政治季評 重田園江さん
昨今の米国はどうなっているのか。誰もが不安を口にする。トランプという人物を2度も大統領にした米国民をどう理解したらいいのだろうか。
大統領選挙の際には、米国の地図がテレビに映し出され、票取りが確定した州から青(民主党)や赤(共和党)に塗られていく。CNNなどのサイトではさらに詳しく、地域ごとの得票率を見ることができる。はじめはどの州も共和党優位だ。これは人口の少ない周辺部で先に開票が終わるからだ。
だが中心部の開票が進むと、突然、州全体が赤から青に変わる。2020年の選挙で、トランプ氏はこの現象を民主党による不正だと主張した。これがただの言いがかりであることは、米国人なら誰でも分かるはずだ。民主党支持が都市部に集中するからだ。
他にも地図から分かることがある。米国では成人の40%以上が肥満という深刻な状況にある。州ごとの肥満率と大統領選挙の星取り地図を重ねると、分布がよく似ている。喫煙者の割合でも、これまたかなり重なる。どうやら肥満率と喫煙率が高い州では、共和党支持者が多いのだ。
トランプ政権のバンス副大統領は16年に「ヒルビリー・エレジー」という回想録を書いた。邦訳の副題「アメリカの繁栄から取り残された白人たち」が同書のテーマを明確に示している。彼が生まれ育ったアパラチア山脈周辺では白人比率、肥満・喫煙率が高く、共和党優位、そして貧困率も高い。
ではこうした地域の人たちの心性を推し量るには、どんな手がかりがあるだろう。米国に住む友人が最近送ってきた写真から思うところがあった。
友人は今回、サンフランシスコからコロラドまで3日かけて車で移動したそうだ。その間がもう、日本ではあり得ない景色ばかりなのだ。真っ平らな土地に一直線の道路。凹凸があるとすれば岩山。枯れ果てた土地を横断するので、車が故障すれば死がよぎる。これは多くの旅行者の感想だ。
そしてカラカラに乾いた何もないところに、突如町が現れる。町と言っても、ガソリンスタンドがあり、ダイナー(食堂)があり、申し訳程度の買い物ができるぐらいの場所だ。米国は国土の半分が誰も住まない地域とされ、人口密度は日本の約10分の1だ。この地理的特徴が人々の心性に何らかの影響を与えていても不思議ではない。
24年の選挙結果を見ると、トランプ支持者が最も多いのは白人の非大卒男性である。この「繁栄から取り残された」人たちを想像するきっかけが、こうした風景に隠れているかもしれない。
米国の歴史とは、先住民を追い立て土地を奪って杭を打ち「ここは俺のものだ」と宣言する、ルソーの「人間不平等起源論」で人々の争いの始まりとされる出来事そのものだ。これはセトラーコロニアリズム(入植者植民地主義)と呼ばれ、批判の対象となってきた。
「七人の侍」のリメイク映画「マグニフィセント・セブン」では冒頭で、教会に集う住人たちが町を荒らしにくる無頼漢をやっつけようと叫ぶ。「土地は開拓者のものだ! あいつらに渡してたまるか」。ちょっと待って。あなたたちのもの? では開拓者は先住民に何をしたのか。これまで傍らに置かれてきた追放と虐殺、居留地への閉じ込めの事実が、西部劇の勧善懲悪に潜む愚かしい偽善を暴き出す。
白人たちがフロンティアと称したのは、移動しながら生きる先住民たちが共存してきた広大な土地だった。そこに道路を造って「文明」を押しつけた白人にとって、険しい自然は克服すべき脅威だった。途中かろうじて町を建設し馬を休め、自然災害と無法者、また先住民の襲撃に備えたのだろう。
そしてとうとう19世紀末に、白人は先住民とバファローをほぼ絶滅させ、フロンティアは消滅した。ゴールドラッシュに沸く西海岸にたどり着いた人たちは、豊かなカリフォルニアで富を蓄えた。ビバリーヒルズもシリコンバレーもみなカリフォルニアにある。
では、西に向かう人たちが通過した土地はどうなったのか。海外からの旅行者は、共和党の赤で塗られたこれらの地域に立ち寄ることはほぼない。この「ディープ」な地域で、住民たちは外界からの脅威におびえながら日々の営みを続けているだろう。ここでは、自動車という米国の夢そのものである存在を欠いては暮らしが成り立たない。馬を自動車に変えても、石油がなければ行き倒れるしかないのだ。
そういう場所に暮らし、米国から急速に富と産業が失われていくなら、危機感をあおられて当然だ。Make America Great Again(米国を再び偉大に)を唱えるのにも納得がいく。
実際には、米国では貧富の差が劇的に拡大している。彼らから富を奪ったのは移民ではなく、トランプ氏やマスク氏ら大金持ちなのだ。再分配政策の必要性から目をそらすため、敵を作って対立をあおるやり方にまんまと乗せられる人たちは、外部の敵を恐れているのだろう。東と西にもたらされた繁栄から取り残され、自然と先住民からの略奪の記憶をとどめる土地に暮らす人々は、今は憎しみと怒りに駆り立てられている。
赤く染まったヒルビリー(田舎者)たち。彼らの夢と現実、欲望と自尊心が、狂気をはらんだ今の米国を理解する手がかりになると思えてならない。
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おもだ・そのえ 専門は現代思想・政治思想史。明治大学教授。近著に「真理の語り手 アーレントとウクライナ戦争」など。