朝日

  ジャニーズ事務所創業者のジャニー喜多川氏(故人)による所属タレントへの性暴力疑惑は、世界にも波紋を広げ、過去に発覚した性暴力の問題と比較されることもある。中でも影響が大きかったのは、カトリック教会の神父による性的虐待と組織的な隠蔽(いんぺい)だ。問題はどのように発覚し、メディアに求められる役割は何か。米紙ボストン・グローブの記者として報道に取り組んだ、ノースイースタン大のマット・キャロル教授(68)に聞いた。

 ――ジャニー喜多川氏をめぐる疑惑を聞き、どのような印象を受けましたか。

 「まるで(映画の)『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような思いでした。似たような疑惑は世界各国で次々と発覚し、何年にもわたって明らかになり続けています。私たちが最初の報道をしたのは2002年でしたので、20年以上にわたって続いていることになります」

 ――なぜ、ボストン・グローブは神父の性的虐待に取り組んだのですか。

 「一番のきっかけは、01年にマーティー・バロン氏が編集長になったことです。神父による性的虐待の記事は既に出ていたのですが、裁判記録は全て閲覧不可となっており、詳細は分かりませんでした。バロン氏が直前まで働いていたフロリダ州では、裁判記録を閲覧できないことは非常に珍しかったので、その記録を入手すべきだ、というのが報道の出発点でした」

カトリック教会の性的虐待

カトリック教会の神父らによる、少年を中心とした性的虐待は、1990年代ごろから世界の複数の国で問題になってきた。ボストン・グローブは2002年1月、特定の神父が何年も虐待を続け、教会も認識していたのに担当教会を換え続けることで組織的に隠蔽(いんぺい)していたと報道。また、多数の神父が性的虐待を繰り返しながら、教会が非公開の和解で対応していたことなども明らかにした。一連の報道は03年、ピュリツァー賞で最も権威がある公益部門を受賞。報道に至る経緯を描いた映画「スポットライト」(15年)はアカデミー賞の作品賞を受賞した。

 ――それまでも、神父による性的虐待は明らかになっていたのですね。

 「ボストンは米国の中でも、カトリック信者が多い都市です。取材班も、全員カトリックでした。私は子どものころ、カトリック系の学校に通いましたが、『あの神父には気をつけた方がいい』というようなうわさ話はありました」

 「ただ、何度も同じような話を聞くことで慣れてしまうという現実もあります。カトリック教徒が多い都市で育てば、誰しもが一つや二つの話を聞いていても、点と点をつないで『問題のある神父が多い』と認識している人がいませんでした。だからこそ、『この点と点をつなぐべきだ』と、外部から来た人が言うのが重要でした。もっとも、取材を始めてからは比較的すぐに、隠蔽(いんぺい)スキャンダルだと分かりました」

 ――自分の周りで起きていたことについて、見方が変わりましたか。

 「完全に変わりました。それまでは、何人かの悪い人がいる、というぐらいの認識でした。どのような組織にも、必ずそういう人はいます。しかし、そうではなく組織的な隠蔽が続いていたのです」

 「神父による性的虐待の問題は、ボストンで初めて発覚したわけではありません。過去にもありましたし、他の都市でも明らかになっていました。ただ、我々は隠蔽が続いていることを示す証拠の文書を入手し、新聞に掲載することができました。しかも、インターネットがちょうど広まっていた時期でしたので、全米でボストン・グローブの記事を読むことができました。(記事が出たことで)他の米国の都市でも同じような問題が明らかになり、さらには世界へ広がったのです」

 ――ボストンはカトリック教徒が多いだけに、教会に触れることがタブーだったのですか。

 「かつて、そのような意識があったのは間違いありません。神父の性的虐待が問題になっても、教会の幹部から新聞社に対して報道を見合わせて欲しいという趣旨の電話があり、うやむやにされてしまうことがありました」

 「1990年ごろには、ボストン近郊の街で神父による性的虐待が問題となりました。ボストン・グローブはこれをかなり熱心に報じましたが、被害者の訴えはあっても文書の証拠はありませんでした。次第にカトリック教徒から『教会バッシングだ』と反発が起き、ボストン・グローブへの抗議もありました。問題をさらに掘り下げることが困難になり、記事は減っていきました」

 「これはボストン・グローブにとっても苦い経験でした。ただ、2002年の記事は、文書で組織的な隠蔽を示すことができたので、構図が全く異なっていました。読者も(組織的な隠蔽を示す)文書を読むことができ、性的虐待を重ねた神父を別の教会に配転していたことが明らかになり、批判は教会の方へ向かいました」

 ――その後、教会以外にも性的虐待の問題が広がりました。米国では♯MeTooの運動も起きています。

 「雪崩のように、最初は小さな動きであっても次第に広がっていったのだと思います。多くの場合は、発言する勇気を持つ人が出てきていることが重要です」

 「権力を持っている人を告発することは、非常に大変ですし、構造的にも難しいです。日本のジャニー喜多川氏は、多くのタレントを抱えていました。それを頼りにしているテレビ局や新聞の場合、突然『この人は性的虐待を繰り返している』と報じることに抵抗があるのは自然でしょう」

 ――メディアとしてはどのように対応することが必要なのですか。

 「毅然(きぜん)と、しっかり報じる必要があります。そうしないと、メディア自身も問題の一部となってしまいます。隠蔽が続けば、問題はさらに悪化します。まるで傷が治るのではなく、化膿(かのう)してしまうように。傷を癒やすためには表に出し、消毒する必要があります」

 ――米国ではこの20年間でメディアの対応は変わっていますか。

 「変化していると思います。こうした問題を取り上げた報道が続き、経験を得ている記者も多くいます。報道をするにあたって、どこから手をつけるのかの知識も積み重なっていますし、性的虐待の問題を報じることも当然になっています」

 ――日本では、新聞で性的虐待の問題を報じることへの抵抗もあります。読者が読みたいと思わない、という考えもあります。

 「米国にもそのような抵抗はありました。多くの場合、『被害者が責めを負う』のではないかという心配がありました。しかし、結果的には報道が出ることで、『なぜこの問題を報じる必要があるのか』という理解にもつながったと思います」
(ニューヨーク=中井大助)