香港郊野遊行・續集

香港のハイキングコース、街歩きのメモです。

朝日新聞

保釈の判断、人間的だったか 人質司法めぐる元エリート裁判官の自問(朝日新聞有料記事より)

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 一つの論文が、法曹界でひそかに話題になっている。

 刑事裁判官としてエリートコースを歩み、現在は日大法科大学院で刑事訴訟法を講じる藤井敏明さんが今年3月に発表した。裁判官による被告人の保釈の判断が、不当な拘禁を禁じた憲法に反する運用になっていないか――。そこには、古巣と過去の自分を省みる言葉が記されていた。

 大川原化工機をめぐる冤罪事件では、がんで亡くなった同社元顧問の保釈請求に東京地検は「罪証隠滅のおそれがある」と反対し、東京地裁はそれをなぞるように却下を繰り返した。警察と検察による捜査・立件の違法性は国家賠償訴訟で断罪されたが、裁判所の責任は問われず、遺族は保釈判断について検証を求めている。

 裁判所は「人権の砦」としての役割を果たせているのか。「人質司法」を改めるため、裁判官にはどのような実務が求められるのか。藤井さんを訪ねた。

無罪推定と憲法の原則に沿った運用か

 ――プレサンスコーポレーションや大川原化工機をめぐる冤罪事件などで、裁判官への批判が高まりました。

 「当たり前ですが、裁判で有罪が確定する前に人を処罰することは許されない。二つの事件で逮捕・起訴された幹部らが長期間身体を拘束され、企業経営を行う自由だけでなく適切な治療を受ける機会すら奪われたことは、実質的に処罰を受けたのに等しく、正当な理由のある拘束か疑問です」

 「ただ、捜査機関の誤った見込みに基づく身柄拘束や訴追は今後もなくなるとは考えられません。人間は誰しも認知バイアスを免れず、昇進欲や組織の存在誇示などの動機からも、不当な捜査が行われてきました」

 「起訴事件の有罪率99%という状況下で、無実の人を拘束している可能性を裁判官が意識しているのかが問題です。また、憲法34条は、正当な理由なく拘禁されない『人身の自由』を保障しています。裁判官による勾留や保釈の判断は、この『正当な理由』に適合するかどうかが問われます」

 「すなわち、適正な裁判を行うためという身柄拘束の目的と、被疑者・被告人の権利や自由の制約という手段とが均衡しなければならないという『比例原則』に基づき判断される必要がある。現在の保釈実務は、それが十分に検討されているか疑問があります」

あまりに広い「罪証隠滅のおそれ」の解釈

 ――刑事訴訟法の保釈除外についての規定の「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があまりに広義に解釈、運用されていると指摘していますね。

 「仮に被告人による証人への働きかけが行われても、それによって証人が偽証して、裁判官の判断が誤ったものになる可能性が認められなければ、罪証隠滅のおそれがあるとは言えないはずです」

 「そもそも、保釈時には事件関係者への接触禁止など厳格な条件が課されます。違反すれば保釈を取り消され保証金も没収されるだけでなく、偽証教唆罪にも問われ得る。そんなリスクを冒す者は現実的にどれほどいるでしょうか」

 ――「罪証隠滅」規定が保釈請求の却下に多用される理由として、刑訴法の別の条文の不備も指摘していますね。

 「裁判官がこの規定を限定的に解釈することの障害となっているのが、勾留期間について定めた60条2項の規定です。起訴後の勾留は2カ月で、特に必要がある場合には1カ月ごとに更新できると定められています。更新は1回に限られますが、その制限が除外される場合があり、逃亡のおそれはその除外規定には含まれていません。実刑が確実に見込まれるような被告人を釈放すれば逃亡する可能性が高くても、『罪証隠滅のおそれ』以外の理由では更新の制限を逃れられない場合があり、そのことが解釈を緩くしています」

 「本来は起訴後勾留が不当に長くならないために設けられたはずの条文ですが、逆に長期拘束の原因になっている。この60条2項を削除すれば、罪証隠滅のおそれに関する緩い解釈は、改善される可能性があります」

検察官との情報格差が呼ぶ「相場」処理

 ――しかしそれでも、裁判官が「罪証隠滅」の対象や方法、客観的可能性をもっと精査できないのでしょうか。なぜ、裁判官はこれほど「罪証隠滅のおそれ」を認めるのでしょうか。

 「罪証隠滅や逃亡のおそれがどの程度あるかは、将来の行動を予測する判断になるので、誰にも確実なことは言えません。そして、被告人の身柄の取り扱いに、裁判官によって大きなバラツキがあることは望ましいことではないと考えられがちです」

 「証拠の内容を知り尽くしている検察官に比べ、公判審理前の裁判官は情報量が圧倒的に少ない。罪証隠滅のおそれが高いとして保釈に反対する検察官の意見を排斥できる理由は見当たらないとして処理し、それが裁判所における『相場』にも沿っていると考えられることが多いのではないでしょうか」

 「予断排除のため、公判と保釈判断は別の裁判官が担います。自分が審理しない事件の被告人を保釈して万が一、逃亡や証拠隠滅が生じて公判を壊してしまっては申し訳ない。そういう心理もあると思います。特に国民の処罰感情が強い事件では、従来と違う運用をすることへのためらいを誰しも持つのではないでしょうか」

 「保釈請求の度に裁判官が代わることは多いですが、検察官に事件記録を提出させ検討するものの、短時間で膨大な資料を読み込み事件の本質を見抜くのは、現実問題としてなかなか難しいという側面もあると思います」

 ――大川原化工機の社長ら3人の保釈請求は計20回に及び、判断に関わった裁判官は23人とされます。

 「保釈請求は却下されても、何度も請求できます。ただし、一度判断された保釈について同じ理由によって蒸し返すことはできず、新たに請求する際には、前回以降の事情変更があることを主張する必要があります」

 「否認事件では公判前整理手続きが行われることが多いですが、その初期に保釈請求しても、争点と証拠の整理が進んでいないなどとして却下されることが少なくありません。その結果、場合によっては数カ月から1年以上かけて、争点と証拠の整理が完了するか相当程度まで進んだ段階にならないと、事情変更があったとは認められない。そうした構造的問題があります」

 「この問題を解決するためには、仮に有罪となっても執行猶予となることが見込まれる事件や、無罪判決の可能性があると思われる事件などでは、公判前整理手続きの早期に、裁判官の裁量で保釈する必要があると思います」

実質的な保釈判断できる法改正も視野に

 ――大川原化工機への冤罪では特に、胃がんで亡くなった元顧問による8回の保釈請求を却下し続けたことへの批判が高まりました。最高裁は年明け、個別事例を検証しないものの、保釈の運用について議論を始めます。ただ、憲法が保障する「裁判官の独立」は検証を避ける理由になるのでしょうか。

 「個々の判断を事後に上級審から検証されれば、将来の審理を縛りかねず、他の裁判官の判断にも影響を与えてしまう。やはり検証は難しいでしょう。ただ、それでは遺族も国民も『何も責任を感じていないのか』と裁判所への不信感を募らせるだけ。なぜ検証できないのかという説明と、議論を始めるという表明は、遅くとも最高検と警視庁が検証結果を発表した8月には行うべきでした」

 ――大川原化工機の冤罪事件で問題視されたような保釈実務を改めるには、どうすればよいのでしょうか?

 「他の裁判官が担当する公判を壊したくないという心理が保釈への積極的姿勢にブレーキをかけているのであれば、公判前整理手続きを担当する裁判官が保釈の判断をできるよう法改正すべきです。また、それによって、保釈請求の度に裁判官が代わる可能性を避けられ、同じ裁判官が継続的に保釈を判断することになり、請求の都度、裁判官が一から事件記録を読む必要もなくなります。少なくとも現在よりは、自らの責任で、より実質的で適切な判断ができるようになるはずです」

大川原化工機めぐる保釈、自分も却下していたかも

 ――今年発表した論文で、自身の裁判官現役時代を省みています。

 「大川原化工機やプレサンスコーポレーションの冤罪事件で保釈請求を却下した裁判官は、もしかしたら自分だったかもしれないと感じます。判決の宣告のような重みを感じながら勾留や保釈の判断をしてきたかというと、そんなことはありませんでした」

 「実際、主張が対立し争点がまだわからない、あるいは弁護人への信頼が持てないという理由で、保釈請求を却下したことがあります」

 「先例や標準的な運用に従う保守性は裁判所の特徴的性質ですが、裁判官も本来持っているはずの人間的な感覚がもっと判断に反映されなければならない。後に補償や国家賠償を得られたとしても、不当な身柄拘束の損害で失われた時間や命は取り戻せません。憲法は、不当な身柄拘束を防ぐ役割を裁判官に求めているのです」

ふじい・としあき 1956年生まれ。
82年に判事補任官。東京地裁や東京高裁の判事、最高裁調査官、司法研修所教官、長野地裁所長などを経て、2022年に退官。同年から日大法科大学院教授。

【明石順平】

否認事件において、裁判官が罪証隠滅のおそれを理由として安易に保釈請求を却下する原因は、「先輩達がそうしてきたから」である。 個々の事件を具体的に判断しているようでいて、そうではない。最初から「却下」という結論があり、「罪証隠滅のおそれ」は表向きの理由に過ぎない。だから、どう考えても罪証隠滅のおそれなど無い場合でも、「ある」として保釈請求が却下される。 裁判官は身柄拘束について「令状自動発券機」と揶揄されることがある。検察官の言いなりになって身体拘束を認めるからである。保釈の判断も検察官の言いなりである。そうなる原因は「先輩たちがそうしてきたから」というだけである。 いったん「相場」ができると裁判官は思考停止する。相場に従って判断するだけである。それが一番楽であり、自らの保身に有利だからである。中にはそうではない裁判官もいるが、ごく少数である。 しかし、個々の裁判官の姿勢を批判しても何も変わらない。組織で働く人間はそういうものである。保釈運用について最高裁から具体的な改善指示が無ければ、この状況が変わることは無いだろう。

 

州兵派遣の街の抵抗 大統領、裸で自転車に乗っては? N.Y.Times

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ニコラス・クリストフ

 「戦争で荒廃した」街の「国内テロリスト」と戦う、としてドナルド・トランプ大統領がオレゴン州ポートランド市に派遣した州兵たちは、予想外の試練に直面することになるだろう。それは、裸の自転車乗りたちだ。

 裸での自転車ライドは、ポートランドの恒例イベントだ。ある団体は「我々の街が軍事化されることへの対応」として、イベントの開催を発表した。

 ここでいう戦場とは、こんな感じだ。

 怒りに燃えるポートランド市民は、ポートランドを「地獄」と表現したトランプ氏に反論するため、インスタグラムで美しい街の風景の写真を共有している。

 ポートランド郊外に住むオレゴン州民の私は、この街には神聖な環境と天使がつくったような料理など、天国のような魅力があると証言できる。だが、公平を期して言えば、重大な問題も抱えている。ホームレスの問題は解決困難で、昨年の殺人事件の発生率はニューヨーク市の2倍以上だった(ただし、今年は前年同期比で41%減少しているが)。ダウンタウンは全米で最もオフィスの空室率が高い場所の一つだ。企業が撤退し、長期的な経済課題となっている。

 州兵たちがオフィススペースを借りれば、ポートランドの助けになるかもしれない。しかし、トランプ氏が「内からの戦争」と戦うためとして兵を送るこの手法は、この街の問題を解決せず、むしろ悪化させる可能性がある。

 実際、私の直感では、トランプ氏がポートランドに兵を送る主な目的は、街頭での暴力を引き起こし、犯罪に厳しい指導者としての彼自身のイメージを強化しつつ、ジェフリー・エプスタイン・ファイル(注:トランプ氏を含む歴代大統領らと親交があったとされる資産家。未成年者の性的人身売買などの罪で起訴され、2019年に自殺した同氏の捜査資料)や、経済の低迷、物価上昇といった問題から有権者の目をそらすことにある。

 トランプ氏の計画は成功するかもしれない。短気な若者たちを扇動して、反撃させる可能性は十分にある。オレゴン州のリーダーたちは市民に対し、踊らされて反応することのないよう呼びかけ続けている。「えさに食いつくな」。それが民主党関係者の口癖だ。

派兵は「必要もなく、望まれてもいない」

 2020年、白人警官が黒人のジョージ・フロイドさんを殺害した事件に対する抗議活動への対応でトランプ氏が連邦軍を派遣しようとしたとき、多くのポートランド市民がえさに食いつき、暴力的な衝突に発展した。振り返ってみると、善意から行われたこうした抗議活動は、人種的正義を前進させることはなく、ポートランドと民主党のブランドを傷つけた。無法状態が広がり、2022年まで殺人事件が急増した。

 ポートランドの犯罪率は依然高いとはいえ、その後は減少している。今年は移民税関捜査局(ICE)の事務所前で抗議活動や小競り合いがあり、これがトランプ氏を警戒させたようだが、ここ数週間は沈静化していた(トランプ氏が派兵を公表するまでは)。

 「反乱が起きていようがいまいが、ポートランドは、反乱を起こした地域のように扱われるひどい運命にあるのだろうか?」と、ポートランドの新聞「ウィラメット・ウィーク」の記者は問いかけた。

 トランプ政権が予算の逼迫を理由に国民の健康保険加入を阻む一方、ポートランドへの派兵に1千万ドルもの予算を費やそうとしているのも腹立たしいことだ。ポートランドでは必要もないし、望まれてもいない。

 改革派で実業家の新ポートランド市長キース・ウィルソン氏は、本当に必要な分野への連邦政府の支援ならば喜んで受け入れると述べた。「代わりに、教師100人や技術者100人、あるいは依存症対策の専門家100人を派遣したらどうだろう」と記者会見で物憂げに語った。

独裁者の典型的な行動に警戒

 私はキャリアの多くを独裁政権の取材に費やしてきたので、トランプ氏が批判的な人々や民主党支持の街に罰を与えるために、事実上自らの親衛隊を創設しようとしていることに、特に警戒感を抱いている。これは独裁者の典型的な行動で、1989年の天安門事件のような極端なケースでは、こうした軍隊が抗議者を虐殺するために使われたのを見てきた。

 ここでそんなことは起こらないと思うが、トランプ氏はかねて、反対派を抑圧するために軍事力を動員することに関心を示してきた。2020年、人種差別に抗議する人々について「撃てばいいじゃないか?」「脚などを撃てばいいんじゃないか?」と尋ねてきたと、元国防長官のマーク・エスパー氏は回想した。連邦判事のウィリアム・G・ヤング氏は既に、トランプ政権が移民当局の捜査官を動員し、パレスチナ人を支援する移民の発言を組織的に封殺し、学内活動を萎縮させたと認定している。

 1990年代にアイダホ州ルビーリッジやテキサス州ウェーコで起きた衝突事件で、連邦軍の行き過ぎた介入を非難していた保守派が、今やトランプ氏が国中に連邦軍を派遣するのを称賛していることには、驚かされる。

 もしトランプ氏がオレゴン州で本当に反乱を起こしている人を見つけたいのなら、私はどこにいるのか教えることができる。2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件に加わったとして有罪判決を受け、今は大統領恩赦で免責を享受している人が数人いる。

勢力を拡大する覆面捜査官たち

 トランプ氏は、特にICEを強力な武装組織へと変容させている。捜査官たちはしばしば覆面をかぶり、身分証明書の提示を拒否し、路上から人々を覆面車両で連れ去っている。レーガン元大統領が指名したヤング判事は、捜査官の覆面着用が「ひきょうなならず者や、軽蔑された(白人至上主義の秘密結社)クー・クラックス・クラン(KKK)」を連想させ、「アメリカ国民を恐怖に陥れて沈黙させる」ことを意図するものだと警告した。

 トランプ氏は、国内で活動するこうした影の勢力を大幅に拡大している。ICEの予算は、連邦捜査局(FBI)や麻薬取締局、連邦刑務所局とその他の連邦機関の予算総額を上回る見込みだ。

 トランプ氏は9月、国家安全保障に関する大統領覚書を出し、連邦政府の対テロ権限を行使し、国内の脅威を鎮圧するよう指示した。この脅威には「反米主義、反資本主義、反キリスト教」や「移民や人種、ジェンダーに関する極端な思想」を掲げる人たちも含まれると、指令は示唆している。

 トランプ氏は米軍を政治化し、より個人的な軍隊に変えようとしている。この夏、彼は海兵隊員700人をロサンゼルスに派遣した。州兵ではなく正規軍の国内派遣は30年以上なかったことだ。国土安全保障省長官のクリスティ・ノーム氏は、その意図は「社会主義者たちから都市を解放すること」と主張し、政治的な目的を示唆したようだ。

 トランプ氏は国内での武力行使を可能にする反乱法を発動させる考えをほのめかしてきた。州兵のポートランド派遣でそこに少しずつ近づいている。国内の都市を軍事的な「訓練場」として利用するよう推奨したのは、とりわけ不適切だ。

 「我々の軍隊を政治化し、自国のコミュニティーの同胞のアメリカ人を威嚇させるというこの危険なパターンは、まさに非アメリカ的である」と、退役軍人でイリノイ州選出のタミー・ダックワース上院議員(民主党)は記している。

 さて、トランプ大統領。私たちを独裁政治に引きずり込むのではなく、別の道を選ぶことで冷静になることを提案させていただけないだろうか。そう、例えばポートランドで裸になって自転車に乗るとか。 

受け渡される歌舞伎の芸 松本錦吾さんが語る「高麗屋」七十余年(朝日新聞有料記事より)

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 親から子へ、師から弟子へ。歌舞伎の芸は、人から人へと受け渡されてきました。11歳で「高麗屋」(松本幸四郎家)に入門して七十余年、一門の最長老であり、名脇役として舞台を支え続けてきた松本錦吾さんに聞きました。

高麗屋入門の巡り合わせ

 11歳で八代目松本幸四郎師(初代白鸚、1910~82)の内弟子になりました。いまの十代目幸四郎(52)の祖父です。この入門には、あるいきさつがありましてね――。

 私の父も歌舞伎役者で、七代目幸四郎さん(1870~1949)の弟子だったのですが、途中から関西歌舞伎に移り、私は大阪で生まれ、京都で育ちました。

 八代目が、主演映画「花の生涯」を京都で撮った時、父に声を掛けてくださった。両親は八代目夫妻が滞在していた旅館にあいさつにうかがったのですが、その場で、母が脳溢血で倒れてしまった。その時、おふくろは奥様の手を握り、「忠(ただし)をお願いします」と頼んだそうなんです。忠は私の本名です。それが8月のこと。10月には東京に来て、八代目の家から小学校に通い始めました。

 以来、70年以上、「高麗屋」(幸四郎一門)のひとりとして舞台を務めています。役を演じるのはもちろん、後見(舞台上で演者を補佐する役)としても、ありとあらゆる舞台に立ち会ってきたので、たいていの演目は、せりふも声の調子も、動きも、この体に染みついている。

 例えば、高麗屋の家の芸である「勧進帳」は、子供時代に「太刀持ち」で出て以来、弁慶と富樫以外は、義経、四天王、番卒と全ての役で、千何百回演じています。だから、十代目、その息子の市川染五郎(20)にも、先人たちがどう演じてきたのか、具体的に、しっかり伝えています。それが11歳から育ててくれた師匠への恩返しです。

 映像を見て、形をまねることは出来ますが、衣装の重さ、差した刀の具合などを考えながら、どのくらいの勢いで動き、脚を踏ん張るのか、といったことは、体験していないとわからない。「ビデオ先生」は教えてくれませんからね。

 高麗屋一門が東宝へ移籍した時期は、もちろん、一緒に行きました。当時の若旦那(六代目染五郎、九代目幸四郎、現・二代目白鸚=83歳)がシェークスピアの「ハムレット」を演じた時は、私も出ましたよ。タイツをはいたのは、あの時だけですが。ミュージカルですか? それは出てない。私が歌うと、長唄になっちゃいますから、ははは。

 7月に前橋市で舞踊公演がありました。戦争中、群馬に疎開していた七代目が、戦後すぐ、復興のために「橋弁慶」を演じた縁で、80年ぶりに、ひ孫の十代目が同じ演目の一部を披露し、私が振り付けました。「橋弁慶」は昔、父に教わった。父は師匠の七代目に習ったと思います。巡り巡って、つながっているのですねえ。

 教えるということでは、国立劇場の歌舞伎俳優養成の講師をずいぶんやりましたよ。アマチュアでは、いろいろな大学の歌舞伎研究会の指導もしていました。新潟へも教えに行っていました。いまも関わっているのは、九州の「久留米ちくご大歌舞伎」。今年も10月26日に公演があります。

 歌舞伎座の「秀山祭九月大歌舞伎」の「寺子屋」での春藤玄蕃は、初めて演じた役でした。小太郎で出た東京での初舞台から、何度も何度も出ていますから、初役といっても、せりふは入っていて、苦労はないのですが。

 「書きもの」(新作)のせりふが覚えられなくなったら引退だと思っていますが、まだ頭に入るので、しばらくは現役で舞台に立てそうです。

まつもと・きんご 1942年生まれ。
49年に大阪で初舞台。53年八代目松本幸四郎の弟子に。65年、三代目松本錦吾を襲名。88年に幹部に昇進した。国立劇場の歌舞伎俳優養成の講師も務めた。
 

敵対する勢力同士の「都合の良い忘却」、行き着く先は N.Y.Timesより

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デイビッド・フレンチ

 たった一文が、驚くほど物事を明快にさせることがある。

 数年前、私がナショナル・レビュー誌で働いていた頃、同僚とポッドキャストで、おなじみの気のめいる話題について話していた。党派的な思い込みについてだ。敵対する相手側の悪ははっきり見えるのに、なぜ自分たちの欠点は目に入らないのか?

 敵が過ちを犯すとそれは象徴的だが、味方が過ちを犯すとそれは例外だと、同僚は言った。

 意図はこうだ。たとえば、熱烈な共和党支持者なら、敵対勢力の腐敗や暴力行為を見て、「左派はそういうものだ」とか「それが左派思想の行き着く先だ」と言うだろう。

 ところが、右派寄りの過激派が暴力をふるったり、あるいは共和党側がいけしゃあしゃあと腐敗に及んだりした場合は、反応が違ってくる。「どんな果樹園にも悪いリンゴはある」「普通の共和党員はあんなのとは全然違う」といった具合だ。

問題を大きくするアルゴリズム

 その結果、目の前の事実がどうであれ、結局は対立する相手側に腹を立てることになる。左派寄りの暗殺者が共和党員を殺せば、「左派」が暴力的だからだと怒る。右派寄りの暗殺者が民主党員を殺せば、左派は明らかに悪質な「個人」の犯行を右派のせいにしているとして怒る。

 オンラインのアルゴリズムは、この問題をいっそう大きくする。アルゴリズムは、あなたが政治的な敵のあらゆる悪行を増幅するコンテンツに飢え、味方への攻撃について見たり読んだりするのを嫌っていると認識している。結局、あなたは入念に取捨選択された偽りの現実の中で生きることになる。

 その結果、どちらの側に悲劇が起きても、行き着く先は同じだ。右派は左派に対して、左派は右派に対してより怒りを募らせる。

 チャーリー・カーク氏の暗殺事件の余波のなかで、まさにこの現象が起きている。右派最大級のメディアの一つであるデイリー・ワイヤーの人気ポッドキャスター、マット・ウォルシュ氏の発言を例に取ろう。「チャーリーは左派のあなたたちと対話しようとしたのに、あなたたちは彼を殺した」

 さらに「あなたたちは私たちを教会で殺し、私たちの大統領を殺そうとし、最も偉大な擁護者の一人であるチャーリー・カーク氏を殺した。あなたたちは何年にもわたって、公然と政治的暴力を称賛し、祝福し、助長し、実行してきた」

 彼は付け加えた。「熱を冷ますには遅すぎる。いまは手を取り合う時ではない。正義の時だ。善が悪に立ち向かうべき時だ。正義が勝利すべき時だ」

 共和党の元上院議員候補でJ・D・バンスらの盟友でもあるブレイク・マスターズ氏は、X(旧ツイッター)に投稿した。「ここには『双方』はない。罪のない人々に対する暴力への嗜好(しこう)と政治的攻撃は、すべて左派から来ている」

 右派系オンラインメディア、フェデラリストの上級編集者はこう書いた。「左派は、反対する者すべての死を望む暴力的な革命運動だ。アメリカの立憲主義とは相いれない。チャーリー・カーク氏暗殺は、私たちが本来知っておくべきだったことを再確認させるものだ。つまり、左派と国を共有することはできないということだ」

 この種の考え方は一つの方向へ向かう。それは、極端な対応策を正当化する方向だ。トランプ大統領は、インタビューで左派、右派双方の急進主義についての質問にこう答えた。「これから問題になることを言うつもりだが私は気にしない。右の急進派がしばしば急進的なのは、犯罪を見たくないからだ」。トランプ氏は続けた。「彼らはこう言っている。『私たちのショッピングセンターを燃やしてほしくない。通りの真ん中で私たちの仲間を撃つのはやめてほしい』と」

 しかし、ちょっと待ってほしい。左派も、右派に対して同様に非難できるのではないだろうか。過去10年間に、右派過激派がユダヤ教の会堂(シナゴーグ)やショッピングセンターで大量殺人を犯すのを私たちは目にしてきた。

 極右過激派が、ミシガン州知事の誘拐を企てたこともあった。陰謀論が、政府庁舎、さらにはピザ店に対する武装攻撃を引き起こした。

 実際、左派の人ならこう主張するかもしれない。データは明白で、過去10年、右派過激派が殺害した人数は左派過激派をはるかに上回っている、と。

 私たちは、あらゆるレベルの公職者に対する脅迫がエスカレートするのを見てきたし、MAGA(米国を再び偉大に)が、その意向に逆らう地方の選挙当局者や教育委員に対して恐怖支配を敷いたのも見てきた。

 そして、右派の群衆が連邦議会議事堂を占拠し、警官を残忍に殴打し、大統領選挙の結果が気に入らないという理由で、その結果を覆そうとしたのも目撃した。

 右派は左派に対する政治的暴力を称賛していないと誰かが装うなら、議事堂に突入したとして収監された人々のグループによる国歌演奏で米国の現職大統領自身が、政治集会を始めることがあったのを思い出そう。

 ワシントン・ポストのコラムニスト、メーガン・マカードル氏は、Xにこう書いた。「左派と右派のどちらがより暴力的かというオンライン上の議論から明らかなことの一つは、多くの人が相手側による攻撃については百科事典並みに詳しい一方で、自分と同じ思想を共有する人々による攻撃は、都合よく忘却しているということだ」

粉砕されねばならない「やつら」

 この指摘は正しい。これは無害な誤りではない。政治的暴力が分断の一方からしか来ないと信じ込んでしまえば、懲罰的な権威主義への誘惑は圧倒的になる。「やつら」は邪悪で暴力的であり、「やつら」は粉砕されねばならない、と。

 しかし、米国がイデオロギーの両側において深刻な暴力的過激主義の問題を抱えていることを私たちが正確に理解できるなら――ある時点で一方が他方よりひどいとしても――解決の道は支配ではなく和解にある。実際、危機を増幅させ、相手を過激化させるのは、支配しようとする意志そのものだ。

 確証バイアスはまったく人間的なものだ。私たちは、自分にとって不利な情報をふるい落としてしまう。なぜなら、自分たちが正義のために必死に戦う善良な人間だと強く思いたいからだ。私たちの考えだけではなく、「私たち」自身も優れている、つまり、相手側の人々より高い人格と優れた価値観を備えている、と考えてしまうのだ。

 しかし、真実は単純な物語を複雑にしがちであり、米国における真実は厳しい。暴力行為は、反省や悲しみ、寛容によって国民を結束させるのではなく、敵対する派閥へと分断している。

 共和党には、トランプ氏のような人物を指名することにあらがう道徳的障壁が存在しないのだと悟ったとき、私は打ちのめされた。私は長年、共和党員にとって人格は重要だという誤った信念に縛られてきた。とりわけ、民主党員よりも重要だという思い込みに。

 その幻想が打ち砕かれたのはつらかったが、真実を知ることができたのはありがたい。この忌まわしい局面を乗り越えるには、より多くの米国人が痛みを伴う事実に向き合わなければならない。悪は米国の分断の一方にだけ閉じ込められているわけではない。あなたたちのなかにも怪物はいる。 

移民の大量流入と西側諸国での「リベラリズム」の凋落 N.Y.Times(朝日新聞有料記事)

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ブレット・スティーブンス

 欧州の大規模な移民危機に直面したドイツのメルケル首相が「私たちはやり遂げられる」と宣言してから10年が経つ。米紙ウォールストリート・ジャーナルは8月30日、「ポピュリストや極右政党が初めて英仏独の世論調査で首位に立っている」と伝えた。似た政党はすでにハンガリー、イタリア、オランダ、スウェーデンで政権を握っているか、与党入りしている。米国については言うまでもない。

 メルケル氏がドイツの国境を開放する決断をしたことで、西側諸国が反移民へ右傾化したのは予測可能な結果だったと言っても、そこから学ぶべき教訓はなお残されている。

自由民主主義に2人の「兄弟分」

 リベラルデモクラシー(自由民主主義)にはおよそ20年前、おそらくそれよりも前から2人の「兄弟分」が生まれた。「ポスト・リベラルデモクラシー」と「プレ・リベラルデモクラシー」である。

 プレ・リベラルデモクラシーは定期的な選挙という慣習は受け入れるが、言論の自由や道徳的寛容さ、法の支配、女性の平等といった自由主義の中核的な価値観の多くを拒否する。エルドアン大統領の長期政権下にあるトルコや、短い期間だったがムスリム同胞団のムルシ政権下のエジプトがこのタイプの典型だ。

 これに対し、ポスト・リベラルデモクラシーは自由主義の価値観を受け入れながらも、自らを国民の意思から切り離そうとする。巨大な超国家的立法システムを持つ欧州連合(EU)はその一例だ。司法権の及ばない範囲への判決を出す国際裁判所もそうだし、気候変動に関する京都議定書やパリ協定のようなグローバルな環境協定もそうだ。

西側諸国は自由民主主義を追い求めてきたが…

 この二つのモデルの中間に従来の自由民主主義がある。その役割は、相反する要請を調整し、対立を和らげることにある。つまり、多数派の意思を受け入れつつ個人の権利を保護すること、あるいは国家主権を守りながら開放性を維持すること、基本原則を守りつつ変化に適応することである。歩みが遅いことが欲求不満の種だとしても、より確かな足取りで前進していくことが長所だ。

 これこそが、西側諸国の多くが近年事実上放棄した理想である。左派にしても中道右派にしてもポスト・リベラルの政策決定は二つの最も基本的な政治的問いの結果を決めてきた。一つは「私たち」とはだれか。もう一つは、だれが私たちのために決定するか、だ。

ポスト・リベラルデモクラシーの先に?

 メルケル氏は移民の受け入れを緩和し、1年間で100万人近くを受け入れることについてドイツの有権者の承認を求めようとはしなかった。また、バイデン前米大統領は米南部国境を通じて何百万もの移民を受け入れると約束して大統領に選ばれたわけではない。英国人もブレグジット後にわずか人口6900万人の国に450万人の移民を受け入れることになるとは考えもしなかった。しかも保守党指導者の下で、である。

 ポスト・リベラルデモクラシー的な統治が長く続いたことへの反応として、対極にあるプレ・リベラルデモクラシーの方向に大きく傾いてきたことは不思議ではない。各国の右翼やポピュリスト政党には違いがあるが、どれも同じ核心的な不満の上に台頭してきた。すなわち、ポスト・リベラルの政府が不透明な法的手段を使ったり、法律を無視したりして、社会の明確な同意がないまま社会の変革を試みた、という不満だ。

移民に懸念を抱いたら人種差別主義者なのか

 米国では、こうした不満が(移民の流入で白人人口が置き換えられると主張する)「置き換え理論」と呼ばれている。リベラル派や進歩派はこの理論を反ユダヤ主義や人種差別の扇動として一蹴する。しかし、普通の有権者は疑問を持っている。なぜ自分の国で自らが歓迎されない「よそ者」のように感じるのか、なぜそもそも歓迎していない新参者のために税金を負担するのか、なぜ寛容さを示さない相手に対し寛容でいなければならないのか、なぜ移民が起こしたショッキングな犯罪に口を閉ざさなくてはいけないのか――。これらの疑問には一定の理解が示されるべきかもしれない。

 こうした有権者の多くが感じていることは人種差別ではない。彼らは自分たちの適切な政治的懸念が人種差別的と片付けられることに憤りを感じている。既存の政治体制にいる政治家や専門家が彼らを差別主義者と扱う限り、極右勢力は今後も台頭し、拡大し続けるだろう。

自由民主主義の力を取り戻すために

 中道右派と中道左派の支持者たちにもできることはある。メルケル氏やバイデン氏は間違っていた、道義的、経済的には正しかったが、政治的には愚かだったなどと陰でささやく代わりに、次の点をはっきり理解するべきだ。国境管理は国家主権の不可欠な条件であること、議会の明確な同意なき大量の移民流入は容認されないこと、移民は受け入れ国の価値観を受け入れるべきであること、受け入れ国は自由主義社会と相反する価値観に合わせるべきではないこと、だ。

 その時になってようやく自由民主主義の価値観が――移民の美徳を評価することも含めて――再び力を取り戻し始めることが期待できるかもしれない。それまではプレ・リベラルの潮流が勢いを増し続けるだろう。 

ブラックホール化する「アンダークラス」? 調査が示す階級社会の今(朝日新聞有料記事)

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 最下層の「アンダークラス」が誕生して日本は新しい階級社会になった――。そんな分析で話題を呼んだ社会学者の橋本健二さん。新たな調査結果をもとに、アンダークラスが「ブラックホール」化し、政治から疎外されていると訴えている。格差を解消する政治を生みだすため、まず足元を見つめてみたい。

「新しい階級社会」とは

 ――階級という視点から日本社会を見つめてきましたね。アンダークラスという新しい階級が最下層に出現したと訴える著書「新・日本の階級社会」が話題を呼んだのは7年前でした。

 「アンダークラスとは、パートの主婦を除いた非正規雇用の労働者たちを指します。人数は890万人。日本の就業人口の13・9%を占めます。1980年代から進んだ格差拡大に伴って生まれた新しい階級であり、現代社会の最下層階級です」

 「2022年に東京・名古屋・大阪の3大都市圏で私たちが実施したネット調査によれば、アンダークラスの人々の平均年収は216万円で、貧困率は37・2%に達していました」

 ――正規雇用の労働者などと比べて、どのくらいの経済格差が見られたのでしょう。

 「同じ調査で見ると、アンダークラスの人々の平均年収は、経営者ら資本家階級の人々との比較では2割強、正規雇用の労働者と比べても4割強にとどまる額でした。貧困率を見ても正規雇用の人々は7・6%なので、桁違いです。非正規雇用の労働者と正規雇用の労働者の間には、もはや同じ階級とはみなせないほどの経済格差があるのです」

 ――今年6月に出された新著「新しい階級社会」の中で印象的だったのは、アンダークラスがブラックホール化しているとの指摘でした。なぜ、そのようなたとえを使ったのですか。

 「貧困や格差の『連鎖』としてアンダークラスを理解しようとする誤解が気になっていたからです。貧困層の家庭の子は貧困層になるという連鎖です」

 「確かに一般的には連鎖が見られるのですが、アンダークラスに関する限り、それはあてはまりません。そもそも子どもが生みだされにくいからです」

際立っていた未婚率の高さ

 ――どういうことでしょう。

 「3大都市圏で行った私たちの調査から見えたのは、アンダークラスでは未婚率が69・2%と、他の階級に比べ際立って高いことでした。男性では、74・5%に上っています」

 「経済的な理由から結婚することも子を持つことも困難な人が多数を占めている。世代の再生産が起きにくくなっている事実を強調するために、吸い込まれたら出てこられないブラックホールのたとえを使いました」

 「もちろん、結婚はしなければいけないものではないし、子どもも産まなければいけないものではありません。ただ、結婚や子育てを選択したくてもできない人々が多く存在し、それが収入の低さと結びついているという事実には注目すべきです」

 ――低賃金と再生産の不可能性は、どう結びつくのですか。

 「賃金とは本来、労働力の再生産にかかる費用です。その際、再生産には二つの意味があります。①労働者自身が疲れをとったり飲食したりして労働できる力を回復することと②子どもを産み育てて次の世代の労働者をはぐくむこと、です」

 「賃金は通常、これら二つの意味での再生産費用を含んだ額に設定されます。そうしないと資本主義は次の世代の労働者を確保できないからです。にもかかわらず日本では、次世代の再生産費用を含まないレベルにまでの低賃金化が起きた形です」

格差拡大し分裂した労働者階級

 ――新しい下層階級が登場する以前、日本には四つの階級があったと説明していますね。

 「ええ。よく知られるのが、企業の経営者からなる『資本家階級』と、現場で働く人々からなる『労働者階級』です。そのほかに、経営者と労働者の性格を併せ持つ二つの中間階級がありました。自営で農業やサービス業などを営む『旧中間階級』と、企業で働く管理職・専門職などの『新中間階級』です」

 「これらのうち労働者階級が90年代ごろに二つに分裂したというのが私の見立てです。上位の『正規労働者階級』と、下位の『アンダークラス』に。ちなみに階級とは、同じような経済的位置を占めており、そのために同じような労働のあり方、同じようなライフスタイルのもとにある人々の集まりのことです」

 ――非正規労働者自体は以前から存在していたはずですが、なぜ、階級という固まりとして登場するに至ったのでしょう。

 「一つは、経済のグローバル化によって非正規労働者が生み出されやすくなったためです。人件費を下げなければ企業が収益を上げにくい構造が作られ、低賃金の非正規労働者が増えやすい環境が生みだされました」

 「また政府の政策や企業の方針の面でも、非正規雇用の労働者の増加を促進する施策が進められました。とりわけそれが顕著だったのが日本や米国です」

 「かつては非正規労働と言えば、学生やパートの主婦、定年後など人生の一時期だけのものでした。人生のすべてを非正規として働く人が激増したことで、独立した階級になった形です。近年注目が高まった『氷河期世代』の多くもそこに含まれます。人間を消耗品として使い捨てている状態だと言えます」

他階級から人々を吸い込む「下層」

 ――アンダークラスの人々は子どもを持ちにくいが、それによってその階級が消滅するわけでもない、と論じていますね。

 「他の階級から人々を吸い込み続けるからです。たとえば、主婦の女性が夫と離別・死別することでアンダークラスに流れ込むルートがあります。正規労働者階級や新中間階級などの家庭で生まれ育った子が、正規労働者になれず流れ込むルートもある。非正規雇用の低賃金労働者を不可欠とする経済体制を続ける限り、アンダークラスは必要とされ続け、下層階級に転落する人は現れ続けます」

 ――アンダークラスという言葉の使い方には注意が要るとも、以前から語っていますね。

 「英語圏、とりわけ米国では、アンダークラスという言葉に侮蔑的・差別的な意味が付着しているからです。人種差別を背景に、犯罪や福祉依存などと結びつけて語る傾向があるのです。新たな下層階級に何か名前付けをする作業が必要だと思いますが、差別に結びつけた語り方の台頭には警戒が要ります」

 ――アンダークラスという新しい階級は、政治とはどう結びついているのでしょう。

政治から最も疎外された存在

 「先ほどの3大都市圏調査には、政党支持や政治意識に関する項目も盛り込みました。五つに増えた階級の中で見られたアンダークラスの特徴は、自民党への支持も野党への支持も、ともに最も低かったことです」

 「国政選挙への投票をいつもしていると答えた人の割合も、選挙で候補者への支援活動に参加していると答えた人の割合も、5階級中で最低でした。生活するだけでせいいっぱい、というのが実情なのでしょう」

 「政治にアクセスできておらず、逆に政党もアクセスしようとしない。アンダークラスは政治から最も疎外された存在です。一般に政治家の目には、積極的に政治参加をする人だけが視野に入りがちだからです」

 ――先日の参院選で、格差解消への機運は見えましたか。

 「あまり見えませんでした。最低賃金の引き上げへの動きなどはありますが、正規雇用と非正規雇用の待遇均等化や所得再配分の強化についての合意に向かう機運は、まだ希薄です」

 ――政治が格差解消へ向かう可能性はあるでしょうか。

 「3大都市圏での調査によれば、『いまの日本では収入の格差が大きすぎる』という項目でそう思うと答えた人の割合は約70%に上っていました。有権者の間にはすでに3分の2以上の合意があるのです。問題は、それが政府の政策にきちんと反映されていないことです」

 「政治意識のアンケートをもとに、似た考えの人を集めるクラスター分析をしたところ、有権者が5集団に分かれている構図が見えました。そのうち自民党の支持層としては、所得再分配に前向きな『伝統保守』と、再分配に後ろ向きで排外主義的な傾向が顕著な『新自由主義右翼』の2集団がありました」

自民が「伝統保守」に回帰したら

 「新自由主義右翼の層が、排外主義に積極的でない自民党を見限り、新興右派政党に流れた。参院選ではそんな変化が起きた可能性があります。今後もし自民党が伝統保守に回帰すれば、リベラルな野党との間で再分配強化を目指す合意が浮かび上がってくるかもしれません」

 ――階級は社会からなくした方がいいでしょうか。

 「いえ、なくさない方がいいと思います。経営をしたいか雇われて働きたいか、脱サラして自営業を始めたいかの選択肢はあった方がいいからです。でも格差はなくすべきです。格差は社会全体に損失を与えます」

 「もし階級間の格差が小さくなれば、人は自分の所属階級を自由に選べるようになります。目指すべきは、そうした社会なのではないでしょうか」

橋本健二さん

はしもと・けんじ 1959年生まれ。早稲田大学教授。
階級・階層論。話題を呼んだ2018年の「新・日本の階級社会」に続き、新規調査をもとに近刊「新しい階級社会」を発表。
 

プーチンに憧れ恐れるトランプ 「第3次大戦」吹聴の愚(朝日新聞有料記事)

 ウクライナ侵攻を続けるロシアに対して、トランプ米大統領はなぜ圧力強化に踏み切らないのでしょうか。そして、停戦の行方は。レーガン政権から第1次トランプ政権まで国務省や国防総省で要職を務め、対ロ交渉の経験も豊富な米シンクタンク「アトランティック・カウンシル」ユーラシアセンターのデブラ・ケーガン上級顧問に聞きました。

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 ――アラスカでの米ロ首脳会談を経て、ウクライナでの停戦は近づいたのでしょうか。

 停戦に関する進展は全くなかったと思います。ロシア側は依然として自らが優位にあり、現在の行動をやめる理由はないと考えているでしょう。攻撃を止めざるをえない立場に追い込まれる要因が何もないからです。

計算づくのロシア 首脳会談直後に米企業を攻撃

 ――会談直後にはウクライナ西部にある米企業が攻撃されました。

 ロシアがこの戦争でやっていることは全て計算ずくです。米国の工場を意図的に狙ったのは「運転席にいるのは我々だ(主導権はロシアにある)」というメッセージを発するためです。我々(米国)は彼らを運転席から追い出すために必要なことを何もしていません。

 ――トランプ氏は腹を立てないのでしょうか。

 トランプ氏は独裁的な政策を実行するプーチン大統領に憧れています。同時に、恐れてもいます。なぜなら、彼の周りにはバンス副大統領やバノン元大統領首席戦略官、その他のMAGA(米国を再び偉大に)の支持者ら、何かにつけ「第3次世界大戦になる」と騒ぎ立てる人たちがいるからです。

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米ホワイトハウスで2025年8月22日、ロシアのプーチン大統領との2ショット写真を手にするトランプ大統領

 米国は、ロシアや中国がどんなに望んでもその力が及ばないほど強い国です。プーチン氏が核兵器を使う計画をしようものなら、私が大統領であれば「あなたの国は2・3秒でちりになる」と伝えます。それが伝えるべきメッセージなのに伝えられていないことが問題です。全ての軍事行動が戦争につながるわけではないのに、「第3次大戦になる」と騒いでいては必要な行動がとれなくなる。ばかげた主張です。

 ただ、トランプ氏が圧力強化に転じる可能性はまだあると思います。大統領には、周囲の不適切な意見を聞かずに自分自身の立場を貫かなければいけなくなる時が来ます。支持者に「米国は強くて重要な国なのだから、これをやらねばならない」と言わねばなりません。

「欧州は言いなり」トランプ氏を過大評価したプーチン氏

 ――欧州側の対応は。

 欧州は第2次大戦以来最も強く充実した状態に向かっています。

 プーチン氏は、トランプ氏を過大評価していたと思います。トランプ氏さえ説得できれば欧州やウクライナのゼレンスキー大統領がトランプ氏の言いなりになると。もはや現実はそうではありません。

 ただ、欧州にはさらに踏み込んだ対応が必要です。たとえば先日、ロシアのドローン(無人機)がポーランドで墜落しました。領空侵犯されたのだから、私が責任者であれば撃ち落としたでしょう。ロシアと対決することを恐れて誰もそうしませんでした。シンプルな行動がロシアに大きなメッセージを伝えるのです。

 ――ウクライナへの「安全の保証」についてはどう考えますか。

 現在の議論は一般論ばかりで具体性がありません。これが起きたらこの対応をするという非常に明確な「トリップワイヤ(仕掛け線)」の設定が極めて重要です。よく訓練された(国連平和維持部隊の)オランダ軍がその場にいながら介入する権限がなく虐殺を見ているしかなかった(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の)「スレブレニツァ」の二の舞いは避けねばなりません。

 ――米国の役割は。

 政権内にはできるだけ何もしたくないと考える人たちが中枢にいます。F35戦闘機をある地点から別の地点にただ動かす、という具合です。

 トランプ政権は地上部隊の展開を否定し、空軍力を使った支援を示唆しましたが、実際に何をするのでしょうか。軍事情報の提供を続けるだけなのか、指揮統制や通信の調整もするのか、情報・監視・偵察活動をするのか。多くの点の議論が手つかずです。

ロシアの許可を請う超大国 「本気」示す行動を

 ――対ロ交渉の窓口であるウィトコフ特使は米欧の「安全の保証」案をプーチン氏が受け入れたと主張しています。

 ばかげています。我々が必要なことをするために、虐殺をいとわない独裁者から許可を得る必要などありません。最初のステップからして間違っている。超大国の米国が、兵力を第三国に頼るような国から許可を請うなんて、プーチン氏は笑っているでしょう。

 ――ゼレンスキー氏とプーチン氏の会談は実現するのでしょうか。

 トランプ氏はこの会談に入れ込みすぎです。プーチン氏がゼレンスキー氏と会談するとは思えず、私がゼレンスキー氏なら停戦しない限りプーチン氏とは会いません。(第2次大戦中に)チャーチルとヒトラーが会談するようなものです。

 先日ルビオ国務長官が交渉中だから制裁はしたくないという発言をしましたが、それ自体が間違っています。私はキャリアの大半をロシアとの交渉に費やしてきましたが、常に手持ちの全手段を使うことを考えていました。こちらが望むものを得るまでロシアが渇望するものは与えませんでした。「制裁を科せば関係が悪化する」という考えは愚かで、制裁を実行してこちらが本気であることを示さない限り、プーチン氏は何も譲らなくていいと考え続けるでしょう。

     ◇

Debra Cagan ブッシュJr.政権で多国籍軍作戦担当の国防副次官補。国務省の核問題担当などの上級職も歴任し、クリントン政権では核不拡散・軍備管理を進める対ロ交渉を担った。米軍幹部らへの政治・外交顧問も務めた。

あなたが知る米国は消え去るだろう 私がそう思う理由 N.Y.Times(朝日新聞有料記事より)

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トーマス・フリードマン

 ドナルド・トランプ氏が大統領として行ってきた数々の恐ろしい言動の中で、最も危険な出来事が8月1日に起こった。私たちが信頼し、独立している政府の経済統計機関に、トランプ氏は事実上、彼と同じくらいの大うそつきになるよう命じたのだ。

 トランプ氏は、気に入らない経済ニュースを彼にもたらしたという理由で、上院で承認された労働統計局長エリカ・マッケンターファー氏を解雇した。そしてその数時間後に、2番目に危険なことが起こった。我が国の経済運営に最も責任を持つトランプ政権の高官たち(民間企業にいれば、気に入らない財務データを持ってきた部下を解雇することなど決して考えもしなかったであろう人々)が全員、それに同調したのだ。

 彼らはトランプ氏にこう言うべきだった。「大統領、もしこの決定について考え直さないなら、つまり、悪い経済ニュースをもたらしたという理由で労働統計局のトップを解雇するなら、今後、その局がよいニュースを発表した時、誰が信頼するでしょうか」と。しかし、彼らは即座にトランプ氏をかばった。

誠実な共和党の役人は絶滅した

 ウォールストリート・ジャーナルが指摘したように、ロリ・チャベスデレマー労働長官は1日朝、ブルームバーグテレビに出演し、発表されたばかりの雇用統計が5月と6月は下方修正されたものの、「雇用はプラス成長を続けている」と宣言した。ところが、数時間後、トランプ氏が自身の直属である労働統計局長を解雇したというニュースを知ると、彼女はX(旧ツイッター)にこう投稿した。「雇用統計は公正かつ正確でなければならず、政治目的で操作されてはならないという大統領の見解に、私は心から賛成します」

 同紙はこう問いかけた。「では、午前中に『プラス』だった雇用統計が、午後には操作されたのだろうか?」。もちろんそんなことはない。

 トランプ氏のやったことを聞いた瞬間、過去の出来事が私にフラッシュバックした。それは、2021年1月のことだ。トランプ氏が20年の大統領選で敗北した後、ジョージア州の共和党員の州務長官に対し、大統領選の結果を覆すのに十分な票(正確には1万1780票、とトランプ氏は言った)を「見つける」よう圧力をかけ、それができなければ「刑事罰に問う」とまで脅したと報じられた。会話の録音によると、この圧力は1時間にわたる電話の中でかけられた。

 しかし、当時は今と違って、誠実な共和党員の役人というものが存在した。ジョージア州の州務長官は、存在しない票を捏造することに同意しなかった。しかし、そのような共和党員の役人は2期目のトランプ政権では完全に絶滅したようだ。こうして、トランプ氏の腐った人間性は今や私たちの経済全体にとって問題となっている。

 スコット・ベッセント財務長官やケビン・ハセット国家経済会議委員長、チャベスデレマー労働長官、ジェイミーソン・グリア米通商代表部(USTR)代表といったような上司の下で働くとき、彼らが自分を守ってくれないばかりか、職を守るためには生けにえとして自分をトランプ氏に差し出すだろうと知りながら、今後、どれだけの政府官僚が悪いニュースを伝える勇気を持てるだろうか。

「バナナ共和国でしか見られない」

 ここに名を挙げた人物の全員が恥を知るべきだ。特に元ヘッジファンドマネジャーであるベッセント氏は、事態をよく理解していながら介入しなかった。なんという臆病者だろう。ベッセント氏の前任者であるジャネット・イエレン氏は、前財務長官であり米連邦準備制度理事会(FRB)の前議長でもあり、そして真の誠実さを持つ人物だが、労働統計局長の解任についてニューヨーク・タイムズの私の同僚ベン・カッセルマン氏にこう語った。「これはバナナ共和国でしか見られないようなことだ」と。

 外国からこれがどう見られているかを知ることは重要だ。ロンドンを拠点とする債券トレーダーで、市場の専門家の間で人気のニュースレター「ブレインズ・モーニング・ポリッジ」を発行しているビル・ブレイン氏は4日にこう書いた。「8月1日金曜日は、米国債市場が死んだ日として歴史に刻まれるかもしれない。米国データを読むにはある種の技術が必要で、それは信頼に基づいていた。今、それが崩れ去った。データが信頼できないなら、何を信頼すればいいのだろうか」

 彼はさらに、31年5月に自身のニュースレターがどのようなものになるかを想像した。それは、こう始まるという。「トランプ氏の経済真実省(旧米国財務省)の発表へのリンク:『トランプ大統領のリーダーシップの下、米国経済は記録的なスピードで成長を続けている。SNSトゥルース・ソーシャルの傘下にある真実省の雇用統計は、全米での完全雇用を示している。都市部の緊張はかつてないほど低くなっている。すべての新卒者が米国の成長著しい製造業で高給の仕事を見つけており、その結果、トランプ社傘下の多くの大企業が深刻な人手不足を報告している』」

 もしこれがとっぴな話だと思うなら、あなたは明らかに外交政策のニュースをフォローしていない。なぜなら、この種の手法、つまりトランプ氏の政治的ニーズに合うように情報を仕立て上げるやり方は、すでに諜報分野で行われているからだ。

 5月、トゥルシ・ギャバード国家情報長官が、2人の情報機関幹部を解雇した。トランプ氏はトレン・デ・アラグアというギャングがベネズエラ政権の指示の下で活動していると主張していたのだが、2人が監督していた評価はこの内容を否定するものだった。トランプ氏は、ギャング構成員と疑われる者を適正な手続きなしに国外追放するために、ほとんど利用されていなかった1798年制定の敵性外国人法という怪しげな法的根拠を持ち出していたが、2人の評価はそれを損なうものだったのだ。

 そして今、自分で自分の目をふさぐようなこの傾向は、政府のさらに隅々にまで広がりつつある。

「容易な誤り」ではなく「困難な正しさ」を

 バイデン政権時代にサイバー・インフラセキュリティー庁(CISA)長官を務め、米国屈指のサイバー戦専門家でもあるジェン・イースタリー氏は先日、ダニエル・ドリスコル陸軍長官によって、米陸軍士官学校(ウェストポイント)の上級教員職への任命を取り消された。これは、極右の陰謀論者であるローラ・ルーマー氏が、イースタリー氏はバイデン時代のスパイだと投稿した後のことだった。

 もう一度、ゆっくり読んでみてほしい。陸軍長官は、トランプ氏の狂信的な信奉者の指示に従って、(誰の目にも明らかに)米国で最も熟練した無党派のサイバー戦専門家の一人であり、自身もウェストポイント出身である人物の教員としての任命を取り消したのだ。

 読み終わったら、SNSリンクトインでのイースタリー氏の返答を今度は読んでみてほしい。「私は生涯を通じて無党派として、共和党・民主党両政権下で、平時にも戦時にも我が国に仕えてきた。すべての米国民を凶悪なテロリストから守るため、国内外で任務を指揮してきた。これまでのすべてのキャリアで、特定の党派に偏ることなく愛国者として、権力の追求ではなく愛する祖国に奉仕するため、すべての敵から守り抜くと誓った憲法に忠誠を尽くすため働いてきたのだ」

 そして彼女は、自分が教える栄誉を得ることのない若いウェストポイントの士官候補生たちに、こんなアドバイスを添えた。「ウェストポイントの卒業生たちは皆、『士官候補生の祈り』を知っている。その祈りは、私たちに『より容易な誤りではなく、より困難な正しさを選びなさい』と求めている。この言葉は、とてもシンプルでありながら力強く、30年以上にわたり私の指針であり続けた。会議室でも作戦室でも。疑念にさいなまれる静かな瞬間でも、公の場でリーダーシップを発揮する時でも。より困難な正しさは決して容易ではない。それこそが重要なのだ」

 この女性が次世代の戦士たちに教える立場となることを、トランプ氏は望まなかったのだ。

 より容易な誤りではなく、より困難な正しさを常に選択する――。その倫理観は、ベッセント氏やハセット氏、チャベスデレマー氏、グリア氏には全く理解されていないものだ。トランプ氏自身については言うまでもない。

 だからこそ親愛なる読者のみなさん、私は生来の楽観主義者だが、初めてこう信じるようになった。もしこの政権が発足後わずか6カ月で示したような行いが4年間も続き、増幅されるならば、あなたが知っている米国は消え去ってしまうだろうと。そして、どのようにそれを取り戻せるのか、私にはわからない。 

9月まで続いた日本の「忘れられた戦争」 演出したのは米国だった(朝日新聞有料記事)

 80年前、「終戦の日」の8月15日以降も続いた戦争がある。ソ連との戦いだ。各地で多くの犠牲や困難、そして北方領土問題を生んだが、全体像の研究は21世紀になる頃から始まった。日ロ米中の4カ国語を駆使して史料をひもとき、詳しく分析した成城大学教授の麻田雅文さんに、「忘れられた戦い」という日ソ戦争から見えるものを聞いた。

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  ――戦争は8月15日以降も続いたのですね。

 「そうです。日ソ両軍で兵士200万人超が関わった戦いが、9月に入るまで続いたのです」

 「ソ連が日本に宣戦布告したのは、1945年8月8日深夜です。翌日以降、満州(現中国東北部)や南樺太(サハリン南部)に侵攻しました」

 「18日未明には、カムチャツカ半島と海を挟んで隣りあっていた千島列島の最北端で開戦します。南樺太の中心都市への空襲は22日です。各地で順次停戦しますが、ソ連は今の北方四島まで進軍。日本軍の武装解除終了は9月7日でした」

対日参戦の「報酬」は

 ――なぜソ連は、原爆が投下されて降伏寸前の日本に宣戦布告し、ポツダム宣言の受諾後も戦争をやめなかったのですか。

 「もともと、日ソ戦争を演出したのは米国です。米国は日本を無条件降伏させるため、ソ連の対日参戦を熱望し、働きかけていました。ソ連は米英と同じ連合国陣営でしたが、41年に日本と中立条約を結んでいたためです」

 「ソ連は対独戦の最中で、二正面作戦を避けるため腰が重かった。そのため45年2月の米英ソのヤルタ会談では、ソ連が対日参戦すれば、満州での港や鉄道の利権、さらに南樺太や千島列島も得られるという『報酬』が密約されました」

 「5月にドイツが降伏すると、ソ連は7月のポツダム会談で、8月15日に参戦すると米国に伝えました。ところが8月6日に、思いがけず米国が原爆を投下します。ソ連は、日本が降伏してしまう前に東アジアでの『報酬』を手にしようと、予定を繰り上げて参戦したと考えられます」

 「日本のポツダム宣言受諾後も、ソ連は日本軍に正式な停戦命令が出ていないなどとして、すぐには停戦に応じませんでした。困った日本から頼まれた米国の働きかけなどを受けて、最高総司令官スターリンが満州での戦闘停止を命じたのは18日になってからです。その後も、日ソ双方で停戦の徹底に時間を要したこともあり、ソ連は『報酬』の確保に向けて戦闘や進軍を続けました」

 ――犠牲者は。

 「日ソ戦争に参加した兵士はソ連側が約174万人、日本側が100万人超。ソ連側の死者・行方不明者は1万2千人とされます。日本側はより甚大でしたが、よくわかりません。ソ連側には、日本軍の戦死者数として7万7992人という数が残っていますが、誇張している可能性があります」

 「一方、民間では、停戦後も含めて満州と朝鮮半島北部で約20万人、南樺太では約4千人が犠牲になったといわれています。成人男性の多くはソ連軍に連行されてシベリア抑留を強いられ、女性にはソ連兵からの性暴力もありました。集団自決や、日本本土に帰れなくなった残留孤児・残留婦人も生じ、戦後は戦没者の遺骨収集もままなりませんでした」

甘かった対ソ認識、軽んじられた警告

 ――日ソ戦争の詳しい分析から、何が見えてきますか。

 「現代にも通じる、危機に際しての各国の意識の持ち方がわかります」

 「日本は、軍事力や多くの人の目が南方の戦線や本土決戦ばかりに向けられ、中立条約を結んでいたソ連には甘い認識しかありませんでした。45年4月には条約の不延長を通告されますが、それでもソ連に米英との講和の仲介役を頼み続けていました」

 「日本軍のソ連情報の担当者は、8~9月にソ連が対日参戦する公算が大きいと警告していましたが、軽んじられました。危険が迫っていても日常の延長だととらえ、自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりする『正常性バイアス』だったと思います」

 「ソ連の歴史認識にも目が向けられていませんでした。日本が勝った日露戦争やソ連建国時のシベリア出兵、満州国の国境紛争『ノモンハン事件』で、日ソは鋭く対立して多くの犠牲者が出ていたのに、忘れています。満州国の日本人官僚は『ソ連とは戦争らしい戦争もしていない』『報復されるような心配はあるまいという安心感があった』と回顧しています」

 ――一方のソ連は。

 「すでに対独戦で2700万人が死亡し、農村は荒廃して飢饉も広がり、国民は疲弊していました。そこで対日参戦の士気向上に利用したのが『歴史』です。日露戦争の小説が大量に刷られ、シベリア出兵中の日本軍に殺された革命家の肖像が切手になりました。『復讐』というプロパガンダを広めたのです」

 「そして相手の復讐を恐れ、徹底的に立ち直れないようにするのもソ連です。1939年にポーランドの半分を占領した際も、軍幹部や民間人をシベリアに送ったり殺したりしました。日ソ戦争では日本人だけでなく、満州に亡命していた反共産主義のロシア人有力者を見つけ出して処刑しています。住民への過酷な対処は、現代のウクライナ戦争でも共通しており、私は『ロシアの戦争文化』と呼んでいます」

 ――北方領土は今もロシアが支配したままです。

 「岐路となったのは、米国の対応です。最初に千島列島に上陸したがったのは米軍です。対日戦の空爆基地にしたかったのですが、侵攻すると犠牲が大きいと考え、代わりにソ連の進軍準備を支援しました。ソ連軍に艦艇を供与し、島への上陸作戦の経験が少なかったソ連兵の訓練まで請け負いました」

 「それでも米軍は、中部と南部は自ら占領するつもりでした。最北端の占守島(シュムシュ島)など2島と周辺の小島だけがソ連の担当だったのです」

 「ところがソ連のスターリンは8月16日、千島列島と、北海道の釧路と留萌を結ぶ線より北の半分を米国に要求します。当時のトルーマン米大統領は翌日付の返信で、北海道は譲らないとした一方、千島列島は同意してしまうのです。どの島までかは具体的に示さなかったことが命運を分けました。アメリカ軍の幹部が怒り心頭だった記録が残っています。ソ連が米国を狙うミサイル基地になり得るからです」

 「戦後、米国は沖縄や奄美、小笠原諸島を支配しましたが、日本に返還しています。一方、ソ連は北方四島を早々に自国領とします。『喪失』の責任は米国の歴代大統領にもあります。今も米国が北方領土問題に消極的なのは、こうした過去のためでしょう」

 ――日ソ戦争から、どんな歴史的教訓が得られますか。

 「結局のところ、大日本帝国は、終わりに際してあまり国民を守る戦いをしませんでした。むしろ国民を巻き込む戦いをしました。そんな戦い方は避けるべきです。万一の時、国民をどのように守るか、もっと議論を深めるべきだと思います」

 「また、今は台湾と中国に多くの人が目を向けています。しかし、当時も日本は南方だけを考えていました。日本の地政学的な条件は変わっていません。『北』も忘れてはいけません」

 ――それなのに、日ソ戦争は多くの人が「忘れて」いると。

 「二つの『神話』に埋もれた面があります。一つは、米国の原爆投下が戦争を終わらせたという『神話』です。すると日ソ戦争について考えなくなります。二つ目は、天皇の玉音放送があった8月15日の『神話』。戦後は『終戦の日』と呼ばれ、15日以降も続いた日ソ戦争は視界の外に飛んでしまいました」

 「外国の戦争のようにも思われたのではないでしょうか。実際は、日ソ戦争の舞台となった南樺太も千島列島も日本領で、満州には150万人超の日本人が暮らしていました。しかし戦後、日本人が簡単に行くことができない時期が長く続きました」

 「マスコミも、国内は非常に熱心に扱いますが、日本の施政権が及ばなくなったところは、あまり扱いません。広島、長崎や沖縄に比べて、日本社会の中での情報量が明らかに少ない。国や都道府県が主催するような大きな慰霊行事も、ないままです」

 ――冷戦の影響もあったのではないですか。

 「非常に大きかったと思います。冷戦下では言論界も分断され、大学の研究者が日ソ戦争をテーマにすること自体を避ける感覚があったと思います」

 「現地にアクセスできない期間も長かった。満州があった中国と日本の国交回復は1972年。ソ連崩壊は91年。情報が得られ、本格的な調査に行けるようになったのは、その後です。『日ソ戦争』が日本で初めて専門書の書名になったのは99年。それまでは満州、南樺太など個別に研究されることが大半で、全体像を示す言葉がなかったのです」

 ――今のロシアで日ソ戦争はどう見られていますか。

 「ロシアは今も歴史を政治的に利用しています。一昨年から9月3日を『対日戦勝記念日』に位置づけたのは、愛国心を高めて中国との連帯を示し、日本を牽制する狙いからです。千島列島の最北端の占守島では、愛国心を高める施設の建設が進められているという報道もあります」

 「ただ、そこで語られている『歴史』は、必ずしも正確ではない。ロシアの歴史教科書には、ソ連が北海道を占領することについて『米国と合意が成立していた』というフィクションも盛り込まれています」

 ――そんなロシアと、今後どう向き合うべきでしょうか。

 「日本側まで同じように歴史を使って相手をたたくのは、建設的ではありません。日本とロシアの距離は近い。2022年の知床半島沖での遊覧船沈没事故では、遺体が国後島やサハリンに流れ着き、引き渡されました。今年7月にはカムチャツカ半島で地震もあり、事故や災害時は協力しあうべき位置関係にあります」

 「またシベリア抑留の時、日本人の扱いは、担当したソ連兵によって違いました。日本人によくしてくれたソ連兵の中には、過去に家族が日本人に友好的に接してもらった経験がある人もいました。国家同士が互いに大義名分を掲げる中で、どれほど民間交流しても、領土問題は解決しないし争いも防げないかもしれない。でも草の根の交流は、万が一の場合も何らかの交流が戻るきっかけになるかもしれない。日ソ戦争は、そのことも教えてくれていると思います」

破綻が明らかな「核燃料サイクル」 看板降ろせぬのは原発続けるため(朝日新聞有料記事)

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原子力委員会 元委員長代理 鈴木達治郎さん

 極東の資源小国にとって「核燃料サイクル」はかつて、夢の半永久エネルギーかのように言われた。国は1950年代から、高速増殖炉の開発と使用済み核燃料の再処理を国内技術で行うことを目標に、巨額の資金をつぎ込んできた。しかしその「円環」はもう途切れている――そう説き続けてきたのが、国の原子力委員会の委員長代理を務めた鈴木達治郎さんだ。

 福島第一原発事故、そして原型炉もんじゅの廃止など、政策見直しの機会は幾度もあった。それなのになぜ、事実上破綻している「サイクル」の看板を国は下ろせないのか。

高速炉も再処理工場も滞り……

 資源小国日本にとって「核燃料サイクル」は、金看板でした。

 原発から出る使用済み燃料を全て再処理してプルトニウムを取り出し、再び燃料に使う。「夢の原子炉」高速増殖炉で、使った以上の燃料を生み出す。こうしてエネルギーの自主独立が成る――。でも、この永久運動かのような「輪っか」は、もう途切れています。

 国費1兆円以上を投じた高速増殖原型炉もんじゅは廃炉作業中。政府はフランスとの共同開発に望みをつなぎますが、マクロン政権は次世代炉の開発を停止しています。中核である青森県六ケ所村の再処理工場は1997年に完成するはずが、たび重なるトラブルで27回も延期され、まだ本格稼働していません。日本は現在、再処理も、プルトニウムとウランを混ぜるMOX燃料加工も、海外に頼ったまま。つまり、「自主独立」とは程遠いのです。

 高速炉がダメなら、MOX燃料を普通の原発で燃やそうというプルサーマル計画がありますが、これも行き詰まっています。使えずにたまり続けたプルトニウムは現在44.5トン。長崎型原爆7400発分に相当し、国際社会の疑念を呼んでいます。

 経済産業省は、再処理の効果として廃棄物量や有毒度が減ると説明していますが、高速炉が実現しない現状では科学的根拠は希薄。むしろ経済性と安全リスク、核不拡散の面で不利だと、原子力委員会の小委員会も結論づけています。サイクル先進国だった米国や英国、ドイツでも、使用済み燃料を全量再処理せず直接処分する方法が選ばれています。

国民と国際社会が犠牲者に

 そもそも50~60年代、各国が核燃料サイクルを目指したのは、ウラン価格が高騰しプルトニウム発電の方が発電コストが安くなる時代がいずれ来る、という前提条件がありました。でもウラン資源量は飛躍的に増え、一方で原子力開発が停滞してウラン需要は伸びず、是が非でも実現を目指す必要性はなくなって久しいのです。

 それでも国がサイクルを掲げるのは、輪が切れた途端、原発を維持する基盤が崩れるからです。新たな「燃料のもと」であるはずの使用済み燃料は「資産」ではなくなり、青森県から持ち帰るよう各電力会社は迫られる。でも原発立地自治体との約束上、それは難しい。最終処分場もまだ存在しないので、持って行き場はない。破綻が明白なサイクルが続いているかのように取り繕わなければ、原発を続けられないのです。

 独立した第三者機関による総合的評価を行い、サイクル政策を全面的に見直す時です。少なくとも全量再処理を続ける合理的理由はない。六ケ所村再処理工場の総事業費は15兆6千億円。私たちの電気料金で賄われています。タブーなき議論をしなければ、犠牲になるのは国民と国際社会です。

すずき・たつじろう 1951年生まれ。長崎大核兵器廃絶研究センター客員教授。専門は原子力工学、核軍縮・不拡散政策。2010~14年に原子力委員会委員長代理を務めた。電力中央研究所上席研究員などを経て15年から現職。核兵器と戦争の根絶を目指す科学者集団「パグウォッシュ会議」評議員。 
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