香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

2024年06月

食費は週6千円増 英総選挙、積もる保守党への不満 注目選挙区ルポ(朝日新聞有料記事より)


写真・図版

 夫婦2人の1週間分の食費は数年前まで、60ポンド(1万2千円)程度だった。いまは同じものを同じ分買って、90ポンド(1万8千円)になることもある。

 英イングランド東部グリムズビーに暮らす銀行員、ミシェル・ロバートソンさん(50)は、自宅近くのスーパーに行く度に嫌気がさす。

 電気やガスの料金は2年前より、月に計200ポンド(4万円)高くなった。「それでも払えるだけ自分は恵まれている」。そう言い聞かせる。

写真・図版
ミシェル・ロバートソンさん=2024年6月

7月4日に投開票される英総選挙で、14年ぶりの政権交代の可能性が高まっています。与党・保守党が歴史的な大敗を喫する見通しです。なぜか。注目の選挙区を歩き、有権者の声を聞きました。

 英国では毎日のように、市民の苦しい財布事情が報じられる。インフレ率は2022年10月に前年同月比11.1%を記録し、41年ぶりの高水準に。現在は2.0%まで下がったが、それを実感できる市民は多くない。

 グリムズビーは住民から「貧しい労働者階級の町」と位置づけられる。「生活費危機」は極めて深刻だ。その上、公共サービスへの予算配分は削減が続き、人員不足などで医療機関は予約が取りづらくなった。

「100%、保守党には入れない」

 2010年から政権を担う与党・保守党への風当たりは強い。ロバートソンさんは前回19年の総選挙で保守党に投票したが、「今回は絶対に、100%、保守党だけには入れない」と言う。

 その不満は、日々の生活に関するものだけにとどまらない。ロバートソンさんは、パレスチナ自治区ガザの惨状にも胸を痛める。現政権がイスラエルへの武器の輸出をやめる気配はない。「自衛権の尊重と言うけれど、イスラエルは何を守るというのか」

 保守党を信頼できる要素がない。新型コロナの流行期、ジョンソン首相(当時)は国民に制限を課しながら、仲間とパーティーを開いていた。次に首相に就いたトラス氏は財源的に根拠の薄い大幅な減税策を発表し、英国を混乱に陥れた。

 「スナク首相もあれこれ約束しているけれど、自分が何を言っているのかさえ、よくわかってないんじゃないかな」

 かつて「漁師の町」として栄えた人口約8万6千人のグリムズビー。町にある「漁業遺産博物館」では、漁船での漁師たちの生活を追体験することができる。建物横の港には、1950年代に活躍した漁船「ロスタイガー号」が停泊する。

写真・図版
1950年代に活躍した漁船「ロスタイガー号」=2024年6月

 漁業は町の誇りであり、アイデンティティーでもある。地元のサッカークラブの愛称は「マリナーズ」。サポーターは試合で、魚の模型を持って応援する。

ブレグジット、英国民の58%が「誤りだった」

 だが、英国とアイスランドが漁場をめぐって争った「タラ戦争」、そして、英国の欧州経済共同体(EEC)への加盟によって、漁業は衰退の一途をたどったと、町民は憤る。多くの町民は欧州連合(EU)のことを、本部がある「ブリュッセル」と呼び、敵対心を隠さない。「ブリュッセルが町をダメにした」と。

 そんな町に希望を与えたのが、ブレグジット(英国のEU離脱)だった。

 16年の国民投票では、7割の町民が「離脱」を支持した。19年の総選挙では「ブレグジットを完了させよ」をスローガンにした保守党が議席を獲得。これは、第2次大戦後初めてのことだった。

 ただ、ブレグジットから4年以上が経ったいまも、グリムズビーを含め、英国の経済は良くなっていない。世論調査では「ブレグジットは誤りだった」と答える人がじわりと増え、この5月には58%に上った。

 一方、「正しかった」と答える人も31%いる。グリムズビーで水産加工会社を営むダレン・ドリンカルさん(58)もその一人だ。

保守党でも、労働党でもなく…

写真・図版
ダレン・ドリンカルさん=2024年6月

 ドリンカルさんは、町の困窮を「移民のせいだ」と考えている。ブレグジットは国境を強化し、移民を規制するものだと思っていた。移民が減れば町は再興し、税負担も減ると信じていた。

 だが、移民は減っていない。22年も23年も120万人ほどが英国へとやってきた。英国を離れた人を差し引いた純増数は、記録的な多さだ。難民申請者の乗る小型ボートを止めると言い続けるスナク氏は、それを実現できていない。

 保守党がしっかりと移民規制をしていれば――。その思いが強い。

 町では労働党の返り咲きが確実視されている。ドリンカルさんもそれはわかっている。ただ、労働党はより穏健な移民政策を掲げ、ドリンカルさんは「いまよりも悲惨な状況になる」とみる。

 では、彼はどこに投票するのか。今回の選挙で保守党から大量の票を奪うことが予想されている「改革党」だ。その躍進ぶりは、英国政治の混迷を映し出す。
(グリムズビー:藤原学思 

「トランプの当選」ロシア・突撃兵は願った 「鳥」におびえた毎日(朝日新聞有料記事より)

vvv

 「ロシア軍は我々を放してはくれない」

 ウクライナへの全面侵攻が始まった2カ月後、ロシア兵の男性(34)は医療班のトラック運転手として入隊したはずだった。それから約2年、その間、戦闘任務につかされ、契約書は「自動更新」されて除隊は許されなかったという。

 カザフスタンとの国境に近いロシア南西部サラトフ出身。「コチェブニク」というニックネームを名乗った。

 入隊の理由は、それなりにあった。「ロシア兵を助けたい」。親も妻子もいない。必要以上のカネが欲しいわけでもなかった。

 ただ、戦場に身を置こうという覚悟をしていたわけではない。それなのに、軍と交わした契約書が切れても抜けられない。

おびえた「自分の番」

 契約期間が過ぎた翌月の今年5月、ドネツク州の激戦地に送られた。3カ月前にロシア軍が占領したばかりのアウジーイウカの拠点から、西に進む命令を受けた。「(進軍後の)足場固めのため」と説明されたが、実際は最前線に送られた。

 運転手という役回りは、いつのまにか突撃兵という任務に変わった。

 男性は少し前、トイレ掃除などのささいなことで上官と意見をたがえたことがあった。「(任務は)その罰だったのだと思う」

 装甲車に乗って出発した兵士の多くが戻ってこないのを見てきた。誰もが「いつかは自分の番」だと、おびえていた。

 夜も明けきらぬ午前4時、3台の装甲車で目的地に向かった。6人が乗った自分たちの車しか到着しなかった。他の2台がどこに消えたのかはわからない。

【連載】最激戦地 ロシア・突撃兵の証言

 「最も困難な状況」。ウクライナのゼレンスキー大統領は、東部ドネツク州の前線についてこう表現しています。ロシアが兵士を大量投入し、攻勢を強めているためです。一方、現場のロシア兵は何を思い、戦うのでしょうか。この最激戦地で捕らえられたばかりのロシア兵3人が取材に応じ、攻勢の裏側にある悲惨な実態を記者に証言しました。

 激しい砲撃にさらされ、装甲車を捨てて5人で森に逃げ込んだ。2人が深い傷を負っており、間もなく死んだ。

 同郷で、同じカザフ系の親友だった兵士は、装甲車内に取り残された。無線で「手足にけがをした」と伝えてきた。

 「『故郷になんとか帰ることができたら、軍隊なんておさらばだ』と2人で話していた」

 だが、装甲車が燃えて、死んだと思う。

 「誰も突撃の準備なんてできていなかった」

 ウクライナの部隊に見つかると、すぐに持っていたカラシニコフ自動小銃を捨てて、降伏した。

 ドネツク州の前線ではロシアが優勢に立っているとの分析がある。だが、「誰にもそんな感覚は存在しなかった」と断じた。「鳥(ドローン)におびえ、ロシア兵が絶えず命を落としている。少なくともそれが私が見た現実だ」と言った。

「ロシア軍が引き揚げればいい」

 男性は「全てが何のためかわからない」と繰り返した。「みんな戦場に恐怖していた。当たり前だ」。いまはロシア軍がウクライナから引き揚げ、戦争が終わればいいと思っている。

 では、どうやって?

 今秋の米大統領選で返り咲きを狙う、トランプ前大統領への期待を口にした。

 「トランプは一日でこの戦争を終わらせると約束した。トランプのおかげで終わる。可能だと思う」

 ただ、実際にどのように終わらせるのか、男性はその答えを持ちあわせてはいない。
(ウクライナ東部ドネツク州=杉山正)

    ◇

記者は取材に先立ち、取材に応じる意思を捕虜本人に確認するよう、ウクライナ当局に依頼しました。取材の際には直接本人に意思を確認し、同意を得ました。また、捕虜の人道的扱いなどを定めた「ジュネーブ条約」に抵触しないよう、顔写真と氏名を出さないこととしました。 

だれが通報?警察が客に… 「禁書」並ぶ香港「独立書店」静かな戦い(朝日新聞有料記事より)

aarr
ssssd

 香港の九竜半島、生地の問屋が集まる一角にある「狩人書店」を消防当局の職員が訪ねてきたのは6月中旬のことだった。「消防用の通路が塞がれていると通報があった。検査する」

 店長の黄文萱さん(32)は「またか」と心の中でため息をついた。

【連載】沈黙する「自由都市」 香港市民はいま

2020年6月30日に施行された香港国家安全維持法(国安法)は、「自由都市」と呼ばれた香港を変えました。あれから4年。厳しい統制で街が沈黙したいま、市民はどう生きているのでしょうか。

 先週、訪ねてきたのは警察だった。その前は衛生当局だったり、税務当局だったり、建築当局だったり、労務当局だったりした。誰かの通報に基づき、どこかの政府部門が「検査」にやってくる。そんなことが週に1回は続いている。

 誰が通報しているのか、いや、本当に通報している人がいるのかもわからない。スタッフが2人ばかりの書店は、そのたびに対応を迫られる。

 「『検査』が多すぎて、正常な営業が難しい」と黄さんはこぼす。

 こぢんまりとした店内には書籍がびっしりと並ぶ。

国安法施行後に増えた「独立書店」

 1989年に北京で発生した天安門事件の写真集は、民主化を求める学生を中国軍が弾圧した事件のさなか、中国軍の発砲によって血を流す人びとの様子を収めている。「統一とはすなわち奴隷になることだ」と題した本は、中国の民主活動家で、国家政権転覆扇動容疑で逮捕されて服役中に死亡したノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏が、中国が統一を目指す台湾や、香港について書いたものだ。さらに、2019年に香港で広がった反政府デモに参加した人びとを紹介する書籍なども販売している。

 いずれも中国本土では販売できない「禁書」扱いのものだ。

 狩人書店のような個人経営の書店は香港では「独立書店」と呼ばれており、大手チェーンでは扱わないような政治的に敏感とみなされるような書籍を扱う店も多い。また、読書会などを通じて、報道の自由や性的少数者に対するものなど社会的な討論の空間も担ってきた。

 「政府はこうした書籍を販売するわれわれを警戒しているのでしょう」と黄さんは話す。「ただ、本は本来、自由なものです。文字を通じて、意見を発し、文字を通じて、思考する。そうした行為を誰も管理することはできません」

 黄さんはもともと香港紙の星島日報の記者だったが、19年には区議会議員選挙に民主派として初当選した。民主派が議席の8割以上を獲得して圧勝した選挙だった。

 だが、20年に香港国家安全維持法(国安法)が施行され、反体制的な活動が厳しく取り締まられるようになった。香港政府は施行を受けて、区議に政府への忠誠を宣誓させ、「非愛国」とみなせば資格を剝奪できる条例改正案を21年5月に成立させた。政府の方針に反発した黄さんを含む民主派の議員の多くは辞職を迫られた。

 黄さんが狩人書店を開業したのは、22年5月のことだ。国安法の施行後、言論の自由をうたうメディアにも当局の厳しい目が向けられ、政府に批判的な論調だったメディアの廃業が相次いでいた。

 一方で、むしろ新規開業が増えていたのが、独立書店だった。香港メディアによると一時は90店舗ほどにも達した。そこには多くの元記者らも携わったという。

 民主派やメディアが厳しい取り締まりを受ける中、もはや大規模なデモや集会の開催は現実的ではなくなった。香港社会が広く圧力にさらされて沈黙し、黄さん自身も職を失う中、「公民社会の実現を模索する別の方法がこの書店だった」と話す。

「レッドラインは常に動いている」

 しかし、独立書店への風当たりは今、強まりつつある。

 こうした空間を保障してきたのは、香港の憲法にあたる香港基本法だ。言論の自由を認め、中国ではタブーにあたる中国共産党を批判する書籍も多く売られてきた。「自由都市」として国際社会の資本を引きつけてきた香港は、現在も表立っては出版物を制限してはいない。

 だが国安法の施行後、「国家安全に有害」だと判断された書籍は公共の図書館から撤去された。一般書店もほとんど販売しなくなっている。

 香港政府トップの李家超(ジョン・リー)行政長官は23年5月の記者会見で、公共図書館から撤去された書籍について「民間の書店では買える。買いたい人は買えばいい」と発言。しかし、「政府が取り締まりの対象とするレッドラインはどこか。誰にもはっきりとは分からないし、常に動いている」と香港メディアの記者は話す。

 独立書店の販売する書籍そのものがとがめられることはない。だが、営業を続ける独立書店に対しては、狩人書店のように「通報があった」「定例の検査」などとして頻繁に香港当局が検査に入るようになっている。

 廃業を決めた独立書店もある。多様な文学作品で人気のあった「見山書店」は23年12月、SNSで今年3月での廃業を宣言。「この投稿の後、毎週のように各部門の訪問を受けることがありませんように」と投稿した。書店関係者によると、別の独立書店も今年、入居している建物の使用目的に違反しているとして政府部門によって退去を求められた。

 米政府系放送局ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は、2020年以降に閉店した独立書店は40店舗に及ぶとする。

 行政の干渉とみられる行為は検査だけではない。天安門事件から35年を迎えた今年6月4日、狩人書店では、警察が店に出入りする全ての客の身分証のチェックを始めたという。「そんなことをされたら誰が店に来たいと思いますか? 小さな書店にとっては大きな打撃です」と黄さんは語る。

どんな権力も阻止できないものは

 ただ、黄さんはやり方を変えるつもりはない。

 「狩人書店がぜったいに必要かどうかは分からない。でも、どんな都市にでも自由な思考ができる空間はなくてはならない。それは私たちの権利であって、どんな権力であっても阻止できないものです」

 こうした考えをもつのは黄さんだけではない。

 「香港には(自由に物事を語れる)公共空間がなくなってしまった。独立書店の開業が相次いだ背景にはそうした空間が求められていることもある」。そう語るのは、「留下書店」店長の岑蘊華さん(50)だ。もともとは公共放送に勤務していた岑さんも22年、仲間たちと独立書店を立ち上げた。

 香港政府は今年、国安法を補完する国家安全維持条例も施行した。中国や香港政府に批判的な言論は今後、ますます厳しく取り締まられる可能性がある。香港政府が今は見逃している行為を、いつ取り締まりの対象とするかは分からない。

 岑さんは政府との対立を望んでいるわけではない。すでに取り締まりの対象となっている反政府デモのスローガン「光復香港 時代革命(香港を取り戻せ 我らの時代革命だ)」と書かれた本は輸入しないなど、レッドラインを見極めながらの経営を続ける。

 「ただ、国家安全維持条例ができたから今の書籍を売るのをやめるのか? と聞かれれば答えは『ノー』だ。政府が明示していないのに、先に後退するようなことはしない」。岑さんはそう語った。
(香港=高田正幸)

香港国家安全維持法

 2019年に香港で起きた政府への大規模な市民デモを機に、中国の主導で20年に導入された。▽国家分裂▽政権転覆▽テロ活動▽外国勢力との結託、の四つを国の安全を害する犯罪と定める。最高刑は終身刑。これにより民主派の弾圧が進み、多数の活動家や元議員らが逮捕され、香港紙「リンゴ日報」など中国政府に批判的なメディアが廃刊に追い込まれた。香港外での行為や外国人も摘発の対象にする。今年3月には同法を補完する形で国家安全維持条例が施行された。
 

クレ・カオル(香港人ジャーナリスト) 狩人書店といい、数ヶ月前に閉店した見山書店、2020年閉店したBleak House Books(数ヶ月前にニューヨークにて復活)、香港の独立書店が「嫌がらせ告発」を頻繁に受けたり、賃貸継続を拒否されたりなどして、やむなく閉店してしまったケースが多い。香港で居場所をなくして、日本に流れて書店を構えるケースもあります。 法律上レッドラインに抵触するものは、法律で裁き。流石に曖昧な法律でも裁けないものは、「政府に親しい民間人」に任せるのが、ここ数年のトレンドのように見えます。滑稽なのは、政府は今だに「自由都市」をアピールしたがるところです。

「バイデン氏、国のために身を引くべき」NYT社説、討論会を踏まえ(朝日新聞有料記事より)

1w2

 米紙ニューヨーク・タイムズは28日、バイデン大統領が11月の大統領選から撤退すべきだとする社説を公表した。前日の討論会で衰えが明らかになったと指摘したうえで、トランプ前大統領の再選というリスクを止めるには、より強い候補者が必要だとし、バイデン氏に「国のために大統領選から身を引くべきだ」と迫った。

 NYTは社説で、トランプ氏が選挙の信用性を否定するなど、民主主義に対する脅威であると位置づけた。「今年の大統領選には、米国の民主主義の将来がかかっている」というバイデン氏の主張に同意するとした。

 ただ、27日の討論会では「バイデン氏が4年前と同じ人物でないことは明らかだった」と指摘。2期目に何を成し遂げるのか説明に苦しみ、言葉を最後までつなぐことが困難だったことも複数回あったことに言及。討論会の開催やルール設定もバイデン氏が求めたことを踏まえ、「自分に課したテストに落第した」とした。

 社説はそのうえで、バイデン氏がこのまま大統領候補であることは「無謀な賭け」であり、「トランプ氏とバイデン氏の欠点の間で有権者に選択を迫り、国の安定と安全を脅かす理由はない」と主張。大統領選からの撤退は「バイデン氏が長年にわたって献身的に貢献してきた国への、最良の奉仕だ」と述べた。

 討論会を踏まえ、バイデン氏が撤退すべきだという声は高まっている。NYTのコラムニストのトーマス・フリードマン氏やニコラス・クリストフ氏も28日、同じ趣旨のコラムを発表した。ただ、バイデン氏はこの日の集会で「若くないことは分かっている。昔ほど上手に討論できなくなった」と語る一方、選挙戦を続ける意向を示した。
(ニューヨーク=中井大助

三牧聖子(同志社大学)「トランプ再選を防ぎ、米国の民主主義を守るためにこそ、バイデンは退くべきだ」。この時期での代替候補者の模索は極めて異例だが、民主党支持者にそうした危機感を抱かせるほど、昨日の討論会でのバイデンのパフォーマンスは破滅的だった。 もっとも、原因は「老い」だけだったのだろうか。そうとは思えない。バイデンがトランプから守ろうとする「民主主義」とは何なのか、バイデンのもとで守られるのか、ますます不明になっているのだ。 「トランプから民主主義を守る」と掲げてきたバイデンだが、この訴えはいま、民主党支持者にすら、響かないものになっている。確かに2020年大統領選後、トランプ支持者が起こした連邦議会議事堂襲撃事件は、今思い起こしても衝撃的だ。自分が負けた選挙に「不正選挙」のレッテルを貼り、敗北を認めなかったトランプがいま、最有力の大統領候補になっている現状は、何としても止めなければならないもののはずだ。昨日の討論会でバイデンは、この点を再び強調した。 しかしこの半年間、とりわけ若い民主党支持者から、「バイデンもまた、民主主義を踏みにじっている」との怒りの声があがってきた。ガザで今も続くイスラム組織ハマスとイスラエルとの戦闘が甚大なパレスチナ市民の犠牲を生み出しているにもかかわらず、バイデンの政策があまりにイスラエル寄りであり、停戦やパレスチナ市民の保護を求める民意を踏みにじっているという批判だ。昨日の討論会でも、バイデンはこうした「民意」を踏みにじる発言をした。イスラエルに対し、一部の武器の提供を停止していることをトランプに批判されたバイデンは、「私たちは世界の誰よりもイスラエルを支援している」「イスラエルが必要な武器はすべて提供している」と強調したのだ。昨日の討論会は、トランプとバイデンとの政策の差も明らかにしたが、中東に関していえば、その根本的な共通点ー徹底したイスラエル支援ーを明らかにするものでもあった。 現在、ハマス幹部に加え、ネタニヤフ首相とガラント国防相に対しても、国際刑事裁判所の逮捕状が請求されているが、こうした国際組織の動向を、トランプのみならず、バイデンもまったく意に介していないことも明らかになった。ガザを最重要の争点にする有権者は多くはないが、「トランプにもバイデンにも投票したくない」という有権者は、その思いをいっそう強くしただろう。民主党支持者の一部に着実に広がってきた民主党への不信と幻滅は、たとえバイデンより若くエネルギッシュな候補を打ち立てたとしても、拭いされるものではない。

 

「お母さんに会いたい」ロシア兵は泣いた 警察が持ちかけた戦場行き(朝日新聞有料記事より)

vvv

 刑務所に行くか、戦場に行くか――。

 ロシア兵の男性(28)は今年2月、選択を迫られた。大麻所持容疑で逮捕された直後。「ロシア軍に入隊する契約書にサインすれば、刑事手続きはしない」。警察はそう持ちかけてきた。

 首都モスクワの東1千キロ弱、ロシア・タタールスタン共和国の小さな街の出身。2人で暮らす母のことが頭に浮かんだ。「刑務所に行くことで、失望させたくない」。入隊に応じることにした。手続きでは、戦闘経験のない者は前線で戦うことはなく、物資を運ぶだけだとの説明を受けた。

 ウソだった。

【連載】最激戦地 ロシア・突撃兵の証言

「最も困難な状況」。ウクライナのゼレンスキー大統領は、東部ドネツク州の前線についてこう表現しています。ロシアが兵士を大量投入し、攻勢を強めているためです。一方、現場のロシア兵は何を思い、戦うのでしょうか。この最激戦地で捕らえられたばかりのロシア兵3人が取材に応じ、攻勢の裏側にある悲惨な実態を記者に証言しました。

 しかも、訓練は名ばかりのものだった。ロシア軍が支配するウクライナ東部ドネツク州の訓練施設に送られたが、3週間で実弾を撃ったのは3回だけ。隣のルハンスク州では6日間、塹壕(ざんごう)を掘り、がれきの片付け作業をさせられた。

 3月下旬、東部の要衝アウジーイウカに送られた。激しい攻防の末、前月にウクライナ軍が撤退したばかりの街で、行動をともにした80人の部隊のメンバーには、受刑者や多額の債務者らのほか、自分と同じように警察に捕まった後に勧誘された者もいた。

 ここを拠点に、激戦地への突撃命令が下された。7人でチームを組み、戦車の上に乗せられて運ばれた。悪路でも、確実に最前線に送り込むための「送迎用」だった。

 戦車から降りた瞬間、砲撃が来た。隣にいた仲間の顔半分が、吹き飛んだ。「降ろされる場所には塹壕があると説明を受けたのに、なかった」。隠れるところを探してさまよった。「この時、皆が戦場に確かな死が待っていると理解した」

再度の突撃、抱いた戦争への疑問

 5月に再び、突撃作戦のメンバーに入ることになった。「死ぬために送られる」。参加を拒み、仲間と前線基地近くの地下室に隠れた。だが、数日後に上官に見つかった。すぐに最前線への突撃任務を命じられた。

 目標地点への道。また7人で戦車の上に乗せられた。1人は木の枝にぶつかって落下し、置いていかれた。ウクライナ軍のドローンがやって来て、2人が吹き飛ばされた。さらに2機目のドローンが爆発し、もう自分しか残っていなかった。3機目のドローンが見えた時、戦車から飛び降り、逃げた。

 森に入ると、ウクライナ軍の支配地域だった。誰もいなくなった民家を見つけ、隠れた。ほこりをかぶった瓶に入る蜂蜜などで飢えをしのぎ、洗剤の混ざった洗濯機の水も飲んだ。

 5日ほど経ち、何もかもが尽きた。水を探して歩いているところをウクライナ部隊に見つかり、捕虜となった。「いつも上官から、ウクライナに捕まれば拷問され、殺されると聞かされてきた」。いまはそれも、ウソだとわかった。

 一緒にいた部隊80人のうち8割以上が死んだという。「ロシアは我々を単なる肉だと思っている」と言い、「この戦争のポイントは、(ロシアが自ら)ロシア兵を可能な限りたくさん殺そうとしていることだ」と皮肉った。

 東部では、ロシア軍が攻勢を強め、占領地を拡大。戦果を誇っている。男性は「それが勝利だと思わない。多くの人が死に、市民が苦しんでいる」と吐き捨てた。

 「侵略を続けた先に、何があるというのか。ウクライナの人たちが望まないのになぜ来る必要があるのか」。プーチン大統領が始めた戦いそのものに、疑問を抱いている。

 取材の最後、男性は泣いた。そして静かに、一つの望みを口にした。

 「お母さんに会いたい」
(ウクライナ東部ドネツク州=杉山正)

    ◇

 記者は取材に先立ち、取材に応じる意思を捕虜本人に確認するよう、ウクライナ当局に依頼しました。取材の際には直接本人に意思を確認し、同意を得ました。また、捕虜の人道的扱いなどを定めた「ジュネーブ条約」に抵触しないよう、顔写真と氏名を出さないこととしました。 

「沖縄への米軍集中は非合理」 米専門家が考える「健全な日米同盟」(朝日新聞有料記事より)

vcfg

 沖縄に米軍の兵力を集中させることは軍事的に「ナンセンス」であり、修正すべき点を米国に伝えることが「健全な日米同盟」につながる。そう考える米国の専門家がいます。日米関係と東アジアの安全保障を専門とする米ジョージ・ワシントン大のマイク・モチヅキ准教授に聞きました。(聞き手・渡辺丘)

 在日米軍基地(専用施設)の7割を沖縄に集中させる必要性は、戦略的にありません。それよりも、政治的な理由が優先しています。1950~60年代に日本本土で反基地運動が激化し、日米両政府が協力して、米国支配下にあった沖縄に本土の駐留米軍を移しました。それが今まで継続しているのです。

 軍事的にはナンセンスとさえ言える。日本全土が中国のミサイルの射程内になっていることで米軍は兵力の分散を進めています。在沖米軍の6割を占める海兵隊は思い切って削減できるはずです。近年、海兵隊は、台湾有事が始まる前に小さい島々に小規模部隊を分散配備して暫定的な拠点をつくる「EABO」(遠征前進基地作戦)構想を持っています。しかし、これは中国のミサイルの標的となる恐れがある。さらに部隊を運ぶ輸送機オスプレイは平時ですら何度も事故を起こしており、うまく機能するか疑問です。

Mike Mochizuki 1950年生まれ。専門は日本政治や日米関係、東アジア安全保障。米軍基地問題に関する沖縄県のアドバイザリーボード(有識者会議)のメンバー。普天間返還合意当時の橋本龍太郎首相やモンデール駐日米大使と意見交換をした。

 台湾有事で重要なのは、沖縄だけでなく地域全体で分散戦略を進める空軍と、沖縄にあまり駐留していない海軍です。

 海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画も、軍事的な合理性がありません。20年以上前の計画ですが、中国のミサイル能力向上で脆弱になり、かつ滑走路が短くて普天間の代替にはなりません。北側で軟弱地盤が見つかっており、工事に十数年かけて膨大な税金を使って建設するのは極めておかしい。ただ南側はすでに埋め立てているので、コンパクトなヘリポートを建設して、固定翼機などは他の基地に分散させるのが一番良い妥協策だと思います。

 発がん性の疑いが指摘される有機フッ素化合物(PFAS)は、沖縄だけでなく本土の米軍基地周辺でも問題が起きています。日米地位協定のために日本政府や自治体が基地内に調査に入れないのは不思議です。

 地位協定を、米軍基地に環境関連国内法が原則として適用される北大西洋条約機構(NATO)加盟国にみられる方式に改定すべきです。米軍基地自体も、同様に将来的には自国の軍隊、日本では自衛隊が管理するのが望ましいと思います。

 日本の政治家や役人は、このように問題が多い辺野古移設計画や日米地位協定は見直すべきだと米側にはっきり言うべきです。中国の台頭により日本との同盟を維持しなければ戦略を進められなくなっている米国は、提案を理解すると思います。今のままでは非常に不健全で、本当の同盟関係とは言えません。

 台湾有事になれば、沖縄だけでなく日本全体がターゲット、戦場になり得る。沖縄問題を解決するためにも、国全体でもっと充実した専守防衛などの主体的な安全保障政策と、戦争を回避するための外交政策を考えなければいけないと思います。
(聞き手・渡辺丘) 

「旗を立ててこい」 ロシア兵は走った 命じられた片道切符(朝日新聞有料記事より)

vvv

 ウクライナ東部ドネツク州の小さな町で5月下旬、ウクライナ軍の関係者と待ち合わせた。この場所が指定されたのは前日夜。現れたのは、愛想のいい屈強そうな2人の男性だった。

 「携帯電話は持ってこないように」

 そう言われ、彼らが用意したSUV車に乗るよう促された。

 幹線道路や農道。車は道に迷ったかのようにぐるぐると回った。しばらくして同じ道を通っていることに気がついた。

 「また同じ道だ」

 記者がつぶやくと、男性の一人が「道は覚えないでもらいたい」と言った。車はさらに進む。言われた通り、外の景色は見ないようにした。

 30分以上かけて古びた平屋の建物の前に到着した。前線で捕らえたばかりのロシア兵を一時的に収容する施設だという。安全上の理由から、この場所は秘匿されている。今回、記者はここで、捕虜への取材を許可された。

【連載】最激戦地 ロシア・突撃兵の証言

「最も困難な状況」。ウクライナのゼレンスキー大統領は、東部ドネツク州の前線についてこう表現しています。ロシアが兵士を大量投入し、攻勢を強めているためです。一方、現場のロシア兵は何を思い、戦うのでしょうか。この最激戦地で捕らえられたばかりのロシア兵3人が取材に応じ、攻勢の裏側にある悲惨な実態を記者に証言しました。

 建物の奥まった場所にある、4畳半ほどの部屋に通された。

 アジア系の顔つきのロシア兵が入ってきた。「ヤクート」というニックネームを名乗った。31歳。極東アムール州の出身で、父親が朝鮮系なのだという。1週間ほど前に捕虜になったばかりだった。

 ヤクートは記者に、戦場で自分が命じられた「ある任務」について語った。

 ロシア軍に入隊したのは昨年7月。軍務の経験はなかったが、自ら志願した。鉄道作業員として働き、給与は2カ月に1回で約10万ルーブル(約18万円)だった。軍に入れば、月給が4倍になる。「家族のためだった」。妻と11歳の息子に内緒で契約書にサインした。妻に打ち明けると「(戦場に行く)必要があるの?」と泣いた。

 「この戦争に大義があるかどうかなんて、正直わからなかった」。ただ、ロシアメディアのプロパガンダに影響されて「仲間を助ける」という漠然とした気持ちもあった。

 ロシアが占領するウクライナ南東部の訓練施設での初日、教官は「お前たちの命は無価値だ」と言った。訓練は2週間の予定。だが、規律違反があればすぐに訓練を切り上げ、前線に送り込まれると説明された。

 一方でその頃、以前から指摘されていたずさんな訓練態勢を告発する動画が出回っていた。そのせいか、訓練期間は結局、3カ月間に延ばされた。それでも、「十分な準備ができていた」とは思わなかった。

 ドネツク州の州都ドネツク近郊の激戦地に派遣された。激しい砲撃にさらされ、仲間は次々と死んでいった。

後から気づいた任務の目的

 今年5月19日、上官からある任務を命じられた。

 「ロシアの旗を、立ててこい」

 指定された民家の屋根に1人で行き、部隊名が書かれたロシア国旗を掲げるのだという。

 部隊の偵察ドローンだけが、走る自分についてきた。旗を立てると、ドローンはいなくなった。同時に、複数方向から銃撃が始まった。

 事前に知らされていなかったが、そこはウクライナ軍の陣地だった。「止まれ」と怒鳴る声が聞こえた。「殺さないでくれ、降伏する」と言って、カラシニコフ銃を捨てた。ロシア国旗は外され、自分に突き返された。

 なぜウクライナの陣地に旗を立てに行かされたのか。その時に気づいた。「占領もしていない場所にロシア軍が前進したと主張するウソの動画をドローンで撮影するためだ」

 戻れることはない、片道切符の任務――。自分の命が「宣伝」のために使われたのだと、記者に憤りをぶつけた。

 前線では、メディアやSNSで伝えられるウクライナの兵器不足の影響を聞いたことも感じたこともない。ただただ、人が死んでいった。所属した部隊85人のうち無事だったのは12人だけ。仲間が大勢死んでいく前線を「肉ひき機」と表現し、「異常だ」と訴えた。

 この頃、ロシア軍はウクライナ北東部ハルキウ州でも新たな前線を開き、攻勢を強めた。ヤクートは、「知っているが、熱狂など感じるわけがない。もっと兵士が送られ、もっと兵士が死ぬということだ」と言った。

 部隊では、不満を口にしたらどうなるかわからない。だから、何も話さなかった。だが、「多くのロシア兵が、この戦争に明確な意味や理由がないと感じていると思う」と吐露した。

 「自分が見たものを忘れられるかはわからない。でも、忘れたい」
(ウクライナ東部ドネツク州=杉山正)

    ◇

 記者は取材に先立ち、取材に応じる意思を捕虜本人に確認するよう、ウクライナ当局に依頼しました。取材の際には直接本人に意思を確認し、同意を得ました。また、捕虜の人道的扱いなどを定めた「ジュネーブ条約」に抵触しないよう、顔写真と氏名を出さないこととしました。 

好きな国「変わってしまった」 国境閉鎖、変化に戸惑うロシア系住民(朝日新聞有料記事より)

フィンランド南東部ラッペーンランタにあるヌイヤマ検問所。
バーが設置され閉鎖されている=2024年4月23日

 バスを20台は止められそうな大型スーパーの駐車場には、一台の車も、人影もなかった。店先には「休業」の文字。この数カ月、ずっとこの状態だという。

 ロシアとの国境に位置する、フィンランド南東部のラッペーンランタ。人口7万人ほどの小さな街に押し寄せていた、ロシアからの買い物客や観光客の姿は、いまはない。

 昨年11月、このスーパーから数百メートルの場所にある国境検問所が突如、閉鎖された。以来、行き来は途絶えた。

ウクライナ侵攻を機に、国境を接するロシアへの警戒感を強める北欧フィンランド。4月にはロシアと接する東側の国境の無期限閉鎖を発表しました。ただ、そこには戸惑う住民もいます。その理由とは。

 原因は、移民の存在だった。昨秋以降、ロシアからフィンランドに入国しようとする移民が急増。多くが中東やアフリカの人たちだった。

 「ロシアが欧州に揺さぶりをかけるため、意図的に移民を送りこんでいる」

 フィンランド政府はそう主張し、ロシアを非難した。

 昨年11月にすべての国境検問所を閉鎖。4月にはその無期限延長を発表した。

 「私の好きなフィンランドは、変わってしまった」

 住民のカーチャ・マロワさん(40)は言った。

 この街から200キロしか離れていない、ロシア・サンクトペテルブルクの出身。大学時代に交換留学で1学期だけフィンランドに暮らし、大好きになった。外国人の自分にも優しい人たち、法と人権を重んじる社会。そんな国が、新鮮だった。

 6年後、ラッペーンランタの大学院に進学。結婚し、この国で暮らすと決め、フィンランドの市民権も取得した。

 地元メディアによると、ラッペーンランタには、マロワさんのようなロシア系の住民が数千人暮らす。

 車に乗って気軽に母国に行き、親類に会う。親しい人が亡くなれば、葬儀に出向く。毎月、年老いた両親の介護のためにサンクトペテルブルクに通う人もいた。逆に、多くのロシア人観光客が週末にこの街にやって来た。

 それが突然、国境封鎖で閉ざされた。

 さらに、ウクライナ侵攻後はロシア系住民に対する視線も厳しくなったと、マロワさんは感じている。

 「ここで14年暮らし、私にとっては故郷だと思っていた。今では別の国に暮らすことも考えている」

 もちろん侵攻は間違っている、と思う。ただ、「『普通の人』に何ができるのか」との気持ちがある。

 「ナワリヌイ(ロシアの反政権派指導者で収監中に死亡)を見てください。プーチン政権に抗議した人たちはみんな投獄されている」

 フィンランドとロシアの関係は、時代によって変化してきた。

 フィンランドは1917年にロシアから独立。1939年から44年にかけての旧ソ連との戦争に敗れ、領土の一部を奪われた。戦後、ソ連と「友好協力相互援助条約」を締結。ソ連や東欧向けの工業製品の輸出で発展したが、一方で、戦争への備えは怠らなかった。男性には徴兵制があり、一定規模の建物にはシェルター設置も義務づけられている。「対話」と「防衛・抑止」の両輪で、微妙なバランスを保ってきた。

 それが、ロシアによるウクライナへの全面侵攻で一変した。

 1300キロ超にわたりロシアと国境を接するフィンランドは長年の中立政策を転換し、ロシアが敵視する北大西洋条約機構(NATO)加盟を決断した。

 フィンランドのシンクタンク「EVA」によると、2005年にロシアを「主な軍事的脅威」と回答した人は31%だったが、クリミア併合後の15年には50%に。ウクライナ侵攻直後の22年3月に行った調査では、それが84%にのぼった。

 今回の国境閉鎖も、世論調査では7割のフィンランド国民が支持している。

 一方で、EVAの調査では、別の側面も浮かび上がる。侵攻直後でも、73%の人が「ロシアには豊かな文化がある」と答えた。「ロシア市民はいい人だ」とする人は58%で、05年の48%より増加していた。

 ラッペーンランタ市議会のユーリ・ハンニネン副議長(53)は、街を訪れるロシアの人たちは穏やかで、礼儀正しかったと振り返る。

 ハンニネンさんの父は幼い頃、両親とともに現在のロシア領から移り住んできた。ラッペーンランタではロシアと何か縁があるのが普通で、決して、ロシアの人たちが悪者だとは思っていない。行き来を断たれたロシア系の人たちの苦しみも理解しているつもりだ。

 それでも、22年2月、ロシアがウクライナに侵攻した時はすべてが予測不能になった。次は何が起こるのかと、市議会で何度も話し合い、考えられるすべてのことに備えるとの結論に達した。

 NATO加盟も国境閉鎖も、「あらゆる事態に対応するための、国家レベルでの備え」だと支持している。

 それはすべて、「平和のため」。ハンニネンさんはそう言った。
(ラッペーンランタ=森岡みづほ) 

暴動の傷残るニューカレドニア 「独立」では解決しない島嶼国の問題(朝日新聞有料記事より)

zzzz

 日本では「天国にいちばん近い島」として親しまれている南太平洋の仏領ニューカレドニアで5月、大規模な暴動が起きました。1カ月余りがたった今も、事態は正常には戻っておらず、先住民カナクとフランス系住民の格差や対立は残ったままです。暴動の背景や、ニューカレドニアのような小さな国が抱える問題について、太平洋島嶼国情勢に詳しい同志社大学法学研究科の早川理恵子博士に聞きました。

 ――ニューカレドニアの現状は?

 外出自粛要請が緩和され、国際空港も再開したものの、状況が改善されたとは言えません。現地の人々のSNSなどを見ると「お店でパンが買えない」「学校が再開しない」「病院が閉鎖に追い込まれた」――などと生活インフラが停止したままです。フランスに帰りたがる仏系住民が増え、カナクら独立派も内部に多くの問題を抱えています。正常化には、膨大な時間と費用がかかるでしょう。

コロナ禍で実施された住民投票

 ――背景は何だったのでしょう。

 きっかけの一つは仏系住民と人口の約4割を占めるカナクの間の縮まらない格差です。自治権や独立について合意された1998年の「ヌーメア協定」(下記参照)は、カナクの社会的、政治的地位の向上にも触れていますが、格差はむしろ広がっています。

 独立に関しては住民投票が何回か実施されてきましたが、その進め方にもカナクは不満を持っています。21年の住民投票はコロナ禍のさなかに実施されました。ニューカレドニアでも多くの死者が出て、伝統的に葬儀に何カ月間もかけるカナクは「この状況下では住民投票はできない」とボイコットしました。しかし投票は実施され、結果として独立反対が9割に達しました。

 こうした不満や不信が蓄積するなか、今年5月14日にフランス本国の議会が仏系住民の権利を拡大する憲法改正をしました。これが暴動を引き起こしました。

 ――ニューカレドニア最大の産業でもあるニッケルの生産不振も影響していますか。

 ニューカレドニアは世界有数のニッケル産出国で、地元雇用の4分の1がニッケル関連だとも言われています。最近ニッケルの価格は低迷し、工場の操業が停止されるなど、影響が出始めていました。1千~2千人のカナクが職を失ったと言われています。多くはブルーワーカーの若者です。非正規雇用が多く、失業保険もありません。今回の暴動は、青年層が中心となっています。

 一方で、仏系住民の公務員の給料は、フランス本国の約2倍とも言われ、好待遇を求めて移住するフランス人は少なくありません。フランスもこれを奨励しています。仏系住民とカナクとの経済的な格差の理由の一つとも言えるでしょう。

独立で懸念される「バヌアツ化」

 ――ニューカレドニアが独立したらどうなるでしょうか。

 太平洋島嶼国を40年近く見てきましたが、こうした小国の問題は、独立によって全て解決するわけではありません。いまニューカレドニアが独立すれば、隣国バヌアツのようになってしまう、という指摘をよく耳にします。

 バヌアツは、1980年に英仏共同統治から独立を果たしましたが、後発開発途上国に分類されることになりました。発展途上国の中でも特に経済発展が遅れている国ということです。歳入を補う方策としてバヌアツ政府が推進したのが「市民権の販売」でした。しかし、国籍を購入した人のなかには犯罪者もいます。昨年発覚したシンガポール最大と言われるマネーロンダリング(資金洗浄)事件に関与していた中国福建省出身の犯罪組織のメンバーはバヌアツの旅券を所持していたとされます。

 1994年に独立したパラオでも、2018年ごろから中国の犯罪組織が入り込んでオンラインカジノを運営し、パラオ捜査当局と米国のインド太平洋軍が動く結果となりました。独立後も経済的に自立できず、越境犯罪の温床になってしまうケースです。

7月に太平洋・島サミット

 ――日本はどう関わっていくのでしょうか。

 2019年、安倍晋三元首相が日仏海洋協力をマクロン氏と合意してから、5年がたちました。フランスはインド太平洋に領土を持ち、その島々が世界最大の排他的経済水域(EEZ)を形成しています。日仏海洋協力は海洋環境、違法操業取り締まりなど広義の安全保障も目的です。

 岸田文雄首相も5月2日にマクロン氏と会談し、自衛隊と仏軍が共同訓練などで相互に訪問しやすくする「円滑化協定」(RAA)締結に向けた交渉入りで合意しました。7月には、東京で国際会議「第10回太平洋・島サミット(首脳会議)」を開く予定です。これは太平洋諸島フォーラム(PIF)との共催で、ニューカレドニアはPIFのメンバーです。今回の暴動を受けて、ニューカレドニアのマプー自治政府大統領は、オーストラリア、ニュージーランド、バヌアツ、インドネシア、そして日本に復興支援を求める声明を出しました。

 戦前、多くの日本人が契約労働者としてニューカレドニアに渡り、鉱業、農業、水産業、塩田開拓などに従事した歴史があります。現在のニューカレドニアはニッケル産業に頼りすぎています。ニューカレドニア自治政府が産業の多角化やインフラ改善を望むのであれば、それは日本が貢献できる分野でしょう。
(聞き手・藤原伸雄

ヌーメア協定

 ニューカレドニアは人口約27万人のうち先住民カナクが約40%を占める。仏系住民など欧州出身者が約25%。残りは太平洋の島々や東南アジアなどからの移民だ。1853年、フランスが領有を宣言。1984年、カナク社会主義民族解放戦線(FLNKS)が結成され、独立運動が激しくなった。98年、仏政府とFLNKS、独立反対派の共和国カレドニア連合(RPCR)は自治を拡大したうえで20年後に住民投票で独立の是非を問うことで合意し、ヌーメア協定を結んだ。3回まで住民投票が可能で、議会の3分の1以上の賛成があれば、さらに2回住民投票ができると規定している。住民投票は2018年と20年に実施され、いずれも独立は否決された。

 独立反対派は仏系や欧州系が中心で、「独立しても経済自立が難しく、存在感を強める中国の脅威が増す」と訴える。独立支持派は先住民の「尊厳の回復」を訴え、独立によって仏系や欧州系を含む「多文化社会」を目指すと強調している。 

「Magic Town」1947年、RKO配給、ウィリアム・A.ウェルマン監督



ローレンス・"リップ"・スミスは元バスケットボール選手で、現在は世論調査や消費者調査を行う会社を経営する元軍人だ。最近彼は、完璧な調査を行うための完璧な数学的 "奇跡の公式 "を見つけ、ライバル会社と本気で競争することに執着し始めた。資金不足のため、一番のライバルであるジョージ・ストリンガーには遠く及ばない。

ある日リップは、友人であり元陸軍の同僚でもあるフーペンデッカーがグランドビューという小さな町で行った調査が、ストリンガーが全国レベルで行った調査と完全に一致していることを発見する。リップは、この小さな町の人口統計が国全体の人口統計と完全に一致すると結論づけ、ついに奇跡の方程式を見つけたと確信する。

リップは自分の理論を試してみたくなり、進歩的教育に関する調査をクライアントに売り込む。さらにリップは、ストリンガーの会社と同じ日に結果を出すと約束する。
リップと彼の専門家チームは、調査のためにグランドビューを訪れた。彼らは保険のセールスマンのふりをしている。しかし、リップがメアリー・ピーターマンという女性が、町を拡張し、市民会館という新しい建物をいくつも建てるよう町長を説得しようとしている会話を耳にしたときから、トラブルはすでに始まっていた。リップはこの町が今のままであることを望んでおり、そうすればこの国の人口動態を反映した完璧な調査を行うことができる。リップは町の存続を訴える衝撃的な演説を行い、町議会の保守的な議員たちは、彼の提案を横に置くメアリーではなく、彼の意見に耳を傾ける。

メアリーは家族が経営する地元の新聞に、リップに対する怒りに満ちた大胆な社説を書く。リップはメアリーを軟化させようと魅力的な攻勢をかけるが、メアリーはじっと耐える。しかし二人は互いに惹かれ合う。リップが調査のために密かに情報を集める間、二人は多くの時間を共に過ごす。リップの同僚の一人は、自分が研究しているはずのテーマにのめり込みすぎていると忠告するが、リップはメアリーに惹かれて盲目になっていた。リップは学校のバスケットボールチームのコーチを始め、学校のダンスに出席し、そこでメアリーの家族に出会う。その後、リップが依頼人と電話で話すためにその場を離れると、メアリーは彼の後をつけ、会話を盗み聞きし、リップが街にいる真実を知る。
彼の欺瞞に怒った彼女は、翌日の新聞にその記事を掲載した。全国紙の大きな新聞がこの記事を取り上げ、やがて町には記者がうようよするようになる。町は "アメリカの世論の首都 "と呼ばれ、住民は街角の消費財に自分の意見を売り込むようになる。市議会は町を拡大する大胆な計画を立て始め、リップとメアリーは自分たちが町の構造を変えてしまったことを恥じる。リップはグランドビューとメアリーのもとを去り、家に戻る。やがてグランドビューの奇妙な世論調査によると、アメリカ人は女性大統領を望んでいるとのこと。町はマスコミに嘲笑され、拡張計画は突然の結末を迎える。

しかしリップはメアリーを忘れられず、グランドビューに戻り本心を打ち明ける。メアリーは自分も彼に想いを寄せていることを認めるが、リップに、関係を始める前に自分たちが引き起こしたグランドビューの混乱を解決しなければならないとも言う。リップはまず、グランドビューの上院議員ウィルトンに相談し、町を救うための資金集めに協力してもらう。二人は市議会の前で計画を披露するが、筆頭議員のリチャード・ニクルビーは否定的だった。動揺したリップは、ニクルビーに「チームから出て行く」と告げる。
その後、リップはニクルビーの息子ハンクから、父親がすでに主な拡張工事が行われるはずの土地をある企業に売却していることを知る。これを阻止するため、リップは数週間前の議会演説の一部を公開することに成功する。そこには、「自分たちの手で」町を拡張すると書かれていた。この記事を読んだ多くの住民は、町の評判を守るために指定された土地に建設するよう市議会に要求し始める。

その結果、不動産売買契約は正式なものではなかったことが判明し、土地は町に返還されることになった。住民たちは総出でその土地に市民会館を建設し、リップとメアリーはカップルになる。



 
www.flickr.com
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

プロフィール

大頭茶

月別アーカイブ
*iphone アプリ 開発
*ラティース ラティッセ
  • ライブドアブログ