Local News Is Dying, but Not in San Francisco
地方メディアのビジネスが苦境に立たされていることは周知の事実だ。全米で「ニュースの砂漠化」が進み、いまや全米の半数以上の郡は、報道機関がたった一つか、あるいは一つも残っていない。
しかしサンフランシスコでは、実験的な試みをしようという意欲によって、地方メディアが復活しつつある。半世紀の歴史を持つ地元の報道機関は、非営利団体になり始めている。また、資金力のある支援者の助けを借りているところもある。広告収入に頼っていた地方メディアが減少するにつれ、ニュースサイトはその差を埋めるために購読料に頼るようになっている。
人口約80万人のサンフランシスコには、超ローカルな非営利団体やラジオ局から、「サンフランシスコ・スタンダード」のような億万長者の支援を受けた会社まで、27の報道機関があり、サンフランシスコの記録的な新聞社になろうと競っている。アメリカの大都市としては珍しく、サンフランシスコには10年前とほぼ同じ数のメディアがあるのだ。
「ベイエリアには、あらゆる形態のニュース・モデルが存在すると言ってもいいくらいだ」と、サンフランシスコ最大の新聞「サンフランシスコ・クロニクル」の発行人であるビル・ネーゲル氏は、言った。「非常に競争が激しい環境だ」
この地域がこれほど多くのニュースを支えることができる理由はいくつかある。IT産業によってベイエリアは全米で最も裕福な地域のひとつとなり、その富が大小の寄付を通じて地元のニュースを支えている。また、この地域は教育水準が高く、一般的にそれは有料ニュースの読者数と相関関係がある。
カマラ・ハリス副大統領、ナンシー・ペロシ下院議員、ギャビン・ニューサム州知事といった地元政界のスターから、ヌーディストの善きサマリア人、無人の自動運転車の事故、争いの絶えない地元政治に至るまで、サンフランシスコには報道すべき、また読むべきニュースがたくさんあることも助けになっている。
「サンフランシスコは珍しい。この国の多くの大都市は、営利紙に広告を出す大企業であれ、非営利ジャーナリズムに資金を提供する裕福な個人や財団であれ、こうしたことに資金を提供するのに必要なリソースを持っていないからだ」と、「テキサス・トリビューン」の共同創設者で、非営利ニュースの資金調達を支援する「エマーソン・コレクティブ」のアドバイザーであるエバン・スミス氏は言う。「そして、実際にこのような組織を立ち上げ、運営できるだけの才能を持つ人材は、多くの場所にはいない」
長く続くかどうかはまだわからないが、新しいビジネスモデルはサンフランシスコから南へ車で1時間のところに本社を構えるグーグルやメタのようなシリコンバレーのIT大手に吸収されてきたオンライン広告に代わる、切望されていた選択肢を提供するものだ。
カリフォルニアの新聞は特に大きな打撃を受けている。メディア連盟のデータによると、2019年から23年にかけて、州の大手新聞7社の日曜版のオンライン版と印刷版の発行部数は30%減少した。
しかし、サンフランシスコ・クロニクル紙の発行部数は同期間に18%増加した。同紙は現在、約15万人の有料デジタル購読者を抱えているとネーゲル氏は言う。
サンフランシスコのすべての新聞が同じように好調というわけではない。不動産王クリント・レイリーが所有する「サンフランシスコ・エグザミナー」紙の発行部数は、広告データによると2020年から22年にかけて40%減少した。また、サンフランシスコで働くジャーナリストの数は数十年にわたって減少し続けている。
ヘッジファンドや新聞チェーンが所有する営利目的の報道機関が縮小するにつれ、代わりに非営利のメディアが成長してきた。非営利モデルのメディアは、ジャーナリズムの財団の全国的なネットワークの助成金をもらえるようになり、読者は税控除の対象になる寄付をすることができる。その代わり、特定の政治家を推薦をしたり、そのメディアを営利企業に売却したりすることはできない。
サンフランシスコにある「ミッション・ローカル」は、2014年から独立したメディアとして、ベイエリアのメディアで経験を積んだリディア・チャベス氏とジョー・エスケナージ氏によって運営されている。
「ミッション・ローカル」は、サンフランシスコのミッション地区にある700平方フィート(訳注:約65平方メートル)のオフィスで運営されており、その収入の75%は読者からの寄付によるものだと、チャベス氏は言う。現在のスタッフは3人の編集者と6人の記者、それに5人の夏のインターンで、これまでで最大の人数だ。エスケナージ氏は、ミッション・ローカルの気風を、かつてサンフランシスコで盛んだったが、今ではほとんど姿を消した「オルト・ウィークリー」(訳注:オルトは従来の大手メディアに代わるものとして、小さな規模で、大手メディアが扱わないようなテーマなどを報じるオルタナティブ・メディアのこと。ウィークリーは週刊)になぞらえた。
「オルト・ウィークリーの衰退を招いたのはジャーナリズムのモデルではなく、広告モデルだった」とエスケナージ氏は言う。非営利モデルは「読者や寄付者から私たちへの支援がやりやすくなる」。
他の地方新聞社もこの成功を模倣しようとしている。歴史的に黒人の新聞社である「サンフランシスコ・ベイ・ビュー」は、5月に非営利団体として再法人化したと、ケビン・エプス編集局長は語った。
エプス氏が10歳で新聞配達をしていた1976年の創刊以来、広告に頼ってきたベイ・ビューにとって、この変化は大きな転機となった。
「サンフランシスコはオルタナティブ・メディアの中心地であり、それがここのジャーナリズムが他の地域よりも多少なりとも良い状況であることを反映していると思う」とエブス氏は言う。「しかし、我々は他の収入源を見つけなければならない」
2021年の創刊以来、スタンダードは億万長者のベンチャーキャピタリストで元ジャーナリストのマイケル・モリッツ氏が資金を出してきた。
モリッツ氏は露骨な市長批判をしてきたため、スタンダードの編集の独立性を疑問視するライバルもいる。彼は市の社会的・政治的活動に3億ドル以上を費やしており、スタンダードのCEO、グリフィン・ガフニー氏は、モリッツ氏が出資する、サンフランシスコの基準からすると政治的には穏健な政治活動委員会トゥギャザーSFの元主催者だ。
「マイケルは非常に活発に活動している」とガフニー氏はメールに書いた。「しかし、彼の政治活動や慈善活動はスタンダードとは別のものだ」
記者職が11~17万ドルの高給も
スタンダードは高給で有能なジャーナリストを引きつけており、最近の記者職の求人広告では11万ドルから17万ドルの給与だ。選挙資金違反の調査など、市政に関する報道はしっかりと考慮されている。また、スタンダードは今年後半に新しい購読サービスを開始する予定だと、ガフニー氏は言う。
「私たちがスタンダードを創刊したのは、サンフランシスコには一流の出版物がふさわしいからだ」と彼は言った。「それなのに、われわれの主要な出版物は、ニューヨークを拠点とする巨大メディア・コングロマリットによって運営されている」と付け加え、クロニクルを所有するハーストに触れた。
ネーゲル氏は、クロニクルは過去160年間サンフランシスコで成功裏に運営されてきたと述べた。「ニュース砂漠の時代において、我々は正しい意図を持った新参者を歓迎する」と彼は語った。
その他のテックマネーもPAC(政治行動委員会)から独立系ジャーナリストに流れている。財務報告書や取材によると、地元の著名なPACである「より良きサンフランシスコの隣人たち」は、近年、独立系ジャーナリストに少なくとも20万ドルを寄付している。このPACも地元の基準からすると穏健なものだ。
サンフランシスコのメディアに有効なビジネスモデルが、他の地域でも同じように成功するかは不明だ。非営利の報道機関は、ミシシッピの田舎町からシカゴの都心部まで、あらゆる場所で足がかりを固め、今春にはピューリッツァー賞さえ受賞している。しかし、非営利団体の資金調達は、特に裕福でない地域では、年によってばらつきがある。
「今でも苦労しています」とチャベス氏は言った。「私たちは毎日、資金集めに頭を悩ませています」。
(Eli Tan/The New York Times、抄訳=宮地ゆう)