
ロス・ドゥサット
ドナルド・トランプが大統領の1期目に暴れ回っていたとき、自由主義諸国のリーダーの座は、リベラル陣営の喝采のもと、ドイツのアンゲラ・メルケルに移った。彼女は国際主義という美徳の体現者、つまり慎重で寛容、外交的で多国間主義、何よりも専門性を重んじる存在と位置づけられた。
やがて、トランプが退任し、メルケルも退任するや、ドイツにおける彼女のリーダーシップがほぼ壊滅的だったことに気付くことが可能になった。
2008年の金融危機後に続いたユーロ圏危機への誤った対応と、中東からの移民に対する開放政策は、彼女が維持しているとされた極右政党に対する防火壁の崩壊に拍車をかけた。さらに悪いことに、彼女は見識ある環境保護主義者の立場から、自国の産業空洞化とロシア産石油・ガスへの依存を許容した。そしてウラジーミル・プーチンがウクライナに侵攻するや、メルケルが残したものは、「トランプの米国」の強力な代替案ではなく、東方の権威主義的なライバルに脅かされ、依存する脆弱な欧州の中核にすぎないことが明らかになった。
カーニーの演説とメルケル時代の教訓
スイスのダボス会議での演説で、米国主導の秩序からの部分的な独立を宣言し、脚光を浴びるカナダ首相のマーク・カーニーを見て、私はメルケル時代の教訓を思い起こした。
この演説には称賛すべき点が多くあった。カーニーの言葉には、ほとんどの政治家が今日、頼る陳腐な決まり文句が驚くほどなかった。彼はいくつかの重要な真実を語り、特にリベラルな国際秩序というものが、理想主義だけでなく、常に権力と自己利益によっても形作られてきたことを強調した。トランプの最近の権力への復帰を冷戦後の秩序の「断絶」の一部と捉え、大国間の競争をこの時代の重要な特徴として強調した点も妥当だ。
そして、カナダのようなミドルパワー(中堅国)は伝統的な米国との同盟に縛られる必要はないという、米国に対して隠そうとしないその牽制(けんせい)は、トランプが私たちの北の隣国に強いた数々の不条理を思えば、理解できる反応だ。たとえば「51番目の州」というからかい(もちろん、カナダがいつか米国に加わるなら少なくとも10州は増えるだろうが)、過剰な貿易戦争、そしてグリーンランド買収計画などが挙げられる。
米国からの独立と中国への従属という二者択一
しかし、メルケルの場合と同様、カーニーが描く世界秩序のビジョンがどこに行き着くのか、その論理を考察する価値はある。確かに、中堅国たちは連携して大国に対抗することはできる。だが、重要な分野では、新たな世界秩序は真の意味での多極化ではないし、中堅国たちが一つになって行動する準備ができているわけでもない。むしろ、彼らが米国からの独立を主張すればするほど、中国への従属のリスクが増すという二者択一に直面することが多いのだ。
たとえば軍事分野では、欧州とカナダは、理論上は再軍備し、トランプ主義的米国と、中国・ロシアの「準同盟」の間で何らかの第3勢力を形成できるほどに豊かではある。しかし現実には、過去の経緯に縛られる経路依存性と、高齢化という強力な力が働いている。米国との同盟からの離脱は技術的に非常に難しく、福祉国家が高齢化社会に対応する中で軍事費を増やすことは、政治的に困難をきわめる。軍事費を増強せずに米国との同盟から離脱すれば、ほとんどのシナリオにおいて、モスクワと北京との融和を深める結果につながる。
AI(人工知能)の領域では、その選択はさらに鮮明だ。米国の企業と中国の競合企業が技術の最前線を支配しており、AIの基盤が米国のオタク王たちか共産党の科学官僚のどちらかによって構築されない未来を想像するのは、とても難しい。どちらのAIの未来も我々の滅亡につながる可能性はある。だが、第三の非同盟的なAIの道など存在せず、カナダがそれを見つけ出すとも思えない。
米国から離れて向かう目的地 そこで待ち構えるものは
最後に、そして最も論争を呼ぶ点として、私はこの「米国でなければ中国」という論理が、政治的秩序にも同様に当てはまると見ている。トランプ的状況下の米国はポピュリズムが権力を得ることを許し、混乱と権威主義的な振る舞いを招いた。それに対して嫌悪感を抱くのは当然だが、それが自由な政治状況下で、民主的なメカニズムを通じて起こったことを認識するべきだ。
一方、欧州やカナダがポピュリズムを抑制しようとしてきた手法には、言論への厳しい規制やエリート層の結託など、管理的な非自由主義の側面が含まれている。そして、中国の独裁体制とは、まさにその管理的な非自由主義が完全に開花したものではないだろうか?欧州のエリートたちが、激しく揺れ動く米国よりも中国の方が潜在的に安定したパートナーになり得ると語り、その環境保護目標やテクノクラート(技術官僚)的な能力を称賛するときに、彼らはトランプ流ポピュリズムに対するリベラルな代替案を擁護しているのではない。中国の磁力に引き寄せられ、自らの民主主義の伝統から引き離されているのだ。
あるいは、こう反論する人もいるかも知れない。トランプ自身によってそちらの方向に追いやられているのだと。世界の指導者たちも血の通った人間だ。米国大統領が、無分別な真実を語るだけでなく、彼らを侮辱し、脅しているようなときに、米国への信頼を持ち続けるように要求するのは酷な話だ。
だからこそ、私は今でも米国の未来に賭けてはいるが、カーニーや他の指導者たちに、単に「米国を信じ続けてほしい」と言うつもりはない。ただ、米国から離れる一歩一歩がどのような目的地につながり、どのような勢力が待ち構えているかを照らし合わせ、よく考えてほしいだけなのだ。