香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

2025年07月

「裸の銃を持つ男」レヴュー



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冗談はさておき、『裸の銃を持つ男』(2025)は今年一番笑える映画です。ここ数年で一番笑える映画かもしれません。素晴らしいマーケティングキャンペーンをご覧になった方は、劇場で大笑いしたいと願っていることでしょう。そして、『裸の銃を持つ男』はまさにその体験を提供してくれます。間違いなく、本作の真髄はジョークです。これは、ノスタルジアに便乗した感傷的な続編ではありません。また、既存のファン層に迎合するだけの、IPの安易な復活でもありません。さらに、両方のジャンルを両立させようとするアクションコメディでもありません。肝心なのは、とにかく「バカみたいに面白い」こと。この2つの言葉に重点を置きます。

さて、クライマックスのアクションシーンでフクロウが悪者にフンをするこの映画について、もう少し知的な視点で考えてみましょう。 『裸の銃を持つ男』をめぐっては、スタジオコメディの「復活」を謳う風潮が広がっていますが、これは厳密には正しくありません。ここ数年には、『ノー・ハード・フィーリングス』(2023年)や『マッシヴ・タレントの耐え難い重圧』(2022年)といった素晴らしいスタジオコメディが制作されてきました。問題は、これらの作品の大半が視聴者を惹きつけることができず、あるいはストリーミングサービスで配信停止に追い込まれたことです。 
言い換えれば、人々はコメディを使い捨てと考えるようになったと言えるでしょう。しかし、2025年に公開された『裸の銃を持つ男』のリブート版は、コメディが依然として私たちの映画文化において不可欠なものであり、ジャンルを刷新しなくても現代社会に生き残れることを証明しています。

街に新たな警部がやってきた
往年の続編の多くは、古いキャラクターを復活させつつ新しいキャラクターを登場させ、オリジナル作品へのオマージュと斬新なアプローチのバランスを取ろうとするだけで精一杯です。しかし、『裸の銃を持つ男』シリーズには、そうした要素を全て軽々と無視できる不遜さが内在しています。フランク・ドレビン・ジュニア警部(リーアム・ニーソン)のオリジンストーリーを丹念に描く代わりに、脚本・監督のアキヴァ・シェイファーは、彼がオリジナルの『裸の銃を持つ男』三部作でレスリー・ニールセンが演じたドレビンの息子であることを観客に伝えるだけで済ませています。それで、私たちはドレビン・ジュニアの最新の事件に飛び込みます。その事件には文字通りプロット装置(頭字語としてP.L.O.T.を使用するマクガフィンの技術)が関わっています。
ドレビンは、P.L.O.T.装置が盗まれた銀行強盗事件と、ある男性の不審な死の両方を捜査している。その男性の妹ベス・ダヴェンポート(パメラ・アンダーソン)は、怪しげなIT業界の億万長者リチャード・ケイン(ダニー・ヒューストン)による殺人だと確信している。ケインは確かに厄介者であり、仲間のエリートたちと共に豪華なバンカーに隠れ、P.L.O.T.を使って世界を混乱に陥れる計画を立てている。ドレビンは、善意のならず者警官だった父親にそっくりだ。父親は凶器を扱う一方で、間抜けな間抜けでもある。犯人を裁きを受けさせようと、長年苦労してきたチーフ(CCHパウンダー)の怒りをかわす中で、ドレビンはベスと互いに恋に落ちていく。
リーアム・ニーソンが『裸の銃を持つ男』に与えた素晴らしい才能は、いくら強調してもし過ぎることはない。正直なところ、この映画は彼なしでは様々な意味で成功しなかっただろう。ニーソンにとってコメディへの進出はこれが初めてではない。彼は『アメフト・ヒーローズ トップ10』(2013年)や『LEGOムービー』(2014年)といった作品に出演しているだけでなく、『裸の銃を持つ男』のプロデューサー、セス・マクファーレン(『ファミリー・ガイ』、『テッド』)とも過去に何度か仕事をしている。しかし、ニーソンが演じるドレビン・ジュニアの演技はあまりにも印象的で、まるで彼のコメディセンスを初めて知ったかのような錯覚に陥る。これは、初代『96時間』(2008年)での彼の登場と同じくらい、目覚ましい活躍だ。
『96時間』がアクションスター、リーアム・ニーソンのキャリアに新たな局面をもたらしたように、『裸の銃を持つ男』は今後何年も彼をコメディの世界に深く引きずり込むことになるかもしれない。他のキャスト陣もニーソンの軽妙なエネルギーに匹敵する。特にパメラ・アンダーソン(『ラスト・ショーガール』)は、豊富なネタに恵まれ、頼りになる間抜けなコメディエンヌとしてだけでなく、頼りになるロマンスの主人公としても活躍している。ダニー・ヒューストン(『イエローストーン』)とポール・ウォルター・ハウザー(『ブラックバード』)は、素晴らしいストレートマンだ。そして、ケヴィン・デュランド(『アビゲイル』)は、少々虚栄心が強すぎるかもしれない手下シグ役で、隠れたMVPとして浮上している。このアンサンブルにとって唯一の欠点は、一部の役者があまり使われていないことだ。
アキヴァ・シェイファーの映画製作の才能は、とうの昔に認められるべきだった。ザ・ロンリー・アイランドのメンバーとしての貢献は高く評価されてきたが、同時に時代を超えて愛されるコメディ映画『ホット・ロッド』(2007年)と『ポップスター:ネバー・ストップ・ネバー・ストッピング』(2016年)も手がけている。これらの映画に共通するのは、コメディそのものへの情熱、つまり次の展開をできるだけ早く展開することへの喜びだ。重要なのは、シェイファーが作品に決して長々と時間を割かせない点だ。これは、ジャド・アパトーやアダム・マッケイの「多ければ多いほど良い」というコメディスタイルとは一線を画すためなのかもしれない。

『裸の銃を持つ男』は滑稽さを追求しているにもかかわらず、脚本はストーリーと登場人物に一貫性を保っており、ジョークの説得力をさらに高めている。このアプローチの唯一の欠点は、コメディであろうとなかろうと、現代の映画と比べると、やや物足りなさを感じてしまうことだ。この映画は、ショービズの古い格言「常に観客にもっと見てほしい」を体現している。しかし、これは、気の利いたギャグやアイデアが満載であることが明らかであるため、10分程度長くても上映時間に影響がない程度に実行されています。
『裸の銃を持つ男』がこれほど短く感じられたのは、観ていて楽しくなかったからかもしれません。撮影監督のブランドン・トロスト(『ナックルズ』)は、コメディにこだわって鮮やかな映像美を犠牲にすることを拒みました。編集のブライアン・スコット・オールズも、物語をスムーズに展開させており、何度も観たくなるほどです。
『裸の銃を持つ男』が、歯に衣着せぬコメディとは程遠い作品であることは特筆に値します。アキヴァ・シェイファーと彼の共演者たちは、風刺を巧みに織り交ぜており、何事にも遠慮することなく、また無神経に突き進むこともありません。何しろPG-13指定のコメディであり、これは昨今では珍しいことです。男らしさに不安を抱える誇大妄想的な億万長者(どれを選んでも構いません)から、リーアム・ニーソン自身の問題のある生い立ちまで、あらゆるテーマが取り上げられ、コメディが偉大なイコライザーであることを改めて証明しています。これは、映画製作者たちがオリジナルの『裸の銃を持つ男』シリーズへの敬意をいかに深く追求しているかを物語っています。これらの名作は、ユーモアの中に時宜を得た社会的・政治的な論評を惜しみなく盛り込んでいたことで知られています。
フランク・ドレビン・ジュニアとのさらなる冒険が予告されているのも当然のことで、このコンビが再び共演するのを見るのは素晴らしいことです。しかし、『裸の銃を持つ男』(2025年)が映画界にもたらすであろう直接的な影響は、スタジオコメディが観客に再び均質化効果をもたらすことです。もちろん、人の好みはそれぞれ違いますが、ここ10年間、映画業界はあらゆる人の好みを同時に満たそうとしてきました。無数のアルゴリズムが他のメディアにも同じ影響を与えていることも、事態を悪化させています。私たちの多くは、あまりにも長い間、それぞれの敵意の泡の中に閉じ込められてきました。
今こそ私たちが団結して、あのバカなドレビンを笑いながら応援すべき時です。なぜなら、あの心優しいバカは私たち全員だからです。

参議院選とNY市長選 「既存の政治」揺さぶる二つの選挙が問うものは(朝日新聞有料記事)

望月優大 アメリカの観察

 先の参院選では、与党の自民党と公明党が過半数を割り込む惨敗を喫した一方、国民民主党や参政党が大きく議席を伸ばした。両党は比例区でそれぞれ750万票前後を獲得し(自民党が1300万票弱)、合わせて全体の4分の1を超えるほどの得票率となった。

 二つの党に共通していたのが、「日本人ファースト」(参政党)や「日本人が払った税金は日本人のための政策に使います」(国民民主党)などという形で、いわゆる「外国人問題」を争点化した点だ。特に参政党のそれは際立っており、BBCが「極右の『日本人ファースト』政党の台頭」という題の記事を出すなど、国外からも注目を集めている。

 だが、そもそも「外国人問題」などというものに、選挙における「日本人」からの人気取り以上の実態がどれほどあったのだろうか。SNSでは「生活保護利用の3分の1は外国人」といった荒唐無稽なデマが拡散されたが、実際は3%未満であり全くの論外だ。福岡資麿厚生労働大臣も、選挙期間中の会見で「医療費に占める外国人の割合が高いということはない。生活保護受給の扱いで外国人を優先することもない」と述べ、デマを打ち消した。

 実のところ、国民民主党は参院選の公示直後に、公約に記載した「外国人に対する過度な優遇を見直し」という文言を削除し修正していた。また、参政党の神谷宗幣代表も、開票直後の会見で「外国人に特権? 特に日本ではないんじゃないですか」とさらっと答えていた。

 なんということだろう。現実には「優遇」も「特権」も存在しないのに、この選挙を通じて「外国人問題」の大量宣伝にさらされた人たちの一部が抱いた憤り(そしてそれを差し向けられる側の恐怖)だけが、実在しているのだ。

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参院選で外国人を敵視する動きが広がっているとして、外国人やマイノリティーらの人権問題に取り組む複数のNGOが排外主義に反対する緊急共同声明を出し、「外国人が優遇されているというのは根拠のないデマ」などと訴えた=2025年7月8日、東京都千代田区

 参院選で国民民主党と参政党に投票した人には、あくまで相対的にではあるが、若い世代が多かったようだ。朝日新聞の出口調査によると、両党ともに30代までで全体の4割前後、50代までで8割近くの票を集め、60代以上からの得票は2割超にとどまる。

 既存政党の凋落やSNSなどメディア環境の変容を背景に、反移民などの右派的なアジェンダを掲げた新興政党が台頭するという現象は世界的に見られるが、それらは必ずしも若年層やいわゆる現役世代の支持を基盤としているケースばかりではない。例えば、強圧的な移民政策を唱え、現在イギリスで最も高い30%ほどの支持率を誇るリフォームUK(旧ブレグジット党)は、その支持者が高齢世代にかなり偏っている。

 共和党の支持者の構成を大きく塗り替えたアメリカのトランプ大統領も、相対的に50代以上からの支持が厚い。ピューリサーチセンターの調査によると、過去3回の選挙のいずれにおいても、40代以下の世代では民主党側の候補(クリントン、バイデン、ハリス)がより多くの票を獲得し続けてきた。

■33歳・ムスリム・移民のNY市長候補の躍進

 日本で6月の都議選や7月の参院選が話題になっていた頃、アメリカではニューヨークの若者たちによる「番狂わせ」に注目が集まっていた。

 4年に1度行われるニューヨーク市長選の民主党予備選(6月24日)で、33歳でほぼ無名のゾーラン・マムダニ(ニューヨーク州議会議員)が、本命と思われた大物政治家のアンドリュー・クオモ(前同州知事)を大逆転で破ったのだ。ウガンダ生まれ、インドルーツ、ムスリム、2018年にアメリカ国籍を取得、といった彼の属性も大きく注目された。

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米ニューヨークで2025年7月15日、市最大の労働組合からの支持表明を祝うイベントで演説する、ニューヨーク市長選候補者のゾーラン・マムダニ氏

 進歩派のバーニー・サンダース(連邦上院議員)やアレクサンドリア・オカシオ=コルテス(同下院議員)と同じく「民主社会主義者」を自称するマムダニは、民主党内でも最左派に位置し、高騰し続ける生活費の問題を徹底的に焦点化した。TikTokやインスタグラムといった様々なSNSを駆使し、バスの無料化、家賃規制物件での家賃の凍結、富裕層に対する増税などの政策を訴え、大量の若者がボランティアで草の根のキャンペーンを支えた。

 その成果は圧倒的だった。マムダニが集めた約47万票という票数は、エリック・アダムス現市長が前回の選挙で得た約29万票より6割以上も多い。今年の予備選では18歳~39歳の投票数自体が大幅に増加し、投票日前の最後の10日間ほどだけで数万人もの選挙登録があった。これまで選挙に参加してこなかった人々、そして今回初めて投票する人々の大規模な掘り起こしに、マムダニ陣営が成功した結果だった。

 象徴的なのが、マムダニが昨年11月の大統領選直後に投稿した3分弱の動画だ。マイクを持ったリポーターのような姿の彼が、街中で出会った人々に「先週の大統領選で誰に投票した?」と話を聞いていく。すると、民主党支持者が多いはずの黒人やヒスパニック、アジア系の人々が次々に「トランプ」と答える。

 撮影場所は、民主党支持が多いニューヨーク市の中でも、バイデン/ハリス支持からトランプ支持への「スイング」が顕著だった二つの地区(クイーンズのヒルサイドアベニュー、ブロンクスのフォーダムロード)で、そこではそもそも投票しなかった人の数も増えていた。

 「スイングが起きたのは、みんなが物価を下げてほしいと思ったからだよ。かれらはトランプならやってくれると信じたんだと思う」「ここの人たちはほとんどが労働者の家族で、一つ、二つ、三つの仕事を掛け持ちしてる。家賃は高い。食べ物も公共料金も上がっている」

 この動画には、その後のマムダニの躍進の柱となる要素が詰まっている。日々の生活費に圧迫され、民主党から(少なくとも一時的に)離れた人々を潜在的な票田と捉える姿勢だ。

 加えて、もう一つの特徴が、マムダニ自身がジェノサイドと明言してきたイスラエルによるガザへの攻撃と、それを支えるアメリカ政府(つまり民主党のバイデン政権)への批判的な声を届けていることだろう。

 「ジェノサイドが理由で彼女(ハリス)に投票しなかった若い世代がいる」「誰に投票すればいい? どちらの側もここから爆弾を送るんだ、自分の兄弟や姉妹たちを殺すための」「私は民主党が好きだ。だがガザでのことは好きじゃない。多くの人々が死んでいる」

 選挙期間中の3月、反ユダヤ主義の広がりを口実にトランプ政権がコロンビア大学(ニューヨーク市)への圧力を強める中、同大の大学院生でアメリカの永住権を持っていたマフムード・カリルが、何らの犯罪歴や容疑もないまま、ガザ攻撃への抗議活動を理由に移民税関捜査局(ICE)によって突然拘束された。その直後にも、マムダニは声をあげている。

 「あと何人のニューヨーカーを拘束するつもりだ! 罪のない人々を! (言論の自由を保障する)憲法修正第1条を信じているのか!」。ニューヨーク州都のオールバニを訪れたトム・ホーマン(トランプ政権の国境管理責任者)に対して抗議する人々の中で、彼が投げかけた言葉だ(その後カリルは6月に保釈され、トランプ政権に損害賠償を求める訴訟を7月に起こしている)。

■国籍や滞在資格に関わらず 全ての住民の権利のために

 ICEによる滞在資格のない人々に対する取り締まりへの協力を徐々に深めてきたアダムス現市長とは異なり、マムダニは市政としてICEへの協力を拒否する姿勢を明確にしている。国籍や滞在資格の有無に関わらず、ニューヨークという都市で暮らしている全ての住民の権利のために働くということだ。

 このスタイルは、投票日の少し前に行われた候補者討論会でも一貫していた。「市長になったら最初に訪れる外国はどこか?」という質問にクオモが「イスラエル」と回答したあと、マムダニは「私はニューヨークに残る」と答えた。あくまで住民の生活にフォーカスするのが自分の考えというわけだ。

 ここで唐突に司会の一人がカットインする。「マムダニさん、あなたは市長としてイスラエルに行きますか?」。イスラエルに厳しい彼の態度を追及するための露骨な質問だ。

 マムダニは、自分はこのニューヨークにいるユダヤ系の市民のために闘う、だがそのためにイスラエルに行く必要はないと答えた。すると、クオモが勝ち誇ったかのように横から割り込み、「彼の答えはノーだ」とまとめる。クオモはそれをライバルの失言と捉えたかもしれないが、選挙結果を見れば果たしてどうだったか。

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米ニューヨークで2025年6月4日、ニューヨーク市長選に向けた民主党予備選の討論会で、アンドリュー・クオモ氏(左端)と議論を交わすゾーラン・マムダニ氏(右から2人目)

 予備選の数日後(6月27日)、共和党MAGA派のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員が、タッカー・カールソン(元FOXニュースの政治コメンテーター)との対談動画に出演した。2人はトランプ政権がイスラエルに続けて実施したイランの核施設への攻撃を強く批判し、その流れでマムダニの勝利にも触れた。

 かれらはマムダニを様々な言葉でおとしめながらも、マムダニだけが住民の目線に立って経済的な争点を訴える候補であり、だからこそ何の変化も起こせない「ダーティーな体制側」と見られたクオモに勝てたという見方を示した。そしてそれは民主党側の失敗である一方、イラン攻撃を容認することで、共和党側も同じ失敗を犯しているのだと語った。国外の戦争ではなく、国内の経済に集中しろということだ。

 6月29日、MSNBCの番組に出演したマムダニは、共和党議員らによる絶え間ない攻撃について語った。それらはムスリムであることへの様々な中傷(イスラモフォビア)から、市民権剝奪(はくだつ)を求める司法長官宛ての公開書簡にまで及ぶ。

 「それは暗闇の言語であり、排除の言語です。それでも、私たちのビジョンには全てのニューヨーカーが属している、そのことが私に希望を与え続けています。……たとえ誰かがドナルド・トランプのような排除的なビジョンを持つ人物に投票しても、そこから民主党に戻ってくる瞬間があることにわくわくします。……私たちが見つけたのは、経済問題にしっかり焦点を当て、戻ってくる人たちを歓迎し、政治的な本能を説教(lecturing)から傾聴(listening)に切り替えれば、人々を民主党に呼び戻すことはできるということです」

 7月1日にはトランプもマムダニへの攻撃に加わった。ICEに協力しないなら逮捕すると脅し、彼の市民権に疑義があるかのような発言もした。根拠は全くない。

 マムダニは即座に反撃した。その主張の核心は、トランプと自分が同じ労働者たちのために闘うと宣言していること、しかしトランプはかれらを裏切っていること、そしてその事実から目をそらすためにマムダニを攻撃していることだ。

 「結局、彼(トランプ)にとっては、労働者階級のアメリカ人たちを裏切ってきたやり口を認めるよりも、分断の炎をあおるほうが簡単なのです」

 この頃、議会ではトランプが強引に進める「大きくて美しい一つの法案(One Big Beautiful Bill)」の採決が目前に迫っていた。その内容は高所得者ほど恩恵の大きい減税を恒久化し、移民排除のための予算を大幅に増やす一方、トランプが手をつけないと約束してきたメディケイド(低所得者向けの公的医療保険)やフードスタンプなどを圧縮するものだった。

 今後1千万人以上もの無保険者を生み出すとされるこの法案が、トランプ人気を支えてきた地方を中心とする低中所得層への「裏切り」であることは明白だ。共和党内でもグリーンを含む複数の議員から異論の声があがったが、最終的にはほとんどが服従した。

■アメリカでも日本でも かつてない危機

 ニューヨーク市長選の本選は11月に行われる。民主党候補のマムダニと共和党候補のカーティス・スリワに加え、今回は現市長のアダムス、そして民主党予備選に敗れたばかりのクオモまでもがそれぞれ無所属の候補として出馬する見込みだ。

 予備選を行ったにもかかわらず、民主党周辺は今もまだマムダニ支持でまとまりきれていない。この先、進歩派の候補を一致団結して後押しすることができるのか。800万超の人口の4割近くを外国生まれが占めるアメリカ最大の都市でなされる選択は、民主党が今後行く道に対しても少なくない影響を与えるだろう。

 他方、「ディープステート」の破壊者としてアピールしてきたトランプは、イスラエルに乗じたイラン攻撃、下層から上層にお金を移転する「大きくて美しい一つの法案」、最近では特にエプスタイン文書の非公開などをめぐり、自分こそが「ダーティーな体制側」の一部なのではという不信や陰謀論の対象になり始めている。そうであればこそ、「こっちじゃなくてあっちを見ろ」と敵を捏造(ねつぞう)し、分断をあおる動機づけは、より一層高まっていくはずだ。

 アメリカでも日本でも、既存の政治的な構造の動揺は、巨大な機会であり、またかつてない危機でもあるのだろう。忘れられた人々のために闘うと豪語して人心を掌握した政治家が、その約束を守るとは限らない。隣人を見せ物のようにして攻撃する政治家が、その観衆にだけは矛先を向けない保証などどこにもない。

 マムダニは、先の候補者討論会でこうも言っていた。

 「誰が市長になろうと、ドナルド・トランプの攻撃から自由ではいられない。より重要なのは、私たちのために実際に反撃する市長がいることだ。私はそれをやる。私はドナルド・トランプにとって最悪の悪夢だ。進歩派で、ムスリムで、移民で、自分が信じることのために闘う」

アメリカの対ロシア外交、何を間違えたのか リアリストが喝破する勘違い(朝日新聞有料記事より)

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 1991年のソ連崩壊後、ロシアは大きく混乱しました。2000年に就任したプーチン大統領は国内を安定させる一方で、「強いロシア」を掲げて軍事力を強化。22年にはウクライナに侵攻しました。こうした経過に、冷戦後に民主主義を広げようとした欧米の「外交介入」の失敗を指摘する声もあります。国家間の「力の均衡」を重視するリアリズム(現実主義)派の国際政治学の大家、スティーブン・ウォルト氏に聞きました。

 ――ウクライナへの侵略が続く欧州の現況についてどうみていますか。

 ロシアのウクライナ侵攻は明確に違法であり、誤りです。ただ、1990年代初頭から米国や西側が違う道を選んでいれば、かなり異なる状況が導かれていたはずです。

 当時、米国は二つの大きな過ちを犯しました。まずは、民主主義と自由市場、リベラルな制度に対する過度な楽観です。ロシアも含む世界に民主主義を広げることが可能で、長い平和の時代が来ると思い込んでしまった。さらに、経済的苦境に陥ったロシアを軽視し、北大西洋条約機構(NATO)の東方への拡大を推し進めたことです。

米国の指導者「高貴な行動」と誤信

 ――元米外交官のジョージ・ケナンは97年、NATO拡大を「冷戦終結後の米国の政策で最大の致命的誤り」と指摘しました。同じ認識ですか。

 完全に同意しています。99年のポーランド、チェコ、ハンガリーの加盟、04年のバルト3国などの加盟くらいまでならまだよかったかもしれません。しかし、拡大の動きは続いた。それを止めるためなら、ロシアは戦争も辞さない。この状況が衝突を避けられないものにしてしまったのです。

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1995年9月11日、ルーマニアのシビウで、「平和のためのパートナーシップ」の演習の際、米国製のマシンガンを携えながら米兵と話すルーマニア軍の兵士(右)

 私からみればロシアにとっても侵攻は失敗です。経済発展や技術開発は遅れ、ロシアは長期的に衰退を続けることになる。ただ、ウクライナのNATO加盟を不可能にするという目的は果たしたとみることもできます。

 ――NATO拡大がなければ、その他の東欧の国々が今のウクライナのような状況に置かれるだけ、ということにはならなかったでしょうか。

 いえ、例えば94年には、ロシアを排除しない「平和のためのパートナーシップ」協定をNATOが設けるなど、より包摂的な安全保障の枠組みを設けようとした時期がありました。ロシアをこうした道に引き入れる方が、はるかに賢明だったと思います。

 ウクライナはロシア人にとって、戦略的な位置や文化的関係などから特別な重みを持ちます。プーチン大統領が、ウクライナに対するのと同じような野望を、かつてのソ連やソ連主導の軍事同盟「ワルシャワ条約機構」の構成国に対して持っているとは思えない。ウクライナの2割ほどしか支配できていないロシアの軍事力を考えても、欧州の他地域を席巻する勢いを持っているとは、とても考えられません。

 ――リベラルな価値に基づく「帝国」を追求した米国が行き過ぎたということなのでしょうか。

 米国が「帝国」だったとすれば、かなり独特の帝国だと言えるでしょう。同盟国のネットワークを築きつつ、その多くの領域で(一般的な帝国のようには)露骨な支配を及ぼしてはこなかったからです。

 (冷戦終結後の大統領である)クリントンもブッシュJr.もオバマも、自分が帝国を運営しているという意識はなかったでしょう。他国が望むように指導力を発揮し、感謝を受けていると思っていた。北朝鮮やリビア、イラクなどは例外的なトラブルメーカーで、世界の大半が(民主主義を拡大しようとする)米国の高貴な行動を歓迎していると考えていたのです。

 しかし、現状を見れば気がめいるとしか言えません。(ソ連崩壊から2年後の)93年の時点では、米国は中国ともロシアとも良好な関係にあり、北朝鮮に核兵器はなかった。イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間でオスロ合意が結ばれ、中東も和平に向かう機運があった。過ちを重ねた米国の外交エリートが誰一人として責任を取っていない。このことそのものが、大きな過ちです。

ロシアを軽んじたオバマ氏

 ――ソ連崩壊後のロシアの国民感情について配慮が足りない面もあったのでしょうか。

 ロシア側が、自分たちの力が弱まった時にその弱さにつけ込まれた、という「被害者」としての感情を強く抱いたことに疑いはない。実際、オバマ元米大統領はロシアを(大国ではない)「地域国家」と呼び、あからさまに軽んじたこともあります。かき立てられた被害者意識というものは非常に危険です。他国に虐げられ続けているという感覚を持った国は、非常に攻撃的な行動に出ることがよくあります。

 ――トランプ大統領は従来の米国外交を批判し、脱却すると訴える一方で、プーチン氏への親近感を隠しません。どう考えますか。

 世界の不安定化に伴い、プーチン氏や中国の習近平国家主席のように、『皆を守る』と見せつけるような強権的指導者が台頭しました。トランプ氏は自分ならこうした指導者と交渉し、ディール(取引)の成功につなげられるという世界観を持っています。

 ただ、衝動的な彼が優れたネゴシエーターだとは言いがたい。イスラエル寄りの中東外交などは何も変わっていません。米軍によるイランへの攻撃を決めたことは、旧態依然の中東への介入で、重大な過ちと言えます。

 ――米国の対外介入は必要最小限にとどめ、同盟国に多くを担わせるべきだとする「オフショア・バランシング」を長く訴えてこられましたね。

 米国が軍事力を使って介入するのは、決定的に重要な地域で、支配的国家による重大な脅威が生まれた時だけに限る、とする理論です。ロシアには今、欧州を支配する力はない。唯一懸念すべき国は中国であり、米国は、中国の国力に均衡する周辺国の力の連合を生み出すことに注力すべきです。つまり、アジアの国々がより多くのことを担わなければならない。日本も軍事費を増やし、アジアの他の国々と連携する必要があるでしょう。

 ――今後、世界はどうなるのでしょうか。

 我々は甚だしく不安定で不確実な時代にいる。あまりにも多くの場所で、あまりにも多くのことが起きています。ただ、最も重要なのは米国ではないでしょうか。トランプ政権下で米国は民主主義を保てるのか。緩やかな独裁のような国家形態に移行すれば、多くの国との関係が根本的に変わります。米国で起きつつあることこそ、ウクライナや台湾海峡で起きることよりも究極的には重要だと考えています。 

第3次世界大戦の勝者は誰になるのか N.Y.Times(朝日新聞有料記事)

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ロス・ドゥサット

 未来の歴史家が米国の外交政策の軌跡を研究する時、アフガニスタンからの急な撤退、ロシアのウクライナ侵攻、ガザ、レバノン、イランでのイスラエルの紛争といった2020年以降の主要な出来事を、一つの世界の紛争の物語としてまとめるのかもしれない。

 運がよければ、「帝国の試練:米国と世界、2021―2030」のような題の学術論文が生まれるだろう。不運な場合、つまり米国と中国が最終的に破滅的な戦争に突入するとすれば、ウクライナや中東での闘争は、第3次世界大戦の歴史として、さかのぼって位置づけられることになる。

 私たちはまだ、そのような戦争の中にいるわけではない。だが、グローバルな観点から自分たちの状況を考えることは米国人にとって有益だ。ロシア、イラン、中国が修正主義的な同盟として、我々の帝国的な力を試していると考えるべきだ。そして、この種の紛争は耐久力の試験であり、長く曲がりくねった道であり、雰囲気の変化に左右されやすく、結果を早まって判断してしまう可能性があることを認識することも重要だ。

「薄く広がりすぎた」米国の力

 過去数年間、我々は多くの変化を経験してきた。21年と22年初頭、アフガニスタンでの敗退と、脆弱(ぜいじゃく)なウクライナへの我々の非現実的な約束が、米国を無力に見せた。実際にロシアのプーチン大統領が隣国に侵攻するまでは。そして、プーチン氏の軍事的挫折とウクライナへの支援の成功が、自由民主主義の優位性と米国の覇権の永続性に対する多くの自信を生んだ。

 その楽観的な雰囲気は、ウクライナの最後の大規模な反撃の失敗と、23年10月7日のイスラエルに対するハマスの攻撃まで続いた。そして、悲観的なものへと転じた。米国の力はあまりにも薄く広がりすぎていて、同盟国イスラエルは敵に不意を突かれ、ロシアは再び勢いを取り戻した。我々の兵器庫はウクライナとイスラエルを守り、台湾を防衛するにはほぼ確実に不十分だ。そして、そのすべては老齢で衰弱した大統領の下で行われ、崩れゆく帝国の暗い象徴となった。

 この多方面での危機が、トランプ米大統領の手に権力を戻す手助けをした。その後、トランプ政権の最初の数カ月は、彼が実質的に降伏することで世界の紛争を終わらせるのではないかという不安をかきたてた。同盟国を見捨て、北米のとりでに引きこもり、独裁者と取引するという形で。

 しかし、現時点ではそうは見えない。トランプ氏によるイランの核施設爆撃の決断と、それに対するイランの控えめな反応は、イスラエルの持続的な攻撃の下でテヘラン(イラン政府)の地域での影響力崩壊を決定づけた。一方でNATO同盟国は軍事費を増やしており、トランプ氏は突然同盟を称賛しだしている。ロシアのウクライナでの戦果は厳しいままで、プーチン氏は得られる中で最良の取引を投げ捨てた可能性もある。トランプ氏の貿易戦争の最中にもかかわらず、米国経済が強いことを鑑みると、我々は再び世界的な紛争に勝っているように見えるかもしれない。「ララ! パックス・アメリカーナ(米国による平和)よ永久に!」

 しかし、ことはそう簡単ではない。イランの核計画にダメージを与えたことは、脅威の排除を意味しない。ガザにおけるイスラエルの戦争では、明確な政治的終結が見えない人道的危機が続く。米国防総省はウクライナに対する兵器提供を抑制して、米国の軍事的な資源に優先度をつけて温存しようと試み、のちにトランプ氏が撤回したが、米国の兵器が有限で、優先度をつける必要があるという現実は変わらない。トランプ氏の外交的接触を生かせなかったプーチン氏の失敗は、ロシアが依然としてゆっくりと地位を取り戻しているという事実を変えるものではない。

ロシアよりもやっかいなのは

 ウクライナの膠着(こうちゃく)状態とイランの後退は、この紛争の最終的な結果が、まだ直接戦闘に参加していない修正主義勢力、すなわち中国に依存していることを明確に示している。中国は、ロシアやイランよりもはるかに深刻な米国のライバルであり、極めて慎重なプレーヤーだ。愚鈍な同盟国の行動を傍観しつつ、イランに核抑止力は提供せず、人民解放軍を派遣してロシアに(ウクライナの首都)キーウを奪取させることもない。

 この慎重な距離感は、修正主義者たちの根本的な弱さを反映しているのかもしれない。互いを信頼しない政権間の単純な利害の同盟であり、米国と欧州、東アジアの同盟国との間にあるような共通点も持たない。協力して効果的に動くことにも苦労するのだ。

 もしくは、時間が自分たちの味方だという中国の自信のあらわれなのかもしれない。中国の技術やエネルギーへの投資はすぐに米国に追いつくだろうし、北京が2020年代後半に計画していることを考えると、私たちの努力はすべて資源の浪費という避けられない運命を意味しているかもしれない。

 それらの計画についての確かな知識がない中で、米国の外交政策が必要とするのは、中国に先んじるための長期的な戦略と、短期的なトランプ流の柔軟性の両方だ。自制心やタカ派精神だけでなく、平和への寛容さと戦争遂行能力の両方を持ち合わせることが、簡単に終わることのない世界的な紛争の満ち引きに適している。 

プーチンは「帝国の男」 ドイツ学者が読むウクライナ侵攻の論理(朝日新聞有料記事より)

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 ウクライナに侵攻するロシアのプーチン大統領は、ロシアが帝国だった時代の考えに今も影響されているといわれます。欧州のほかの国では、攻め込まれることを恐れる声も絶えません。ロシアの政治や歴史に詳しい、ドイツ東部フランクフルト・オーデルにあるヨーロッパ大学ビアドリーナのカール・シュレーゲル名誉教授(東欧史)に聞きました。

 ――プーチン氏はウクライナを独立国ととらえていないようです。

 プーチン氏は、根本的なところで帝国的な考えを持つ「帝国の男」と言えます。

 ロシアは今も帝国的です。約8割が(民族としての)ロシア人、あるいはロシア語を話す人々ですが、形の上では多民族国家です。しかし、実際には非ロシア人の人々がロシア化され、ロシア人やロシア語話者によって支配されています。

 プーチン氏は、ウクライナの独立やアイデンティティーを認めていません。(ロシアの帝政を崩壊させた1917年の)ロシア革命が大嫌いで、革命指導者だったレーニンがウクライナなどにソ連内で共和国の地位を与えたことを批判しています。91年のウクライナの独立が、彼の考える帝国の枠組み崩壊の始まりになったからです。彼にとって、ベラルーシや人口4千万のウクライナを失うことは、ユーラシア大陸においてロシアが考えるスラブ民族中心の優位な地位をおとしめることを意味します。

 ――プーチン氏は、ロシア帝国の復活を望んでいるのでしょうか。

 彼は歴史の神話をつくり出しています。ロシアの始まりをモンゴル帝国に滅ぼされた中世の「キーウ・ルーシ大公国」としていますが、実際にロシアが国として形作られ始めるのはモンゴル撤退後の14世紀です。

 彼の持論の核心は「ウクライナは一度たりとも独立国だったことがなかった」という点です。そんなことを言い出したら、(20世紀に独立国が次々と誕生した)今の欧州のありようがひっくり返ってしまいます。

 ――英国など、かつて帝国だった国はたくさんありますが、ロシアとは異なって見えます。

 ロシアは非常に特別なケースです。海外に植民地を持たず、16世紀からウラル山脈より東の広大な地域を手に入れました。フランスやオランダは、海外の植民地が独立すると、独立国を担う現地の政治的エリートを支援しました。ロシアはこの点で異なります。

 プーチン氏は「ロシアの人々」について語るとき、ロシアの領土内に住む人々、つまりロシアという国の市民のことを言っているのか、ロシア語話者やロシアの民族、文化や伝統に関係した人々のことを言っているのか、明確にしません。これはとても危険です。

 たとえば、ドイツにも300万~400万のロシア語話者がいます。プーチン氏がよく口にする「ロシア的な世界」という概念には国境がない。「ロシアの人々の利益を守る」と言うとき、それは外国に干渉する道具になっているのです。

 ――プーチン氏はどのような政治的戦略を持っていますか。

 プーチン氏には、ロシアを近代的な国にする戦略的なアイデアがありません。関心があるのは、ロシアというこの広大な空間をどう統合するか、どうやって一つの国にまとめるか、です。

 民族的にも多種多様なロシアでは常に遠心力が働きます。それをまとめるための論理となっているのが、「ロシアは外の世界、西側、特に米国から脅威を受けている」という主張です。ヒトラーなどの過去の侵略の記憶を使って「敵に囲まれたロシア」という論理をつくり上げました。とてもネガティブな考えです。

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ロシアと欧米 主な軍事関係の機構と条約

 彼の究極の目的は、権力にとどまることです。そのための主要な手段が今の戦争です。ロシアにとっては悲劇的です。

 戦争は続きます。ロシアに占領された土地はその支配下にとどまり、ウクライナが取り戻すには長い時間がかかりますが、ウクライナが降伏するとは想像できません。

 ――ロシアの独立系調査機関の2月の世論調査では、和平交渉を望む回答は6割と高いです。

 戦争を終えるべきだ、という感覚が国民にあるのは明らかです。問題は、ロシアのような公共の空間が(政府に)コントロールされた国で、和平交渉を望む層がどう組織化されるかです。今、政府への抗議や世論を形成する能力がある勢力がいるとは思いません。

 ――戦争を続けることで国民の不満が高まり、プーチン政権が弱体化することはありますか。

 分かりません。ただ、2023年に起きた民間軍事会社ワグネルの反乱など、ここ数年間の出来事は私のシナリオをはるかに超えています。ロシアの状況はブラックボックスです。

 ――ロシアが、欧州の他の国々にも軍事介入することはあり得ますか。

 それに向けた準備は進行中だと思います。軍事行動に至るには多くの段階があります。ロシアは他国への破壊活動や世論操作などハイブリッド攻撃で混乱をあおっています。いずれ、北大西洋条約機構(NATO)の集団自衛が本当に機能するかどうかを試す、挑発行為が出てくるでしょう。

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ソ連、ロシアによる他国への侵攻や軍事介入

 ロシアに近いバルト3国やモルドバでは、とくに危機感が強いです。ロシア国境に近いエストニアの町を6月に訪問しましたが、住民は現実的な恐怖を感じていました。町にはロシア系住民が多く、政府はロシアに介入の口実を与えないよう慎重に対応しています。

 ただ欧州全体では、こうした事態を十分認識できていません。私たちは早急に備える必要があります。


カール・シュレーゲル氏
 Karl Schlögel 1948年生まれ。ドイツのヨーロッパ大学ビアドリーナ名誉教授。専門は東欧史。スターリン主義やロシア系移民などの研究でも知られ、ロシアやソ連に関する著書は多数。ウクライナの歴史にも精通し、ロシアのウクライナ侵攻に関して歴史的な視点から研究を続けている。

自国を被害者と描く「反ロシア嫌悪症」(朝日新聞有料記事より)

 「フィンランドが捕虜にしたソ連兵のうち1万9千人が、虐待や銃殺で死亡した」

 モスクワのフィンランド大使館前に昨年5月、6枚の大きなパネルが展示された。第2次世界大戦を中心に隣国フィンランドがナチス・ドイツとともにソ連を攻撃した「歴史」を紹介する。設置したのは、プーチン大統領が命じて設立された、側近のメジンスキー大統領補佐官が会長を務める政府系団体「ロシア軍事歴史協会」だ。

 歴史をたどると、最初に攻撃を始めたのはソ連の方だ。1939年11月、不可侵条約を破棄してフィンランドに侵攻。ソ連はこの侵攻で国際連盟から除名されたが、フィンランドは約2万5千人の戦死者を出し、領土の約1割を失った。41年6月にナチス・ドイツがソ連に侵攻した際、フィンランドが枢軸国側についてソ連を攻めたのはこのためだった。

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フィンランドが領土拡大の野望から、ナチス・ドイツと手を結んでロシアを攻撃した、と批判するフィンランド大使館前のパネル。ロシアの「被害者意識」を徹底して強調する=2025年5月

 しかし、「フィンランドのロシア嫌悪症(ルソフォビア)」と題したパネル展は、全ての戦いを防衛戦とする。徹底して描かれるのは、被害者としてのソ連であり、「敵」への憎悪をあおる。

「欧米はロシアを差別」

 2022年のウクライナ侵攻後、フィンランドが西側の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)に加盟したことについても、「世界大戦の危険性を高めている」と批判する。

 近くで働くデニスさん(43)は「歴史を検証すれば、ロシアからは誰も攻撃したことがない」と主張する。ソ連崩壊後、ビートルズやピンクフロイドのレコードを買い、自由を楽しんだ。だが、ベルリンで「ロシアの豚」とドイツ語で陰口をたたかれ、深く傷ついた。欧米にはロシアへの差別意識があると感じる。

 モスクワでは米国やオランダ、エストニアなどの大使館前にも、国民の被害者意識をかき立てる「反ロシア嫌悪症キャンペーン」の展示や掲示物が並ぶ。

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モスクワに設置されたロシアの「被害者意識」をあおる展示物など

 繁華街「アルバート通り」で、ソ連軍をたたえる記念碑が欧州で倒される写真を見ていたアレクサンドルさん(27)は「私たちの敵は米欧の権力者だ」と話した。

 このキャンペーンは、国威発揚にも使われている。

 今年5月9日、プーチン氏はモスクワ・赤の広場で行われた第2次大戦の対独戦勝利80年の軍事パレードで「ロシアは過去も未来も、ネオナチズムとロシア嫌悪症、反ユダヤ主義に対する不屈の防壁だ」と演説した。戦うべき対象として「ロシア嫌悪症」を「ネオナチズム」と同列に挙げた。

「反ロシア嫌悪症」キャンペーンはクリミア併合後に激増

 プーチン氏のいう「ロシア嫌悪症」とは何か。

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モスクワ中心部の目抜き通りで、ロシア国防省による「感謝しない欧州」の展示写真を見る親子。ウクライナ侵攻批判への反発をあおる狙いとみられる=2025年6月

 それは、ロシア人やロシアの文化、伝統などに対する差別・偏見を意味する。

 ロシアの歴史家コンスタンチン・ドゥシェンコ氏の論文によると、「ロシア嫌悪症」という言葉は19世紀前半の英国で生まれた。南進政策などで領土を拡張したロシアとの対決を主張する英国の強硬派を、その対抗勢力が皮肉る言葉だったという。それが、やがてロシア国内でも西欧の敵対姿勢を批判するために使われるようになった。

 ただ、ソ連時代はロシア・ナショナリズムが抑制されていた。民主化をめざした90年代~00年代初頭も、ロシアの当局者が公の場でこの言葉を口にすることはまれだった。

 それが一変したのは、ロシアがウクライナのクリミア半島を一方的に併合した14年からだ。

 クリミア併合でロシアは主要国首脳会議(当時G8)から排除され、欧米の経済制裁も始まった。18年に英国でロシアの元スパイと娘が兵器級の神経剤で襲われた事件で英政府がロシア政府の関与を指摘すると、プーチン政権幹部はせきを切ったように「欧米はロシア嫌悪症に突き動かされている」と繰り返すようになった。

かき立てられる負の記憶

 プーチン氏はウクライナ侵攻翌年の23年から、ウクライナとの戦いよりも、むしろ「欧米との全面対決」を強調するようになった。そして同年11月の演説では「ロシア嫌悪症は事実上、西側エリートの公式イデオロギーになった」と決めつけた。

 大串敦・慶応大学教授(ロシア・ウクライナ政治)は「侵攻への支持は強いが、実際にウクライナを取らなければならないかについてはロシア国民の間にもモヤッとした思いがある。しかし、『欧米との戦いだ』と言われると、『ロシアは負けてはならない』という気持ちが強まる」と言う。

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ロシアに被害者の記憶を刻んだ歴史

 ソ連崩壊後の90年代、ロシアは政治も経済も、社会も混乱。その間、欧米はロシアの改革・民主化を支持したが、一方ではロシアの反対を押し切ってNATOを東欧に拡大させた。プーチン氏が大統領に就任した00年以降、経済は回復したが、若い世代を含む多くの国民に「ロシアは大国なのに、ふさわしい地位が与えられていない」という不満が募った。

 クリミア併合が熱狂的に支持されたのも、国民に「冷戦の敗者として扱われてきた」という積年の鬱屈(うっくつ)した感情があったからだ。

 ヨーロッパ大学ビアドリーナ(ドイツ)のカール・シュレーゲル名誉教授(東欧史)は「ロシアは今も帝国的な国」と評する。「プーチン氏にはロシアを近代的な国にするアイデアがない。広大で、民族的にも多種多様な国をまとめるための論理となっているのが、『ロシアは外の世界、西側、特に米国から脅威を受けている』という主張だ」と話した。

カレン・モク 7月4日付のSCMP紙より。

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莫文偉(カレン・モク・マンワイ)は、香港で最も国際的に評価の高いスターの一人です。しかし、彼女がより大きな成功を収めているのは、近隣の北京語圏です。

人口の大半が広東語を話す香港で育ったにもかかわらず、彼女は13枚の北京語アルバムをリリースしており、これは香港でデビューした女性歌手の中で最多です。また、過去10年間の大半を中国本土でのツアーに費やしています。

莫文偉は香港でカレン・ジョイ・モリスとして生まれました。彼女は中国、ウェールズ、ドイツ、ペルシャの血を引いており、学者一家に育ちました。 
彼女の祖父は、西営盤にある名門男子校キングス・カレッジの初代校長の一人でした。モク自身も同じく名門校であるディオセサン女子学校で学び、演劇グループや校内劇で活躍しました。

1985~86年度、16歳頃のモクは、学業、課外活動、社会奉仕活動の功績により香港中等学校の生徒に贈られる第1回香港優秀生徒賞を受賞した10人の女子生徒の一人でした。

1987年、Aレベルを修了した後、彼女はイタリア北東部フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州にあるインターナショナルスクール、ユナイテッド・ワールド・カレッジ・オブ・ジ・アドリアティックに2年間の奨学金を得て留学を始めました。

その後、モクはロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校でイタリア語とイタリア文学を学びました。公式ウェブサイトによると、彼女は広東語、北京語、英語、イタリア語、フランス語を話します。
1992年、大学の休暇中に香港に戻り、広東ポップスのプロデューサー、マーク・ルイ・チョンタクのデモ音源で歌い、その後スター・レコードと契約を結んだ。

ロンドンでミュージカル『ミス・サイゴン』の端役を断念し、最終学年を延期した後、1993年に初の広東語スタジオアルバム『Karen』で香港デビューを果たした。

同年、香港ラジオテレビの最も有望な新人女性アーティスト賞にノミネートされたが、受賞は逃した。

「子供の頃から、将来は何らかのパフォーマーになるだろうとなんとなく分かっていたんです」と彼女は2002年にポスト紙に語った。
「もちろん、『スターになりたい』なんて人に言いふらしたりはしませんでした。そんなことをしたらトラブルに巻き込まれるだけだったから。でも、ずっとそう思っていたんです。子供の頃はダンスとか、そういうのをたくさんやっていたから。

「実際、自分がやっていることを本当に愛しているなら、ステージでもどこであれ、それが伝わってきて、人々はそれを感じ取ることができる。私はいつも、できる限りのことをして、できる限りの露出を積むべきだと思っていたんです」
1995年、彼女は香港のアート系映画監督ウォン・カーウァイ監督の『天使の涙』でブロンディ役を演じ、翌年の第15回香港電影金像奨で最優秀助演女優賞を受賞した。
それ以来、彼女は同賞で助演女優賞に2回、主演女優賞に1回ノミネートされています。
Mok receives the best supporting actress prize for her role in Fallen Angels, at the 15th Hong Kong film Awards in 1996. Photo: David Thorpe
Mok receives the best supporting actress prize for her role in Fallen Angels, at the 15th Hong Kong film Awards in 1996. 

同時期に、彼女は香港のコメディアン兼映画監督のチャウ・シンチー(周星馳)との仕事も始めました。彼とは1994年から1998年まで交際していました。二人は、2部作の『チャイニーズ・オデッセイ』(1995年)、『食神』(1996年)、『喜劇之王』(1999年)、『少林サッカー』(2001年)といった、今では古典となったコメディ映画で共演しました。
1996年のポスト紙のインタビューで、モクは音楽よりも香港映画の仕事が増えたのは「タイミングと機会の問題」だったと語っています。

「この業界では、目の前に現れるものは何でも掴むしかありません。コントロールすることはできません」と彼女は言います。
一方、1996年にセカンドアルバム『Totality』のアルバムカバーで香港の歌手として初のヌードを披露するという快挙を成し遂げたにもかかわらず、広東語での歌唱は、北京語での歌唱ほど商業的に認められることはなかった。

モク・モクが音楽界でブレイクしたのは1997年、台湾市場において初のマンダリンポップアルバム『To Be』でデビューした時だった。台北の公園で初のソロコンサートを開催し、2万人以上の観客を魅了した。

現在でも、台北アリーナにおける香港歌手の最多公演回数記録を保持している。

また、台湾のゴールデンメロディーアワードにおいて、2003年に最優秀女性北京語歌手賞、2008年にはアルバム『Live Is…』で最優秀北京語アルバム賞を受賞した香港の女性ミュージシャンとしても初である。
2008年、モクは北京オリンピックの聖火ランナーを務め、開会式と閉会式でパフォーマンスを披露しました。
Mok performs during a concert tour in Hong Kong in 2001. Photo: Reuters
Mok performs during a concert tour in Hong Kong in 2001. 

音楽活動以外にも、彼女は2010年代半ばまで女優として精力的に活動していました。

2004年には、ジャッキー・チェンと共演したハリウッド映画『80日間世界一周』に出演しましたが、批評家からは賛否両論の評価を受け、興行成績も振るいませんでした。

2013年には、キアヌ・リーブスの監督デビュー作『Man of Tai Chi』で主演を務めました。この作品は主に中国本土と香港で撮影されました。

過去10年間、彼女は散発的に映画に出演していましたが、2024年に公開された放射能災害を描いたドラマ『Cesium Fallout』で待望のカムバックを果たしました。
モックのキャリア同様、私生活も多彩だ。

1999年から2007年までは、俳優のスティーブン・フォンと交際していた。
2011年、41歳で初恋の人、ドイツ生まれの投資銀行家ヨハネス・ナッテラーと結婚した。ナッテラーとは17歳の時にイタリアの学校で出会った。

ナッテラーとの間には成人した継子が3人いると報じられている。モックが国際的に活動していない時は、夫婦はロンドンで一緒に暮らしている。

これまでに18枚のスタジオアルバム(うち13枚は北京語)をリリースし、40本以上の映画に出演している。

2013年には、自身初にして唯一の英語ジャズアルバム『Somewhere I Belong』をリリースした。モックは1993年にポスト紙の取材に対し、ジャズ音楽に大きな影響を受けたと語っている。

「ジャズは私にとって、自分を表現するための最高の音楽だからです。ジャズの要素を音楽に取り入れたいと思っていますが、今のところは商業的で主流の音楽であり続けるつもりです。」
2019年10月、中国チベット自治区の首都ラサで行われた彼女のコンサートは、「最も標高の高い場所で行われた大規模音楽コンサート」としてギネス世界記録に認定されました。これは彼女の芸能生活25周年と重なりました。

2024年と2025年には、モクは中国本土の各都市を巡る12公演のコンサートツアーを開催し、台湾のリッチー・ジェン、香港のニコラス・ツェやレオ・クーといったゲストアーティストも出演しました。
2025年6月に公開された、彼女の公式YouTubeチャンネルで公開された最近のコンサート動画の一つには、北京生まれのフェイ・ウォンの娘、リア・ドウ・ジントンが出演しています。
今年初め、モク氏は香港の高級住宅街ミッドレベルズ地区にある2,153平方フィート(200平方メートル)の3ベッドルームのフラットを8,500万香港ドル(1,080万米ドル)で購入したと報じられた。
3月、モクは中国メディアに対し、香港の啓徳運動公園(おそらく啓徳スタジアム)にコンサート開催の申請をしたと語った。

コンサートの日程はまだ発表されていないが、香港で単独コンサートを開催するのは2021年以来となる。

今朝の東京新聞から

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「ウォーキング・ヒルズの黄金伝説」

日本未公開(ブロードウェイからDVDあり)
ジョン・スタージェス監督、ランドルフ・スコットとエラ・レインズ主演の1949年の西部劇。
逃亡者を追う刑事、その他隠し事を抱えた男たち、そして主人公2人と逃亡者をめぐる三角関係など、9人の男たちが財宝を探す物語には、フィルム・ノワールの要素が織り込まれている。

本作はカリフォルニア州のアラバマ・ヒルズとデス・バレー国定公園で撮影。
スタージェスは数年後、これらの場所で名作『日本人の勲章』を撮影した。

当時の『バラエティ』誌の批評では、この映画は「興味深いテーマ、優れたキャスト、そして緊密な演出」と評され、脚本は「金への貪欲さと三角関係の恋愛の葛藤という矛盾を扱おうとする試みは完全には成功していないが、それでも鋭い人間的葛藤の主要な輪郭が浮かび上がってくる」と付け加え、「ジョシュ・ホワイトが数曲のブルースとフォークバラードを演奏することで、この映画に重要な要素を加えている」と指摘した。
さらに最近の批評では、「全く忘れられがちな西部劇で、もっと良くできたはずである(そしてそうすべきだった)」と評され、「魅力的なシーンが散りばめられており、平均以上の演技が多数見られる」と書かれている




ジョン・スタージェスがコロンビア時代に手がけた傑作であり、同スタジオで手がけた8作品中最後の作品となる本作は、デスバレーで失われた財宝を探す追放者たちを描いたミニマル・ネオウェスタン。ランドルフ・スコットは、1950年代のバッド・ベティカー監督の西部劇で既にその才能を開花させていたが、その控えめながらも簡潔な演技で、既にその才能を存分に発揮していた。共演には、エドガー・ブキャナン、アーサー・ケネディ、ジョン・アイアランド、エラ・レインズ、そして嬉しいサプライズとして、フォーク・ブルース歌手のジョシュ・ホワイトが加わっている。彼はギターを手に取るシーンで、シーンに叙情的なタッチを加えている。

大手スタジオの成功作(この場合は前年公開のワーナー・ブラザースの『黄金』)に素早く反応し、それをリフレインすることで知られるコロンビアは、スタージェスにこの貪欲さを描いた寓話を危険なほど暑い場所で撮影することを許可した。砂嵐のクライマックスや記憶に残るシャベルを使った格闘シーンを盛り込み、スタージェスは自身初の(ほぼ)男性だけのアクション映画に本格的に挑んだ。ハリー・ジョー・ブラウンがプロデュースしたこの映画は、ブラウンとランドルフ・スコットの共同事業で、ベティカー監督の映画を多く製作した、ラナウン西部劇の原型ともいえる。

プーチンの厳しすぎる「停戦」条件 トランプの仲介は堂々巡り(朝日新聞有料記事より)

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 みなさん、こんにちは。ウクライナでの停戦をめぐるトランプ米大統領とロシアのプーチン大統領のやりとりは、同じところをぐるぐると回り続けて終わりが見えず、堂々巡りの様相を呈しています。

 両大統領は7月3日、約1時間にわたって電話協議を行いました。1月にトランプ氏が大統領に就任してから、早くも6回目です。しかし、プーチン氏は今回も、トランプ氏からの停戦の呼びかけを、つれなく拒絶しました。

 ロシアのウシャコフ大統領補佐官は、プーチン氏がトランプ氏に伝えたロシアの立場を、次のように説明しています。

 「ロシアは、設定した目標を実現する。それは、現在の深刻な対立をもたらした根本原因の除去だ。ロシアはこの目標から一歩も引かない」

 完全なゼロ回答です。

 電話を終えたトランプ氏は、さすがに不快感をあらわにして「まったく進展がなかった」と振り返りました。「とても良い協議だった」といったいつもの言葉は影を潜めました。

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米ワシントンのホワイトハウスで2025年7月4日、肝いりの減税・歳出削減法案に署名した後、ポーズをとるトランプ大統領=ロイター。ロシア側の発表によると、トランプ氏は3日にロシアのプーチン大統領と電話した際、真っ先に法案が議会を通過したことを話題にしたという

 ただ、あいかわらず停戦を強いるためにプーチン氏に圧力をかけるそぶりはみせません。

 プーチン氏はトランプ氏の怒りの矛先が自分に向かうことはないと見切っているのでしょう。だからこそ、トランプ氏の要求をはねつけただけでなく、ウシャコフ氏を通じてそのことを広く世界に公表したのです。

トランプ氏の「困難」 本質は別のところに

 振り返れば、トランプ氏は5月28日には、プーチン氏が自分たちを欺こうとしているかどうかについて「約2週間以内」に判断すると語っていました。

 それから7月9日で6週間になります。それでも、プーチン氏に見切りをつける様子は見えません。

 6月25日には、なぜ停戦仲介に予想よりも時間がかかっているのかを問われて、次のように答えました。

 「人々が想像するよりはるかに困難だからだ」

 正直、今さらかという思いを禁じ得ません。簡単に解決できると気楽に考えていたのは、トランプ氏とその信奉者ぐらいではないでしょうか。

 一般的に言って、停戦を成立させるためには、二つの重要な条件があります。第一に、どこに停戦ラインを引くのか。第二に、停戦をどうやって守らせるのか。どちらも、ロシアとウクライナの立場は大きく隔たっています。

 しかし、今のトランプ氏が突き当たっている「困難」の本質は、別のところにあります。それはロシア側が停戦の前提として、ウクライナ国内の政治体制、防衛態勢、さらには社会のあり方についてまで、厳しい条件を突きつけているという事実です。

 ウクライナが将来にわたって自分たちのいいなりの国にならない限り、つかの間の停戦にも応じられないというのが、今のロシアの立場です。これが、プーチン氏が繰り返し述べている「根本原因の除去」の意味するところです。

自分の国のようにあれこれ要求

 これを、他の事例に当てはめてみましょう。

 今から75年前の1950年6月に、朝鮮戦争が始まりました。53年7月に休戦協定が結ばれましたが、その後も正式な終戦には至っていません。厳密に言えば韓国と北朝鮮は今も戦争中であり、あくまで戦闘行為を停止しているだけという状況です。

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平壌で2023年7月26日、祝賀訪問したショイグ・ロシア国防相(右、当時)と握手を交わす北朝鮮の金正恩総書記。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信。翌27日、北朝鮮が「戦勝記念日」と位置づける朝鮮戦争(1950~53年)の休戦協定締結から70年を迎えた

 ここで想像してみましょう。53年に、韓国が北朝鮮の最高指導者だった金日成(キムイルソン)氏の退陣を要求したり、逆に北朝鮮が韓国の武装解除を求めたりしていたらどうでしょうか。あるいは韓国が北朝鮮に対して韓国に批判的な政党の解散を求めたり、逆に北朝鮮が韓国に対して学校で金日成氏の偉業を教えるよう要求したりしたらどうでしょうか。南北どちら側にせよ、「根本原因の除去」などと主張していたら、とても休戦どころではなくなります。

 しかし今のロシアは、停戦ラインの向こう側についても、まるで自分の国のように、あれこれ要求しているのです。プーチン氏が口にする「停戦」は、朝鮮戦争の休戦のような、私たちが考える前例とはまったく別物なのです。

「覚書」から読み取れる、プーチン氏の求めるもの

 では、具体的にはどうやって「根本原因の除去」を実現しようとしているのでしょうか。その段取りは、6月2日にトルコのイスタンブールで行われたロシアとウクライナの直接協議でロシア側が示した「覚書」を見るとよくわかります。

 この覚書は、ウクライナに拒絶されることを前提に作った、やっつけの文書ではありません。書かれている内容は乱暴極まりなく、段取りなどに粗削りなところもありますが、真剣な検討を経て作られた文書だという印象です。少なくとも今後の交渉を考える出発点という意味があると思います。

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2025年7月3日、モスクワで開かれた公開討論会に登壇したロシアのプーチン大統領=ロシア大統領府の公式ホームページから。この日プーチン氏は、トランプ米大統領と電話でウクライナ問題などを協議した

 覚書は、3部構成となっています。

 第1部は「最終的な解決のための主要な諸条件」と題されている最も重要な部分です。「根本原因」が除去された後のウクライナの姿が、12項目にわたって列挙されています。主な内容を見ていきましょう。

 1番目に挙げられているのは、「クリミアとウクライナの東部と南部の4州がロシアの領土であることの国際法上の承認」です。ウクライナに国境条約をのませるだけでなく、国際的な承認も求めています。

 2番目は「中立国としてのウクライナ」。北大西洋条約機構(NATO)などの軍事同盟への加盟を禁じるだけでなく、ウクライナ領土での第三国のいかなる軍事行動も認めないことを規定しています。うがってみれば、ロシアによる軍事行動だけは認めるようにも読めます。

 5番目は、ウクライナ軍の人員や装備に上限を設けることを求めています。

 7番目では、ナチズムとネオナチズムを賛美したり宣伝したりすることを禁じ、民族主義的な組織や政党を解散することを要求しています。

 この項目からは、ウクライナはロシアとは異なる国だという主張や、ロシアからの独立を求める動きを、プーチン氏がネオナチと同一視しているという事実がうかがえます。

 「民族主義的」かどうか、誰が判断するかは書かれていません。ただ、ウクライナ側に権限を認めるつもりはないでしょう。要は、ロシアが「反ロ的」だと考える組織や政党を思うがままに解散させるための条項です。

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ロシアからの攻撃が続くウクライナのキーウで2025年7月6日、無人機(ドローン)が上空で爆発し、夜空を照らした

 第2部は「停戦条件」です。ここには二つの選択肢が示されています。

 第一は、ウクライナの東部と南部の4州からのウクライナ軍の全面撤退の開始と、ロシアとの国境に近い地域からの全面撤退。

 第二は、「パッケージ提案」として、以下のような条件を列挙しています。

 ウクライナ軍による動員の終了▽欧米などからの衛星インターネットサービス、衛星情報、軍事支援などの提供の中止▽ロシアに対する攻撃の中止▽戦時体制の解除▽ウクライナ大統領と最高会議の選挙の実施▽第1部に書かれた条件を実現するための協定への署名

 第3部は「実施の段取りと期限」です。

 停戦についての覚書に署名後、実際にウクライナ軍が撤退を始めた段階で30日間の停戦に入ること、停戦の間に4州全域からの全面撤退を実現すること、その後選挙を行い新政権を発足させることなどが盛り込まれています。

 以上の内容を、ざっくりとまとめると以下のようになるでしょう。

 ウクライナへの欧米からの軍事支援、情報提供、通信手段の供与を中止させる。ウクライナ軍を東部と南部の4州やロシア国境近くから撤退させる。軍を大幅に弱体化させる。反ロ的な組織や政党を解散させる。反ロ的なテレビや出版物を規制する。その上で大統領選や議会選を行い、新政権を発足させる――。

 やはりプーチン氏が求めているのは停戦ではなくウクライナの全面降伏なのです。その姿勢が揺るがない中、トランプ氏はウクライナ危機の仲介者としての役割をすでに失いつつあるように見えます。

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