
政府が400億円超をかけて調達し、多くの在庫を生んだ「アベノマスク」事業は適正だったのか。契約過程を検証するため、上脇博之・神戸学院大教授(憲法)が関連文書の開示を国に求めた訴訟の判決が5日、大阪地裁で言い渡される。ほぼ「口頭」で意思決定していたと担当職員らは法廷で証言したが、本当に記録はないのか。
新型コロナ対策の布マスクは2020年4月に安倍晋三首相(当時)が各戸配布を表明し、通称「アベノマスク」と呼ばれた。政府は約3億枚を調達したが、約8300万枚が在庫になった。
上脇教授が国に関連文書の開示を求めると、出てきたのは受注業者と交わした見積書や契約書などの「結果」のみ。契約過程を示す文書は不開示とされたため、その決定を取り消すよう求めて21年2月に提訴した。
訴訟で国側が強調したのは、現場の混乱ぶりだった。
「間違えると大変」裁判長もつっこみ
昨年8月の法廷。マスク調達のために厚生労働省内につくられ、複数省庁の職員が集まった「合同マスクチーム」で、統括役だった厚労省職員が証人尋問に臨んだ。
「いかに早くマスクを確保できるかが課題だった」「結果責任を果たすためにも、プロセスに時間を割く余裕はなかった」と説明し、当時の労働環境をこう表現した。
「この職について30年で最も過酷だった。過労死ラインを超える勤務が慢性的に発生する、極めて異例な状況だった」
そうした状況のなか、業者と直接やりとりした別の職員ら5人も、現場での意思疎通について「口頭が基本だった」と法廷で口をそろえた。
このうち、経済産業省からチームに加わった職員は「業者から電話やメールが毎日のように来ていた。メールは容量が限られ、2~3日に1度消していた」と説明。原告側から「記録を残さないと不便では」と問われると、「上司が近くにいる時に口頭で価格や数量、納期などを報告した」と答えた。
これには、徳地淳裁判長も突っ込みを入れた。「単価や枚数は間違えると大変なことになる。全て記憶して口頭で報告していたのか」。職員は「そうです」と答えた。
一方で、「消去していた」というメールの一端も浮かんだ。
PCに残された100通以上のメール
原告側が業者から入手したメールには、チームの職員と面会した際の記録があった。国が改めて調査をすると、職員2人のパソコンに100通以上のメールが残っていたことが判明した。
だが、その中身はわかっていない。契約過程がわかるとみて原告側は開示を求めたが、国が応じていないからだ。
訴訟の争点は、本当に契約過程を示す記録はないのか、残っていたメールは開示対象ではないのか――という点だ。
原告側は「業者との交渉経過を文書に残さないことはあり得ず、業者のメールもその存在を示している」と主張。メールは行政文書管理規則で「その都度廃棄」が許されるような、組織の意思決定に関わらないものとは違う、と訴えた。
国側は、文書を作る義務があるのは「政策立案や事業の実施方針に影響を及ぼす場合」だけだとし、過程を全て記録していなくても問題はないと主張。メールは「都度廃棄」が許され、開示対象ではないと反論した。
上脇教授は国の姿勢も問題視する。網羅的に開示請求をしたのに対し、国が「多忙を極めていた」として、問い合わせなく「契約から納品までの過程」と狭めて該当文書を探していたことが審理中に判明した。
「都合の悪い文書は出さないという姿勢が見えた。巨額の税金が投入された国の政策は妥当だったのか、検証に資するような判決を期待する」