反体制的な言動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)の施行後、香港では多くの民主派が摘発され、政府に批判的な論調だったメディアも解散に追い込まれました。30日で施行から5年。現在の香港はどうなっているのか。香港問題に詳しい、立教大学の倉田徹教授に聞きました。
――今年3月、およそ5年ぶりに香港を訪れたそうですね。どのような変化を感じましたか?
国安法が施行されたのだな、ということを感じさせるものをたくさん目にしました。国家安全の重要性を強調する様々なスローガンを街頭で見かけましたし、テレビでは国家安全に関する小学生向けクイズ番組を放映していました。
露骨だったのは歴史博物館です。香港の歴史を紹介する常設展示がなくなり、2019年の抗議活動が「いかにひどいものだったか」を伝える、共産党政権のプロパガンダのような内容に変わっていました。
――国安法施行から5年が経ちましたが、取り締まりは弱まってはいないのでしょうか?
取り締まりのレッドラインが緩む方向には動いていません。この5年間を見ていてわかったのは、中国は(香港の)民主派を根絶させようとしていることです。
香港政府が警戒する「抵抗」とは
――どうしてそう思うのでしょうか?
国安法施行後の2年間ほどで、嵐のような弾圧がありました。すでに民主派の多くの人物が摘発され、主要組織はつぶれるか、活動が成り立たない状況になっています。
しかし、香港政府は最近、さらに「ソフトな抵抗」への警戒を呼びかけるようになりました。デモのようなハードな抵抗ではなく、例えば文化や言論活動、学術研究といったものの中に政府にとって不都合な内容をまぶすことも「抵抗」と位置づけたわけです。例えば21年には、香港政府の対応を風刺した子ども向けの絵本を発行したとして、関係者が刑事罪行条例違反容疑で逮捕されたことがありました。
「ソフトな抵抗」までも抑え込もうとするならば、まだやることはたくさんあります。李家超(ジョン・リー)行政長官は6月、親中派メディアのインタビューで「国家安全の取り組みはまだ始まったばかり」と述べましたが、そういう認識なのだと思います。
「一罰百戒」 民主派を不利に
――5年前に民主派区議などとして活動していた人々が、現在も就職などで不利な扱いを受けているという見方もあります
民主派やその支持者への経済的な締め付けはかなり行われているとみています。例えば、香港の食品衛生当局は最近、レストランや娯楽施設に対する許認可の条件に、店の関係者が「国家安全に不利益な行為を行わない」ことを加えました。違反すれば免許や許可が取り消される内容です。
政府が許認可権限を利用し、民主派を不利に扱うような措置はどんどん広がっています。一罰百戒、民主派を悲惨な状況に追い込んで、まねをしないようにという警告を発しているのです。
政治と経済で異なる状況
――こうした厳しい統制は「香港の中国化」だとも指摘されます
自治と民主、自由が後退していることは明らかです。例えば、国家安全に関わる政策を策定する国家安全維持委員会の顧問には中国政府の出先機関トップが就いており、相当程度、香港の自治に干渉する仕組みがあることが考えられます。選挙に参加できるのも政権のお墨付きがある人物だけ。政治的にははっきり中国式化しているといえます。
――経済的には?
政治とは異なり、経済に関しては相変わらずコモン・ローに基づき、ビジネス上のトラブルは公正に裁かれていると言えるでしょう。カナダのシンクタンク、フレーザー研究所が24年に公表した「世界の経済自由度」で香港は1位です。
香港の経済面での国際性を維持することは中国にとってもメリットがあります。米中対立の不透明性が増す中、中国にとって香港の経済的価値はむしろ高まっています。香港の金融センターとしての地位は揺らいでおらず、逆に言えば、中国が経済を理由に国家安全の統制を弱める状況にはないともいえます。
――国安法は香港の国際的地位に影響を与えなかったのでしょうか?
長い目で見て、国安法が香港にプラスだとは思いません。元々香港は「民主はないが自由はある」と言われてきました。多様な情報を耳にしたうえで、物事を判断できることが香港の魅力でした。その情報が遮断され、本当の国際都市として繁栄し続けられるのか、という懸念はあります。
かつての香港は中国にとって、世界、特に西側諸国とつながる窓口でした。しかし今、西側諸国の香港を見る目は厳しくなっています。香港は中国の経済都市という色合いをますます強めていくことになるでしょう。