「ブランドウォッチ」で、「クルド」に言及したXの投稿数(再投稿含む)を調べた。
昨年3月は4万件だったが、難民認定申請中でも送還できるようにする入管難民法改正案が審議され、クルド人難民に焦点が当たった4月に24万件に急増。埼玉県川口市でクルド人同士の切りつけ事件が起き、関係者ら約100人が病院前に集まる騒ぎがあった7月には108万件に達した。今年3月は242万件。「関心」が急速に高まった様子がうかがえる。
地元の当事者団体「日本クルド文化協会」の幹部らは3月、「在日クルド人を誹謗中傷する投稿を執拗に繰り返し、名誉を毀損された」として、ジャーナリストの石井孝明を提訴した。
石井はXのフォロワー17万人。「クルド人問題を初めて報道した」と投稿している。取材を申し込むと、「私はクルド人の排斥などしていない。日本人は差別などほとんどしていない。この問題は差別とか共生の議論以前の話で、クルド人の迷惑、違法行為で川口市民が苦しんでいるのにメディアが伝えず、一般の人々が声を上げている」などとコメントした。
「ネットと愛国」の著書があるジャーナリストの安田浩一は「わずか1年足らずのうちに、SNSの中で『クルド人の脅威』がつくり上げられた。過去に例のない加速度だった」という。
米英が拠点のNPOは昨年6月、ツイッター(現X)が有料サービス利用者のヘイト投稿の99%に対応できていないとの調査結果を発表。「(表示の優先順位を決める)アルゴリズムが有害投稿を増幅していることが示唆される」とした。
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増幅する憎悪はリアルの世界にもしみ出す。
28日、川口市などで「日本トルコの友情を壊す不法滞在クルド人は追放しよう!!」などのプラカードを掲げた100人超がデモ行進した。
クルド人が営む飲食店には「日本から出て行け」との嫌がらせ電話が続く。市役所にも「クルド人を強制送還しろ」と求める電話が400件ほど相次ぐ。支援団体には「クルド人皆殺し万歳」との脅迫メールも届く。来日して20年になる会社経営のクルド人男性(32)は「これまで嫌な思いをすることはほとんどなかったのに」と言う。
市内で食品店を営む女性は店頭で20年以上、クルド人の住民と向き合ってきた。当初は店の前にゴミを散らかされるなどして、「うちの店どうなっちゃうんだろう」と考えたこともある。それでも片言のクルド語と身ぶり手ぶりでコミュニケーションを続け、下の名前で呼び合う仲になった。
「どうして彼らのことを知らずに、『出て行け』なんて言えるんだろう。SNSから広まった『クルド人問題』は、空想の世界の話みたい。私にとっては、今、目の前にある日常が現実」
【解説・安田峰俊】ちょっと違う側面の話を書こうと思います。もともと、日本における在留外国人の問題や国際問題は、日本国内のラディカルな保守派・リベラル派のそれぞれの市民団体や政治団体、一部の新宗教団体などの間で「シマの取り合い」のような性質を持ってきました。たとえば、中国の少数民族であるウイグル人の問題(近年その人権状況が国際的に知られたことでやや状況が変わりましたが)や、中国民主化問題の一部は保守派のシマ。台湾についても一部そうした面があります。
対してパレスチナや、少し前までの技能実習生・在日ベトナム人の問題(こちらも近年、在日ベトナム人犯罪が増加したことで状況が変わっていますが)などは、リベラル派のシマという具合です。
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そもそも、大多数の一般の日本人は、在日外国人が直面する問題や、難民などの国際問題に強い関心を持っていません。ゆえにこれらの当事者としては、その目的はさておき自分たちに目を向けてくれる日本人がいるだけでもありがたいという状況があります。
しかし、その結果として、彼ら外国人当事者自身では意図しない形で、日本国内のラディカルな保守なりリベラルなりの党派性を背負わされることになり、対立する陣営の日本人からのレッテル張りや白眼視、場合によっては誹謗中傷に晒されるという不幸な事態が生じます。
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クルド人の場合、実は当初は、ウイグルなどと同じく一部の右派系市民団体と比較的距離が近く、広義の「保守のシマ」だったと聞いています。
しかし、クルド問題が「親日国」トルコの少数民族問題であることや、もともと川口が排外主義系の市民団体の運動が飛躍した「聖地」だったこと(2009年のフィリピン人一家問題)、さらには一部の在日クルド人側にも各国の移民1世や2世にありがちな異文化摩擦が存在したことなどから、クルド人はラディカルな保守派や排外主義的ポピュリズムに同調するネットユーザーから狙われやすい立場に変わっていきました。
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その流れが決定的になったのが、記事中でも指摘される入管法改正問題です。
難民申請者が多い在日クルド人は、まさに入管法問題の当事者なのですが、一方で、入管法改正案反対運動というイシューは、極めて濃厚な「リベラルのシマ」でした。
保守派や排外主義者はこれに強く反発することになります。
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結果として、保守派や排外主義者の間では、10年ほど前までの在日コリアンヘイトもかくやというレベルで、在日クルド人への排斥感情が盛り上がることになります。
今回の記事のようなトルコ側からの事実上の情報操作は、すでに燃えていた火にさらなる油を注ぐことになりました。
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近年、政府や主要メディアではフェイクニュースや陰謀論などの訂正やモニタリングが話題になっています。
党派の左右を問わず極端な人たち(言語化できないなにかに常に怒っていて、自身の党派が定型化して提示した「敵」にその憎悪をぶつける人たち)は、まさにそうしたフェイクニュースや陰謀論の巨大な受容層となっています。
根本的な解決は難しい問題です。ただ、常に観察して指摘していく必要はあります。