香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

2024年10月

歌舞伎の面白さは「不自由さ」の中で魅せること 難役に挑む中村米吉(朝日新聞有料記事より)

ccccc

 今をときめく若手俳優が顔を合わせる「明治座十一月花形歌舞伎」。夜の部では、歌舞伎の姫君役の中でも代表的かつ難役とされる「三姫」の一つ、「鎌倉三代記」の時姫に中村米吉が初めて挑む。

 中村勘九郎、七之助の兄弟が主軸となるこの公演で、時姫を――と聞いた時は「びっくり仰天で、肝が潰れました」。

 三姫のうち「祇園祭礼信仰記」の雪姫を昨年、「本朝廿四孝」の八重垣姫を今年演じたばかり。女形が襲名などの節目に演じることもある役柄だけに、「今、この三つをやらせて頂けるのは、重いことだと受け止めています」。

「鎌倉三代記」の時姫役を演じる

 北条時政の娘でありながら、敵方の源頼家に仕える三浦之助を慕い、その母を看病する時姫。三浦之助と夫婦になるため、父・時政を討つ決意までする。そのイメージを「非常に情熱的。この場面では、最初から『エンジンを吹かした』状態で出てきて、最後までずっと動き続ける感じ」と語る。

 三姫のうち、これまでに演じた他の2人とは「能動的な部分が強いところが、違うのではないかなと思います」。

 「娘や女房のようになってしまうことなく、いかに品格のある『お姫様』で居続けるか。そこに、難しさがあるんじゃないでしょうか」

 同時に「だから、歌舞伎って面白いと思うんです」という。「お姫様役という枠や娘役という枠、そういう『不自由さ』の中で、心情の変化も含めて、いかに見せていくか。そこに、お芝居のミソみたいなものがある」

 三浦之助役の坂東巳之助、そして同じく頼家方の武将、佐々木高綱役の勘九郎も、共に初役で顔を合わせるこの舞台。

 巳之助との恋人役での共演を「色々とお話ができる近しい先輩ですけれど、義太夫狂言でがっつりというのは初めてですから、楽しみです」。

 勘九郎とは、昨年9月の「祇園祭礼信仰記 金閣寺」以来の本格的な共演。「本当に口幅ったいことですけれど」と前置きしつつ、「中村吉右衛門のおじ様が得意となさっていたような、時代物のスケール感や愛敬とかが非常におありになる先輩ですから、きっと素敵だと思います」

 昼の部では「藤娘」を踊る。「非常によく出来ている踊りですので、作品の力を借りられる部分も大きいと思います。それに甘えずに、自分自身でどう見せていくかですね」

 今年、若手の登竜門と言われる「新春浅草歌舞伎」を「卒業」。歌舞伎座の公演では「伽羅先代萩」の沖の井、「夏祭浪花鑑」のお梶といった、これまでにない役柄を演じる機会も続いた。30歳を過ぎて、「初役を『一生懸命頑張ります』とか『教わったことをやらせて頂きます』というのは大前提として、これからは、その中でいかに膨らみを持たせていくか」が大事と言う。

 いま意識するのは「次につなげていくこと」。「どこか、焦燥感も持っていかないといけない時期かもしれないですね。私自身、これからもう一段、上に行かなくてはいけない。後から考えると、今年がその足がかりになる年だった、というようにしたいと思います」
(増田愛子) 

元ネットカフェ暮らしで、ロスジェネ候補が当選目前になるまで(朝日新聞有料記事より)

写真・図版
公示日に選挙カーを走らせながら、自分で選挙ポスターを貼る二藤部冬馬氏=山形県大石田町

 きらびやかな経歴はない。壁にぶつかり続けた人生かもしれない。

 ロスジェネ世代の悲哀に苦しみ、仕事を転々。一時はネットカフェ暮らしをしながら「ボカロP」だったこともある。

 そんな異色の候補者が衆院選に挑み、比例復活当選までもう少しの所に迫る長い夜を過ごした。

夢は俳優だった

 山形2区から立候補したれいわ新顔の二藤部冬馬氏(42)は27日、山形県大石田町の自宅で開票速報を見守り続けた。小選挙区では、全国の投票が終わると同時に自民前職で農水副大臣でもある鈴木憲和氏(42)に当選確実が報じられた。

 その一方で、比例東北ブロックで、れいわが1議席を獲得。東北の小選挙区にれいわから立候補したのは二藤部氏と宮城4区の新顔だけで、復活当選の可能性が出ていた。

写真・図版
比例復活当選にならないことを認め、あいさつする二藤部冬馬氏=2024年10月28日午前0時1分、山形県大石田町

 自宅でかたずをのんで見守った開票速報。1万5811票を獲得し、惜敗率では宮城4区の候補を上回った。しかし、獲得票が比例復活当選の要件である小選挙区の有効投票総数の1割に約3千票足りなかった。れいわの比例議席は、比例単独で立候補していた名簿順位下位の候補者に回った。

 選挙事務所がないため、深夜の自宅に集まった支援者に「ご協力していただいたのに、思う結果にならず申し訳ありません」と頭を下げた。

 日々の暮らしもやっとだった二藤部氏が選挙に出たのはなぜか。

 子どもの頃の夢は俳優だったという。高校時代、東京の俳優養成所のような所に籍を置いていたが、なかなか東京に通えず、オーディションも受けられなかった。

 チャンスをつかみたいと、高校2年生の時に地元の高校を中退して上京した。でも、東京に出ても大きな場での出演の機会はなかった。

 養成所の仲間と小劇団を作って、俳優だけでなく、演出や音楽も担当した。そのうち、劇団のテーマソングを作るなどして音楽の手応えを感じ、23歳の頃には劇団を辞めて音楽の道を選んだ。

 曲をネット上で公開し、ライブハウスに出演。2006年にはインディーズレーベルからCDを1枚出した。しかし、2枚目へとはつながらなかった。

 商業面で致命的だったのは、人の歌声がない、楽器演奏のみの曲だからだ。本当は誰かに歌ってもらいたいから曲を作っているのに、歌ってくれる人が見つからなかった。自分の声もボーカル向きではない。

ボカロPだけでは…

 そんな時に出会ったのが、音声合成ソフトのボーカロイドだった。

写真・図版
制作した音楽を紹介する二藤部冬馬氏のYouTubeページ

 最初は、人間の声らしくないと拒んでいた。だが、2010年ごろになると、技術も進化し、人間の声らしくなったと感じるようになった。

 音声合成ソフトを使って楽曲を制作する「ボカロP」になり、「二藤部冬馬feat.初音ミク」名義で曲の発表。話題にもなった。

 それでも音楽だけではとても食べていけなかった。

 劇団を辞めたころに大検をとっていたが、いざ就職しようにも、自分が望む仕事はない。資格を得ようと28歳の時に大学の通信教育に進んだが、アルバイトだけで学費と生活費をまかなうことができない。ついには家賃を払えずアパートを引き払い、半年ほどネットカフェ暮らしをした。

 まわりを見渡しても非正規労働や低賃金の人ばかり。「そういうものなのか」と思いながらも、ネットカフェ暮らしのことは周囲にも明かせなかった。

転職の教員になって見えたこと

 のちに生活が限界を迎えた。故郷の山形に戻り、塾講師やボウリング場のアルバイトなどを掛け持ちし、5年半をかけて教員免許を取得した。ようやく教員となったものの、ここでも1年ごと更新の任期つきだった。

 宮城県や神奈川県、山形県と中学校を移りながら、英語を教えた。「教員は今でも天職じゃないかと思うくらい楽しかった」という。そのまま教員になろうと試験を受けたが、採用枠も少ない。

 担任や部活動の顧問をしながらの両立は難しく、一時は体調を崩した。周りを見れば、同僚には体や心を壊して辞職する先生もいた。教員の過重労働を身をもって感じた。それでも、苦しむ現場の声は、文部科学省や教育委員会にはなかなか届かないと感じた。

写真・図版
街頭演説で支持を訴える二藤部冬馬氏=2024年10月25日午前10時14分、山形県河北町

 現場の教員の声を届けるためには政治家になるのがいいのではないか。30代後半となった2019年、当時人口約7千人と過疎に苦しむ地元の大石田町の町議に無所属で立候補。町議の定員を上回る候補者がなく、無投票当選した。

 しかし、今度は地方の衰退をまのあたりにする。何かを提案しても「予算がない」と言われることがほとんど。「議員をやめようかな」と思ったこともあった。

 そんな時に、2022年の参院選でれいわの山本太郎代表が衆院議員を辞職して参院選に立候補したことに注目した。「国には財源がある。地方にもっと出すべきだ。国民にもっと払うべきだ」という積極財政の考えに「これしかないだろう」と思った。22年に入党した。

 町議約5年の政治経験しかなく、豊富な資金、強固な支持組織、きらやかな経歴といったものはない。選挙ポスターは自らも貼ってまわった。

写真・図版
二藤部氏の街頭演説は、れいわを支援するボランティアスタッフが手伝った=2024年10月25日午後0時7分、山形県大江町

ほぼ無職の今後

 衆院選立候補で町議は自動失職となった。それでも国政に挑戦した理由は「れいわ新選組は大きくならなければいけない。地方衰退を国に伝えにいかなかればならない」と思ったからだ。

 自分の生活のことも考えたが、自分の町が将来消滅するかもしれないと思うと、立候補の選択しかなかった。

 選挙中、街頭演説で政策を語りながら「失われた30年を取り戻す経済政策」とたびたび口にした。それはまるで、自分の半生を重ね合わせているように感じた。

 足を止めて街頭演説を聞いていた有権者からは「私と同世代。返済が苦しい奨学金の話などもしてくれた」「物価が高くて消費税廃止に興味がある。本当にできないのだろうか」などという感想が聞かれた。

 28日から通常の生活に戻る。「二藤部冬馬feat.初音ミク」の活動は継続しているが、「生活の糧になるような出会いはないので、ほぼ実質無職。生業を探さないといけない」と話す。

 選挙期間中、市民活動で、LINEでつながっているようなゆるいつながりの人たちがボランティアとして活動を手伝ってくれた。党から東北の責任者を任され、「東北ブロックで1議席確保の見込みということで、大勝利だと思う」と手応えも感じた。「ミクさんには政治の歌を歌わせたくない」としつつ、個人的には「政治活動は続けていきたい」と語った。
(大谷秀幸)

立憲議席増でも変わらぬ沖縄の現実 野田氏は超党派で地位協定改定を(朝日新聞有料記事より)

iiih


 沖縄から見たこの国の政治は、本土からのそれとは違うと、国際政治が専門の我部政明・琉球大学名誉教授は語ります。自民党が大きく議席を減らし、野党が議席を伸ばした衆院選の結果に「沖縄だけでなく、マイノリティーの声が、少しは国政に届きやすくなるのでは」。そのココロを聞きました。

     ◇

 今回の総選挙の意義は、前政権まで連綿と続いていた「安倍一強」体制が崩れたことでしょう。

 大きく議席を伸ばしたとはいえ、野党第1党の立憲民主にさほどの期待はありません。前身の民主党は、米軍普天間飛行場の移設について「最低でも県外」と言いながら実現できず、どれだけの傷を沖縄に残したか。それでも野党の存在感が増したことで、政権与党が国会の議論を軽視し、「数の力」で強行突破を重ねることは難しくなるはずです。沖縄だけでなく、この国のマイノリティーの声が、少しは国政に届きやすくなると期待しています。

 安倍晋三政権以前も沖縄の民意を無視するかたちで物事が決められ、押しつけられてきました。安倍政権は押しつけにとどまらず、沖縄の民意を踏みつけにしてきたと言っていいでしょう。2019年の県民投票で、辺野古新基地建設に7割が反対したというのに一顧だにしなかったのが最たる例です。

 米国の対テロ戦争以降の日本では、世論に耳を傾け、議論を重ねるといった当たり前の政治のプロセスから安全保障問題を切り分けて、専門家だけで決める。そして、国民はそれに従えばいいんだという考えが、幅を利かせています。世論なんか気にしていたら判断を誤る、と。

 集団的自衛権の行使容認も、防衛費の大幅増も、敵基地攻撃能力の保有も、殺傷能力のある兵器の輸出解禁も、国会での議論をすっ飛ばし、閣議決定により「勝手に」決められた。そんなやり方が横行していること自体が異常です。国民の安全や世論を二分するような重要な問題は、時間をかけて議論をする。野党の疑問や批判に、政府は丁寧に答え、説得する。国会が本来の姿を取り戻すだけでも、現在の惨憺たる政治の光景が少しはましになるでしょう。

 石破茂首相が日米地位協定の改定について「必ず実現したい」と明言したことで、全国的に再びこの問題に注目が集まったことは良かったと思います。ただ、裏金問題への対応を見ていても、口約束になる可能性が高いし、さらにうがった見方をすれば、「安倍政権とは違う」という印象を振りまくための戦略に、沖縄を利用しているのではないか。

県民が衝撃受けた「平成の琉球処分」

 石破氏は防衛庁長官時代の04年、米軍ヘリコプターが沖縄国際大学に墜落した事故を振り返り、「これが主権国家なのか」と在日米軍の特権的地位を認める地位協定改定の必要性を語るスタイルが定番化しています。その後、07年に福田康夫内閣の防衛相を務めた際、改定に向けて積極的に動いた形跡は見当たりません。「沖縄の思いを無視することはない」と石破氏は言います。でも、その言葉をおいそれと信用できない理由が、沖縄にはあります。

 13年、自民党幹事長だった石破氏は、沖縄県を地盤とする党国会議員5人に、米軍普天間飛行場の県外移設という選挙公約の放棄を迫り、離党勧告までちらつかせて辺野古容認に転じさせた。うつむきがちの5人を従えた石破氏の会見はまるで「平成の琉球処分」だと、県民の多くに衝撃を与えました。

 9月17日に那覇市で開かれた自民党総裁選の地方演説会で石破氏は当時を振り返り、「十分に沖縄の理解を得て決めたかというと必ずしもそうでなかった」。すぐに反省してみせるのは氏の美点なのでしょうが、政治家、しかも首相となれば無責任のそしりを免れ得ません。

 結局、やるやると言って何も変わらない、真綿でクビを絞められるような状態が続いていくことを危惧します。むしろ、石破さんとは政策スタンスが重なる部分もある立憲の野田佳彦代表がリードするかたちで、超党派で改定に向けて取り組んではどうか。そういう新しい政治の姿を見せてほしいと思います。

 政治とは本来「可能性の芸術」なのに、日米同盟堅持、米軍駐留は不可欠というふうに、思考にハナから「枠」がはまっているため、何か問題が生じても、金と力にものを言わせて沖縄に負担を押しつけるというやり方がまかり通ってきた。政治家や評論家が大好きな「現実主義」というマジックワードによって、沖縄の「現実」は切り捨てられてきたのです。単なる現状追認を現実主義と言い換える姑息さに、政治家だけでなく、本土のひとびとはもっと敏感になってほしいと思います。沖縄にも人間が暮らしているのです。
(聞き手 編集委員・高橋純子)

がべ・まさあき 1955年生まれ。専門は国際政治。著書に「日米安保を考え直す」「世界のなかの沖縄、沖縄のなかの日本」「戦後日米関係と安全保障」「沖縄返還とは何だったのか」、共著に「東アジアと米軍再編」など。 

割拠する武装勢力、国軍統治の「限界」 識者が語るミャンマーの混沌(朝日新聞有料記事より)

bbbbb

ミャンマーの内戦に収束の兆しが見えない。2021年のクーデターで全権を握った国軍に民主派勢力が抵抗を続け、昨年10月に複数の少数民族武装勢力が国軍への一斉攻撃を始めてから1年が経つ。戦線拡大で国軍の弱体化が進む中、中西嘉宏・京都大准教授(ミャンマー現代史)は「国軍統治の限界」を指摘する。

 ――武装勢力が国軍を追い込む背景には何があるのでしょうか。

 今年8月には、北東部シャン州にある軍管区司令部が少数民族武装勢力・ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)に奪われました。国軍が司令部を失うのは歴史的な事態です。

 少数民族の一部はミャンマーの独立(1948年)直後から、自治権などを求めて国軍と戦ってきました。しかし国軍が優勢で次第に隣国との国境へと追いやられていきました。国境地域は山岳地帯が多くて国軍が制圧できず、資源の密輸などで財源を確保することで武装勢力は生き延びました。

 そこで国軍は一部の武装勢力に自治区や利権を与えるなどの政治的な取引によって、何とか国境地域の安定を保ってきました。

 クーデター後、この安定の仕組みが崩れました。複数の勢力が国軍に反発し、ラカイン州拠点のアラカン軍(AA)などは停戦を破棄。武装勢力にはそれぞれの事情がある中、「国軍が敵」という共通認識で連携しています。戦線が増えるほど国軍の対応は行き詰まり、武装勢力側が優勢となっているのが現状です。

歴史的になかった連携

 ――異なる利害があるとされる武装勢力間の連携は、どれほど強固なのでしょうか。

 少数民族武装勢力は過去も国軍との交渉のために連携を組むことがありましたが、現在のような連携は、歴史的にはなかったことです。民主派の若者たちもそこに加わっています。国軍も警戒していた事態でしょう。

 ただし、国軍を共通の敵として生まれるまとまりは軍事的な抵抗のための大義であって、新たな国家像が共有されているわけではありません。抵抗する勢力の間で連邦制を巡る議論や憲法起草の動きはありますが、関係者間の合意には程遠い上、軍事的な勝利なしには絵に描いた餅でしょう。

 ――国軍を倒して「連邦民主主義国家」を造ると主張する勢力がある一方、罪人の公開裁判や処刑をするなど、民主的とは言えない勢力もあります。

 少数民族武装勢力の一部がうたう「民主化」は広く共有される大義ではあっても、国軍支配を終わらせて少数民族の自治を拡大すること以上の具体的な内容はまだ乏しいです。また、民主派の支持と兵力を得るためや、欧米諸国などの理解を得るためでもあるかもしれません。

薄くなる民主派の存在

 そもそも非国家主体である武装勢力は軍事組織の色合いが強いので、民主的な組織ではないことが普通です。武器も自ら製造するだけでなく、国際的な闇市場から手に入れることもあると聞きます。組織維持のための経済活動にも、麻薬生産や密輸など、国際犯罪とのつながりもよく指摘されます。過剰な理想化は禁物だと思います。

 ――国軍統治は続くのでしょうか。

 国軍は1962年のクーデター以降長く軍政を敷いてきましたが、軍中心の統治体制は今、限界を迎えていると思います。2011年の民政移管から10年間の自由化を経験し、軍政を国民が素直に受け入れることはありません。国軍の政治的影響力が縮小されない限りは、国民が納得する政治体制にはなりませんが、国軍も権力に固執し、戦闘をやめません。

 ――21年のクーデターから3年半余りが経ちました。「民主化」は実現するでしょうか。

 簡単には実現しないと思います。まず頭に入れておくべきは、独裁的な支配体制の崩壊が民主化に直結すると考えるのは楽観的過ぎるということです。民主派は正統な政府を主張する「国民統一政府(NUG)」を立ち上げました。国際的な支持は高い一方で、現在の国内での戦闘は少数民族武装勢力が中心で、民主派の存在感は薄く感じます。

 戦争は「勝てば官軍」という側面があります。勝った側がその後の統治の制度を設計するわけですが、ミャンマーの場合は勢力が割拠し、どのように国際的に正統とされる政府ができるのか、現状では予想が難しいです。基本的には現在の紛争状態がしばらく続くものとして、先を見すぎない情勢判断が必要だと思います。
(聞き手・笠原真) 

NHKの謝り方はおかしくないか 国際放送の中国語ニュース問題(朝日新聞有料記事より)

xxxxx
da
問題の放送があった3日後の8月22日に自民党本部へ説明に訪れたNHKの稲葉延雄会長(中央)。会長が来るよう自民党側から要請があったのかどうかをNHKに尋ねると「政党の会議にどの役職員が出席するかは、議題などに応じて、その都度、検討しています」との回答だった。稲葉会長が記者会見で視聴者に対して自ら説明したのは、この19日後の9月10日だった

記者コラム 「多事奏論」 
オピニオン編集部記者・田玉恵美

 NHKラジオ国際放送の中国語ニュースで8月、尖閣諸島は中国の領土だという発言が流れた。

 この日の未明に靖国神社で落書きが見つかり、警察が捜査していることを伝えるニュース原稿を読んでいた中国人スタッフが、いきなり勝手に口走ったのだという。前代未聞のことで、大騒ぎになった。

 だが私がそれ以上に耳を疑ったのは、NHKの事後対応のほうだ。

 1週間後に総合チャンネルでおわびをするというのでテレビを見ていたら、アナウンサーが神妙な面持ちでこう繰り返した。

 「日本政府の公式見解とは異なる、原稿にはない発言が放送されました」

 なにかと放送内容が政府寄りだと批判されがちなNHKだが、さすがに自ら公にそれを認めることはない。

 しかしついに、これほどあからさまに政府と一体であるかのような物言いをするのかとあっけにとられてしまった。

 たしかに中国人スタッフは日本政府の見解とは異なることを言った。だったらNHKの説明は間違っていない、何が悪いのか、と思う人もいるかもしれない。

 もし中国人スタッフが「日本政府も尖閣は中国の領土だと認めている」などと発言していたのなら、「政府の公式見解とは異なる発言だった」と謝罪するのもわかる。日本政府の見解を誤って伝えたことになるからだ。

 だが尖閣が中国の領土だという発言は日本政府の見解として放送されたわけではない。

 NHKの発表によれば、中国人スタッフは靖国での落書き事件について「警視庁は器物損壊事件として捜査しています」と原稿を読み上げたあと、いきなり「釣魚島(尖閣諸島の中国名)と付属の島は古来から中国の領土です」と言った。

 「日本政府の見解」として伝えたのではない以上、聞いていた人は「NHKニュースの認識」として受け止めたはずだ。

 ならば、あくまでも「NHKニュースの立場とは異なる発言だった」「NHKニュースとして伝えようとした内容ではなかった」と説明すべきだったのではないか。

 実際、問題発生当日のNHKは「不適切な発言」だったとの説明にとどめていた。

 ところが3日後、稲葉延雄会長が自民党に出向いて釈明に追われたその日になると「不適切な発言」という表現が「政府の公式見解とは異なる発言」に変わる。

 この変更の理由をNHKに尋ねたが、「その時点で適切だと自ら判断した表現で伝えたものです」(広報局)というだけだった。

 政府がどんな見解を持っているのかを伝えるのはもちろん大事なことだ。尖閣が日本の領土だという見解には国内で大半の人が同意するだろうし、この件でNHKニュースと日本政府の立場が一致しているのもわかる。

 だが時に、報道機関は政府見解とは異なる内容も伝えなければならない。政府の見解を伝えるにしても独立した立場から報じるべきだし、どんなときでも政府の代弁者になってはいけないはずだ。

 にもかかわらず、NHKはいとも簡単に「政府見解と異なる」内容だったことを前面に出してざんげした。

 国営放送ではなく政府から独立した公共放送だと名乗るなら、ここは譲れない一線なのではないかと思うのだが。

矛盾に満ちた国際放送

 JRの駅から路線バスに乗り、終点から15分ほど歩くと、見渡す限りにたくさんの鉄塔やアンテナが目に入ってくる。都心から約60キロの茨城県古河市にある国際放送専用の八俣送信所だ。

 80年以上前に建設され、戦争中には国策遂行のためのプロパガンダ放送を担った歴史がある。今回の発言も、短波ではここから世界に向けて送信された。

 国際放送はかつて、日中戦争の引き金となった盧溝橋事件について「日本軍が中国軍に襲われた」と伝えたり、在外公館に対して機密文書の破棄を指示する暗号を発信したりしていたという。

 戦後になってNHKは公共放送として再出発したが、国際放送には独特の仕組みが残ることになった。

 番組編集にあたっては「我が国の文化、産業その他の事情を紹介して我が国に対する正しい認識を培」うことなどが放送法で定められ、国内放送にはない独自の内容規制がかかっている。

 NHKが自ら定めている国際番組基準でも「わが国の重要な政策および国際問題にたいする公的見解ならびにわが国の世論の動向を正しく伝える」とうたう(ただし、NHKによると「公的見解」とは「政府見解を含む、より幅広い概念」で、政府見解のことだけを指すわけではないらしい)。

 また国際放送では、政府が「国の重要な政策」などについての放送をNHKに要請することができる。いまも毎年、拉致問題などについての放送要請が続いており、近年は、東京五輪や大阪万博に向けて番組を充実させることなどを求める要請も入っている。

 NHKにはこうした政府の要請に応じる義務はない。

 ただ、拉致問題の放送を求める国の要請について争われた裁判の判決には、「NHKが合理的な理由もなく要請に応じないときは、放送法違反として、電波法の規定による無線局の運用の停止(=停波)命令その他の処分の事由等になり得る」と書かれているのも現実だ(2009年、大阪地裁)。

 政府の要請を受け入れる見返りに、NHKには今年度は約36億円の国費が投入される。政府の要請に応じた放送と、それ以外の自主的な国際放送を区別せずに「一体として」放送することを政府が求め、NHKも結果的にこれに応じているため、国が費用を負担した放送と受信料でまかなっている放送が混然としていて見分けがつかないという問題もある。

 国際放送は政治の介入をより招きやすく、国策的色合いが濃いのは否定しがたい。

 今回もNHK会長ら幹部が出席した衆・参総務委員会の理事懇談会では「国益を損ねる」との声が議員から出たし、総務省はNHKが自ら定めた国際番組基準に抵触したことを認めたのを受けて行政指導までした(自主自律が求められる放送局に対し、総務省が番組内容にかかわる行政指導をすることにはかねて強い批判がある)。

 国際放送とはいえ、編集権はNHKにあり、自律した放送をしているという建前にはなっている。だがどうしても国営の影がちらつく。

 専門家からも「健全な民主主義の発展のために放送の自主自律を保障するという放送法の大原則に照らすと、国策的要請を含みうる国際放送は説明がつかない仕組みになってしまっている」(丸山敦裕・関西学院大教授=憲法、情報・メディア法)との声が聞こえる。

 ただでさえ矛盾に満ちた危うい制度なのに、政府見解と異なる発言を放送してしまったと連呼して謝罪するNHKはどうも緊張感に乏しいようにみえる。国内放送にも影響がないとは言い切れないだろう。

 これでは「自律を掲げた国策放送」になってしまわないか。いざというとき政府に都合の悪い情報もきちんと伝えてくれるのか。あらためて不安な気持ちになっている。
(田玉恵美)

 

今朝の東京新聞から。

PA252545

日本女性の声は世界一高い? 8割が自分の声を嫌う国が押し殺すもの(朝日新聞有料記事より)

kjh
一般社団法人「声・脳・教育研究所」代表の山﨑広子さん。音が人間の心身に与える影響を認知心理学、聴覚心理学の分野から研究している

海外の映画やニュース番組を見ていつも感じるのは、女優や女性キャスターの声の低さです。翻って日本では、か細く高い声の人が多い印象です。特に若年層では、アニメのキャラクターのような甲高いしゃべり方をする人も少なくない。「日本人女性の声は世界一高音だ」と言う専門家もいます。人の声は社会の産物――そう指摘する音声認知の専門家、山﨑広子さんに、解説してもらいました。

世界水準より1オクターブ近く高い

 ――日本女性の声は高い、と言われていますが、本当でしょうか?

 「様々な論文や私自身の実地調査を踏まえても、日本人女性のしゃべる声は、インドなどと並んで世界でも最も高い部類と言えます」

 「話し声の大きさや高さは、音節の中での昇降の違いで語義を区別する『声調』や、抑揚、アクセントなど、言語の特徴にも左右されます。例えば中国語は一つの母音に対して五つや七つの発生音があるので、中国人の話し声は高低差が大きく、かなり高い時もある。また、体格も大きく関係します。ライオンの赤ちゃんはキャッとかニャーと高い声で鳴きますが、成獣になれば低い声でガオーッと鳴く。それは声帯も声道も長くなり、共鳴させる身体も大きくなるからです」

 「ですが、そういう要素を加味しても、日本の女性の声はひときわ高いんです。体格からすれば本来、身長160センチほどの成人女性なら、地声は220~260Hz程度、ピアノで言えば真ん中の『ラ~ド』くらいが自然です。でも日本の多くの女性は300~350Hz、場合によっては世界の一般水準である200~220Hzからして1オクターブ近く上の声を出している。これはほぼ裏声です。裏声というのは、声帯の大半を占める筋組織をあまり使わずに、粘膜と靱帯のみを振動させて出す声のことで、話し声としては不自然な発声法なんです」

 ――確かに日本では、甲高い、アイドルのようなしゃべり方をする女性が少なくない印象です。テレビでも、特に若い世代では、いわゆる「アニメ声」を出す人が目立ちますね。

 「アニメ声や猫なで声は多くの場合、地声のまま喉頭を引き上げ声道を極端に短くして発声しており、のどに大きな負担がかかっています」

無意識に周囲に適合させて発声する

 「本来は落ち着いた低い声を出せるのに、なぜそんな無理のある、のどを絞ったようなしゃべり方をするのか――。社会が、もっとはっきり言えば男性が、それを暗黙裏に求めているからです」

 「新生児はおよそ6カ月で唇や舌を使った声を発するようになりますが、突然話せるようになるわけではなく、それまでに膨大な音を聞き、脳の中で話すための回路を形成してきた結果です。人は話すときに、耳や骨伝導などで伝わってくる自分の声を確かめつつ、同時に周囲の音すべてを聞き、それに無意識に適合させながら発声します。成長する過程で、生まれてきたときから聞いてきた膨大な声のデータベースに照らし合わせつつ、自分の声を形成していくのです。声というものは社会によって作られ、そして声は社会を作っていく――そう言えると思います」

 ――周囲の人の声が高いと、知らぬうちに同調するかのように自分の声も高くなっていくということですね。

 「日本人でも、日本にいたときは高い声でしゃべっていたのに、長く外国で過ごして帰ってきたら低い声になっていたということが実際によくあります」

 「高い声というのは、生物の共通認識として『体が小さい』ことを表します。子どもは声帯も声道も短いから声が高い。つまり高い声は、未熟、弱い、可愛い、そして保護の対象といったイメージと結びつく。日本の女性は、そう自分を見せなければと、無意識に刷り込まれてきたと言えます」

太く、低い声は女性らしくない?

 ――声色の使い分けは男女問わずやっていることでしょうが、男性を前にすると急に声が高くなる女性もたまにいますね。

 「あえてそれをやっている『あざとい』人はまだいいんです(笑)。問題はむしろ、周囲の声を無意識のうちに内面で規範化し、全体として細く、高く、優しい声を出す方向に収斂(しゅうれん)してしまっていることです。逆に言えば、太く、低く、力強い声は、日本では『女性らしくない』と思われてしまうことが、実際に多いのではないでしょうか」

 「何年か前に米国で話題になった調査があったのですが、米国男性がセクシーだと思う女性の声は、とにかく低い声らしいです。確かに米国では、本来の声よりもさらに低めに発声する傾向があります。日本と逆ですが、これとて異性や社会の意識の反映だという点は変わらない」

 ――声の規範と言えば、やはり放送波に乗って届く声が、なお最も影響力がありますね。

 「ある日の民放テレビの女性アナウンサー10人の声の周波数を測ったことがあります。平均すると340Hz、ピアノの真ん中のドの上のファ程度でした。同様に調べた米・英・独・中・豪・シンガポール・香港のアナウンサーは140Hzと、日本の男性アナウンサーよりも低い声でした。これは体格が大きいということだけでなく、あえて低く強い地声で話しているからです」

 「日本人キャスターやアナウンサーの声が高いのは、アナウンススクールや放送局の研修で、あのしゃべり方を教えているということです。それが広く伝播(でんぱ)し、意図せずに声の『お手本』になってしまっている。特に民放のバラエティー番組の女性アナウンサーの声はかなり高いですよね」

 「大学の授業で各国のアナウンサーの声の聴き比べをすると、北欧やドイツの人の声の低さに学生たちは驚きます。年齢相応の成熟した人間としての魅力が声に出ているというか、日本のように『若さ』を打ち出すようなしゃべり方はしていない。それは『自立心』や社会における女性の地位を表しているようにも感じます」

声の高低が表すジェンダー平等度

 ――女性の声の高低で、社会のジェンダー平等度が測れるかもしれません。

 「はい。もちろん声の高低だけで単純には判断できないのですが、実際のところ、(男女平等度を表す)ジェンダーギャップ指数が低い国の女性の声は、高い傾向があります。インド女性の声もかなり高いですが、やはり指数は低く、女性差別が色濃く残る国です」

 「実は日本でも1980年代後半、一時的に女性の声がぐっと低くなったことがありました。時代はバブル、男女雇用機会均等法が施行され、バリバリ働く『キャリアウーマン』という語がはやりました。女性も堂々と強くなり、肩パッドが入った服を着て身体を大きく見せ、個性や権利を主張し始めた。経済的にも豊かで、外国に出ていく人も多く、帰国子女も増えました」

 「CNNなどの海外ニュースも入ってきて、低い声の女性キャスターの影響もあったのでしょうが、女性アナウンサーの声も随分低くなったな、という印象がありました。テレビ朝日系『ニュースステーション』の小宮悦子さんの声も、低く落ち着いていましたよね」

 「でもその時期ですら、例えば1980年代後半の英国の論文で、『日本人女性の声は高い』と発表されているんです。なぜこんなきしむような声でしゃべるのか、と。しかも今世紀に入ってから、どんどん高い声に戻ってしまった」

「幼形成熟」を尊ぶ文化も影響?

 ――世界からの目という点で言えば、「Kawaii」文化が逆輸入され、その価値が拡大再生産されているという面も、無縁ではないかもしれませんね。

 「まさに、一種のネオテニー(幼形成熟)というか、幼さを残して大人になることを負の意味で捉えない独特の文化も、背景にあると思います。アニメっぽい容姿や口調がここまで広く受け入れられ、もてはやされるのも、かなり特殊な文化ですよね。もちろんそれ自体は悪いとは言えないのですが、社会全体があまりに若さや幼さに価値を置くのは、しかも特に女性にそれを求めるのは、やはりおかしいと思います」

 「私の生徒で、年齢に反して仕事で求められる高い声を出し続けた結果、発声障害になってしまった女性アナウンサーの方もいます」

 ――日本では若い男性の声も高くなっていると、著書などで指摘しています。

 「二つ要因があると考えています。まず、声は社会が作るという定式通り、高い声の傾向が続いている女性に、男性も影響されているのだろうということ。もう一つは、今の若い女性の好みへの無意識の適合なのか、男性性を出さないというか、マッチョ感を払拭した中性的な声を出す傾向があるということです。いわゆる『草食系』がモテる傾向が続いているのかもしれません」

 ――「男らしい」低い声を出せというジェンダー規範から自由になっているという意味では、良いことのようにも思えますが。

 「ただ、地声を出していないという点では、女性がとらわれているものと同じです。教えている学生を見ていても、体格からして低く深い声が出るはずなのに、あえて弱々しい優しい声を出している男子がいる。自分の本来の声を抑圧するのは、個性を殺すのと同じことで、不自然で不幸なことなんです」

自分の声が嫌いな人が8割も

 ――日本では自分の声が嫌いという人が大半とのこと。

 「私が約10年かけて1万4千人ほどに聞いた調査結果では、84%が自分の声を嫌っていました。一概に比べられないですが、この数字は他国に比べても高いと思います」

 「声は心身の状態だけでなく価値観や生き方まで映す、その人そのものと言ってよい存在です。風邪を引いたり、前日に飲酒したりすれば声でわかるし、女性なら生理とか妊娠といったホルモンバランスの変化も声に出てしまう」

 「ウソをついている人は、声が微妙に震えたりうわずったりするので、勘の良い人にはすぐにわかります。言葉はウソをつけるけど、声は真実をさらしてしまうんです」

 「自分の声を嫌うのは、自分自身を嫌うことと同じ。自己肯定意識も下げてしまいます。そういう人は本来の自分の声でない『作り声』を無意識に出しています。作り声は、他者だけでなく自分自身をも偽っているようなもの。それに心の底で納得していないということです」

 ――その人本来の声を「オーセンティック・ボイス」と呼んでいますね。

 「オーセンティックは『真実の』とか『本物の』という意味ですが、人は誰しも唯一無二の、宝のような声を持っている。人間の声に含まれる膨大な情報は、その人の身体の要素と人生すべてを含む、いわば生きている証しです。でも多くの人が、社会意識に合わせて、我知らずそれを押し殺してしまっています」

 「こんな実験をしたことがあります。声の特徴が異なるA・Bの2人にまったく同じ言葉を同じ調子で話してもらい、被験者に聞かせて印象を聞いたんです。Aに対しては9割超が『信頼できそう』『こんな人が上司ならうれしい』『友人になりたい』などと好印象を持ちました。一方、Bには『褒められているのにイラッとする』『友達になりたくない』などと散々な評価でした。面白い点は、Aは否定的なことを言っても好ましい印象を与えていたことです」

 「言葉は脳の言語野という理性領域で処理されますが、声という音自体は、その前に脳幹や中脳や視床を通ります。それらは発生系統としては進化の初期の段階でできた部位で、自律神経機能や快・不快を判断したり感情を生み出したりする、いわゆる本能領域に当たります。人間の聴覚というのは素晴らしく、客引きの声とかこびた調子といった『作り物』を敏感に判断してしまうんです。『本音をさらしていないな』とか『可愛い子ぶっているな』とか。AI(人工知能)による合成音声や、テレホンアポイント(電話勧誘)のマニュアル化された声を聞くと、つい電話を切りたくなりませんか?」

 「何を言っても好印象だったAは、実はオーセンティック・ボイスの持ち主で、Bは、その対極とも言える作り声でしゃべっていました」

声は人生の鏡、自分らしさを取り戻して

 ――声は、言葉の内容以上に人の心を揺り動かし、判断をも左右してしまう、大きな力を秘めているんですね。

 「古代エジプトの女王クレオパトラは美女の代名詞のように伝わっていますが、ローマの歴史家プルタルコスによれば、その最大の『武器』は容姿ではなく、美声だったそうです。アドルフ・ヒトラーは音声メディアであるラジオを駆使し、大会場での生演説では先駆的な音響効果を巧みに使って、声の効果を高めました。不利と言われた大統領選で勝利したジョン・F・ケネディは、ボイストレーニングを受けた初めての大統領とされています」

 「かといって、訓練され整えられた声が良い声だ、ということではありません。ひとり一人が、生まれた時から見てきたもの、聴いてきた音を背負った個性豊かな声に、人の心は動かされます」

 「オーセンティック・ボイスはその人の個性を、心身がもっとも良い状態で表現する声です。声の高さや色合いは、人それぞれ違って当たり前。地声が高い人は無理に低い声を出す必要はないし、その逆もしかり。誰もが本来の自分の声を出せる――。それが多様性を認めるということに他なりません」

(石川智也) 

議論公開「譲ったら規制委は終わり」 原発審査した地質学者の10年(朝日新聞有料記事より)

写真・図版
前原子力規制委員の石渡明さん=2024年10月

 原子力規制委員会の委員として、活断層の審査をめぐって原発の再稼働を認めない結論をまとめ、60年超運転に道を開く法改正に異を唱えた地質学者が今年9月、退任した。未曽有の大事故から13年半、いつか来た道に戻ってしまってはいないか。地震や津波対策の審査を10年間率いた石渡明さんに聞いた。

 ――日本原子力発電敦賀原発2号機(福井県)の審査では、直下の断層が活断層である可能性を否定できず、新規制基準に適合しないという結論をまとめました。一部に、証明しようがないことを求める「悪魔の証明だ」との批判もあります。

 「新規制基準をもとに審査し、12万~13万年以降の活動を否定できていないと判断した結果です。事業者から見れば悪魔かもしれませんが、大した悪魔ではない。すでに17基の原発が審査に通り、うち12基が再稼働しました。事業者が、詳しい調査で、断層が動いていないことを証明し、『否定できない』とした有識者会合の結論が覆った例もあります。電力各社から見れば17勝1敗。これで相手が強すぎると言えるのか、と思います」

 ――地層の観察記録の書き換えをはじめ、原電側にも問題がありました。

 「事業者は、何としても審査を通すのが至上命令ですから、科学的な妥当性よりも自分たちのストーリーに沿ったデータを集めがちです。原電は断層の幅のデータを出していませんでしたが、確認すると最大3メートル、平均約70センチと大きかった。どこまで続くかは十分に調べないまま、それだけの断層が、調査地点から延びずになくなると言っている。ちょっと信じがたいです。基本的なデータをきちんと扱っていない不備があったと思います」

 ――もともと敦賀原発の敷地内には、「浦底断層」という活断層がありますね。

 「米カリフォルニア州では、建設計画があった8原発のうち4原発が、活断層が見つかって建設中止になっています。2原発は運転開始後に近くで活断層が見つかり、運転をやめました。その後、別の原発の近くで活断層が見つかったときも、電力会社がすぐに規制当局と対応を協議しています。一方、浦底断層は1991年に専門書で活断層だと指摘されましたが、原電が活断層と認めたのは2008年。動きが全然違います。反省すべき点です」

写真・図版
日本原子力発電敦賀原発2号機=2019年7月、福井県敦賀市、朝日新聞社ヘリから

 ――地球科学は日進月歩で、不確実さもあります。

 「はっきりしないときは、安全側に見ていくしかありません。許可された原発でも、新しい知見があれば対応を義務づける『バックフィット』の制度は、東京電力福島第一原発事故後の進歩だと思います。特に火山噴火などは私たち地球科学者でも経験が少ないですし、巨大噴火は誰も体験していません。火山の規制も規制委ができてから。バックフィットで次々と改善していくしかありません」

「考え方が全然違う」、理学系と工学系

 ――そもそも規制委員の仕事を引き受けたのはなぜでしょう。東日本大震災で東京電力福島第一原発事故が起きたときは、仙台にいましたね。

 「大学の自分の部屋にドアを開けて入った瞬間に揺れが始まりました。5分くらいは揺れていたと思います。たまたま調査用に線量計を買ったばかりで、各地の放射線量を測って回りました。3月12日から線量が上がり始めて、何かあるたびに高くなる。これは大変なことが起きたと思いました」

 「海岸では津波で20センチくらいの砂がたまっていました。それをずっと掘っていくと、やはり20センチくらいの津波堆積物がある。869年の貞観津波の痕跡は、仙台平野を掘ればどこでも出てきます。あれだけの大津波が過去に来たことは地質学の世界では知られていた。原発も、その可能性をきちんと考えて対策を講じておくべきだったのに、できていませんでした。耐震は昔から考えていたかもしれませんが、原発のように、事故を起こすと影響が大きいシステムにはもっと総合的に地球科学を生かす必要がある。そう考え、できることがあればと思って委員を引き受けました。福島のような大事故を二度と起こさせない、それに尽きます」

 ――原子力の世界に入って感じたことは?

 「私はずっと、地質学など理学の分野をやってきた人間です。一方、原子炉を作って運用する人たちは大部分が工学系で、規制委もそうです。工学系は理学系と考え方が全然違うんですよ。何というか、人間が万能のように考え、きちんと設計して施工すれば、きちんとしたものができる、と。その外側のことはあまり考えないですね」

 「地震は日常的に経験していても、津波や火山になると、なかなか想像の範囲に入ってこない。どういう危険が具体的にあるのか、なかなか思いが至らない面があると思います」

 「地球科学的な現象は、一般の人が普段生活しているスケールをはるかに超えています。研究者なら10万年前、100万年前に何があったかをイメージできる。ビシッとした答えが出ることはめったになくても、自然の複雑な動きをどう理解すればいいかを身につけている。それが存在意義だと考えてきました」

審査は原則2年と言うが…

 ――日本列島はプレートが沈み込み、地震や火山が活発な「変動帯」です。原発の利用について、どう考えますか。

 「日本で生活している以上、原発を使いたいなら日本に適したやり方をするしかありません。もちろん、やめてしまう手もありますが、幸い規制委ができてから大きな事故は起きていない。規制機関がきちんと監督や検査をし、事業者も緊張感をもって運転する仕組みがそれなりに機能してきたと思います」

 ――今年1月には能登半島地震が起きました。07年に能登で地震があったときは金沢大にいて、現地を調査されました。

写真・図版
志賀原発周辺で陥没した道路=2024年1月5日、石川県志賀町

 「あのときの隆起量は40センチで、今回は4メートル。生きている間にこういう自然現象を見ることになるとは思っていませんでした。余震域は150キロと、明治時代の濃尾地震以来の大きな地震で、得られた知見は原子力規制に採り入れていくべきだと考えています。審査では、海岸に隆起地形がある場所は震源になる断層があるものとして地震の想定を求めてきました。例えば、北海道電力泊原発や、電源開発大間原発(青森県)がそうです。『海底の探査では断層はありません』と言われましたが、さすがにもう文句は言えないでしょう」

 ――政治家や原子力業界からは審査期間の長さを問題視する声もたびたび出ました。圧力はありませんでしたか。

 「誰かから直接、『審査を早めろ』と言われたことはありません。よく行政審査は2年が原則だと言われますが、じゃあ2年で審査が終わらないものは不許可にしてしまえば迅速ですけど、事業者は『それは困ります』となりますよね。我々だって早く進めたいわけで、引き延ばす理由は何もない。長期化の大部分は、事業者側の責任だと思います」

 「およそ科学的に納得できないような考え方を持ち出してきて、これで大丈夫なんですと言い出す。それを受け入れるわけにはいかないですよ。『ならば、その根拠を出して』と言うと、その調査だけで1~2年かかる。時間がかかるのはやむを得なかったと思います。緩めて早くすることは一切していませんが、審査の進め方についてはお互い納得する形で改善してきたつもりです」

原発の60年超運転、反対した理由

 ――昨年の国会で、原発の60年超運転を可能にする改正法が成立しました。経済産業省が主導し、規制委側が歩調を合わせた形です。石渡さんは「安全側への改変とは言えない」「審査をする人間としては耐えられない」と、委員でただ1人、法改正に反対していました。

 「原子炉等規制法に原則40年、最長60年という明確な数字が書かれていたわけです。福島の事故を受け、国会の議論を経て決まったことです。私はこの法律を読んで、これを守るということで就任したわけで、それを勝手に変えてしまうのは納得がいきませんでした」

 「新しい知見が得られたといった理由があるなら別ですが、それもない。しかも、審査が長引いた分を運転できる期間に足すという話ですから、どう考えてもおかしいですよ。今も考えは変わっていません」

 ――法改正の議論では、規制委が20年にまとめた見解が逆手に取られ、経産省に主導権を奪われたように見えました。見解は電力業界の声を受けて出したもので、「運転期間は原子力利用に関する政策判断にほかならず、規制委が意見を述べる事柄ではない」としていました。後悔していませんか。

 「議事録を見れば分かりますが、当時は詳しく議論していませんでした。あれが重要な意味を持つということは、私自身うかつだったかもしれないけど、気づいていませんでした」

規制委が譲ってはならぬ一線

写真・図版
前原子力規制委員の石渡明さん=2024年10、東京都港区、内田光撮影

 ――9月の退任会見では「何ものにもとらわれず、科学的・技術的な見地から、独立して意思決定を行う」という規制委の活動原則に沿った審査に努めてきた、と述べていました。一方で、事故の教訓の風化や規制委の変質を懸念する声もあります。

 「私自身は一生懸命やったつもりです。どんな組織でも、やっているうちに問題は出てくるものですが、規制委は公開の場で議論をしています。ネットで中継され、即座に全国放送になる。身をさらし、能力の限りを尽くす。あの緊張感たるや、本当に胃が痛くなります。事業者もこちらも相当なストレスですが、おかしなことは言えない。やはり公開でやっていくしかないと思うんですね」

 ――事業者には「公開の場では言いたいことが言いにくい」という意見もいまだあります。

 「これを譲ってしまったら、規制委は終わりだと思います。非公開になれば緩んでしまう。むしろほかの役所にも広がれば、日本社会も変わってくるのではないかと思いますけどね」

 ――初代の規制委員長を務めた田中俊一さんは「公開でやるから、外から変な圧力をかけられない」と言っていました。

 「そういう面はあると思います。ただ、委員長と平の委員は違います。委員長は国会に出るので、ストレスが数倍だと思います。幸い、われわれは国会に呼び出されなくて済んだので、その点は楽だったと思います」

 ――今後は大学などに戻って、また地質学の研究をされるのでしょうか。

 「71歳なので、あまり外に出るような年齢でもありません。呼ばれれば行かないでもないですが、しばらくは自由に過ごしたいと思っています」
(聞き手 福地慶太郎、編集委員・佐々木英輔)

石渡明 1953年生まれ。金沢大教授、東北大教授、日本地質学会長などを経て、2014年9月、原子力規制委員に就任。原発の地震や津波対策の審査を担った。

今朝の東京新聞から。

PA172539

アベノマスク契約めぐる訴訟 裁判長も「全て口頭で?」と突っ込み(朝日新聞有料記事より)

nnnnnnn

 大量の在庫が問題になった新型コロナ対策の布マスクを巡り、業者との契約過程を示す文書を開示するよう上脇博之・神戸学院大教授が国に求めた訴訟で、複数省庁による「合同マスクチーム」のうち業者と直接やりとりした職員ら3人が15日、大阪地裁(徳地淳裁判長)に証人出廷した。「やりとりは口頭が基本で、文書は残していない」と口をそろえた。

 マスクは2020年4月に安倍晋三首相(当時)が各戸配布を表明し、政府が400億円超をかけて約3億枚を調達したもので、「アベノマスク」と呼ばれた。需要の乏しさから約8300万枚が残り、国会などで税金の無駄遣いが指摘された。

 この日の証人尋問で経済産業省からチームに出向した職員は、「募集に応じた業者からはチーム宛てに電話やメールが毎日のように来ていた」と説明。ただ自身が受け取ったメールは「容量が限られているため2~3日に一度消去し、保存していない」と証言した。

「文書作っている余裕ない」に、反応した裁判長

 原告側から業者選定のためにやりとりを記録しておかないと「不便では」と問われると、「いちいち文書を作っている余裕はなく、上司が近くにいる時に口頭で価格や数量、納期などを報告していた」と話した。

 徳地裁判長からも「単価や枚数は間違えると大変なことになる。全て記憶して口頭で報告していたのか」と突っ込まれると、「そうです」と答えた。

 原告側が裁判所に求めて業者側から入手したチームとのメールには、この職員が業者の担当者と会って直接打ち合わせをした記録が残っていた。

 職員は「どんな業者か確認するために上司から頼まれたら打ち合わせをセッティングしていた」としつつ、原告側から打ち合わせで話した内容や同席職員を問われると「覚えていない」と証言。その時の記録は「余裕がなくて作った記憶がない」とした。

 行政文書管理規則では、意思決定の過程や事業の検証に必要となる行政文書の保存期間は「原則1年以上」とし、共有フォルダーに保存するとしている。メールもこの対象に含まれうるが、職員は「スピード感を求められていた。残した記憶はない」と話した。

事業規模小さい会社に大量発注、原告側「不自然」

 続いて出廷した経産省の課長補佐(当時)は、マスクチームのメンバーではなく「サポートする立場だった」と説明。募集の意思を示した業者に枚数や納期を聞き取り、チームに報告していたという。

 課長補佐が担当した会社は、20年の時点で設立3年弱でウェブサイトを持たず、従業員が5人しかいなかったことが原告側のとった登記簿などで判明している。会計検査院の報告書によると、政府はこの会社と2カ月で計約30億円の契約を結んでいた。

 原告側は事業規模に見合わない大量の発注をしているのは不自然だとして、受注能力を登記簿などで事前に確認したかを尋ねた。課長補佐は登記簿も決算書も「確認していない」が、「金額や枚数、納期の点では問題がなかった。ベーシックなところは確認した」と証言。やりとりを示す文書は「保存していない」とした。

 上脇教授は20年7月にかけて複数回、情報公開請求をした。契約書は開示されたが、経過を示す文書やメールは「不存在」とされたため、「巨額の税金が使われた契約の過程を国民に説明する義務が国にはある」として21年2月に提訴していた。

 裁判はこの日で現職の省庁職員6人全員の証人尋問が終わった。次回12月24日に原告・被告双方が最終的な主張をして、結審する。
(大滝哲彰) 

【岩尾真宏】

血税が投入された新型コロナ対策の布マスク配布をめぐって、やりとりが本当に「口頭で」なされていたとすれば、あぜんとするばかりです。ただ、役所の習性を踏まえると、この説明を真に受けるには無理があるように思います。この当時、忙しかったことは事実でしょうが、これほどの規模の事業に関することを「口頭で」進めていくでしょうか。  ちなみに、石破茂首相は首相就任前の2020年6月のブログで、この「布マスク」が早急に届いていないことに触れた上で、次のような指摘をしています。「届いたマスクには生産したメーカーの名も、連絡先も記載がありません。マスクには法的な表示義務はないものの『全国マスク工業会』の自主的な表示基準として記載すべき事項が列挙されているのですが、これら事項の表示もありません。内閣総理大臣肝いりの政策がこんな杜撰なことでよいわけがありません」  ご指摘の通りで、内閣総理大臣肝いりであろうとなかろうと、税金を投じた事業について、後にその決定過程を検証できないようなことでよいわけがありません。  いま、過去の自身の発言が色々とはね返ってきている石破首相ですが、「納得と共感」のためにも、以前の政権下での政策検証もぜひ取り組んで頂きたいと思います。

www.flickr.com
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

プロフィール

大頭茶

月別アーカイブ
*iphone アプリ 開発
*ラティース ラティッセ
  • ライブドアブログ