
いざというときに米国が本気で日本を守ってくれると思うか――全国世論調査でそう尋ねたところ、7割以上の人々が「そうは思わない」と答えた。疑念の広がりは、日米安保体制のどんな危機を映しているのか。相手を信じていない状態でも同盟は機能するのか。外交史の研究で知られる国際政治学者の細谷雄一さん(慶応大学教授)に聞いた。
犠牲にされる同盟国の利益 見捨てられる不安に
――朝日新聞社が今年2~4月に実施した全国世論調査では、いざという場合に米国は本気で日本を守ってくれると思うかという質問に対して「そうは思わない」と答えた人の割合が77%に上っていました。
「もっともな疑念だと思います。ロシアと手を握ってウクライナを見捨てたように、米国は、中国と手を握って台湾や日本を見捨てるのではないか。そんな疑念の表れでしょう。同盟国である米国への日本の信頼は、さらに低下していく可能性があります」
――トランプ政権によるウクライナ停戦への動きがなぜ、見捨てられる不安を呼び起こすのでしょう。
「侵略を受けた当事者であるウクライナの死活的な利益が、実際に犠牲にされたからです。そればかりか、ウクライナを支援する欧州諸国、米国とは同盟関係にあるはずの諸国の利益も犠牲にされました。逆に優先されたのは、対立していたはずのロシアとの間での大国間関係の安定です」
「トランプ政権は東アジアでも、同盟諸国の利益を犠牲にして超大国同士の安定的共存を図るかもしれない――日本国民が自国の未来をそんなふうに暗く想像しても無理はありません」
「ロシアは2022年のウクライナ侵攻で、欧州において戦後初めて、軍事力で大規模に国境線の変更を行いました。第2次世界大戦の反省から国際社会は、軍事力による国境線の変更を厳しく禁じてきたのに、です。しかしトランプ政権は、そのことを問題視しません」
自主防衛を求める機運、今なぜ
――そのせいか日本では、自主防衛の強化を求める声が増えてきています。
「合理的な反応でしょう。安全保障上、日本が自国を守る手段は三つあります。①国連に代表される『集団安全保障』で守る②自助努力的な『自主防衛』で守る③他国と『同盟』を結ぶことで守る――です。③を形にしたものが日米安保条約体制でした」
「戦後日本はこれら三つを組み合わせることで安全を守ってきましたが、今、①と③が機能しないかもしれないという不安が生じています。ロシアの侵略に対して国連安保理の制裁が機能しないうえ、米国が同盟国の利益を犠牲にする恐れも見えてきたからです。①も③も頼りにできないから②に期待が高まっている。そんな図式でしょう」
――北大西洋条約機構(NATO)のもとで同じく米国と同盟を結んできた欧州諸国では、実際に独自の防衛力を増強しようとする動きが広がっています。
「欧州と日本は同列には論じられません。ロシアの脅威に備える欧州と、中国・ロシア・北朝鮮の脅威に備える日本では、前提条件が異なるからです」
「たとえば欧州連合(EU)全体の国防費はロシアの数倍あります。米国の支援抜きでも抑止できそうに見える数字です。しかし、日本の国防費は中国の4分の1ほどに過ぎません」
「他方、自主防衛を考える上で欧州と日本には注目すべき共通点もあります」
核の傘、「次善の悪」として
――共通点とは?
「核戦力の面では欧州も日本も相手より劣勢にある現実です。英仏の持つ核を合わせても、ロシアの10分の1程度しかありません。そして中国・ロシア・北朝鮮という核保有国を前に、日本の保有数はゼロ。つまり欧州も日本も、米国の『核の傘』抜きでは抑止力に不安が残ります」
――気がかりなのは、日本でも一部から、核保有の検討を始めようとの声が現れ始めていることです。
「ウクライナ戦争後の世界では、残念ながら核戦力の増強や核拡散が進むと思います。大国による侵略を避けるためには核武装が有効だという認識が、広まってしまったからです」
「しかし、日本独自の核保有は日本の選択肢にならないと思います。政治・経済・外交的にあまりに巨大なコストがかかるからです。今まで通り、米国の核の傘への依存を『次善の悪』として続けるべきでしょう」
――米国は中国と対立しようとしているのだから、日米同盟を引き続き重視してくれるはずだ。そんな希望的な推測が日本のメディアには多く見られます。
「日米の専門家の多くは実際これまでそう語ってきたし、私の中にも正直そうした楽観がかつてありました。しかし、トランプ氏が中国や北朝鮮との間でのディールを求める可能性も否定できず、同盟国の利益を犠牲にすることも考えられます。米国は今後、欧州からもアジアからも手を引いていく可能性が高いと見るべきでしょう」
米国への疑念 抱き続けてきた欧州
――いざというとき守ってくれないだろうとの疑念を抱きながらでも、同盟は機能するものでしょうか。
「日本では疑念が表面化してこなかったので、不安が今生じるのは当然です。しかし、欧州は違います」
「欧州の同盟国内には『米国はいざというときには我々の利益を犠牲にするだろう』との疑念が戦後一貫して存在していました。同盟不信ゆえに自立的な安全保障を求める動きと、米国の核抑止に依存しようとする動きの間で、ずっと揺れ続けてきたのです」
――欧州が疑念を抱かされた機会として、どんな例があったのですか。
「代表例の一つは1956年のスエズ危機です。英仏が共同管理していたスエズ運河をエジプトが国有化すると宣言し、現地の権益を守るために英仏が軍事攻撃に踏み切った事件です」
「米国は英仏の同盟国でしたが、敵であるソ連とともに反対し、英仏を制裁する側に回りました。米国は信用できないとの疑念が欧州に広がり、自主防衛への機運が高まりました」
自立とは何か、模索を
――欧州の経験からどんな姿勢を学べるでしょう。
「欧州におけるNATOの歴史とは、自立か依存かの間で揺れながら、どちらか一方だけを採用することはせず『両面戦略』を採ってきた歴史だと思います」
「それに比べると、戦後日本は米国依存に偏り過ぎたと言えそうです。日米同盟を強化する努力は続けるべきですが、『自立とは何か』の模索も進めるべきでしょう。自主防衛の力を高めたり、自由民主主義と法の支配を重んじる国々との協力関係を積極的に広げたりする政策が必要です」
「戦前の日本は孤立に向かってしまいましたが孤立と自立は違います。適切に他者への依存を自覚することもまた自立への道です」