
Hong Kong Looks for Ways to Win Back Big-Spending Tourists
最近のある休日。中国南西部から香港に到着した姉妹は、12時間足らずの滞在中に、できるだけ多くのものを見ていく計画だ。
姉で銀行員のフー・ティーさん(30)と、妹で学生のフー・コーさん(20)の持ち物は、小さなバッグだけ。ビジネス街のセントラル(中環)で牛肉麺を試し、ウォーターフロントの遊歩道では交互にポーズを取って夕日を入れた写真を撮影。日が暮れたところで、夜空を背景に輝く街のスカイラインもカメラに収めた。購入したのは薬用オイルと昔懐かしい漫画だけで、2人のこの日の出費は150ドル(2万2千円)足らず。中国本土側に戻って宿泊した。
中国本土に住む人たちの香港への個人旅行では、この姉妹のように、できるだけ短時間の滞在で出費を最小限に抑える日程を好む傾向がとても強く、彼らは「特殊部隊式旅行客」と自称している。
本土からの中国人は、金融ハブ香港を訪れる全観光客の4分の3超を占める。しかし、かつては高価な時計やハンドバッグ、有名デザイナーの服など多額の買い物をしていた彼らが、今では時間もお金も使わなくなってしまった。観光経済の再生に取り組む香港当局にとって、これは難題だ。香港観光はこのところ何年も、反政府抗議活動や、新型コロナ禍に伴う制約、国家の安定を優先した取り締まり強化による自由の制限に西側諸国が抱く懸念などで、痛手を被ってきた。

香港はかつて「アジアの世界都市」を自称していたが、今はイベントの中心地というブランド化に取り組んでいる。ショッピング以上にコンサートや見本市・展示会に力を入れることで、訪問客がリピーターになってより多くのお金を落としていくことを期待している。
旧啓徳(カイタック)空港の跡地に約40億ドル(約5800億円)を投じて建設されたスポーツパークが今年、お披露目された(訳注:啓徳空港は1998年に閉港。跡地の一部には2013年に、クルーズ船ターミナルも開設された)。スポーツパークの中核施設は紫色を帯びたスタジアムで、5万席すべての座席下にエアコンが備えられている。7人制ラグビーの年1回の選手権大会が3月下旬にここで開催され、ほぼ満員が続いた。
世界各地のチームが出場し、ニュージーランドの薬局店員サロメ・ベールさん(49)のように、海外から観戦に訪れた人もいた。彼女はこの新スタジアムに言葉が出ないほど心を奪われたことを明かし、最先端の施設と熱狂的な雰囲気のおかげで一生の思い出になったとも語った。
大会翌月の4月には、スタジアムの開閉式の屋根に万華鏡のような視覚効果が投影された。英国のロックバンド「コールドプレイ」のコンサートのためだ。4夜ともチケットはすべて売り切れた。地元や地域のスターが出演するイベントも多かった。
いくつかのイベントは、政府が23年に立ち上げた「芸術文化メガイベント基金」の支援を受けている。認可されたイベントに最大190万ドル(約2億8千万円)の補助金が提供される制度だ。政府はサッカーにも、注目度の高い数試合に支援を提供しており、最近ではマンチェスター・ユナイテッド対香港代表のエキシビションマッチが対象になった。
香港文化スポーツ観光長官に新たに就任したロザンナ・ロー氏が、インタビューに答えて語る。「私たちが恋しくなると、あなたは戻って来る。来るとまた好きになって、私たちの親友の一人になる」

観光消費額はコロナ禍で落ち込んだ後、徐々に回復して、最新の23年の統計データでは香港の経済生産高の2.6%を占めた。しかし、これはコロナ禍以前を少し上回ることになる政府目標の5%には遠く及ばない。
業界の専門家によると、香港の課題はアジアの他都市との差別化にある。競争相手はシンガポールやバンコクで、これらの都市はトップクラスのスターやビジネス会議、スポーツ大会の招致に必要な奨励策を長年にわたって実施してきた。
「彼らの戦略は自分たちと似通っている。香港にとって大きな問題だ」と旅行・観光事業調査会社チェックイン・アジアのゲーリー・バワーマン代表は言う。
シンガポールは自動車レース最高峰のフォーミュラワン(F1)を毎年開催したり、テイラー・スウィフト、レディー・ガガのような大スターと金額非公開で独占契約を結んだりと、集客力の高い数々のイベントに巨額の投資をしてきた。
香港科技大学公共政策研究院のドナルド・ロー上級講師は、このようなイベントは、それがなければ来なかったはずの旅行者を引き寄せるには役立つが、イベント頼みも度を超すと考えものだと指摘する。「シンガポールだって、テイラー・スウィフトのような大物に毎年来てもらえるわけではない。来てもらえたとしても、年に何日かだけだ」
中国が20年に政治的な反対姿勢を幅広く犯罪とする香港国家安全維持法(国安法)を施行したことを受け、米国をはじめ西側諸国が旅行者に潜在的なリスクを警告したこともあって、香港はその国際的名声が受けた打撃も乗り越えなければならなかった。米中の貿易戦争も、先行きをいっそう見通しにくくしている。
最新の政府統計によると、世界から香港への訪問者数は24年、ほぼすべての地域で18年を下回った。香港展覧会議業協会(HKECIA)のスチュアート・ベイリー会長によると、欧州や米国のビジネスパーソンに尋ねたところ、その多くが香港について否定的な印象を持っていたという。
「香港に来る人を増やすには、香港のことを知ってもらうよう努めるのが上策だ。誤解がたくさんあるからだ」とベイリー氏。
前出のロー長官は、香港の開放性を主張した。「法律を守り、適切な行動をする真の旅行客である限り、香港を楽しめるはずだ」と語る。
香港は、東南アジアや中東のような地域から来て、より高額のお金を落としていってくれる訪問者たちにアピールしている。かつては中国の端にある西洋化された街というのが魅力だったが、今では中国の近隣都市との緊密な関係を進んで受け入れている。
ロー長官によると、香港当局は中国本土の当局と連携しながら、広州や深圳などの都市を含む地域ツアーの一部として、香港への誘客を促進する方針だ。

最近は、多くの香港住民がより安価な娯楽を求めて、週末や祝祭日に中国本土に押し寄せるようになった。このため、香港への集客はますます重要になってきている(5月上旬の中国版ゴールデンウィーク〈労働節〉の5連休には、旅行客約110万人が香港を訪れたのに対し、住民168万人以上が香港を離れた)。
香港のウォーターフロントにある大観覧車の運営会社オーナー、マイケル・デンマーク氏は、この「大脱出」を念頭に、「私たちは訪問者との関係を構築しているところだと認識することが大切」と語った。過去12カ月で観覧車に乗った250万人のうち、85%が中国本土から来た人たちだとデンマーク氏は指摘する。その大部分が香港を囲む人口約8千万人のグレーターベイエリア(訳注:広州、深圳、恵州など9自治体から成る地域)からだったという。
デンマーク氏は、中国人がより高額なアトラクションに消費意欲を示すか実地で試そうと、シルク・ドゥ・ソレイユ(訳注:カナダを拠点に、多彩なアクロバットを含む独創的なステージショーを世界各地で演じるパフォーマンス集団)の1カ月公演を共同プロデュースしている。チケットは60ドル(約8700円)から250ドル(約3万6千円)で、スポンサーの補助を受けている観覧車の料金2.5ドル(約360円)より大幅に高い。彼は中国のソーシャルメディアや旅行会社と連携し、中国人旅行者を含む様々な顧客層を狙った専門のマーケティングチームも立ち上げた。
「どの協賛企業も目をぱっちりと大きく見開き、両腕をしっかり広げて、グレーターベイやその先から来る中国本土の人たちみんなを受け入れようとしている」と、デンマーク氏は話した。