香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

2025年11月

衰退しそうな米国 「偉大な国」にした三つの公式守れ N.Y.Times(朝日新聞有料記事より)

11143

ニコラス・クリストフ

 米国が今日、世界で支配的な超大国となってきた秘密の公式とは何だろうか。

 三つの根本的な要素を指摘したいが、いずれも今や弱体化している。私たちの世代とドナルド・トランプ大統領の歴史的遺産について考える時、それは見出しを飾るような政治的争いよりも、米国の国際的な地位が徐々に低下していることのほうになるのではないだろうか。

 愛国心とは、旗を振ることではなく、2世紀以上にわたって米国を卓越した存在にしてきたこれら三つの力を守ることだ。

すべての疑問への答えは教育に

 あらゆるレベルでの教育への取り組みが、科学技術分野での世界的リーダーシップをもたらす――。

 ほとんどすべての疑問に対する答えは教育にあると私は信じている。最も高い利益を生む長期投資は、多くの場合、人的資本への投資だ。しかし、歴史を通じて、ソクラテスを処刑し、ガリレオを異端審問にかけ、書物を禁じようとする者たちが常にいた。

 米国が世界の主導的国家になったのは、19世紀以降、大衆教育に力を入れていたことが大きな要因だ。その間、他の国々はほんの一握りのエリート層だけを教育していた。このことはクラウディア・ゴールディン氏とローレンス・F・カッツ氏が2008年の画期的な著書「教育と技術革新の競争」で主張している。

 米国は公立小学校の普及と高校・大学進学率の拡大を推進した。その後、米国の研究型大学は世界をリードする存在となり、シリコンバレーをはじめとする各地に技術拠点を育んだ。そのため、米国は「マグニフィセント・セブン」と呼ばれるテクノロジー企業を誇るが、欧州にはこれに匹敵するものはない。米国の科学技術の卓越性は、大学、研究資金を提供する連邦政府機関、そしてその知識を商業化する民間企業の間の共生的なパートナーシップのおかげでもある。

 米国の教育における優位性は、高校卒業率や若者の理科・数学のスキルで東アジア諸国に追い抜かれたことで、数十年前から低下し始めていたと言えるだろう。しかしトランプ氏は、教育成果の向上策を示す研究やデータ収集を含む教育省の機能を骨抜きにすることで、教育への圧力をさらに強めている。さらに悪いことに、彼は米国の名門大学に対して戦いを仕掛けている。

 米国の科学における卓越性は、経済競争力と幸福をもたらす。しかしトランプ氏は、がん治療に大いに有望なmRNAワクチン開発プログラムを縮小し、医療研究への投資を削減している。

 どの大統領もハーバードやコロンビアのような大学を誇りに思うべきであり、潰そうとしてはならない。私たちは空母だけで中国に対抗するのではなく、それ以上に自国の若者を教育し、人工知能、合成生物学、材料科学の研究をリードすることで対抗している。しかし、中国は新興技術においてすでに米国を上回っているとの見方もある。

「民主主義存亡の脅威」をもたらす

 だからこそ、1957年のスプートニク1号(旧ソ連による人類初の人工衛星)打ち上げ後と同じように、この国を科学と教育に再びコミットさせるべきだ。ところが、トランプ政権による名門大学への敵意は、ワクチンから気候変動に至るまで科学に対するより大きな軽蔑を反映しているように見える。これは、中国で秦の始皇帝が学者を生き埋めにしたことにまでさかのぼり、この国ではスコープス裁判(1925年、米テネシー州で進化論教育を禁じた法律をめぐり争われた裁判)、マッカーシズム(赤狩り)、そして2017年の大学基金税(米国で大規模私立大学の基金収益に課された税)にまでさかのぼる反知性主義の、最新の開花と言えるだろう。

 法の支配に支えられた自由市場と自由貿易――。

 これは、トランプ氏が最も敬意を払っている柱だ。彼は資本主義と自由市場をおおむね信じている(おそらく多くの民主党員よりも)が、自由貿易からの急速な後退を主導してきた。彼の関税は1930年代以降で最も高い。また、トランプ氏は市場経済の基盤のいくつかを体系的にそぎ落としてきた。市場は慎重な財政・金融運営によって繁栄するが、彼の減税は債務の急増を招き、彼は米連邦準備制度理事会(FRB)の独立性を押しつぶそうともしている。腐敗は資本主義の害毒だが、彼の一族は大統領職をATMのように利用しているように見える。

 法の支配はどうだろうか?

 英国が産業革命発祥の地となったのは、保護と予測可能性を提供する法制度があったからでもある。対照的に、トランプ氏は下級裁判所の判断を繰り返し無視し、司法省を利用して政敵を罰してきた。ロナルド・レーガン大統領(当時)によって任命された連邦判事のマーク・L・ウルフ氏は11月、辞任すると発表した。トランプ政権による「法の支配への攻撃」とそれが「民主主義存亡の脅威」をもたらしていることについて率直に発言するためだ。

 移民と世界中の最も優秀な人材の吸収――。

 東ヨーロッパ出身のアルメニア難民だった私の父は、1952年に米国に到着した。その後まもなく、家主は「難民からお金を受け取ることはできません」と言って家賃を返した。

 このような歓迎の精神は、必ずしも一貫して実践されているとは言えないものの、米国を非常に豊かにしてきた。米移民評議会によると、「マグニフィセント・セブン」のテクノロジー企業のうち4社は移民によって率いられ、世界の有力企業リスト「フォーチュン500」の46%は移民またはその子どもらによって設立された。

 これら三つの要素だけでは、米国の偉大さの完全な秘訣とは言えない。国内市場の物理的な大きさそのもの、民主主義、そして州同士の通商の容易さも寄与した。そして、これら三つの要素においてさえ、私たちはしばしば不十分だった。

ただ疲れ果てた老国に

 しかし、私はこれら三つの要素こそが、今日の米国が世界をリードする大国として台頭してきた中心的要素だと考えている。そして今、これらの強みは、特に大学、貿易、法の支配、そして世界最高の頭脳の獲得において、体系的に損なわれつつある。

 米国の世界的な優位性に対するリスクは、トランプ氏のホワイトハウスのボールルーム(大広間)、政府閉鎖、そして彼の対立者に対する醜悪な発言ほどには注目されない。しかし、彼の最も重要な遺産は、私たちの経済エンジンの基盤に与えているダメージかもしれないと私は考える。

 今年のノーベル経済学賞は、イノベーションが経済成長をいかに推進するかを明らかにした3人の学者に贈られる。彼らは、イノベーションが移民、優れた大学、そして世界へのアイデアの開放性から生まれることを強調し、今後の「暗雲」を警告した。

 インドのジャワハルラール・ネルー首相が自国を例に挙げて「希望と活力が徐々に漏れ出していく」と表現したように、私たちは歴史を通して、偉大な国家が時としてエネルギーと推進力を失い、衰退していく様を繰り返し見てきた。西暦1000年、世界最大の都市は、当時世界で最も重要な国であった中国の開封だった。しかし、中国と開封はその後のほぼ千年間衰退し、近年になって復活した。

 米国がそのような衰退を経験するかどうかはわからないが、貿易と移民を絞り、大学を抑圧するなら、衰退する可能性はより高そうに見える。特別な秘訣を失えば、米国はただ疲れ果てた老国となり、他の若い国々に追い抜かれるのを見ているだけになるだろう。これこそ米国の命運を左右する重大な問題なのだ。 

大埔・宏福苑の大火災







「仮面の裏側」1941年

ヴェーラで始まったピーター・ローレ特集の一本。

希望に燃えるハンガリーからの移民、ヤノシュ・サボー(ピーター・ローレ)は、ニューヨーク到着初日にホテルの火災に巻き込まれ、顔にひどい傷を負う。容姿を理由に就職を断られ、時計職人として卓越した技術を持つにもかかわらず、どんな仕事でも引き受ける。極貧の中で、不正は幸福をもたらさないと信じながらも、食料、医薬品、そして唯一の友人ディンキー(ジョージ・E・ストーン)に暖かい寝床を与えるため、金庫破りに手を染める。やがて彼は窃盗団のリーダーとなり、資金を集めて自分の顔を模したラテックスマスクを製作し、着用する。

ヤノシュは、彼の良い面しか見てくれない盲目の女性ヘレン(イヴリン・キーズ)と恋に落ちる。ヘレンはヤノシュの犯罪生活から脱却しようとする。残念ながら、ヤノスの一味は彼が警察に裏切ったと思い込み、車爆弾で彼を殺そうとする。ヤノスは一命を取り留めるが、ヘレンは命を落とす。報復として、ヤノスは一味が国外脱出を計画している自家用飛行機のパイロットに変装する。アリゾナの砂漠に飛行機を着陸させ、燃料を放出する。自殺行為として、ヤノス自身も仲間も水も食料もなく孤立無援となり、全員がゆっくりと死へと向かう。映画の終盤、ヤノスと敵の遺体が警察によって発見される




『仮面の裏側』はフランス系アメリカ人監督ロバート・フローリーが監督を務め、ポール・ジャリコとアレン・ヴィンセントが脚本を手掛けた。この映画はトーマス・エドワード・オコンネルのラジオドラマ『The Interim』を原作としている。フローリーは、ジェームズ・ホエールが監督に就任する以前、ユニバーサル・ピクチャーズの1931年映画『フランケンシュタイン』に携わっており、『モルグ街の殺人』も監督している。この映画はピーター・ローレを主役に据えて脚本が書かれ、ローレ自身の人生とも重なる部分があった。共同脚本家のジャ​​リコは「私の記憶では、脚本は『仕立てられた』もので、ある意味ではローレは既に決まっていた」と回想している。ローレはコロンビア・ピクチャーズと契約していた2本の映画のうち、最初の作品としてヤノシュ・"ジョニー"・サボ役で主演に抜擢された。ヴィクター・フレミングの『風と共に去りぬ』でスーレン・オハラを演じたエヴリン・キーズが、ヤーノシュの恋人ヘレン・ウィリアムズ役に抜擢された。ドン・ベドー、ジョージ・E・ストーン、ジョン・ティレル、サイ・シンデルらが脇役としてキャスティングされた。ティレルとシンデルは共にコロンビア・ピクチャーズの常連で、スタジオの短編映画『三ばか大将』に出演したことでよく知られていた。
主要撮影は1940年11月6日に始まり、20日間続いた。

『仮面の裏側』は公開当初は不評だった。1941年のニューヨーク・タイムズ紙の批評では、「心理描写に多少の気取りはあるものの、『仮面の向こうの顔』は、ピーター・ローレの才能がまたしても陳腐なセリフ回しと型通りの筋書き操作によって阻まれた、またしても露骨なメロドラマ作品と片付けられるだろう」と酷評された。
その後の批評はより肯定的になった。ブロックバスター社の映画・ビデオガイドは、4つ星中3つ星の評価を与え、演出、設定、そして演技を称賛した。レナード・マルティンは4つ星中3つ星の評価を与え、「低予算ながら非常に良くできた」と評した。オズゥス・ワールド・ムービー・レビューのデニス・シュワルツは、この映画にA+からFの評価基準で「B+」を与え、「アメリカンドリームが醜く間違ったものに変わっていくというビジョンを提示するホラーストーリー」と呼んだ。TVガイドは、この映画を4つ星のうち2つと評価し、「人間の苦しみを描いたスタイリッシュな映画」と呼んだ。

ペロシ氏は民主党に範を示した 高齢政治家は道を譲れ N.Y.Times(朝日新聞有料記事より)

vvvvv

ミッシェル・ゴールドバーグ

 ワシントンで、自分のことを余人をもって代えがたい存在だと考える資格がある人は、ナンシー・ペロシ氏以外にほとんどいないだろう。彼女は女性として初めて就任した下院議長として、内部が分裂して不均質な民主党連合を巧みにまとめあげた。彼女がいなければ、医療保険制度改革は実現しなかっただろう。彼女はいつも、優れた判断力を示してきた。イラク戦争の際に、民主党の指導部として数少ない反対票を投じたことも、その一例だ。トランプ政権の1期目、彼女はトランプ氏の神経を逆なでする手腕を発揮し、繰り返し彼を挑発し、だだっ子のような暴言を引き出した。ある共和党の重鎮は2019年、ニュースサイトのポリティコに対して、そうしたトランプ氏の暴言を「彼女の思うつぼだ」と嘆いた。

 それにもかかわらず、ペロシ氏が22年、新世代に道を譲るために、指導部から退く判断をくだしたことは正しかった。彼女の後継の下院党トップとなったハキーム・ジェフリーズ氏がペロシ氏ほど印象的な人物ではなかったとはいえ。そして今回の引退という彼女の判断も、正しい選択だ。深刻な高齢化問題を抱える民主党に模範を示すことになるからだ。

高齢化と停滞が深刻な民主党

 この問題のもっとも際だった例は、もちろん、81歳のジョー・バイデン氏が大統領再選を目指して出馬するという、破滅的な決断だった。しかし、問題の根はずっと深いところにある。民主党はかつて、若々しく活力に満ちた党だった。ジョン・F・ケネディ、ビル・クリントン、バラク・オバマの各氏を思い出してほしい。リンドン・ジョンソン元大統領でさえ、誰も彼を若々しい新人とは思っていなかったが、1963年に大統領に就任したときはわずか55歳だった。近年、民主党は著しく高齢化が進み、それに伴い停滞を深めている。

 85歳のペロシ氏を含めて、70歳以上の民主党下院議員が50人いるのに対して、共和党は30人強だ。年明け以降、民主党議員3人が在職中に死亡し、議席数でわずかに負けているだけだった共和党との差が広がってしまった。トランプ氏がワシントンへの州兵派遣を決めて、事実上の軍事占領下に置いたとき、ワシントン選出の唯一の下院議員であるエレノア・ホームズ・ノートン氏は、姿を消してしまった。ニューヨーク・タイムズによると88歳の彼女は、仕事をするのにも苦労しており、長年の知人さえ認識できないことがあるようだという。それでも彼女は、来年の中間選挙で再選を目指すと主張しているのだ。

 上院の民主党を率いているのは、74歳のチャック・シューマー氏だ。堅実な制度重視派だが、アメリカで深刻化する政治危機について、率直に語る意志も能力もない。やれることといえば、トランプ氏が毎日のように踏みにじっている規範を尊重するよう、トランプ氏に力なく呼びかけることだけだ。たとえば、9月の政府閉鎖について、シューマー氏は「トランプ氏が正気を取り戻すことを願う」と述べた。さらに、トランプ氏には、共和党議員が「それは大統領がすべきことではないです」とそっと助言するべきだというのだ。

 シューマー氏は最近、77歳になるメーン州知事のジャネット・ミルズ氏を上院議員選に立候補するよう勧誘した。彼女が当選すれば、上院史上最高齢の新人議員になる。

 確かに年齢は、時代の流れをとらえるための完璧な指標ではない。84歳のバーニー・サンダース氏ほど若者に愛されている政治家はいないかもしれない。しかし、先日のニューヨーク市長選で私たちが目の当たりにしたように、新世代の有権者にアプローチする上で、若い候補者は明らかに優位だ。その理由は、候補者がどんな属性を持つのかというアイデンティティー政治の問題を、はるかに超えたところにある。

若いカリスマが必要だ

 ゾーラン・マムダニ氏がニューヨーク市長選で勝利した理由の一つは、ショート動画から長時間のポッドキャストまで、新しいメディアに対する直感的な理解力であり、物価がますます高騰する都市で没落しつつある自分たちの居場所を必死に守ろうとする若年層の絶望感を、同じく直感的に理解していた点にある。NBCニュースの出口調査によると、民主党が苦戦してきた若年男性層で、彼は34ポイントもの差をつけて勝利した。

 マムダニ氏の選挙運動の多くの側面は、リベラルな大都市以外では再現できないかもしれない。しかし、可能なことが一つある。民主党が必要としているのは、カリスマ的な指導者だ。若く、現代の分断された情報の生態系を理解し、疎外感にとらわれて絶望している人々の希望を呼び起こす方法を知っているような。そうした人材が立候補できるように、年配の政治家は道を譲らなければならない。

 役得に慣れきったベテランの政治家が、それを手放すのは難しいかもしれない。ニューヨーク・マガジンが民主党の老人政治を特集した記事で、筆者のレベッカ・トレイスター氏が政治コンサルタントのジェン・ブルーシュタイン氏の言葉を引用している。「多くの政治家は、自分が大勢のスタッフに支えられて常に重要な存在である状態ではなくなることを、想像すらできないのだ」

 しかしペロシ氏は、大義のために自分自身のエゴを脇に置く姿勢を、誰よりも進んで示してきた。

 彼女に関する私の好きなエピソードの一つは、モリー・ボール氏が書いた20年出版の伝記「ペロシ」に記されている。05年のことだ。ペンシルベニア州選出の保守系民主党員で元海兵隊員のジャック・マーサ氏が記者会見を開き、開戦当初は支持していたイラク戦争に反対を表明した。マーサ氏は「我々の軍隊は苦しんでいる。国の未来が危機に瀕している」と訴えた。これが、世論の転換点となった。マーサ氏が反戦運動の主要な顔となる一方で、ペロシ氏は彼と並んで前面に出なかったことで繰り返し批判された。人気政治風刺番組「サタデー・ナイト・ライブ」は彼女の臆病さを題材にしたコントまで放送した。

ペロシ氏が気づかせてくれたこと

 しかし、これこそがペロシ氏の計画だったのだ。「すべてはペロシ氏とマーサ氏が協力した通りの筋書きだった」とボール氏は書いている。彼らは「一人の男による聖戦に見えるように仕組むことで合意していた」というのだ。これが、彼女の偉大さの秘密の一端だ。彼女は政治に関する世論には異常なほど感度が高い一方で、自分自身の評判はまったく気にしないのだ。

 今、ペロシ氏はきっと分かっているはずだ。恐怖と怒りに震える民主党支持者は党の指導部に背を向けている。9月のピュー・リサーチ・センターの世論調査によると、民主党支持層の59%が民主党の議会指導部に不支持を表明した。新しい声への渇望が渦巻いている。だからこそ、ペロシ氏はもう一度時代の要請に応じたのだ。

 彼女は引退表明の動画で年齢には触れていないが、示唆はあった。愛するサンフランシスコに向けて彼女は語りかけた。「この町が常に未来の代名詞であるのには理由がある。ここにいる私たちは未来を恐れない。私たちが未来をつくりだすのだ」。同じことが民主党にも言えるはずだ。ペロシ氏がそのことに気づかせてくれたことに、私たちは感謝しなければならない。 

「流砂(Quicksand)」 1950年

本日より始まるヴェーラのローレ特集の一本。

『クイックサンド』は1950年のアメリカのフィルム・ノワールで、ミッキー・ルーニーとピーター・ローレが主演し、ガレージの整備士が犯罪へと堕ちていく様を描いている。アーヴィング・ピシェルがハリウッドのブラックリスト入りする直前に監督を務めました。この映画はルーニーにとって型破りな役柄を演じ、MGMの人気シリーズ『アンディ・ハーディ』で演じた無邪気な「いい人」とは全く異なる役柄を演じた。



カリフォルニアに住む若き自動車整備士、ダン・ブレイディ(ミッキー・ルーニー)は、近くのレストランで働く金髪のファム・ファタール、ヴェラ・ノヴァク(ジーン・キャグニー)とのデート代を払うため、職場のレジから20ドル(現在の価値で261ドル)を「借りる」。
盗んだ20ドルを返そうと、ダンは宝石店で100ドルの腕時計(現在の価値で1,307ドル)を頭金として1ドルだけ支払うことにする。この契約では、腕時計を分割払いで購入する売買契約に署名する必要がある。彼はすぐに質屋に行き、腕時計を30ドル(現在の価値で392ドル)で質入れし、そのほとんどを整備工場の不足分に充てた。しかし翌日、ダンは捜査官に追跡され、法的に所有権のない腕時計を質入れしたことで分割払い契約に違反したと告げられる。捜査官は、24時間以内に時計の代金100ドルを宝石店に全額支払わなければ、重窃盗罪で起訴され、州刑務所で3年の懲役刑に処されると告げる。ペイデローンの申請に失敗し、車を担保に別のローンを組もうとしたが失敗し、窮地に陥ったダンは、多額の現金を持ち歩くことで知られる酔っ払ったバーの常連客を襲撃する。
サンタモニカ・ピアにある怪しげなゲームセンターの経営者で、ヴェラと親密な関係にあったニック・ドラモシャグ(ピーター・ローレ)は、ダンの強盗の証拠を発見する。彼は若い整備士を脅迫し、黙秘と引き換えにダンの職場から車を奪うよう要求する。ダンは車を盗み、ドラモシャグから証拠と交換する。間もなく、ダンの倫理観に欠ける上司オーレン・マッキー(アート・スミス)がダンを問い詰め、ダンが車を盗んだことを知っていると告げる。マッキーは車の返還か現金3,000ドル(現在の価値で39,207ドル)を要求し、さもなければ警察に訴えると脅した。
ダンとヴェラはドラモシャグのゲームセンターから月末のレシートを盗み、3,610ドル(現在の価値で47,180ドル)を手に入れた。ダンはその金でマッキーに支払うつもりだった。しかし、ヴェラは半分の金を受け取る権利があると感じ、1,800ドル(現在の価値で23,524ドル)でミンクのコートを買ってしまう。ヴェラの行為を知ったダンは激怒し、一人でガレージに戻り、マッキーに1,800ドルで和解を申し出る。マッキーは金を受け取るが、警察に通報するために電話を取り出す。マッキーが銃を突きつけると、二人は揉み合いになり、ダンは電話コードでマッキーの首を絞める。マッキーが死んだと確信したダンは、マッキーの銃を奪い、ヴェラの元へ戻り、自分がしたことを伝える。そして、一緒にテキサスへ逃げるようヴェラに頼む。ヴェラは当局に証拠がないと主張し、行かない。ダンはヴェラの身勝手な態度に嫌気がさし、飛び出す。
ヴェラのアパートの外では、ダンに忠実ではあるものの、あまり評価されていない元恋人ヘレン(バーバラ・ベイツ)が、彼と話をするために車の中で待っている。彼女は以前、街で彼を見かけ、彼が困っていることに気づいていたのだ。彼女は、殺人容疑で逮捕されるのを避けるため、ダンに同行して町を出ることにした。車が故障した後、ダンはセダンをカージャックする。そのセダンは、同情的な弁護士(テイラー・ホームズ)が運転していた。ダンはサンタモニカ桟橋に到着すると、その車から降りる。そこでダンは、友人がチャーターしたボートでメキシコへ逃亡するという新たな計画を実行する間、ヘレンに弁護士と一緒にいるように告げる。そして、国境を越えて無事に再定住したら、ヘレンを呼び寄せると約束する。数分後、弁護士とヘレンはセダンのラジオから、マッキーが怪我から回復したというニュースを聞く。二人は桟橋に戻り、ダンを探し出して殺人犯ではないことを伝える。一方、警官たちはそこでダンを発見し、追跡中に銃撃を受けて負傷し、拘束する。ヘレンはダンを慰め、釈放されるまで待つと誓う。

ルーニーはピーター・ローレと共同出資したが、利益の分配は第三者によって支払われなかったと伝えられている。映画の大半はカリフォルニア州サンタモニカで撮影され、旧サンタモニカ埠頭での屋外シーンも含まれている。ナイトクラブのシーンでは、ジャズ・コルネット奏者のレッド・ニコルズと彼のファイブ・ペニーズ・グループの姿が映し出されている。

ピーター・ローレの共演者たちは、『クイックサンド』での彼の演技に感銘を受けた。ジーン・キャグニーは後のインタビューで、ローレについて次のように語っている。「彼は全力を尽くして演じました。この映画は一流の作品ではありませんでしたが、彼はまるでA級映画中のA級映画であるかのように取り組んでいました。」

1950年の新聞や業界紙の批評は賛否両論で、多くはやや好意的なものから否定的なものまで様々だった。ロサンゼルス・タイムズ紙は、同年、この映画に概ね好意的な批評を与えた主要紙の一つである。同紙は映画の筋書きを「予想通り」と評しながらも、「毎分観客を虜にする映画」だと断言している。ロサンゼルス・タイムズ紙はまた、脇役たちの演技と、ルーニー演じるダン・ブレイディの繊細な演技にも特に注目している。「ミッキーは、必要以上の身振りや表情の変化を一切せず、主に目を通して感情や思考を表現している。……ジーン・キャグニーは、たった5文字の言葉でしか表現できない少女を演じ、その役柄を生き生きと演じている。ピーター・ローレは実に陰険な役柄を演じ、バーバラ・ベイツが演じる「忍耐強いグリゼルダ」のような恋人は、たとえ無関心なミッキーにあまりにも献身的すぎる彼女を殴りたくなる瞬間があったとしても、きっと楽しめるだろう。」

1950年当時、エンターテイメント業界で最も広く読まれていた業界紙『バラエティ』のハーム・ショーンフェルドは、『クイックサンド』を「犯罪は割に合わないという教訓を描いた、まあまあの映画」であり、「テンポが良く、分かりやすい」脚本だと評している。彼はまた、プロットに「何度かあり得ない展開」があると批判しつつも、「映画全体のスピード感が最後まで興味をそそる」と付け加えている。ショーンフェルドはまた、ルーニーの演技についても「まずまず」と評価している。「ドラマティックな俳優としては、ルーニーは有能だが、演技の幅広さを見せていない」と彼は書いている[7]。シカゴ・デイリー・トリビューンの評論家メイ・ティニーも、この犯罪ドラマに賛否両論の反応を示している。彼女は「ルーニーは『クイックサンド』で犯罪者役を演じている」と題した評論で、この映画を「気取らない」と評し、ストーリー展開の「不自然さ」を際立たせる後半部分よりも前半部分を強く支持している。
序盤のシーンは軽快で説得力があるが、中盤以降は明らかに不自然になり、ハッピーエンドに至るまでにかなりの無理やりな演出が必要となり、全く説得力がない。ルーニーは役柄に見事に合致し、巧みに演じているが、キャグニー嬢はあまりにも巧妙に邪悪に描かれすぎている。ピーター・ローレは短い出演ながら好演している。作品全体を通してリアリズムを重視しているが、それが筋書きの陳腐さを覆い隠してしまうほどではない。

ニューヨーク・タイムズ紙の批評は、この映画に対してはるかに厳しい評価を下し、「独創性のないメロドラマ」であり、「独創性のないアイデアを陳腐なやり方で押し付けている」と評している。タイムズ紙は、「ルーニー氏が『ああ、私はもう最悪だ』と悲しげに語った言葉が全てを物語っている」と断言している。ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙も、同じ街の新聞社に同調し、この映画を「退屈な映画サーガ」と呼び、ルーニーの「演技も同様に退屈」だと評している。さらに同紙は、ルーニー演じるダンを「脚本家ロバート・スミスによって描写が不十分な、全く不快なキャラクター」と評している。
公開から数十年が経った今でも、『クイックサンド』は映画史家や映画ファン、特にフィルム・ノワールに関心を持つ人々の注目を集め続けている。AllMovieのブルース・エダーは2013年のレビューで、ルーニーは「多くの人が彼のキャリア最高の演技だと捉えている」と評し、この映画を「同時代における最も魅力的な社会ドキュメンタリーの一つ」と評している。リチャード・メラーは、英国の映画批評サイトEye For Filmに寄稿した以前のレビューで、この映画が観客を惹きつける本質的な魅力、つまり「庶民的なダン・ブレイディ」の堕落を目の当たりにできる魅力に焦点を当てている。メラーの見解では、この堕落は「甘ったるいほど予測可能ではあるものの、楽しい没落」である。そのため、彼は2009年のレビューで、初公開から数十年を経て、より広範な問題やより複雑な解釈をこの映画に結びつけることの妥当性に疑問を呈している。彼の意見では、この映画のメッセージは極めてシンプルで、時代を超えた普遍的な教訓を伝えている。「『クイックサンド』が、一部の人が主張するように当時の社会不安を反映しているかどうかは疑わしいが、ダンのような騙されやすい愚か者にとって、巧妙な策略家がもたらす危険性を確かに証明している」と彼は主張する。

今朝の東京新聞から。

P1210457

今朝の東京新聞から

PB150443

今朝の東京新聞から

PB150444

R・アルドリッチ「World For Ransom」(1954)

アルドリッチのデビュー作。
マイク・キャラハンはアイルランド出身で、退役軍人としてシンガポールで私立探偵として働いている。彼は、かつての恋人で今はナイトクラブの歌手として活躍する女性から、夫のジュリアン・マーチが犯罪に関与しているのではないかと疑う事件を引き受ける。

キャラハンは、著名な核科学者ショーン・オコナーを誘拐し、最高額を提示した人物に身代金を要求する計画に、アレクシス・ペデラスという男がジュリアンを巻き込んでいることを突き止める。オコナーは、水素爆弾の爆発方法を知っている世界でわずか4人のうちの1人だ。
アルドリッチは『チャイナ・スミス』のエピソードを監督していた際に、この映画の製作を思いついた。製作が中断していた間、彼は同僚と共に脚本を執筆した。『チャイナ・スミス』のプロデューサーであるバーナード・タバキンは、アルドリッチと共にこの映画の製作に同意した。

*アルドリッチは、脚本はほぼ全て、クレジットされていないブラックリスト入りの脚本家ヒューゴ・バトラーによって書かれたと主張した。アルドリッチはこう語った。「世の中には楽観主義者がいますが、今はもうほとんど残っていません。いつか(ハリウッドのブラックリストに載っている人たちが)作品が死後にクレジットされる日が来ると信じていた人たちです。そこで彼は『ワールド・フォー・ランサム』を執筆し、私は彼のクレジットを得るために自分の名前を載せました。ところが、脚本家組合との仲裁に入り、別の人物、リンゼイ・ハーディが全クレジットを獲得したのです。冗談みたいな話です。彼は脚本を書いたどころか、水の上を歩くようなものだったのです。バトラーが全脚本を手がけたのです。」

撮影は1953年4月13日にモーション・ピクチャー・センター・スタジオで始まりました。 6日間かけて撮影され、その後アルドリッチは映画のポストプロダクション費用を捻出するため、テレビCMの撮影で中断。その後、5日間の撮影で製作は終了。この映画の製作費は9万ドルから10万ドルでした。

アルドリッチは後にこの映画について「…私が映画で伝えたいことを初めて具体化した作品だ。主に、良い面と悪い面を持つ二人の男について描いた。二人とも個人の自由を信じていたが、片方の男は人間性を尊重していなかったため、もう片方よりも信念が弱かった」と述べている。


「14時間」(1951)

『14時間』(フォーティーン・アワーズ)は、ヘンリー・ハサウェイ監督による1951年のアメリカのドラマで、ホテルの15階から飛び降り自殺しようとする絶望した男を阻止しようとするニューヨーク市警の警官の物語。

主演はリチャード・ベイスハート、ポール・ダグラス、バーバラ・ベル・ゲデス、デブラ・パジェット。また、グレース・ケリーとジェフリー・ハンターが端役でスクリーンデビューを果たしました。

脚本は、1938年にジョン・ウィリアム・ウォードが自殺した事件を報じたジョエル・セイヤーによるニューヨーカー誌の記事に基づき、ジョン・パクストンが執筆。



聖パトリックデーの早朝、ニューヨークのホテルでルームサービスのウェイターを務める男は、朝食を運んだばかりの若い男が15階の自分の部屋の外の狭い出窓に立っているのを発見し、恐怖に襲われる。階下の交通警官チャーリー・ダニガンは、男を部屋に入れるよう説得を試みるが、無駄だった。ダニガンの威圧的な上司は、彼を軽蔑して追い払う。出窓にいた男は精神科医との面談を拒否し、通りから呼び出されたダニガンを頼る。精神科医はダニガンに、男と人間的な関係を築くよう助言する。一方、階下の通りや周囲の建物には、物珍しげな群衆が集まり、昼夜を問わず増え続ける。

警察は男がロバート・コシックであることを特定し、彼の母親の居場所を突き止める。母親の過剰なヒステリックな行動はコシックを動揺させ、飛び降り自殺に追い込むかのようだった。母親から軽蔑するように教えられていた父親が到着するが、不在の理由を説明する際にロバートの母親を非難し、ロバートは父親を殺すと脅す。

コシック夫人は息子にヴァージニアという名前を口にした。ダニガンは彼女に、ヴァージニアがコシックの疎遠の婚約者であることを明かさせるよう強要する。彼女はコネチカットに住んでいる。警察は彼女を呼び寄せる。コシック夫人は記者たちに自身の人生の話を語り、気持ちを落ち着かせる。精神科医は署長に、彼女は「息子と同じように問題児だ」と告げる。ある記者は「夫人は言い過ぎだ」と指摘する。

見物人の間では、タクシー運転手たちがコシックがいつ飛び降りるか賭けをしたり、若いカップルが出会ったり、離婚を希望していた女性が考えを変えたりしていた。

精神科医の助言に反して、警察はロバートを縛り付けるために男を降ろす。群衆は彼に警告する。彼は激怒する。ダニガンは激怒し、警官が命を危険にさらしていたと言い、他にも助けようとした人々がいたことを告げ、飛び降りろとロバートに告げる。ロバートは謝罪する。ダニガンは、ロバートに「いい人」である父親に会わせてくれるかと尋ねる。

ダニガンはコシックに、彼が休んで食事をできるよう全員がホテルの部屋を出るよう説得する。ダニガンはコシックに鍵を渡す。コシックが部屋に入ろうとしたその時、精神を病んだ街頭伝道師が入ってきた。コシックは驚いて崖っぷちに追いやられ、ダニガンへの信頼は崩れ去る。ダニガンは自宅に電話をかけ、遅れると伝えるが、理由は言わない。

夜になり、通りには巨大なスポットライトがホテルに向けられている。署長はライトを消すように命じる。ヴァージニアが到着する。彼女は婚約を破棄したわけではない。コシックは彼女を不幸にすると言った。彼女は彼に医者に診てもらうよう勧めた。精神科医はフロイト理論を用いて家族の力関係を説明する。それは要約するとこうだ。コシックの母親は彼に父親を憎むように教え、それが彼自身を憎む原因となった。彼は母親を愛したいが、自分には価値がないと感じている。助けてもらえるという希望はある。

ヴァージニアはコシックに、愛し、必要とし、求めていると言いながら、自分のところに来るように懇願する。彼女は彼が書いた詩を暗記している。彼女はそれを暗唱するが、最後の行で止まり、彼はそれを読み終える。二人は絶望に満たされる。

一方、警察は暗闇の中、彼の視界から隠すように彼の足元に網を張る。通りでは、テレビクルーが福音伝道者にスポットライトを向け、「ひざまずいて祈りなさい!」と叫ぶ。見物人の中には、離ればなれになっていた若いカップルがいる。

ダニガンはコシックと再会する。コシックは、10の正当な理由があるからここに来たいと言うが、「人生は最悪だ。競争社会だ」と言う。

ダニガンは人生の良いことを語り、コシックを釣りに連れて行こうと申し出る。コシックは来たる日曜日の約束を承諾するが、通りでコシックを嘲笑していたティーンエイジャーが飛び上がり、誤ってスポットライトを点灯させてしまう。コシックの目は眩み、彼は崖から落ちて網の上に落ちてしまう。見物人の歓声の中、彼はホテルに運ばれる。

精神科医はヴァージニアとダニガンに、彼らの後ろのホテルの部屋で眠っているコシックは生きたいと願っていると告げる。

ホテルのロビーでは、ダニガンの息子がダニガンの腕の中に飛び込み、母親の元へ運ばれる。回転ドア越しに、衛生局の清掃車が今や誰もいなくなった通りを清掃する様子がかすかに見える。若いカップルは腕を組んで立ち去る。

撮影は1950年6月、ニューヨーク市でわずかな予算で始まり、50日間続いた。
その多くはマンハッタンのブロードウェイで行われ、ブロードウェイ128番地にあったアメリカン・エクスチェンジ・ナショナル・バンクの外観もその一つである。 ビルの出っ張りでベースハートのスタントダブルを務めたのはリチャード・ラコヴァラだった。ラコヴァラの下にはクッション付きのプラットフォームがあったが、一部のショットでは撤去された。ベースハート自身も、足首の捻挫と脚のポイズンオークの発疹を抱えながらも、ほとんど身動き一つせずに300時間以上も出っ張りの上で過ごさなければならなかった。彼の妻は映画の撮影中に癌で亡くなった。

ゲイリー・クーパーはセットを訪れた際にグレース・ケリーに気づき、後に『真昼の決闘』で彼女と共演した。

映画のオリジナルの結末では、コシックは転落死する(実話ではジョン・ウォードが転落死した)。しかし、1950年7月17日、フォックス社長スパイロス・スコウラスの23歳の娘チッキーがフォックス・ウェストコースト・ビルの屋上から転落死した。当局は転落事故かどうかは不明であったが、チッキーは最近精神疾患の治療を受けていた。スコウラスは映画の予告版を見た後、悲劇的な結末のまま公開することを拒否した。そのため、監督のヘンリー・ハサウェイはコシックが救われる新たな結末を撮影し、公開は延期された。
ハワード・ホークスは、その題材を理由に監督を断った。彼は脚本をケーリー・グラント主演のコメディに転用できるなら監督を引き受けたいと申し出たが、フォックスは断った。ヘンリー・ハサウェイが1950年4月にこの企画に配役された。
セイヤーの原作は当初、リチャード・ウィドマークがコシック役、ロバート・ワグナーがカップルの若い男ダニー役だった。
コシック役は、『はかない心臓』で舞台デビューを果たし、フォックスと長期契約を結んだばかりのリチャード・ベイスハートに与えられ、ポール・ダグラスは、1949年8月にはすでにダニガン役に決定していた。グレース・ケリーは、舞台『ファーザー』で知られ、離婚を控えた女性役でアン・バンクロフトを破り、『14時間』で映画デビューを果たした。 コシックの恋人役を演じたバーバラ・ベル・ゲデスは、7年後の『めまい』まで映画に出演しなかった。

ハサウェイは300人以上の俳優を端役やエキストラとして雇った。
www.flickr.com
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

プロフィール

大頭茶

月別アーカイブ
*iphone アプリ 開発
*ラティース ラティッセ
  • ライブドアブログ