
2026年02月



ロス・ドゥサット
ドナルド・トランプが大統領の1期目に暴れ回っていたとき、自由主義諸国のリーダーの座は、リベラル陣営の喝采のもと、ドイツのアンゲラ・メルケルに移った。彼女は国際主義という美徳の体現者、つまり慎重で寛容、外交的で多国間主義、何よりも専門性を重んじる存在と位置づけられた。
やがて、トランプが退任し、メルケルも退任するや、ドイツにおける彼女のリーダーシップがほぼ壊滅的だったことに気付くことが可能になった。
2008年の金融危機後に続いたユーロ圏危機への誤った対応と、中東からの移民に対する開放政策は、彼女が維持しているとされた極右政党に対する防火壁の崩壊に拍車をかけた。さらに悪いことに、彼女は見識ある環境保護主義者の立場から、自国の産業空洞化とロシア産石油・ガスへの依存を許容した。そしてウラジーミル・プーチンがウクライナに侵攻するや、メルケルが残したものは、「トランプの米国」の強力な代替案ではなく、東方の権威主義的なライバルに脅かされ、依存する脆弱な欧州の中核にすぎないことが明らかになった。
カーニーの演説とメルケル時代の教訓
スイスのダボス会議での演説で、米国主導の秩序からの部分的な独立を宣言し、脚光を浴びるカナダ首相のマーク・カーニーを見て、私はメルケル時代の教訓を思い起こした。
この演説には称賛すべき点が多くあった。カーニーの言葉には、ほとんどの政治家が今日、頼る陳腐な決まり文句が驚くほどなかった。彼はいくつかの重要な真実を語り、特にリベラルな国際秩序というものが、理想主義だけでなく、常に権力と自己利益によっても形作られてきたことを強調した。トランプの最近の権力への復帰を冷戦後の秩序の「断絶」の一部と捉え、大国間の競争をこの時代の重要な特徴として強調した点も妥当だ。
そして、カナダのようなミドルパワー(中堅国)は伝統的な米国との同盟に縛られる必要はないという、米国に対して隠そうとしないその牽制(けんせい)は、トランプが私たちの北の隣国に強いた数々の不条理を思えば、理解できる反応だ。たとえば「51番目の州」というからかい(もちろん、カナダがいつか米国に加わるなら少なくとも10州は増えるだろうが)、過剰な貿易戦争、そしてグリーンランド買収計画などが挙げられる。
米国からの独立と中国への従属という二者択一
しかし、メルケルの場合と同様、カーニーが描く世界秩序のビジョンがどこに行き着くのか、その論理を考察する価値はある。確かに、中堅国たちは連携して大国に対抗することはできる。だが、重要な分野では、新たな世界秩序は真の意味での多極化ではないし、中堅国たちが一つになって行動する準備ができているわけでもない。むしろ、彼らが米国からの独立を主張すればするほど、中国への従属のリスクが増すという二者択一に直面することが多いのだ。
たとえば軍事分野では、欧州とカナダは、理論上は再軍備し、トランプ主義的米国と、中国・ロシアの「準同盟」の間で何らかの第3勢力を形成できるほどに豊かではある。しかし現実には、過去の経緯に縛られる経路依存性と、高齢化という強力な力が働いている。米国との同盟からの離脱は技術的に非常に難しく、福祉国家が高齢化社会に対応する中で軍事費を増やすことは、政治的に困難をきわめる。軍事費を増強せずに米国との同盟から離脱すれば、ほとんどのシナリオにおいて、モスクワと北京との融和を深める結果につながる。
AI(人工知能)の領域では、その選択はさらに鮮明だ。米国の企業と中国の競合企業が技術の最前線を支配しており、AIの基盤が米国のオタク王たちか共産党の科学官僚のどちらかによって構築されない未来を想像するのは、とても難しい。どちらのAIの未来も我々の滅亡につながる可能性はある。だが、第三の非同盟的なAIの道など存在せず、カナダがそれを見つけ出すとも思えない。
米国から離れて向かう目的地 そこで待ち構えるものは
最後に、そして最も論争を呼ぶ点として、私はこの「米国でなければ中国」という論理が、政治的秩序にも同様に当てはまると見ている。トランプ的状況下の米国はポピュリズムが権力を得ることを許し、混乱と権威主義的な振る舞いを招いた。それに対して嫌悪感を抱くのは当然だが、それが自由な政治状況下で、民主的なメカニズムを通じて起こったことを認識するべきだ。
一方、欧州やカナダがポピュリズムを抑制しようとしてきた手法には、言論への厳しい規制やエリート層の結託など、管理的な非自由主義の側面が含まれている。そして、中国の独裁体制とは、まさにその管理的な非自由主義が完全に開花したものではないだろうか?欧州のエリートたちが、激しく揺れ動く米国よりも中国の方が潜在的に安定したパートナーになり得ると語り、その環境保護目標やテクノクラート(技術官僚)的な能力を称賛するときに、彼らはトランプ流ポピュリズムに対するリベラルな代替案を擁護しているのではない。中国の磁力に引き寄せられ、自らの民主主義の伝統から引き離されているのだ。
あるいは、こう反論する人もいるかも知れない。トランプ自身によってそちらの方向に追いやられているのだと。世界の指導者たちも血の通った人間だ。米国大統領が、無分別な真実を語るだけでなく、彼らを侮辱し、脅しているようなときに、米国への信頼を持ち続けるように要求するのは酷な話だ。
だからこそ、私は今でも米国の未来に賭けてはいるが、カーニーや他の指導者たちに、単に「米国を信じ続けてほしい」と言うつもりはない。ただ、米国から離れる一歩一歩がどのような目的地につながり、どのような勢力が待ち構えているかを照らし合わせ、よく考えてほしいだけなのだ。
ポーリン・ケイルはこう書いている。「『レイト・ショー』は最後まで飽きさせない。編集はルー・ロンバード(ロバート・アルトマンと何度も仕事をしている)とピーター・アップルトンが担当している。40年代風のスリラー映画で、これほど緊密で、これほど持続的な緊張感を持つ作品は他に思い浮かばない。『レイト・ショー』はテンポが速く、エキサイティングだが、厳密にはスリラーではない。これは他に類を見ない映画であり、卑劣さへの愛憎の詩だ」。
バラエティ誌は「ベントンはカーニーとトムリンに、非常に共感できる二人のキャラクターを自由に作り出す自由を与えた。二人の演技は素晴らしく、このあまり話題に上がらなかった映画に確かな注目を集めるはずだ。配給会社のワーナー・ブラザースは、まさに隠れた名作を手に入れたのかもしれない」。
N.Y.タイムズのヴィンセント・キャンビーは、この映画を「面白く、緻密に構成され、知識が豊富で、愛情のこもった絶賛作品であり、誰もが共感できる」と評した。
ロジャー・イーバートは、自身の著書『レイト・ショー』でこの映画に4つ星の評価を与えた。
シカゴ・サンタイムズ紙の批評:「そして何よりも、この映画は多くのことに挑戦し、そのほとんどを成功させ、私たちの知性を侮辱することなく楽しませてくれる。」
シカゴ・トリビューンのジーン・シスケルも、この映画に4つ星中4つ星を与え、「素晴らしいコメディ」「個性あふれる昔ながらの映画、ハリウッドの最高傑作への真の回帰」と評した。 彼は、1977年の年間ベスト映画リストで、この映画を『アニー・ホール』に次ぐ2位にランク付けした。
ワシントン・ポスト紙のゲイリー・アーノルドは、「控えめな構想だが、驚くほど満足のいく娯楽作品。このジャンルの伝統と慣習を尊重しつつ、見た目も音も現代的な私立探偵メロドラマ」と評した。マンスリー・フィルム・ブレティン紙のルイーズ・スウィートは、この映画を「ノスタルジックな再現を試みようという誤った試み」と評し、トムリンは「ステレオタイプな役」にミスキャストされ、ベントンは「ほとんど老齢期のような、緩慢なペース」で監督を務めた。



福音派は、救い主イエスの再臨を意味するギリシャ語「良い知らせ(エウアンゲリオン)」に由来する。もともとはプロテスタントを一般的に指す呼称だった。加藤さんは「米国の福音派」について、1970年代から政治勢力として台頭し、複数の教団、教会、個人からなる宗派の壁を超えた運動と規定する。米国民の4人に1人を占める彼らは、中絶や同性婚に反対し、60年代以降の米国社会が進めてきた多様性を重視するリベラリズムを文明的な衰退とみて徹底的に批判する。国家とキリスト教を密接に関係づけようとする動きは、キリスト教ナショナリズムと呼ばれる。
「彼らは、家族を中心とした伝統的な西洋文明を再度復活させようと考えている。福音派と保守的なカトリックを含め、キリスト教ナショナリズムが高まりを見せている」
トランプ氏の中東政策にも福音派の考えが影を落としているとみる。イスラエルの地は、終末論においてイエスが再臨する場所だ。米国民全体の約4割が世界は終わりつつあると信じており、福音派では6割を超えるという。聖書を「神の言葉」として絶対視する福音派の人々は、創世記12章にある「イスラエルを祝福するものは神に祝福される」という趣旨の文言を文字通り受け止めているという。
イランに対して、米国が再度の武力行使をちらつかせていることも、福音派からは、終末に向かう世界における善と悪の戦いとして理解される。イランからイスラエルを守ることがキリスト教徒の使命だとみるからだ。「彼らは国際法や国連、パレスチナ人の状況には関心がない。大事なのは、聖書に基づいて、神が誰にこの土地を与えたのか。イスラエルを守ることが米国の祝福につながると考えています」
ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を起こしてしまった道義的責任がキリスト教にもあるという立場からイスラエルを支援する主流派のキリスト教シオニズムとは異なるものだ。
大都市ニューヨークで不動産業者として成功し、性的には放縦、人種差別的な発言も辞さないトランプ氏自身は福音派とはいえない。架け橋となったのが、福音派の女性牧師ポーラ・ホワイト氏(59)だ。第1次政権の就任式では女性聖職者として初めて祈禱した。トランプ氏が昨年2月に設立したホワイトハウス信仰局の上級顧問を務める。日本政府による宗教法人・世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への解散命令請求を批判していることでも知られる。

加藤さんが注目するのは、ホワイト氏が属する新たな宗教運動「新使徒運動」が唱える「繁栄の福音」だ。
「神を信じるものは、物質的な祝福を受けるという考え方です。逆に言えば、物質的な祝福を受けているトランプは神に祝福されていることになる」
「偽りの教え」として批判される考えだが、同運動は、製造業が衰退したラストベルト(さび付いた工業地帯)の労働者や、2008年のリーマン・ショックで経済的に打撃を受けた下層中流に信者を広げる。ホワイト氏らが彼らの鬱屈した不満を宗教的なネットワークですくい取り、大統領選で草の根のトランプ支持につなげたとみる。
福音派の影響力は司法にも及ぶ。トランプ氏は1期目の任期中に最高裁判事に中絶反対の保守派3人を指名した。この任命は、トランプ氏の独裁的な政治手法にも影響を及ぼしているとみる。保守派判事が属する法曹団体「フェデラリスト・ソサエティー」は、大統領が全ての行政権(執行権)を統制すべきだとする単一執行権理論を強く支持しているからだ。
今年11月の中間選挙に向けた世論調査では、連邦下院選の投票予想で、野党民主党候補の支持率が48%と共和党候補(42%)を上回る。「民主党が下院で過半数を握り、大統領への弾劾訴追、上院での弾劾裁判へと向かった場合、単一執行権理論を掲げる大統領と議会との対立が深まるだろう。21年1月の米議会襲撃事件の状況を上回り、内戦のような状況が起こりかねない」とみる。
加藤さんは出身地名古屋市の私立中高で受けた聖書の授業でキリスト教に関心を持った。16歳で米国に留学し、帰国せずにテキサス州の大学に進んだ。友人が通っていた福音派教会に通い、保守的なキリスト教思想に傾倒していた時期もあるという。「宗教自体は善にも悪にもなりうる存在。聖書は非常に興味深い内容だが、宗教学を学び、内容の変遷を見れば、すべてを絶対視することは難しい。学者、研究者として理性的に判断したいと思います」
かとう・よしゆき 高校時代に米国に留学し、プリンストン神学大学院で博士号取得。25年に「福音派-終末論に引き裂かれるアメリカ社会」(中公新書)を出版。専門は思想史、宗教学。
監督は渋谷実、脚本は斉藤良輔と荒田正男が担当。宝塚歌劇団出身である淡島千景の映画デビュー作品。
淡島はこの作品でブルーリボン賞主演女優賞を受賞した。
共演は佐野周二、桂木洋子、志村喬、藤原釜足、薄田研二。
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