
ブレット・スティーブンス
ウクライナの汚職スキャンダルにおいて特筆すべきは、それが単なる日常茶飯事ではなく、きちんと「スキャンダル」として認識されている点だ。
先月、独立機関である国家反汚職局(NABU)が主導した調査で、閣僚2人を含むゼレンスキー大統領の側近が1億ドル規模の収賄と詐欺に関与したとして、告発された。閣僚は辞任し、大統領府長官も解任され、ゼレンスキー氏の元ビジネスパートナーは国外逃亡したようだ。大統領自身は不正行為で告発されていないが、政治的ダメージは受けている。
政治的腐敗こそがウクライナの恒常的な問題だった。今回の捜査とそれに伴う法的・政治的責任追及は正しい道だ。国の存亡をかけて戦いながらも、指導者を調査できる国家こそ、守る価値がある。
「28項目」の背景にある恐ろしい考え
これはトランプ政権の「いかなる代償を払っても平和を求める」一派に属さない、すべての人たちを励ます考えだ。
一派の中心人物であるウィトコフ氏とクシュナー氏は2日、モスクワでプーチン大統領との個人的な会談に臨んだ。この2人の不動産開発業者は、プーチン氏側の対米交渉窓口キリル・ドミトリエフ氏と共に、マイアミで28項目の計画を立案した人物だ。これはウクライナにとって降伏文書に等しく、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が報じたように、その背景にある考えは、さらに恐ろしいものだった。
「クレムリンにとってマイアミ会談は、トランプ政権発足前から練られていた戦略の集大成だった。それは、従来の米国の国家安全保障体制を迂回(うかい)し、米政権にロシアを軍事的脅威ではなく、豊かな機会のある土地として認識させる戦略だ」と同紙は指摘する。「数十億ドル規模のレアアース(希土類)やエネルギーの取引をちらつかせることで、モスクワは欧州の経済地図を塗りかえ、米国と伝統的な同盟国との間にくさびを打ち込める可能性がある」
この考え方の何が問題なのか。(元英首相の)ウィンストン・チャーチルのロシア評「謎の中にあって、謎に包まれた謎」という言葉を借りるなら、ビジネスを通じた平和という概念は、「自己破壊の中にあって、自己欺瞞に包まれた自己取引」だ。
歴史は、この概念を否定している。第1次世界大戦前夜、英国とドイツは主要な貿易相手国だった。中国と西側諸国の経済関係は、北京がより強硬になるにつれ強化されてきた。プーチン政権下のロシアとの経験も、そうだ。クレムリンが海外からの投資を歓迎していたとされる時代、ロシアでビジネスを行った西側の企業は次々と痛い目を見た。
そして、常識もこの概念を否定している。もしプーチン氏がロシアと西側の平和と繁栄に関心を持っていたら、四半世紀にわたって権力の座にある間に、その両方を追求していたはずだ。しかし、彼は共存を望んでいない。ロシア軍がこれまでに100万人の犠牲を出したと報じられても、彼が望んでいるのは支配だ。彼のロールモデルはビル・ゲイツやコンラート・アデナウアーではない。ピョートル大帝とイワン雷帝なのだ。
これは今後も変わらないだろう。73歳のプーチン氏は、自らを世界史に残る人物ととらえ、弱く、虚栄心が強く、腐敗していると軽蔑する敵に対し、自分の思い通りに物事を進めてきた。ドナルド・トランプ大統領は2人のディベロッパーを交渉のために派遣することで、プーチン氏の態度を単に認めただけだ。
「パックス・アメリカーナ」 近づく終焉 その後の世界は
今重大な危機は、プーチン氏がトランプ氏の支持するなんらかの「和平案」に条件つきで同意し、キーウに耐え難いほどの外交的圧力をかけ、受け入れを迫ることだ。これはウクライナの政治を分裂させ、北大西洋条約機構(NATO)を分裂させ、ロシア経済を救済し、欧州政治における親ロシア派の声を強め、ロシアに軍事力を回復するための時間を与えることになるだろう。
代わりにウクライナは1994年に核兵器を放棄した時と同様、紙切れのような安全保障の約束を得るだけだろう。軍縮が平和への道であると同時に、戦争への道でもあることを改めて思い知らされる。
マルコ・ルビオ国務長官に聞きたい。2029年、彼が民間人になり、J・Dバンス副大統領が大統領になり、プーチン氏が再びウクライナの一角を渇望したとき、米国のキーウに対する安全保障はどれほど有効なのか、と。
プーチン氏が手札を出し過ぎて、トランプ氏に「ロシアは我々を翻弄している」という5月の発言のような印象を与え、ウクライナ防衛に対する意欲を再び呼び覚ます可能性は常にある。それは正しい行動であるだけでなく、米政権がトランプ氏のファミリーと友人たちの利益になるビジネスチャンスのために台湾の独立性を放棄することはないというメッセージを中国に示すことにもなるだろう。
ゼレンスキー氏と欧州に残る支持者らは、それを当てにはできない。彼らは間もなく、一時的な平和をつかむか、過酷な戦争を耐え続けるかの恐ろしい選択を迫られるだろう。安全なニューヨークからコラムを書く者が助言する立場ではないが、チャーチルの別の言葉をここで参照したい。「戦って倒れた国は再び立ち上がったが、おとなしく降伏した国は終わりを告げた」
ここでのより大きな警告は、世界中の自由な国家、特に欧州に向けられている。「パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」は間もなく幕を閉じようとしているかもしれない。その後は、どの地域も、どの国も、勢いづいて貪欲になった敵に対し、自力で立ちむかう時代となる。どう戦うべきかを知るにはウクライナの人たちを見れば十分だ。彼らを見捨てることは、私たちにとって極めて危険で私たちの恥となるだろう。












