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  ロシアによるウクライナ侵攻は5年目に突入したが、依然として終戦の気配は見えず、ロシア国内での反政権運動もほとんど聞かれなくなった。現代ロシア文学を代表する作家の一人で、強権的な体制の下で生きる市民たちの姿を描いてきたリュドミラ・ウリツカヤ氏(現在ドイツ在住)に、権力と沈黙の関係について聞いた。

 ――戦争がこれほど長く続くことを予想していましたか。

 「他の多くの人々と同様に、私もロシアの侵攻に対して強い抗議の念を抱いてきました。一方で、ロシアが圧倒的に優位な状況にあり、ウクライナの命運はすでに決しているのではないかとも思っていました。ロシアの指導者たちも、軍事行動は速やかな勝利で終わると想定していたでしょう。幸いなことに、ウクライナはロシアの侵略にあらがい続けています」

孤立と自己破壊を選んだロシア指導部

 「この軍事行動は、両国の何千人もの若者の命を奪っています。ロシアについて言えば、その指導部は自ら引き起こした戦争によって、自国を孤立と自己破壊へと追い込み、国そのものの未来を危険にさらしています。1917年にボリシェビキ(ロシア革命時にレーニンが率いた勢力で後のソ連共産党の前身)が設置した秘密警察が、今でもこの国を支配しています(ロシアのプーチン大統領は旧ソ連の諜報機関KGB出身)」

 ――プーチン政権下のロシアでは野党指導者やジャーナリストの暗殺が相次ぎました。特に2024年に反体制派の代表的な存在だったナワリヌイ氏が獄中で死亡して以降、政権に反対する国民はほとんど希望を失っているように見えます。侵攻反対を表明してきたあなた自身も、24年にロシア政府から「スパイ」を意味する「外国の代理人」に指定されました。

 「はい、残念ながら現代のロシアでは、いかなる反対勢力の存在も排除されています。現在の政権下では、言論や報道の自由について語ることすら不可能です。しかし、歴史というものは、常に予測できるわけではありません。この国を近年の破滅的な政策から引き戻すような出来事が起こることを、私たちは願うばかりです」

病に倒れたスターリン 生涯忘れえぬ朝

 ――権力がそこまで国民に沈黙を強いようとするのは、なぜなのでしょう。共産党の一党独裁体制にあった旧ソ連でも、言論や報道の自由は厳しく制限されていました。

 「私は生まれながらにして『ソビエトの人間』です。『沈黙』は、赤ん坊をあやす女性の歌声や、線路を敷く作業員たちの罵声と同じくらい自然に、ソビエト人の本質に組み込まれています。子どものころ、生涯忘れることのできない象徴的な瞬間がありました。1953年3月5日のことです。スターリンはこの日の夜に死亡することになります」

 「私が朝食を食べている間、母は私の髪を三つ編みにしていました。ちょうどその時、ラジオでスターリンの病状を伝えるニュースが流れ、私は軽はずみにこう言いました。『きっと風邪をひいたか、のどを痛めただけじゃない? それなのに国中で発表するなんて!』」

 「すると母は、私の歯がガチガチと鳴るほどの強さで三つ編みをぐいと引っ張ったのです。本来、母はとても優しく、私に対して暴力を振るうような人ではありませんでした。私は批判的な言葉をのみ込み、黙り込みました。こうして私は最初の教訓を得たのです。『黙りなさい! 余計なことをしゃべるんじゃない』と」

 「私の人生の大半を支配した権力は、『沈黙』を使いこなす偉大な達人でした。(ソ連の)権力は、拷問され、弾圧を受けた多くの市民に関する情報を隠蔽し、長きにわたってその埋葬場所さえも隠し通しました(スターリン政権下における大規模な粛清や弾圧の実態解明が本格的に進んだのは80年代後半のペレストロイカ期以降だった)。『沈黙』とは自由を抑圧し、市民を弾圧する権力と犯罪の不変の同伴者なのです」

押しつけられた沈黙 笑い話で抵抗

 ――抑圧的な環境の中で、人々はどのようにして不満を表明していたのでしょうか。

 「かつて、人々はアネクドート(政治風刺小話)を話すことで、上から押しつけられた『沈黙』に抵抗していました。それは、ある出来事や現象に対する評価を凝縮した、短くて滑稽な発言です。アネクドートは、社会の中に嘲笑すべき対象がある時に花開き、それに対して長い拘禁刑が科されるようになると、ほとんど絶えてしまいます。今、権力に対して疑問を抱く人々は、刑務所の中にいるか、国外へ亡命しています」

 ――ロシアを権威主義と批判してきた米国でも、昨年トランプ大統領が政権に返り咲き、言論や報道の自由を揺るがしています。中国やトルコ、ハンガリーなどでも市民社会やジャーナリストが攻撃を受けています。文学には世界的に広がる権威主義に対抗する力がありますか。

 「文学は権威主義国家に対抗することはできません。ソ連の歴史は、権力が敵対者に対していかに非妥協的であったかを完璧に証明しています。政権に同意しない者を、権力はことごとく破滅させてきました。このシステムは、ソ連誕生期にレーニンとジェルジンスキー(KGBの前身となる秘密警察の初代長官)によって構築され、今日に至るまで洗練され続けています」

 「国家は思考や感情さえも編集してしまう強力な武器を有しています。それが『検閲』です。検閲はそのハサミで、時の政治状況において『有害』あるいは『不適切』と見なすものを切り取り、権力の都合に合わせて世界の構図をゆがめてしまいます。そうして、国家は反対する者の声を簡単に抹殺してしまうのです。言論や報道の自由がなければ、すべての市民を待っているのは、程度の差こそあれ、一種の『監獄』です。これに対抗できるのは、人間同士の連帯、そして一人ひとりが自分の子供たちや未来に対して抱く責任感だけなのです」

 ウリツカヤさんは、作家や文学者が社会の道徳的・精神的な羅針盤のような役割を担うロシア文学の伝統を受け継ぎ、作品を通し、困難な状況のなかで人はいかに生きるべきかという普遍的な問いと向き合ってきた。実際に街頭に立って社会運動を率いてきた「闘う作家」でもある。

 11年から12年にかけて拡大した反政権運動では、市民団体の幹部に名を連ね、ソ連崩壊後で最大規模とされたデモの推進力となった。14年のクリミア占領では国民の9割近くが世論調査で併合を支持するなか、「売国奴」と呼ばれながらも政権を鋭く批判した。

 だが、ウリツカヤさんから今漂うのは一種の諦念だ。今回、書面取材を条件にインタビューを引き受けてもらえることになり、私は繰り返し、「今日のロシアに希望は無いのか」と問うた。答えはいずれも「ニェート」(ない)と後ろ向きだった。

沈黙の押しつけ、国際社会は目をつむるな

 取材後、更に気がめいることが起きた。ロシアの最高裁判所が今月9日、22年にノーベル平和賞を受賞したロシアの人権団体「メモリアル」を、国内で活動禁止となる「過激派組織」に認定したのだ。同団体は、スターリン期の弾圧の記録や現代ロシアの人権侵害の調査に取り組む代表的な存在だった。

 ロシアとウクライナの和平交渉を仲介するトランプ米政権はロシア寄りの姿勢がのぞくだけでなく、自身も言論の自由への攻撃をいとわない。権力による「沈黙」の押しつけに目をつむる国際社会で良いのか。