
トーマス・フリードマン
トランプ米大統領が再び政権を握り、ロシアのプーチン大統領との関係を生かしてウクライナ戦争を数日で終わらせるという自慢を実現しようとし始めてから、私はずっと、両者の友情において、何かが翻訳されていなかったのではないかという懸念を抱いている。
通訳者がトランプ氏に「プーチン氏が、ウクライナの『平和(peace)』のためなら何でもする用意があると言っている」と語ったとき、プーチン氏が本当に言ったのは、「ウクライナの『領土の一部(piece)』のためなら何でもする用意がある」ということだったと私は確信している。
同音異義語は、注意深く聞いていないと本当に大変なことになる。
「and」や「the」という言葉さえも信用できない
米紙ニューヨーク・タイムズはトランプ氏とプーチン氏が3月18日、2時間半におよぶ電話協議をし、プーチン氏はウクライナのエネルギー施設への攻撃を停止することに合意したが、米国とウクライナが合意した30日間の即時停戦案については合意しなかったと、ロシア大統領府の発表に基づいて報じた。
ロシア大統領府は、紛争終結のためのプーチン氏の「重要な条件」として、ウクライナに対する外国からの軍事・情報関連の援助の「完全停止」を挙げた。言い換えれば、ロシアがウクライナを完全に乗っ取ることに抵抗する能力を、ウクライナから剥奪するということだ。トランプ氏が愚かにも信じていたが、プーチン氏はウクライナとの和平を求めているのではない。ウクライナを自分のものにしようとしているのだ。剥奪するということだ。
失礼ながら、作家メアリー・マッカーシー氏がライバルである劇作家リリアン・ヘルマン氏の信憑性について言ったことで有名な「and」や「the」という言葉も含めて、トランプ氏とプーチン氏がウクライナに関して交わした私的な会話は、一言たりとも信用できない。というのも、ウクライナに関するトランプ氏とプーチン氏の取引は、最初から何かがおかしかったからだ。
答えのない疑問があまりにも多すぎるのである。
まず初めに、たとえば、イスラエル、エジプト、シリアの間であった1973年の第4次中東戦争を終結させる離脱協定を結ぶために、キッシンジャー元米国務長官は、1カ月以上かけて激しいシャトル外交を展開した。そして、すべての関係者が取引を望んでいた。一方、トランプ氏の友人であるウィトコフ特使とプーチン氏はモスクワで2回会談し、プーチン氏とトランプ氏は数回電話しただけだ。これで、ロシアによるウクライナ侵攻をウクライナ政府にとって妥当な条件で終結させることができるだろうか。トランプ氏は所有するホテルの売却だって、こんなに短時間ではしないだろう。
同盟国を無視し、プーチン氏に手を差し伸べる
米国が、同盟国とともに3年間支援し、自由を手に入れようと奮闘している国を、これほど恥ずかしげもなく売り渡したことは、かつてない。
トランプ氏は「ウクライナでの殺し合い」を終わらせたいだけだと繰り返し言っている。私も同感だ。しかし、殺戮(さつりく)を終わらせる最も簡単で手っ取り早い方法は、殺戮を始めた側、作為的な理由でウクライナに侵攻した側の軍隊が、ウクライナから撤退することだろう。そうすれば殺戮は終わる。
プーチン氏がトランプ氏の助けを借りる必要があるのは、殺戮を終わらせる以上のことを望む場合だけだ。ウクライナがプーチン氏に何かを譲らなければならないのはわかる。問題はどれだけ譲らねばならないかだ。プーチン氏が望む大きな一切れ(領土)と、ウクライナに科される戦後の制限を、これ以上の戦闘を伴わずに手に入れる唯一の方法は、トランプ氏に協力してもらうことだとも私は理解している。
ただ、トランプ氏はプーチン氏と交渉するときに、欧州の同盟諸国を無視してきた。欧州の同盟諸国はウクライナに数十億ドル相当の軍事装備品、経済援助、難民支援を行っており、その額は米国を上回っている(トランプ氏は、それについて嘘をついている)。そして、彼らは今、プーチン氏がウクライナを制圧し、次に自分たちの国に攻めてくるのを防ぐために、さらに多くを行う準備ができていると表明している。
にもかかわらず、なぜトランプ氏はプーチン氏との交渉において、私たちの最も強力なレバレッジ(てこ)である欧州の同盟諸国を引き連れていかなかったのだろうか。そして、ウクライナのゼレンスキー大統領を「独裁者」と恥ずかしげもなく呼んだ後、なぜウクライナへの米国の軍事・情報関連の援助を目に見える形で停止させ、また再開させたのだろうか。
キッシンジャー氏とベーカー元国務長官が特に有能な交渉者だったのは、同盟国を活用して米国の力を増幅させる方法を知っていたからだ。トランプ氏は愚かにも、同盟国に対して手のひらを返し、プーチン氏には手を差し伸べている。そうやってレバレッジを失っているのだ。
プーチン氏にはない最大の資産である同盟国を活用することこそ、「賢い国家運営」なのだと、長年にわたって米大統領の中東顧問を務めてきたデニス・ロス元大統領特別補佐官は私に語った。
ウクライナの「結果」がもたらすトランプ氏の利益とは
戦争を終わらせ、その状態を維持するための持続可能なやり方がある一方で、持続可能ではないやり方もある。すべては何を基本線として重視するか次第だ。もし重視するものがウクライナや同盟国が望むものと根本的に異なれば、彼らがトランプ氏とプーチン氏の親密な関係に基づく結果に従うとは思えない。
プーチン氏は、ウクライナが、従属的な隣国ベラルーシのようになることを望んでおり、別の隣国ポーランドのように、欧州連合(EU)に根ざした自由経済、民主主義の独立した国になることは望んではいない。
トランプ氏はどのようなウクライナを望んでいるのか。ベラルーシなのか、それともポーランドなのか。
どちらの方が、ウクライナの利益、米国の利益、そして欧州の同盟国の利益になるのかについて、私にはまったく疑問がない。私を悩ませるのは、トランプ氏が考える個人的な利益が何なのか、わからないことだ。
ウクライナの領土をプーチン氏に正式に明け渡すのではなく、単に停戦すること、ウクライナを北大西洋条約機構(NATO)に加盟させるのではなく、EUに加盟させること、そして、米国からの情報や物的支援でバックアップされた国際平和維持部隊を現地に派遣することなど、トランプ氏の基本線が、米国が基本線とすべきものと同じだと判明するまで、私は、トランプ氏とプーチン氏がウクライナについて発言する内容について、「and」や「the」も含めて、非常に懐疑的にならざるを得ない。