oiu

「1F廃炉の先研究会」松岡俊二代表に聞く

 未曽有の過酷事故から15年――。3基の原子炉がメルトダウンした東京電力福島第一原発の廃炉は最大の難題とも言えるが、なかなか進展しない。政府と東電は2051年までの廃炉完了を掲げるが、多くの専門家が非現実的と指摘する。燃料デブリの処分先も、廃炉の最終形も、定まっていない。

 早稲田大学大学院の松岡俊二教授は、パンドラの箱とも言えるこの問題で試されているのは、社会の意思決定のあり方であり、この国の民主主義そのものだと語る。先送りしてきた宿題に、私たちは向き合う覚悟があるのか――松岡教授は自身と社会に問いかけている。

燃料デブリ取り出しに「70~170年」

 ――政府と東京電力は、福島第一原発(1F)の「2051年までの廃炉完了」を掲げています。

 「現実的に不可能です。多くの専門家があり得ないと見ており、原子力規制委員会の田中俊一・元委員長も『できない』と指摘しています。廃炉の助言をする原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)の更田豊志廃炉総括監すら『もともと困難だ』と言っています。にもかかわらず無理筋の『旗』を降ろさないのは、無責任です」

 ――「2051年」は、事故後間もない11年12月に政府が工程表で示しました。想定では21年に溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)の取り出しに着手する計画でしたが、開始は3年遅れました。

 「開始と言っても、推計880トンのデブリのうち試験的に約0.9グラムを採取しただけ。山登りで言えば、まだふもとで準備体操と登り方の検討をしている段階です」

 「『2051年』の根拠とされたのは、1979年の米国スリーマイル島(TMI)原発事故で、11年後に溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)をほぼ取り出した事例です。1Fのデブリは3基にあるから、3倍の30~40年かかる――そんな粗い推計でした。ただ、TMIは原子炉圧力容器に水を張り放射線を遮った状態で作業できました。1Fではデブリが圧力容器の底を突き破り広範囲に広がっている。人類が経験したことのない事故炉で、難度は比較になりません」

 ――デブリ取り出しには「70~170年かかる」と独自に試算しています。

 「私の試算はあくまでTMIの実績からの算出なので、それでも極めて楽観的な数字です。第一『880トン』も推計で、実際にはもっと多いかもしれない」

インパール作戦と同じ過ち

 ――そもそも「廃炉」とは何を指すのか、政府も東電も明確にしていません。

 「更地にするのか、一部施設が残っても廃炉完了と見なすのか、ゴールはあいまいです。当初の11年版の工程表にあった『原子炉施設の解体』という記述は徐々に不明確になり、15年版からは事実上消えて『30~40年後の廃止措置終了を目標に』などという歯切れの悪い表現だけが残っています」

 「福島県民の多くは、更地になって地元に返還されるのが廃炉だと今も考えているでしょう。エンドステート(最終形)を明確にせず、無謀な目標の軌道修正もしない――これでは福島は未来像をいつまでも描けません」

 「このままでは、51年の間近になって『やはり無理でした』となるのは目に見えている。私の目には、実情から目を背け机上の作戦に固執した日本軍のノモンハンやインパールでの過ちの繰り返しに映ります」

 ――取り出したデブリや放射性廃棄物の行き先も大きな課題です。

 「通常の原発から出る使用済み燃料は、再処理後にガラス固化体にして最終処分する枠組みがありますが、事故由来のデブリは想定外です。福島県はデブリを含む放射性廃棄物をすべて県外で最終処分するよう求めています。しかし最新19年版の工程表は、デブリは1F内の設備で乾式で保管すると記している。量や期間には触れていませんが、地元からすれば大きな疑念を呼ぶものです。誰の責任で、どこに持っていくのか、どう保管するのか、あいまいなまま『取り出す』と言い続けているのが現状です」

 「TMIでは、アイダホ州に運ぶことを決めてからデブリの取り出しを始めました。原発敷地内での半永久的な保管になるのではと地元住民が懸念したため、エネルギー省と原子力規制委が覚書を締結し責任体制を明確化したのです」

 ――責任の所在が見えにくいのは、国と東電、NDFのもたれ合い構造が原因だと指摘していますね。

 「1Fの廃炉は国が大方針を決め、NDFが年度ごとの技術戦略プランをつくり、これに沿って東電が作業を進めています。これを改め、東電が責任を持って戦略を立て、NDFは資金管理に徹し、原子力規制委員会が監視するという透明な体制にすべきです」

 「23年に処理水の放出を始める際、東電は『政府の判断』と繰り返しました。これではいつまでも社会の理解や信頼は得られません」

 「米国の経営史家アルフレッド・チャンドラーは『戦略が組織を規定する』と述べていますが、福島の現状は逆です」

デブリと除染土、一体管理も検討を

 ――松岡さんが代表を務める「1F廃炉の先研究会」は今月、1Fに隣接する中間貯蔵施設に保管される除染土や焼却灰などを、デブリなど1Fからの放射性廃棄物と共に総合的に管理する可能性も検討すべきだと提言しました。

 「言いにくいことですが、1F廃炉は100年単位の時間軸で考えるべき作業です。処理方法も決まっていない現状で高線量のデブリを取り出しても、持っていく場所はない。一方、東京ドーム11杯分の約1400万立方メートルに及ぶ除染土などは県外での最終処分が決まっていますが、これも社会的受容度は低く、困難が予想されます。4分の3の量を占める、放射性物質濃度が1キロあたり8千ベクレル以下の除染土は公共事業で再生利用することになっていますが、それすら受け入れ先の抵抗感が強く、進んでいません」

 「これは研究会ではなく個人としての見解ですが、デブリなど1Fの廃棄物と高濃度の除染土などを、1F敷地内の保管施設で安全に一体管理することを、現実的な選択肢として柔軟に考えるべきではないでしょうか」

 ――しかし、除染土の2045年までの県外最終処分は法律で決められたものです。デブリの事実上の長期保管も、福島からすればとても容認できないでしょう。

 「『除染土の最終処分期限45年』も『51年廃炉完了』も、東日本大震災と原発事故で混乱する政治社会状況の下で、ごく一部の人々が決めたものです。この15年間で新たに分かってきた事実や知見を踏まえ、立場や世代を超えて、様々なステークホルダー(利害関係者)が開かれた対話と議論を重ねるべき時期にきています」

 「無理な旗を掲げ続けることこそ、最大のリスクです。また、言いっ放しで『実現は不可能』『無謀な目標だ』と指摘するだけなら誰でもできる。それも無責任です。デブリや除染土の最終処分の問題は『パンドラの箱』で、誰も触れたくないでしょうが、目をそらし続けることはできません。関係者は、自分の現役時代あるいは生きている間はやり過ごせると考えているかもしれません。でも、それこそ福島の人たちへの最大の背信でしょう」

 「デブリを取り出し、安定的に保管、監視できる状態をひとまず『中間目標』と設定し、その具体的道筋を、福島と日本中の幅広い人々が共に考え議論して決めていく――それが最も社会的納得感を得られる方法ではないでしょうか。デブリと除染土の一体管理はあくまで議論のたたき台としての一案です」

政策決定のイノベーションを

 ――1F廃炉への社会的関心ももっと高める必要がありますね。

 「廃炉費用は現在8兆円とされていますが、デブリを最終処分する費用は含まれていません。電気料金という形での国民負担が膨らむのは確実なのに、特に1Fの電力消費地だった首都圏の人々は、自分には関係がないと考える対象に無関心でいる『合理的な無知』にとらわれているように見えます。これを『合理的な関心』に変えるためには、1F廃炉法を制定し、国会審議で廃炉問題を『見える化』すべきです。責任主体と役割の明確化や透明性という点でも、立法化は必要と思います。現在、福島県浜通りにある中間貯蔵事業情報センターや廃炉資料館を東京都内に設け、我がことと考えてもらうことも必要でしょう」

 「重要なのは『社会の中の廃炉』という視点・アプローチです。技術面に加え、政策決定・遂行の面でもイノベーションを起こさなければ、廃炉問題の進展はあり得ません。これは、地域や世代間での対立をはらむ難題、例えば財政や社会保障の課題に取り組む際にも当てはまります。その意味では、1Fの廃炉問題は、日本の民主主義の今後を占う試金石なのです」

まつおか・しゅんじ 1957年生まれ。広島大教授などを経て早稲田大大学院アジア太平洋研究科教授。専門は環境経済・政策学。福島の住民や研究者らによる「1F廃炉の先研究会」代表。官僚や東電社員、避難者、地域住民らと福島第一原発の将来像を考える「1F地域塾」を主宰。