
パレスチナ自治区ヨルダン川西岸にイスラエルが建設してきた「入植地」。昨秋にガザでの戦闘が始まって以降、ユダヤ人入植者によるパレスチナ人への暴力が増え、イスラエル政府はさらに入植者住宅を建設すると発表しています。
入植は国際法違反だとし批判されてきました。なぜ止まらないのか。パレスチナ問題が専門の今野泰三・中京大学教授は、背後に「入植者植民地主義」があると指摘します。
――入植地とは何でしょうか。
パレスチナ人から奪った土地に造成されたユダヤ人専用住宅地のことです。一般には西岸地区やゴラン高原の住宅地を指します。東エルサレムも含め、いずれも1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領した地域です。国連によると、入植者は約72万人。この10年余りで約20万人増えました。
――どのような場所ですか。
外観は近代的な住宅地で、イスラエル領内と変わりません。高級住宅もあれば、比較的貧しい人が住む団地もあります。イスラエル領内とは道路網でつながっており、簡単に行き来できます。
しかし、パレスチナ人が住むエリアから入ることはできません。道路がつながっていなかったり、つながっていても分離壁や検問所で仕切られていたりします。
適用される法が異なる「アパルトヘイト政策」
より重大なのは、適用される法律が異なることです。入植地にはイスラエルの国内法が適用され、人権が保障されています。ところが西岸地区の他のエリアは「占領地」の扱いで、軍の命令が絶対です。イスラエルという一つの統治機構がユダヤ人だけを優遇し、パレスチナ人だけを差別・抑圧している。これはアパルトヘイト(人種隔離)政策にほかなりません。
――パレスチナ人に対する人権侵害が指摘されています。
パレスチナ人は、入植地の拡大で住まいや農地が脅かされても、法的に解決する手段を持ちません。抗議するしかありませんが、平和的な抗議でもイスラエル軍が「テロリスト」と認定すれば、取り締まりの対象となります。催涙弾が撃ち込まれたり、実弾が使われたりした抗議運動に居合わせたこともあります。
――入植地はどのように拡大しているのですか。
典型的な方法は「アウトポスト」と呼ばれる小規模な住居の建設から始まります。イスラエル政府が許可していない地域に、一部の過激な入植者がコンテナハウスを運び込んで、生活を始める。すると、その「入植者を守る」という名目でイスラエル軍がやってきて、道路や電気が整備され、やがて住宅地になってしまいます。
こうしてできた入植地に対し、イスラエル政府は税を優遇したり補助金を出したりして、移住のインセンティブを作り出します。
――国際法違反だと指摘されています。
最も重大な違反は、ユダヤ系住民を優遇し、パレスチナ人を抑圧するアパルトヘイト政策です。アパルトヘイトは国際刑事裁判所(ICC)が管轄する「人道に対する犯罪」の一つであり、国際人権団体も批判してきました。
軍事占領した土地に自国民を送り込むのは、戦時の文民保護に関するジュネーブ第4条約にも違反します。私有財産権や最低限の生活を送る権利の侵害など、人権侵害は多数あります。
巨大な「入植地」としてのイスラエル
――入植地建設を続けるのはなぜでしょうか。
ここまで論じてきたのは、イスラエルが1967年に占領した土地に建設されてきた、いわば「狭義の入植地」です。イスラエル側の論理を理解するには、「入植」をより広くとらえる必要があります。
――どういうことでしょうか。
先住のパレスチナ人の土地を奪って建国したという意味で、イスラエルという国自体が巨大な「入植地」だということです。
根本にあるのは「シオニズム運動」です。聖書に基づき、シオンの地(エルサレム)に自分たちの国をつくるという思想・運動で、19世紀から盛んになりました。
運動を推進する「シオニスト」たちは19世紀後半からパレスチナへの入植をくり返してきました。1948年のイスラエル建国も、1967年以降の入植地建設も、この延長線上にあります。
先住民の権利を顧みないという意味でシオニズムは植民地主義的な思想と言えます。最近は「入植者植民地主義」(セトラーコロニアリズム)の視点からとらえる動きがあります。
――どのようなとらえ方でしょうか。
近代の帝国主義の中で生まれた「植民地主義」は、経済的利益を得るために海外の土地を支配する考え方でした。一方の入植者植民地主義は、外来の入植者がその土地に永続的にとどまり、先住民社会を破壊し、土地を奪います。米国やオーストラリア、南アフリカなども、入植者植民地主義によって生まれた国家と言えます。
――先住民は誰かを考えていくと、イスラム教徒の前にはユダヤ教徒がいた、といった議論につながっていきませんか。
イスラエル建国以前のパレスチナでは、イスラム教徒が多数派でしたが、キリスト教徒とユダヤ教徒も生命や財産を保障されてきました。改宗してイスラム教徒になった人もいます。他方でイスラエルは「ユダヤ人国家」を自称していますが、シオニズムはユダヤ教に反すると考えるユダヤ教徒も多く、シオニズム=イスラエルではありません。
問題の本質は宗教対立ではありません。それまで共存していたイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒の先住民の暮らしが、ユダヤ人の代表を名乗るシオニズム運動によって破壊され、ユダヤ人のみの国に置き換えられてきた点に問題があるのです。
――どのような対応が考えられますか。
二つの事例がしばしば参照されます。一つは旧フランス植民地のアルジェリアです。独立にともなって入植者が去り、いわば入植地が「返還」された形です。もう一つは、アパルトヘイトがあった南アフリカです。白人入植者を含むすべての住民を法的に平等にする方向で解決が図られました。
イスラエルの入植地問題は、国際社会が植民地主義にどう向き合うかという問題でもあります。
(聞き手・真野啓太)